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第13章 ヨークとナンシーと

閑話: 黒猫君の危険な夜

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作者より
まだお休み中のつもりなのでこれはお遊び回です。
注意:BL要素がたっぷり入ってます。まるっきりの蛇足ですので読み飛ばしてもなんら問題はありません。BL要素も大丈夫でしたら不憫な黒猫君をお楽しみくださいませ。

ーーーーー
 今日シアンに引き合わされたサリスという男は、俺が初めて会ったまともなエルフだった。

 言ってることもまともだし、普通にわかりやすく話してくるし、駆け引きらしき駆け引きもしない。
 夕食の席でもサリスは実にいい話相手だった。
 サリスの熱心さはまるで日本好きがこうじて日本人と話したくて仕方ない外国人のようで、海外生活が長い俺には、それだけでかなり懐かしかった。
 話し方も非常に控えめであって聞き上手。常に話題は尽きず、とにかく話しが弾んだ。

 やっぱりエルフはシアンたちみてーな油断ならねー奴ばっかじゃなかった!

 ……そう俺が思っちまったのは仕方ねぇと思う。
 だから俺も多分気がゆるんじまってたんだろうな。それを俺は後で盛大に後悔することになる──。


「結構強いお酒ですので女性にはおすすめできませんが」

 サリスがそう言って勧めてきた食後酒の杯を、なんの疑いもなく受け取った。

 こちらでは珍しい、半透明の厚いグラスに注がれたそれは、琥珀色をした度数の強そうな酒だった。口元に寄せると、スンと酒の香りが鼻をくすぐる。ほのかに香る若木の少し甘い匂いに、そそられるまま一気に杯を飲み干した。
 瞬間、強いアルコール分がまずはカッと喉を焼き、だがすぐにさっぱりとした甘みが後味として口内に残る。
 確かに度数はキツイが、クセもなく非常に飲みやすい。

「いい酒だな」
「ありがとうございます。私が趣味で漬けてる秘蔵の果実酒なんですよ」

 どうりでほんのり甘みがあるわけだ。

「えー、果実酒なら私も一口飲んでみようかな」

 と、今の今まで苦しそうに呻いてたくせに、果実酒と聞いた途端あゆみがこちらを見た。
 だがこれはあゆみに飲ませるにはキツすぎる。また変な酒癖を出されたらたまったもんじゃない。

「やめとけあゆみ、お前にはキツすぎる」

 あゆみにも杯を注ごうとするサリスを静止して、あゆみに釘を指す。ちょっと拗ねた顔をしたあゆみだったが、すぐにシアンに話しかけられて気がそれてくれた。

「ネロさん、よければこのあと一緒に風呂行きませんか?」

 いや腹が苦しくて……と断ろうとしてふと気づいた。
 今まで苦しくて動けそうになかったのに、なぜか胃の辺りがスッキリしてる。

 これはこの果実酒の効果なのか?
 まあ、もともと食後酒にはそういう効果あるやつもあるしな。

「あゆみ風呂はどうする?」

 振り返って一応尋ねてみたが、あゆみがこっちを見て無言で首を振った。
 これはどー考えてもしばらく動けないやつだな。
 あゆみにも飲ませてやるべきか迷うが、こいつ、甘いものになると節操ないからやはり危ない。

「じゃあ先にサリスと行ってくるけどいいか?」
「どうぞどうぞ、私はあとでいくから」
「じゃああゆみさんは私と一緒にお風呂行きましょうか」

 シアンが嬉しそうにあゆみを誘い、あゆみも満更ではない様子だ。

 なら俺も気兼ねなく先に行ってくるか。 

 そうして俺はなんの疑いも持たずに、サリスと二人で風呂場へと向かった……。


「ここの風呂はもともと八百年ほど前、祖国を想われる太郎様のためにシアン様がプレゼントしたものだったんですよ。太郎様が好まれるこの香りの木を探し出すのに五十年以上かかりました」

 脱衣所で服を脱ぎつつ、懐かしげに説明するサリスの言葉を聞いて湯殿を見た。

「日本からいらしたネロ様がたにまたこうして使っていただけるとは、なんとも感慨深いものがあります」

 ここの風呂場は以前一度使ったことがあったが、ひのきに似た清々しい香りのする湯船にゆらゆらと白い湯気が立ってるのを見ればやはり心が踊る。

 初代王、たまにホントにいい仕事してるよな。

「ああ?」

 うっとりと揺蕩う湯気を見てたせいか、返事をしながらサリスを振り返ると、突然ゆらゆらと身体が揺れて足元がふらついた。
 そのまま世界が歪んで思わず膝をつく。まるで酩酊したようなその感覚に慌てて頭を振った。

 おかしい、飲みすぎってほど今日は飲んでないぞ。

 確かに北への遠征中はほとんど酒を飲む機会もなかったが、それだけでこんなに突然酒に弱くなるとは思えない。

 なんだ、今までの疲れが出たのか?

