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第13章 ヨークとナンシーと

3 ナンシーの待ち人たち2

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「全くいいタイミングで帰ってきてくれたな」

 王城に到着するとすぐにイアンさんが飛んできて、私たちは揃ってキールさんの部屋に連れて来られた。

 私たちの部屋同様、こちらも応接室と寝室が別になっていて、以前も訪れてはいたんだけど。
 前回はまだ普通の応接室らしくソファーやらテーブルがあったキールさんの部屋は、すっかり模様替えされてしまっていて、今は窓際に大きな執務机、左の壁は一面の本棚、それに十人は余裕で座れる長テーブルと椅子が並んでた。
 もういつものキールさんの執務室の体になってる。

 一番奥の執務机の向こう側には疲れた顔のキールさんがそれでも笑顔を浮かべて出迎えてくれた。
 ついでにエミールさんもその後ろに立ってる。
 このしばらくの間に髪が肩まで伸びてて、もう高校球児には見えない。

 幾らなんでも髪が伸びるのが早すぎる気がする……

 そう思ってるとエミールさんと目がしっかりあっちゃって、バチンと盛大なウインクが飛んできた。
 途端に黒猫君が私を抱えて一番遠い椅子に座っちゃう。また会議中も膝の上らしい。

「キールさん、部屋の様子がなんかすっかり変わっちゃいましたね」

 もういい加減慣れた私は、それを全部無視してキールさんに話しかけた。
 なのにすぐに口を開いたのはこちらに歩み寄ってくるエミールさんだった

「そうなんだよ小鳥ちゃん。君からも文句を言ってくれ。僕は反対したのに、陛下は美しさより機能性ばかり優先されて──」
「お前が余計な装飾具ばかり持ちこもうとするから全部片付けさせただけだろう。大体、城に俺が使えるまともな執務室が一つもないこと自体がおかしい」
「ついでにあゆみを見るな触るな話しかけるな」

 懲りずに私の前に跪いて手にキスをしようとするエミールさんを、座ったままの黒猫君が蹴り飛ばした。
 エミールさん、一応ナンシー公爵様なのに、それに文句を言う人はここには一人もいない。
 イアンさんさえもがスルーしてる。

 まあ、執務室があるのは助かるけど、エミールさんの扱いは流石にちょっと可愛そうになってきた。

「いっそ新政府庁舎に移ろうかとも思ったんだが」
「いけません。新王を差し置いてナンシー公だけが城内で執政する状態は誤解の元になります」

 キールさんが面倒そうにそう言えば、すかさずイアンさんが厳しい口調で割り込んだ。

「ま、そう言うことだから、当面この部屋が俺の執務室だ。それでヨークからの使者の件は聞いたな?」
「お伝えしました」

 テリースさんが部屋の奥に備えられた茶器に手を伸ばし、皆のお茶を用意しながら返答した。
 シアンさんはもう私たちの横に座ってる。
 バッカスはテーブルの反対側、椅子を二つくっつけて足を伸ばして座っちゃった。

「わかってると思うが、明日は君たちにも同席してもらう」
「タカシの件だよな」
「サインは同じだったが、今回は正式に福音推進省長官『サロス枢機卿』という名前で明日の朝の謁見を申し込まれている」
「タカシって確か黒猫君が以前、教会内であった男の子だよね?」
「ああ」

 私の確認の問いかけに頷いた黒猫君は、ちょっと眉根を寄せてキールさんを見る。

「今日申込んですぐ翌日に謁見なんて許したらお前の権威が安く見られるんじゃねーのか」
「そう言うな、あちらは前もって手紙を送ってきていた上に、今回お前たちを迎えにヨークからわざわざ足を運んだと言う体裁を整えてきてるんだからな。無下にはできないだろう」

 黒猫君の問いかけに、キールさんがクマの見える顔をより疲れに歪ませて答える。そしてシアンさんを睨みながら続けた。

「まあ、そっちは明日に向けて今夜そこのシアン殿が少しばかり教会の事情をレクチャーしてくれるらしい。だからまずはお前たちから北の報告を聞きたい」

 言われたシアンさんは嬉しそうに私を見て頷いてる。だけど上から黒猫君の「ウヘェ」って小さい呻きが私には聞こえてしまった。

 教えてもらえるのに文句言っちゃダメだよ黒猫君。

 そこから約一時間、キールさんに言われた通り黒猫君が北の砦で起きた数々の出来事を説明した。先に一度帰還してたヴィクさんが大まかな話はしてたみたいで、所々の軍備関連の話は飛ばしてた。
 私も知らない死者数やら残った兵士さんの出身、それに役職のある兵士数なんかも黒猫君がスラスラ報告していく。
 砦のその後やオークの襲来辺りまでは真顔だったキールさんの顔が、ルディンさん、ドワーフさんの報告で呆れ顔になり、そして獣人国の話とルディンさんのお母さんとの遭遇に至っては完全にひき攣ってた。 

「じゃあ獣人国からも謁見の申し込みが来るのか……」
「ああ、多分、前王自ら来るんじゃねーか?」

 そう、ベンさんはシモンさんたちと一緒に帰ってこれなかったけど、実はシモンさんがキールさんへの、じゃなくてキーロン新国王様へ宛てた親書を託されてきたのだ。
 シモンさんとベンさんの口添えがあったこともあって、どうやら獣人国は長年確執のあったこの国との和解を考えてくれる気になったらしい。
 元々が主に前王のベンさんがこちらの前王様と喧嘩しちゃったのが原因らしいし、多分ベンさん本人が来るよね。行商もあるし。

「ついでにご報告しますが、竜王国女王陛下からも直接念話で新国王への謁見を申し込まれています。獣人国の前王とともに使者が来訪されるとのことでしたわ」

 と、突然横に座ってたシアンさんが驚きの報告を始めた。
 黒猫君が飛び上がってシアンさんを睨む。

「やっぱりお前あいつらと繋がってたのか」
「まあネロさん、言い方にトゲがありますわね。あちらの女王陛下と直接面会なさったのはあゆみさんとネロさんでしょう」
「面会って……」
「まさか、ルディンさんのお母さん!?」

 驚いて聞き返した私たちに、シアンさんがにっこりと笑い返す。

「ええ。あの場で名乗ると支障があるので控えられたそうよ。彼女こそがかつて私の主様の後見人をしてくださったこの王国の立役者、竜王国最強にして唯一ただ一頭永劫に絶対君主たる女王陛下……本来のお名前は発音が難しいから私たちはラー女王とお呼びしているわ」

 しれっととんでもない報告を終えたシアンさんを見て、私も黒猫君も、キールさんも、そしてその場の全員が、しばらくの間口を開いたまま言葉が出てこない。
 確かにすごく強そうだったし皆従ってたけど、でもまさか女王様だったなんて思いもしなかった。

「全く。お前らが動くと毎回予想外の波紋が広がって収拾が追いつかないぞ」

 ゆうに数秒の後、キールさんが大きなため息を溢す。

「まあ、そう言うなよ。考えようによっちゃあ、これで対外的にはお前がこの国の新国王だって正式に認められたってことなんだし」

 同じく再起動した黒猫君が、宙を仰いで言い返した。

「ああ、それは勿論ありがたい。だが、これで獣人国、エルフ、それにドラゴンにドワーフか。もうお前らが関わってない種族のほうが少ないんだぞ」
「俺たち狼人族も忘れるなよ」

 机の向こう側からバッカスがニヤリと笑ってそう付け加えたのを聞いて、げんなりした様子でキールさんが執務机に片肘をついた。
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