異世界で黒猫君とマッタリ行きたい

こみあ

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第1章 始まり

4 黒猫

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 テリースさんが出て行ってしまうと、突然部屋がシーンとして心細くなった。テリースさんは全く知らない人ではあるけれど、あの酷い惨状のあと、ただ一人私に優しい声を掛けてくれた人でもあった。
 吊り橋効果で恋になんて落ちないけど、少しは心を許せる相手であるのも確かだ。

 さて、これからどうしよう?

 色々ありすぎて頭が回らない。
 こんなことに巻き込まれなければ、今頃着替えて大学の一限目に駆け込んでたはずだった。

 いや、無理か。

 私の意識が感じてる時間経過は、途中二日分くらい現実と差が開いてしまってるんだった。
 途端、目的も、時間的なつながりも、何もかもなくなった気がして、心がぽっかりと空いてしまった。
 気づけば涙があふれてる。

 あれ、泣いちゃってるよ私。
 情けない。普段あまり泣かないほうなんだけどな。

 人に執着しづらい私は、人と喧嘩することも傷つくことも少ないので、泣くのなんてよっぽどいい映画を見た時くらいだ。

「ミャーォン……」
「?」

 今どっかで猫の声がしなかった?

「ミャオーン!」

 やっぱりした!

 キョロキョロと周りを見回すと、足元の辺りに一匹の黒猫が近寄ってきてた。どうやらテリースさんが部屋を出る時に扉をきちんと閉めなかったらしい。見れば扉が少しだけ開いたままになってる。

「あらま。入ってきちゃっていいの? キミ」

 私はちょっと嬉しくて、腕を伸ばして黒猫を抱き上げ、自分の目の前まで引き上げる。黒猫君は暴れもせず、私のしたいように抱き上げさせてくれた。
 体は真っ黒なくせに、目は金色。
 部屋の光を照り返して、キラキラと良く光る。

「お前はここに住んでるの? ここってどんな所?」

 私の問いに、こてっと首を片方にかしげ無表情で私を見つめ返す。

「そんなこと聞かれても知らないよね」

 そう言って、黒猫君が嫌がらないのをいいことに抱きしめてしまう。

「うーん、生きているってすごいよね。君がすごくあったかい」

 腕の中に丸まって収まった黒猫君の身体は、その毛に包まれた内側からしっかり熱を発しているのが分かる。

 これが命なんだ。
 そして自分もまだ生きているんだ。

 実感がわいて、また涙が溢れた。
 流石に苦しかったのか、腕の中の黒猫君がモゴモゴと頭を振って腕の中から頭だけ飛び出させた。そのまま金の瞳で私を見上げ、不思議そうに見つめてくる。

「見慣れない私に抱き上げられて嫌だったかな? でももう少しこうさせててね」

 それでも私は黒猫君を離したくなかった。今、自分以外で生きているこの黒猫君が唯一、この世界とのつながりのような気がして。

「ミャー?」

 すると私の言葉を理解したように黒猫君が頭をコテンと私の腕に降ろす。
 あ、許してくれた。
 心がほっとした。
 私はそのまま黒猫君を腕に抱いてゆっくりと横になる。

「私だけここに取り残されたんだって。私だけ生き残ったみたい。私だけ……」

 ブツブツと猫に向かって愚痴るなんて馬鹿だよね。
 そう思いつつも、当たり前だけど文句も言わず私の愚痴を聞き流してくれる黒猫君がちょっと頼もしい。
 私は愚痴を聞いてくれるお礼に黒猫君の耳の後ろを擽りながら言葉を続けた。

「うーん、生まれて初めて好みのタイプの男性に会えたと思ったのに、これからってところでこれって酷いと思わない?」

 黒猫君に私の言葉の意味など分かるはずもなく、耳の後ろを掻かれて気持ちよさそうに目を閉じた。

「いいなぁ。私にも誰か気持ちいいことでもして全部忘れさせてくれないかな」

 ポロリと言葉がこぼれた。ふと見れば黒猫君がしっかり金色の目を開いてこっちを見てる。

「君じゃ無理だよ。その爪は痛そうだし。私が撫でてあげるからそれでいいでしょ?」

 そう言って喉の下を擦り上げてやれば、ゴロゴロといい音を鳴らしてくれる。

 ああ、癒される~ぅ。
 こんな状況だと少しは現実逃避も必要だよね。

 私は黒猫君の鼻すじをポリポリと軽く掻きながら聞いてみる。

「君、名前あるのかな? このままここで飼っちゃいたいけど、私自分のこれからも分からない状態だし無理だよね。あとでテリースさんに聞いてみよう」

 ぴくっと片目を開いて黒猫君がこっちを見た。

「テリースさんを知ってるの? 君、結構頭良さそうだね。私の言ってることもしかして少しは分かるのかな?」
「ミャ」

 お、返事してくれた。

「おお、可愛い! いい子だぁ。ご褒美にもっとゴロゴロさせてあげよう」

 猫は家で飼っていたのでこれはお手のものだ。両手で耳の後ろをカリカリと掻き上げてあげればまたも目を細めて気持ちよさそうに顎を私の胸に乗せた。

「おや、もうお会いしたんですか?」

 驚いた顔のテリースさんが扉からこちらを見てた。

「あ、テリースさん。これってこちらの猫なんですか?」

 私の言葉に一瞬変な顔をしたテリースさんが、黒猫君と私を交互に見て、首を振り振りこちらに歩いてきた。

「説明は後にしてまずは少し胃にものを入れましょう。スープを温めてきましたよ」

 私のすぐ横に座ったテリースさんが、スプーンでスープを掬って私に飲ませてくれようとする。

「待ってください、もう自分で食べられます」
「そ、そうですか? では、どうぞ」

 危なくスプーンでアーンの恥ずかしい状況になりかけて、慌ててそれを止めてスプーンとスープを受け取った。テリースさんのような綺麗な人にそんなことされたら、いくら私好みじゃなくたって心臓に悪すぎる。
 頂いたスープに口を付けると、それはどろりとしてあまり味がしない。

「ああ、言い忘れましたが、まだ痛覚の隔離を行っているので味覚もほとんどないでしょう。味がしなくて申し訳ないのですが、無理してでも何とか飲みこんでください」

 あ、そうか。仕方ないねそれじゃ。

 私は全く味のしないスープを機械的に口に運び、飲み下す。たとえ味がしなくても、胃の辺りがポッと温かくなって、また少し生きてる実感が強くなった。

「良い傾向ですね。精気が強まってきてます。この調子なら数日で痛みもひいていくでしょう」

 私の様子を見てそう言ったテリースさんは、嬉しそうに微笑んでくれた。
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