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第13章 ヨークとナンシーと

11 サロス長官来訪

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 ぐっすりと眠った次の日の朝。
 言われた通り真新しいドレスを身につけて、キールさんたちがよこしてくれた馬車に乗ってお城に向かった……なんて、これだけ聞くと、とーっても優雅なんだけど。実際は全然優雅なんかじゃなかった。

 シアンさんはなんのかんの言って私たちを引き止めるし、サリスさんは懲りずにずっと熱い視線を黒猫君に送ってるし。
 昨日のこともあって怪我でもしてたらって心配したのに、見たところサリスさんは昨日お別れした時と変わらぬ美しさで、ただ今までとは打って変わって隠すことなく黒猫君を注視してる。
 当の黒猫君は、それをまるっと全部無視して私のドレスのボタンを止めながら、出された朝ごはんをかきこんでた。

 今朝は黒猫君も久しぶりにあの将校用の濃紺の制服をきっちり着込んでる。私と違って、黒猫君はほぼ全て自分で着付けられるようになったようだ。


 領城から迎えにきた馬車にはテリースさんがすでに乗っていた。

「おはようございます。お二人とも無事ですか? 昨夜は何事もなく過ごせましたか? ゆっくりお休み出来ましたか? もう出られますか?」

 時間もないようなのに、私たちがなにかされてないか心配そうに尋ねてくるテリースさんに、私を横抱きにした黒猫君が不機嫌そうに返事する。

「なんもねえ。いいから行くぞ」

 どうやら黒猫君、昨夜のサリスさんとの一件には触れられたくないらしい。今朝から私がサリスさんの名前を出しても全部無視してたし。

 早朝で人もまばらな大通りを、私たちを乗せた馬車がガタガタと駆け抜けていく……というかノロノロと転がっていく。
 王立研究機関が頑張ってくれたのか、少なくとも馬車の振動はかなり軽減されてる。
 それでもスピードは大して変わった気がしない。

 すっかりバッカスの背中での高速移動に慣れてきてしまった己が怖いよ。

「直接謁見の間に入りますから、そのおつもりで」
「まだあちらさんは到着してないんだよな?」

 黒猫君の問いかけにテリースさんが頷き返す。

「はい、でも時間の問題だと思います。すでに先触れが到着していましたから」

 そう言って、見えてきた領城の正門を窓から見上げた。

 馬車が領城の裏へ回って馬車留めにつくと、そのままそこで出迎えてくれたイアンさんに先導されて、慌ただしく謁見の間へと案内された。
 秘書官邸からここに至るまで、私はずっと黒猫君に抱えられたまま。でも流石に謁見の間でお客様をお迎えするのに、抱えられたままって訳にはいかないよね。

「ありがとう黒猫君、そろそろ下ろしてくれる?」

 見上げて言えば、黒猫君がすこし不満そうな顔で私を見下ろし、でも素直に下ろしてくれた。

 いや、私これでも自分で歩けるんだから、本来抱えられてるほうが普通じゃないんだから。そんな不機嫌な顔しないで欲しい。

 今やすっかり馴染んだ杖を腰のベルトから外して、それを片手に黒猫君の横を並んで歩く。こうやって歩くだけなら、以前みたいに時間がかかるわけでもない。
 だから黒猫君には悪いけど、私はこうやって黒猫君の横を歩くのが結構好きなんだけどな。

 イアンさんに続いて入室した謁見の間は思いのほか広かった。
 普段私たちが歩き回っていたのは領城内でも居住区だけだったからか、内装はともかく全体にもう少しこじんまりしてたんだけど。
 この部屋は本来のお城らしくだだっ広い。下手な体育館以上の広さがあって、しかも天井が普通の家の三階分くらいあるから、大声で叫んだら綺麗にこだましそう。

 謁見の間の前方にでる通路から私たちが入室すると、一斉に沢山の視線がこちらに向いた。
 沢山の見慣れない偉そうなおじさまたちの間によく見慣れた顔を見つけてホッとする。でもその数人がこの場で一番偉い人たちなのは言うまでもないんだけど。

 本来領主が座るべきそのひな壇の上、その中央に置かれた豪奢な椅子にはキールさんと、そして少し離れてエミールさんの椅子が並んでる。二人とも威厳のある身なりをしてるんだけど、よく見ると昨日にも増して疲れた顔になってた。

