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第12章 北の砦

25 後片付け3

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「それでそっちの作業は終わったのか?」

 あれから半日後。暗い坑道の奥深く、光魔石のランプの明かりだけで作業してた私たちは、ディアナさんが呼びに来るまですっかり時間を忘れてお仕事を続けてた。砦に戻ると皆はもう夕食を始めてるところだった。
 流れるようにバッカスの腕の中から黒猫君の膝の上に移された私は、なぜか黒猫君の膝の上で食事始めちゃってから自分の状態に気がついた。
 あまりにナチュラルにやられたから全然違和感が働かなかったぞ。

「あードワーフたちの話だとまだ明日丸一日はかかるらしいよ」

 向かいに座ったヴィクさんが、自分のお皿に大振りの肉と茹で野菜を取り分けながら答えた。今日の夕食はディアナさんが狩ってきた鹿のお裾分けのローストと畑で取れたお野菜のシンプルな組み合わせ。黒猫君も私も忙しかったから兵士さんたちが作ってくれたらしい。
 それでもそれに文句言う人なんて誰もいないし、他の兵士さんたちは黙々と無言で食べてる。

「黒猫君、私はあっちに座るよ」
「いや椅子も少ないしこのままでいいだろ」


 今更ながら一応言ってみたけど軽い一言で拒否られちゃった。それどころか、片腕で私が落ちないように座り直させられてるし。形だけ文句は言ったものの、私もお腹空いてるから直ぐに諦めて、目の前に出されたご飯にかぶりついた。

「それでドワーフたちはどこ行ったんだ?」
「一応誘ったが断られた。鉱山で別れて我々だけ戻ってきたんだ」

 うーん、塩のみのシンプルなお味。やっぱりちょっと物足りないと思っちゃうのは贅沢なんだろうな。肉を飲み込んで、ヴィクさんに続けて私も答える。

「ドワーフさんたちは鉱山内の苔とかを食べるみたい。そのままあそこで休むって言ってたよ」
「そう言えば今朝話を聞いてる途中で倒れてしまったここの元住人も、宿舎に戻る前にそんなことを言ってましたね」

 先に夕食を終えて木のコップでサイダーを飲んでたアルディさんが補足してくれた。
 ナンシーからの補給にはサイダーも入れてくれてたのか。
 羨ましいなぁとそれを横目に見ながら私も口を開く。

「あのおじさん、もう戻れたんですね。じゃああとでドンさんたちのこと伝えなきゃ」
「ああ、それはもう僕が伝えておきましたよ」

 アルディさんの向こう側からタンさんがパッと手を上げてそう言ってくれた。
 ドラゴンの翼で姿が見えなくなって心配してたタンさんもジョシュさんも、二人とも怪我もなくあのまま砦に逃げ込めたんだそうだ。
 そしてアルディさんたちにドワーフさんやスライムの説明をしてるところにヴィクさんが飛びこんだらしい。
 そこで思い出したけど、そう言えばディーンさん他ヨークの兵士さんたちを見かけないな。もう食事を終わらせちゃったのかな。
 キョロキョロと見回す私を他所に、黒猫君が私の木のコップにちょっとだけサイダーを入れてくれた。
 ……これはもしかして、私へのご褒美のつもりだろうか?

「そうか。こっちもまずは目処がたったかな」
「え、あの大量のオーク全部?!」
「あー、まだ暫くはかかるけどな」
「そうですね。あゆみさんが先に土窯を作って行ってくれたお陰ですよ」

 久しぶりのサイダーの糖分に頬が緩んでる時に話を振られてむせてしまった。確かに、鉱山に入る前に黒猫君に頼まれて大きな土窯を土魔法で作ってた。って言っても本当に地面に大きな穴を掘って、その周りの土を固めただけだから、あんなもので本当に役に立つのか疑問だったんだけど。
 黒猫君が指示してきたのは五メートルくらいの深さで車一台入りそうな大きさの穴。天辺は開きっぱなしだし、一応固めたって言ってもただの土。それを十個ほど頼まれた。とっても単純な作りだからあっという間にできたけど。

「あんなので本当に役に立ったんですか」
「ええ、作業は大変でしたけどね。なんせ兵士総出で大量の薪作りからでしたし」

 私の疑問にアルディさんが思い出したのか眉尻を下げて答えてくれる。

「ああ、それでも鉱山のお陰で石も石炭もゴロゴロ転がってたからあの量で出来たんだぞ」
「それだって砦から穴まで運んで、穴の底いっぱいに敷き詰めるのも重労働でしたよ」
「お前はほとんど指示してるだけだっただろ」
「それは指揮官ですから。一緒に動いてるネロ君がおかしいんですよ」

 アルディさんがしれっと言ってのける。ああ、だから今日は兵士の皆さん夢中でご飯食べてるんだね。
 無論あの土窯はオークを焼くのに使うんだとは思ったけど……
 ふと疑問に思って黒猫君に聞いてみる。

