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第12章 北の砦

23 後片付け1

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「あゆみ大丈夫か?!」
「あゆみさん、怪我は……っ!」

 ドラゴンさんたちがお帰りになった途端、私たちは大勢の人たちに囲まれちゃった。
 砦の中で心配してたアルディさんやヴィクさんを始めとする兵士さんたち多数が、門が上がりきるのも待たずに怒涛のように転がり出してくる。その勢いに私の思考が一時停止した。
 それとほぼ同時に、今度は私と黒猫君のすぐそばの草地の上にモコモコと幾つもの盛土が出来たかと思うと、大量のドワーフさんたちがヒョコヒョコと顔を出した。
 うわ、まるでモグラ叩きのゲームみたい。
 呑気にそんなことを思った私とは違い、それにギョッとしたアルディさんたちが一斉に剣を抜くのを、黒猫君が慌てて立ち上がって押し留める。

「待てアルディ、こいつらは人畜無害だ。タンたちからスライムの大量発生の話は聞いたんだろ?」
「え、ええ、ですが……」

 アルディさんが抜いた剣を片手で握る一方で、ヒョコヒョコと歩いてきたドワーフさんたちが口を開く。

「後片付けぇ」
「後片付けぇ」
「みんなで後片付けなんだぁ」
「ドラ神様の命令は絶対なんだよぉ」

 私と黒猫君の周りにわさわさと集まってきたドワーフさんたちが口々に気の抜ける声でそう言いつつ、十匹一組みで輪を作って踊るようにヒョコヒョコ回る。それを見て、アルディさんたちも流石に毒気を抜かれたのか剣を収め緊張を解いてくれた。ふと視線に気づいて顔を上げたら、黒猫君とバッチリ目が合った。のに、なぜかそのまま黒猫君に視線を逸らされた。
 あれ?

「じゃあ、こいつらじゃないが、とっとと建設的な後片付けの割り振りしちまおう」

 そう言って、黒猫君がその場で勝手に采配を振り始める。

「まずはこのオークの死体と鉱山の中の汚水をなんとかしねーとな」
「そうは言いますが、あの量では簡単には解体も出来ませんよ」

 アルディさんが指差す平原にはまだ幾つものオークの死体が山を作ってる。

「普通はどうやって処理してたんだ?」
「基本は放置ですね。街が近い場合は汚臭の文句が出ますので少しずつ焼却しますが」
「この量だと時間かかりそうだな」
「そうですね。今朝方、他の班がオーク牧場になっていた場所を見に行きましたが、そちらにもかなり死体が残ってるようです」

 確かにあれを全部焼却するのは大変そう。
 でも私の光魔法ならきっと──
 そこまで考えたところで胃のあたりがキュッと締まって思い直す。
 違う、これ以上魔法を使っちゃいけないんだった。
 あんまり皆が騒がしくて一瞬気がそれちゃったけど、私それどころじゃなかったはず。大切な記憶がいっぱい消えちゃってて、皆の名前が思い出せなくて、大変で。なのに。
 あれ? さっきまであんな死ぬほど落ち込んでたのに、なぜかこの短い時間の間にその恐怖や苦しさがこんなに薄れちゃってる?
 すっごく大変な問題のはずなのに、なぜかそれはどこか当たり前の事実みたいになっちゃってて。

「あゆみ、ちょっとこっち向いて」

 テーブルセットに座ったまま黒猫君の采配を物想いに耽りつつぼーっと眺めてた私に、直ぐ後ろから声がかかった。振り返った私の顔に、ピシャリとなんか冷たい物が当たる。

「ヒャ!?」

 驚いて上げた私の声に、皆が一瞬一斉にこちらを振り返った。驚いて見れば、濡れタオルを片手にヴィクさんが私の後ろでかがみ込んでた。砦から持ってきたタオルをアルディさんが濡らしてくれたのかな?
 ちょっと冷たいそれを私の顔に押し当てて、ヴィクさんが優しく拭いてくれる。

「あ、ヴィクちょっと貸せ」

 その様子を見た黒猫君がそう言って手を伸ばしひょいとタオルに触れると、ヴィクさんの手の中のタオルがぽわっと湯気を上げはじめた。熱魔法で温めてくれたみたい。そのまままた会話に戻っちゃった黒猫君を苦笑いしながら見たヴィクさんが、改めて私の顔を拭いてくれる。

「すごい顔だよあゆみ。よく頑張ったね」

 そう言いながらヴィクさんが優しく顔を拭ってくれる。今度はポカポカと暖かくなった濡れタオルを押し当てられて、カサカサだった顔を少しずつ拭いてもらううちに、なんか一気に気が抜けて目尻からジワリと涙が染み出してきた。それを見たヴィクさんが眉根を寄せて、皆から隠すように私を抱えて人の輪から連れ出してくれる。

「あゆみ、お疲れ様。さっきは悪かったよ。でも私もディアナもやっぱり心配だったんだ」

 軽々と私を抱えたヴィクさんは、そう言って困ったように顔を歪めて私を見下ろした。

「一人で歩くことも出来ないあゆみに兵士の私や戦士のディアナより先に飛び出されちゃ、私たちは本当に情けなくなる」

 そんなことを言って深いため息をついたヴィクさんに、私は慌てて弁解する。

「そ、そんなヴィクさんそれは違う、ヴィクさんは全然悪くないし情けなくもない。あれは私が我がままだっただけで、ヴィクさんたちが止めようとしたのは仕方ないよ」

 あの時の自分がどれだけ無謀に見えたか、私だってそこはちゃんと分かってる。それどころか。

「さっきはお礼言えなかったけど、バッカスが投げ飛ばした私をちゃんと受け止めてくれてありがとう。それに沢山心配かけちゃってごめんなさい、ヴィクさん」

 私がそう言って腕の中で頭を下げれば、やっとヴィクさんが小さな微笑みをくれた。そして直ぐ横の草地に私を座らせて、さっき同様私の顔を丁寧に拭ってくれる。ついでに泥だらけの私の服を見て、顔を顰める。

「その服も酷いな。一旦砦に着替えに戻るか」
「いやヴィク、どうせ作業すればまた汚れるからそれは後にしてくれ。あゆみ、お前はバッカスとヴィクと一緒に鉱山に行ってくれるか」

 ヴィクさんの言葉が終わらないうちに、黒猫君がこちらに声をかけてきた。

「ドンたちの話だと、お前の土魔法なら鉱山の汚水を片付けるのも難しくないらしい」

 そう言われて返事をしようとして声が固まった。待って、私もう魔法は使っちゃダメだったはず。
 返答に詰まった私をそのままに、黒猫君が淀みなく先を続ける。

「安心しろ、ルディンのお袋さんからの伝言でお前の土魔法はここの鉱山で使う分には安全らしい」
「どういうこと……?」
「あいつら、俺たちとは別にルディンのお袋さんから色々言いつかったらしいんだが、お前の場合、土魔術は幾ら使ってもこれ以上強くはならねーんだとさ。ま、詳しい話はシアンに聞けって伝言だ」

 そうか。黒猫君、ちゃんと分かってて言ってくれてるのか。じゃあこれはやって本当に大丈夫、なのかな。
 私も自分に出来るお仕事がやれるのなら、私だってもちろん出来る限りお役にたちたい。
 でも今の話だと……

「シアンさん、もしかして色々私に隠してたのかな?」

 黒猫君は大きく頷いて忌々しげに南のほうを睨む。

「ああ。だからとっととここを片付けてナンシーに戻るぞ」

 そう言って、私とヴィクさんに割り振られた仕事の概要を伝えてくれた。
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