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第1章 始まり

2 惨状

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「おい、ここにもいるぞ」

 少し遠くで誰かが叫んでる。
 ぼんやりする意識の片隅で、やけに粗野な声だなぁと思った。

 意識が浮上してくるにつれて体のあちこちが痛みだす。
 まぶたが開かない。
 鼻の奥がツーンとして、口の中に血の味がする。

 意識が覚醒するにつれ、恐怖が他のすべての感情を凌駕りょうがした。

 何が起きたの?
 私、どうなっちゃった?

 恐る恐る自分の手を動かす。
 ありがたいことに両手の感触はあり、動かしても新しい痛みはなかった。

 その手を伸ばして辺りを少し触ってみる。
 まず自分のお腹が手に触れた。恐怖してたような傷や痛みは見つからない。
 少しずつ上に腕を上げていっても特に異常は感じられなかった。
 そのまま顔まで手を上げてきて、額に触れた途端、鈍い痛みが走った。

「痛っ!」

 恐怖に心が震えながらも、勇気を振り絞って痛みの走った辺りをちょっとずつ触ってみる。血が凝り固まった皮膚の間に、3~4cmほどの裂け目がある。結構深い気がして中なんて怖くて触れない。
 頭の他の部分も触ってみたけど、軽い打ち身の痛みがあるだけ。変な傷も激しく痛む場所もなかった。

 今度は自分を抱きしめるようにして腕を探る。
 幾つか腕にも切り傷はあったが、全てかすり傷で大丈夫みたいだ。
 次に手を降ろして腰からお尻にかけて触ってみる。
 こちらも打ち身の痛みが腰骨の辺りにあるだけで他は問題なかった。

「駄目だ、精魂転移の準備をしろ!」

 聞こえてくる言葉が意味をなさなくて頭に疑問がいくつも浮かんでくるけど、待って、今はそれどころじゃない。
 続けて少しずつ足のほうまで指を伸ばしてく──

 そこで気が付いた。
 右足が……切れてた。
 それこそ膝の上からスッパリ。

 ズクンと心臓が鳴って、一瞬で恐怖が背筋を駆け上がった。
 ずっと痛みがあったのは間違いないのだけど、もうそんな理解出来るような痛みじゃなかった。
 最初の燃えるような痛みは気を失う前にあった気がする。
 今も痛いはずなのに、痛みが激しすぎて『どこ』が痛いのか分からなくなってた。
 それが今、自分の足を失ったって理解しちゃった途端、痛みと肉体がやっと結合したみたいに『そこ』から叫ぶような激痛が返ってきた。

「ぎぃぁぁぁぁっ……!」

 声のような、呻きのような、そんななにかが自分の口から洩れた。

「こっちは息があるぞ、救護師早くこっちに来い!」

 さっきっから聞こえていた粗野な声が少し近づいていた。

「これは酷い。切断面がグチャグチャでこのままつなげるのは不可能です」
「まずは止血と痛覚の切断をしてやれ」
「でも、それではもう元の足を結合するのは不可能になってしまいます」
「仕方ないだろう。どの道、この状況で彼女の足を見つけ出すのはほぼ不可能だ」
「……そうですね」

 私の上で繰り広げられている話しのグロさに吐き気が抑えられない。思わず横を向いてえずいてしまう。

「おい、大丈夫か? 内臓にも損傷があるのかもしれない。時間がない、まずは処置を開始してやれ」
「はい」

 未だ瞼のあかない私には、声は聞こえども一体だれが何をしているのかさっぱり分からない。それでもどうにか今の恐怖と激痛を抑える為に「何か」をしてくれそうな気配に、私は心から縋り付く。

「お嬢さん、申し訳ないけど一度足の切断面を切りなおす。そうしないと今後義足をはめる事も出来なくなる。先に痛覚を外すが、これをすると君にとっては全身の感覚がなくなるだろう。それでも身体の一部が切断される感触は残る。覚悟しておいてくれ」

 言われてる内容のあまりの凄惨さに胃が引きつる。
 それでもいいも悪いも返せない。
 口を開いても悲鳴に近い呻き声以外、なにも出てこない。

 数秒後、突然私は身体の全ての感覚を失った。
 痛みはない。
 でも同時に、指先の感覚さえもない。

 そして。
 痛みも感覚もないはずなのに、しっかりと分かってしまった。
 何か刀のように切れ味のいい物が、私の太腿の中ほどをブツリと切り捨てたのを。

 痛みも感覚もない状態で、それでも感じとることが出来たのは、なくなってはならないものを無くした大きな喪失感。
 それは私がもう一度意識を飛ばすのには、充分過ぎるショックだった。
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