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第12章 北の砦

閑話: 黒猫のぼやき11(後編)

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 涙で顔グチャグチャにしたあゆみが俺の上半身を起こしあげたのは、それから十分ほどあとのことだった。
 あれっきり、俺は首一つ動かせないままうつ伏せに倒れて成り行きに聞き耳をたててた。なんせ地面に叩きつけられた時、俺はあゆみたちと反対側向いちまってた。お陰で一体なにが起きてるのか、耳から入ってくる情報以外ほとんどが分からねえままだった。

 ドラゴンが遠ざかる地響きと共に、俺の周りを囲ってた檻みたいな土壁が一気に崩れ落ちて、ガサガサ音がしたと思ったら突然あゆみが視界に入って、そんで。
 身体動かされるとまだ視界がグラグラ揺れやがる。
 待てよ、脳震盪ってこんな長かったっけか?
 
(さっきなんかもう暫く動けなくするとかなんとか言ってなかったか?)

『ああ、申し訳ありません、あなたの症状を時間停止していました。すぐに元に戻しましょう』

 呆れるくらい素直な謝罪の念と一緒にさっきの女の声が頭に響いた。
 くそ、こいつら時間停止できるのか。これじゃキールと……
 はっきりキールたちのことを考えそうになって、慌てて思考をぼやかした。
 やべえ、コイツらに筒抜けになっちまう。これはかなり面倒くせーな。

「黒猫君、声聞こえてる? ねえ、黒猫君、返事して」
「あ~、悪い、聞こえる」

 俺の上半身を起こしあげようとしたあゆみが、起きられない俺を見てまた心配したのか、悲痛な顔で結局俺の頭を膝枕した。そのままボロボロの顔で俺を覗き込んで何度もしゃくりあげてる。
 こんな時だがあゆみの膝枕は久しぶりだ。猫の頃はよくやってもらってたな、これ。
 それにしても酷いな。髪には枝やら葉っぱやら絡み付いてるし、顔はすっかり泥だらけで。その上、涙を袖ででも拭ったのか、思いっきり顔に横線入ってる。
 鼻水垂れてるし、目が真っ赤だし、唇割れてるし、ああ……

「そんな、心配すんな。あいつ言ったろう、脳震盪だって」

 まだクラクラする頭をゆっくりとあげながら、目眩を押し殺してなんとか笑顔を作った。多分それが一番コイツが安心するはずだ。
 案の定あゆみが俺の顔見てまた泣きだした。

 俺、マジで生きてて良かった。
 気絶とかしねえで良かった。
 あゆみもしっかり生きてるし。
 ドラゴンもどうやら今すぐなんかする気ねえみたいだし。
 なんかどっと疲労が襲ってきて、もう色々どうでもよくて、あとは今すぐ帰って寝てえ。

「ちょ、ちょっと黒猫君、目つぶんないで、寝ちゃダメ、まだ」
『落ち着いたらちゃんと話をするのですから、今更気絶などしないでください』

 なぜかあゆみとドラゴン両方に叱られた。
 しかも二人してなんか魔力送ってくるから、一気に体力だけ戻ってきちまって。

「やべ、ちょ、待った、もういらねえええ!」
『え、もう?』
『遠慮してるわけじゃ……なさそうですね』

 おいドラゴン、意識が思いっきり笑ってるだろ!
 しかも今ので一気に怒涛のような早口のあゆみの意識まで一緒に流れこみ始めた。

『本当に?本当に?ホントのホントに黒猫君大丈夫?まだなんかぐったりしてるよ黒猫君?視線揺れてるし尻尾垂れてるし、あ、でも一生懸命笑ってくれる黒猫君の笑顔素敵!じゃなくて黒猫君無理して笑ってない?顔赤いし?汗かいてるし?あ、尻尾立った!でもなんか黒猫君の尻尾震えてる?これもしかして寒いんじゃ?あ、でも震えてる尻尾可愛い!触りたい!握りたい!撫で回したい!そういえば最近電撃流してなかったっけ、ちょっと流したらあったまるかな。電撃流すと毛がブワッて立ってめちゃくちゃ可愛いんだよね…じゃなくて黒猫君の顔が赤くて尻尾震えてるからもうちょっとやっぱり魔力流して、あ!そう言えば前にお婆さんに教えてもらった回復魔法試してみよ──』
『やめろ!!!!』

 これ以上あゆみに余計なことされちゃ堪らねえ!
 俺は逃げ出すようにあゆみの膝から飛び起きて、やっと回復した頭を左右に振りつつ立ち上がった。念のため自分の体をあちこち動かして、他に怪我がないのを確かめる。ああ、猫の本能で少しは受け身取れてたらしい。打ち身はそこそこあるけど骨も内臓もおかしな感じはねえ。

 そんでバッカスたちを振り向いて手をふっとっく。
 あ、バッカスも結構心配してたのか。後ろ向いちまった。
 俺はパンパンと服についたホコリを落とし、まだ地面に座り込んだままスゲー恥ずかしい俺への心配を力一杯垂れ流してくるあゆみを拾い上げる。よく見ると掌も膝も土で真っ黒だ。
 ……杖使わねえで慌てて俺んとこまで這って来てくれたんか、こいつ。

「黒猫君、本当に体大丈夫?」
「ああ。心配すんな」

 口開いてまで同じ心配してくる不安そうなあゆみの頭を、片腕で抱えるように抱きしめて、その小さな頭をぽんぽんと叩いとく。
 そのままあゆみの髪に指を通し、絡まった小枝やら葉っぱやらを落としながら、大きく深呼吸一つ。
 俺は覚悟を決めて川の向こう側に並ぶドラゴンたちを振り仰いだ。

「ホントに話ができるんだよな」
「私は最初からそのつもりだったんですけれど」
「ある意味都合よく色々見せて頂けました」

 こちらに流す意識を色々押し殺した遠方のドラゴンに代わり、目前のドワーフ達が意味深な返事をしながらその場に座り込んだ。
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