 なんとか体勢を立て直そうとしたが、目眩がとまらず立ち上がれない。声も出せずにその場でうずくまった俺を心配したのか、サリスがすぐに駆け寄ってきた。大丈夫だ心配するな、そう言おうとした俺の裸の背中に、ピタリと冷たいなにかが押し当てられる。

「ああ、やっと効いてきてくれたようですね」

 続いて耳に響いてきたのはサリスの落ち着いた声だった。

 待て、サリスのやつ今なんつった?

 反射的に身体が飛び起きようとしたが腰を浮かすこともできずにまた沈み込む。やはり思うように足が動かない。それどころか全身がさっきよりも鈍くなって手を持ち上げるにも気力がいる。

 クソ、さっきの酒か、あれになんか盛られてたのか!?

 自分の迂闊さに愕然とした。

 こいつ、まさか俺たちの敵なのか!?
 連邦か?
 教会か?
 それともシアンの差し金か!?

 いまここで首でもかっ切られたら、なんの抵抗も出来ないまま死ぬしかねぇ!

 恐怖と危機感からアドレナリンが大量に流れ出し、頭の回転だけは捗るのに身体の動きが全く追いつかない。
 なんとか反撃できねえかと唯一まだ自由に動く視線を素早く巡らす。
 ふと俺のすぐ横にあるサリスの腕が見えて、それを掴もうとさっと手を伸ばした……つもりだった。が、現実はやはり動きが鈍く、俺が掴む直前でスルリと上に逃げられた。

「ああ、私を掴んで電撃魔法でも撃つつもりですか? 無駄ですよ、私、これでも武道も習得してますし、ましてや薬で鈍った貴方の相手などわけもない……フフフ」

 何度腕を追っても直前でかわされて、ただサリスの言葉が正しいことを思い知らされる。

 クソ、動きそうで動かねえ、全然力入んねー!

 気ばかりせいてもここから一歩も動けない。闇雲に立ち上がろうとするが、腰をもち上げるより前にまた脚が萎える。その間も背中に押し付けられた冷たいそれは動かない。

 死と怒りと恐怖の狭間で焦る俺の耳に、サリスがねっとりと媚びるような声で囁いた。

「ああ、やはり人族の肌はいいですね……体温が高くて触れてる私の肌がピンクになってしまいそうです」

 気色悪いセリフとともに、背中に当たっていた冷たいものがスルスルとうごめき出す。そろりと背を撫でたかと思うと、しゅるりと巻き付いてきたそれは細くたおやかなサリスの腕だった。
 その感触に一瞬で全身の毛穴が開いてどっと冷たい汗が吹き出した。

「ああ、なんてすべすべの肌でしょう。日本人のきめ細やかな肌のこの手触り、本当に久しぶりです」

 この抑えようもない俺の身体の拒絶反応にはもう既視感しかない。
 思い出したくもない過去の経験が脳裏に蘇り、ゾゾゾっと強烈な寒気が全身を包む。

 最悪だ! コイツ、ただの敵じゃねえ、俺たちノーマルな雄全般の敵だっ!

「おっ、おっ、おまっ!」

 怒鳴ろうとしたが声が震えて言葉にならねえ。

「さっき私の秘酒を一息に煽ってらしたのによく声が出せますね。常人ならば屈強な兵士でもすぐ動けなくなりますよ。太郎様の時でさえ初めて飲まれたあとは半日全く声も出せずに私の手に堕ちてくださってました……ああネロ様は猫耳も可愛らしい」

 焦るおれをあざ笑うようにサリスが顔を寄せ、吐息混じりに俺の耳にとんでもねえセリフを直接吹き込んでくる。

 コイツ常習犯かっ!

「そしてこの高い体温もまるで刹那を生きる人族の生そのままで最高にそそります」

 やめろ! キモい! やめろ!