「待って、石炭はわかるけどなんで石なんて必要だったの?」
「石も一緒に焼くことで燃効率が上がるんだよ」
「本当黒猫君、そういう知識はすごいよね」

 黒猫君のサバイバル知識の多さに感心してる私とは違い、アルディさんが顔をしかめて付け足す。

「やっと火をつけてオークを入れてからも、しばらくは臭いが酷いものでしたし」
「ああ、でもあれが魔素が抜けるってことなんだろ」
「どういうこと?」
「ほら、ドワーフたちがオークの死体から魔素が土に『流れ込む』って言ってたろ。それに魔素が多いから腐敗したオークが臭うって話だった」

 ああ確かに。そう言えばアルディさんがそう言ってたような。そう思ってアルディさんを見ればウンウンと頷いてる。

「別に確証がある訳ではないのですが、昔からそう言いますね。ツチ豚モドキも調理中の悪臭が酷いんですが、オークほどはしないですし」

 これはこっちの常識的な知識なのかな? アルディさんの話に何人かの兵士さんが相槌打ってる。それを見て、黒猫君が先を続けた。

「だから多分魔素は血や体液に含まれてて、熱で揮発するんじゃねえかって仮定したんだよ」
「確かに。水スライムも日干しで乾燥させるとほとんど臭わなくなりますね」

 多分北の村で実際に乾燥させるところを見てたのか、ヴィクさんが思い出したように付け足した。

「それなら全部燃やさなくても要は魔素だけ揮発させればいいってわけだ」
「僕もネロ君の仮説を信じて試してみた訳です。実際、最初は腐臭が強烈になりましたが、数時間で殆ど消えました」
「先に内臓は抜いてたから早かったな。あっちは明日別の穴で焼いた石でも入れて始末しよう」

 黒猫君とアルディさんの話しを聞いて、その作業をしたらしき人たちがテーブルの向こう側でビクンっと跳ねた。一瞬ご飯を食べる手が止まっちゃってたけど、直ぐにブルブル頭を振ってまた食事を再開してる。
 ……よっぽど酷い臭いだったのかな。

「ネロさんの言うとおり、腐臭が減ったあと、恐ろしいことになんとも芳しい肉の焼ける匂いに変わってましたね……」

 それを他所に、タンさんが遠い目をしながら付け足すと、さっき一瞬手を止めた数人から「その話はもうやめろ!」って文句が上がった。それを見ながら黒猫君がニヤリと笑って付け加える。

「まあ豚の土窯焼きと同じ手順だからな。上手くすれば明日には食えるかもしれねえぞ」
「いくら匂いが良くても食べるのは遠慮させていただきます」

 胃のあたりを抑えたタンさんがすかさず答えた。
 そう言えば、鉱山からの帰り道、確かにすごくいい匂いしてたもんね。私は単純にそう考えたんだけど、どうやら今日作業をした人たちはいまいち食べる気にはなれないみたい。

「そう言えば私たちが来る前はオークも料理して食べてたんですよね」

 私がそう話を振ると、タンさんがギュッと眉根を寄せた。

「いえ。料理というか。今思えばあれはいまいち火が通ってなかったかもしれません。皆オークを触りたくありませんでしたから、マークたちが全て処理してましたし」
「それじゃ腹も壊すだろうよ。……もしかすると魔素がきつくてってのもあったのかもな」

 黒猫君がそういうと、ふと気づいたようにジョシュさんが口を挟む。

「そう言えば、今も残ってる兵士はほとんど魔力持ちでしたね」
「あー。じゃあもしかすると魔素で中毒になってたのかもな」

 黒猫君の言葉にアルディさんも考え込んでる。あれ、もしかしてアルディさんオークを食べるか考え直してるのかな。

「ネロさん、あれどれくらい燃え続けるんでしょう」

 話の切れ間にジョシュさんがパンを千切りながら聞いてくる。今夜も農民の皆様のお陰で、硬いながらもパンもあるのだ。

「石炭の質にもよるが半日は焼けるんじゃないか? 今日の調子で続ければ数日で全部焼き終わるだろ」
「そうするとあとは現在増えてしまったスライムの処理だけですね」

 黒猫君が答えるとアルディさんが直ぐにそう付け足した。
 そこでヴィクさんが思い出したように口を開く。

「そう言えば、ディアナが山頂で作ってたあの寝床だが、あれを作れるならここの備蓄の縄で引き網も作れるんじゃないのか」
「ああ、でしたらあとはここの人手でスライムを引き上げて日干し出来ますね」

 やはりスライム作業の経験者らしきジョシュさんが直ぐに相槌を打った。

「じゃあそれは明日ディアナに依頼してみるか」

 すごい。なんかどんどん片付けに目処が立ってきてる。これなら確かにもうすぐナンシーに戻れるのかも。

「まだオーク牧場のほうにも死体がありますから、あゆみさんにはまた明日も土窯を作っていただけると助かります」
「わかりました」

 アルディさんに私が笑顔で即答すると、それを見た黒猫君がコホンと咳払いを一つして、テーブルを見回して口を開く。

「じゃあ大体夕食も終わったみたいだし、そろそろあゆみの問題を話し合うぞ」

 難しい顔で私をチラ見した黒猫君が、意を決した顔でそう声を上げた。
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