 イアンさんに指示された私たちの立ち位置は、キールさんたちがいるひな壇のすぐ手前。

「黒猫君、ここすごく目立つよね」
「ま、仕方ねーだろ。俺たち一応秘書官だし」

 そう答える黒猫君の顔も緊張で少し引き攣ってる。いくら取り繕ってもイライラと揺れる尻尾があるからすぐわかっちゃうよ。

 私と黒猫君が立つべき場所にたどり着いたのとほぼ時を同じくして、謁見の間へと続く正面の大きな扉がゆっくりと開かれた。
 
「福音推進省長官、サロス枢機卿!」

 扉を開いた衛兵さんが高らかに名前を読みあげると、白髪交じりのグレーの髪の男性が入ってきた。黒い学ランの上に、やはり真っ黒のマントを羽織り、学者のような帽子をかぶってる。入り口のところで胸を張り、グルリと広間を見回すと、キールさんの座る壇上に向かってスルスルと音もなく進みでた。
 タカシくんは高校生くらいって黒猫君は言ってたけど、この人はどう見ても高校生には見えない。

 ちょっと髭も生えてるし、偉そうなおじさんだし、やっぱりこちらが長官さんなのかな。

 私たちを含め沢山の人が見守る中、私たちに並ぶ位置まで進み出たサロスさんが、一瞬私たちのほうに視線を向けた。

 あれ?
 今の視線、なんか凄く嫌な感じがしたんだけど。

 私がそう思うか思わないかのうちに視線を前に向けたおじさんは、それっきりこちらには目もくれずその場で立ったままキールさんに頭を垂れた。

 最初は気づかなかったんだけど、偉そうなおじさんの影に隠れるようにもう一人、恭しく書物を手に持った少年がすぐ後ろについてきてた。
 背は低くまだ体つきも小さいから幼く感じるけど、表情はやけに大人びててる。多分ビーノ君やパッド君よりは上かな?

 灰色の髪色以外、サロスさん同様真っ黒なお仕着せを身に纏った従者さんは、サロスさんのすぐ後ろで一瞬こちらにペコリと頭を垂れ、そしてすぐに前方のキールさんに向かって低く頭を垂れて跪く。

「お初にお目にかかります、福音推進省の長官を務めるサロスと申します。本日の謁見をお許しいただき、ありがとうございますキーロン殿下・・

 ん?
 今『殿下』って言った?
 本来ここは『陛下』とか『国王様』とかって呼ぶはずなんじゃなかったっけ。

 どうにも敬称とか今までの人生に全く馴染みがなさすぎて、一応教えてはもらったけど自信ない。
 確認するように黒猫君に視線を向けると、黒猫君が思いっきりしかめっ面になってた。
 どうやら黒猫君も気になったみたい。

 でも当のキールさんは全く気にした様子もなく、何事もなかったかのように鷹揚に頷いて答えた。

「わざわざ遠くからご足労だった。まずはくつろがれるがいい」

 キールさんのその言葉が合図だったらしい。
 それまで顔を伏せてたサロスさんがゆっくりと頭を上げ、真っ直ぐに目前のキールさんと向き合った。後ろの従者さんも立ち上がったけど、その態度には明らかな敬意が見て取れる。

 なんか違和感のある組み合わせの二人だなぁ。
 なんてのんびり考えてた私を揺さぶるかのようにサロスさんが厳しい声をあげた。

「早速ですが本題に入らせていただきたい。先日通達した通り、ヨークの伝統あるジークオン教会としては是非、キーロン殿下に当教会までお越しいただき、殿下の末永い治世を祈るために教皇自らの手で即位式を執り行いたいと考えています。立場上、私がヨーク侯と教皇のお二人の代理として意向を伝えに参りました」
「……キーロン陛下はすでにこの地にて遷移を宣言し即位を終えられていらっしゃる」

 流石に見過ごせなかったのか、エミールさんが横から口を挟むと、サロスさんが再度小さく頭を下げてからだけど言い募る。

「失礼ながら、始祖が帝国の王位を退いて以来、代々の国王の即位式は我々教会が執り行ってまいりました。キーロン殿下がやむに止まれずこちらで即位を宣言されたことについては今回に限り目を瞑るとしても、我らが始祖神の前にて誓わない限り、我々はそれを正式な即位とは認めがたい」

 ……さっきっから、言葉はとても丁寧なんだけど、この人言ってることがかなり酷いよね?
 態度にもキールさんへの敬意がイマイチ感じられないし、これって要はキールさんをまだ王様とは認めないからまずはヨークまで出向けって命令してるわけだし。

 片眉をあげたキールさんが口を開くよりも早く、サロスさんが先を続ける。

「同時に、そこの秘書官の二人には教会建物及び教会所有物の破壊、教会活動の妨害、そして我らが尊き始祖神様への数々の冒涜及び侮辱の嫌疑が各所から報告されています」

 厳しい顔つきでそう言ったサロスさんが私と黒猫君に顔を向ける。

「十日後、当ジークオン教会審問裁判塔にて裁定を執り行うため、二人の身柄を一時的に引き渡していただきたい」

 そして今度こそはっきりと嫌悪を浮かべた顔できっぱりと言い切った。
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