 今すぐ全力で突き飛ばしたいが、どうやっても身体を思うように動かせねえ。とうとう手足まで重い枷を付けられたように動かなくなってきやがった。
 そんな俺を宥めるようにサリスがツツツと指先で俺の背骨を辿っていく。

「逃げようとしても無駄ですよ。太郎様も最後は秘酒と私の手管の虜になって私に触る許可をくださいました。ネロ様もすぐに私の知識の全てをもって堕としてさしあげます」

 こいつ、ガチで狂ってやがる!

「ああ、この滑らかな肌を快楽の熱で炙ってさしあげましょう……」

 俺の様子などお構いなしに、俺の肌を撫でつつ言いたい放題言いのサリスにこっちはドン引きだ。

 や、やめろ、やめてくれ!

 精神は全力で拒否してるのに身体は全くコントロール効かねえ。

「ぃ や゛め゛ろ゛ぉ ぅ……」

 やめろおおおお!!!!!

 そう大声で文句を叫んでるはずなのに、声も変に歪んでちゃんと出ず、やけに情けないかすれ声が絞り出された。それがあまりに悔しくて、とうとう目尻に涙が滲んで来やがった。

 怒りと屈辱と、そしてサリスの手から走り続けるおぞましい快感と。
 感情の全てが一気に脳内で爆発して、何かがキレた。
 切れたのは、多分どっかの血管だ。ブチリって音がマジでした。

 おかげで一瞬頭がハッキリする。
 そう言えばまだ一つ、動かせそうなものを忘れてた。
 手足は使えないがコイツが言ってる通りまだ感覚は残ってる。ならこっちはどうだ?
 それに意識を集中して、手元に伸ばす。

 動いた!

 俺は必死で手元に来た自分の尻尾を握り込み、そして──

「グァッ!」
「あっ!」

 ──痛いのは知ってた。
 だからなるべく手加減した、ハズだった。

 なのに手がしびれてたせいか、思ってた以上に強くなっちまったらしい。
 あゆみにされる何倍もの痛みが全身を駆け巡った。
 この薬が効いてなかったら、一体どんだけひでぇことになってたやら。
 でもそのかいあって、どうにか全身が反応を取り戻した気がする。
 俺に抱きついてたサリスにも電撃が流れたのだろう、背後で怯んだような声を聞いた俺は思いっきり頭を後ろに振り切った。

「ぐガッッ!」

 瞬間、後頭部で何か柔いものが潰れる感触がした。ついでに耳も挟んで激痛が走る。
 だがそのおかげで色々目が覚めて、さっきよりもスムーズに身体が動き出す。

 両腕をバネのように突き出し、身体を起こすと、すぐ後ろでサリスが顔を両手で覆って悶絶してた。

「オマエよくも……!!!」

 言ったのは俺だ。

「こ、こんな……」

 呻いてるのがサリス。
 顔を覆う手の間からは真っ赤な血が垂れてきてる。
 思い通り鼻の骨くらい潰せたらしい。

「よくも俺を……!」

 だがそれくらいじゃ俺の怒りは一向に収まらねえ!

「簡単には終わらせねーから覚悟しろよっ!!!」

 が、転がるサリスに馬乗りになり怒号とともに腕を振り上げ、正にそれを振りおろそうとしたその瞬間。俺の腰の下で震える身体からおぞましい声が漏れ出した。

「ああああああああああ、素晴らしい! 素敵です! 最高です! こんな、こんなに強く容赦ない刺激はもう何千年ぶりでしょう!!!!」

 顔を覆う血みどろの手を外し、鼻筋の折れたサリスがその顔を恍惚に歪ませてうっとりと俺を見上げてくる。

「ネロ様、どうぞもっと! もっと強く、もっと激しく、思う存分私めを痛めつけてくださいませ!」

 こ、こ、コイツ、どこまでも最悪なとんでもねー変態野郎だ!!!

 狂気を灯した熱い眼差しで俺を見上げてくるサリスに、怒りを通り越して一気に血の気が引いた。

 本能的な嫌悪感と恐怖から、俺の身体が即座に動いた。

 渾身の一発を腹ど真ん中に打ち下ろすと同時に、勝手に容赦ない電撃魔法がともに流れでる。
 やろうとか、打とうとか、意識さえも全くない、生存本能が繰り出した最高の一発。
 結果目前のゴミは完全にその動きを停止した……。

 しまった、殺っちまったか?

 あまり罪悪感はないながらも、後の面倒が思いやられて、仕方なく確認したが。

「……さひこふで、ふ」

 気絶してもなお、うわ言のように漏らしたサリスを置き去りにして、俺はとっとと風呂場を後にした。
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