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第12章 北の砦
閑話: 黒猫のぼやき10
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説明を終え、嗚咽と涙の止まらないあゆみを膝に抱えた俺は、実はかなり途方に暮れていた。
今回の件はマジで救いがねえ。
あゆみを慰める言葉がなに一つ思い浮かばねぇ。
なのに片や俺の胸の内はそれとは全く別の理由でグツグツ煮え立ってた。
夕方、ここに到着した時点ではあゆみが自分から『夫婦』宣言してくれて内心踊り上がったのに、そのすぐあと今度は俺の元を離れて独りで──いやシモンと一緒に獣人国に行くって言いだしやがって。
洞窟が崩れ落ちたのはいい。いつものことだ。あゆみと一緒にいる時は何が起きてももう驚かねえ。
だけど、今終わらしてきた尋問は、最後は正直『拷問』にすり替わってた。
あれは間違いなくやり過ぎだ。やり過ぎだった。
なのに3人軍人がいて、それでも俺たちはやめられなかった……
最悪に醜悪で、自分でも自分に吐き気がする。
長いことこういう暴力から離れてたせいか、以前以上にへこんだ。
……のと同時に、マズい感じに興奮しちまってる。
喧嘩したあと、暴力沙汰に巻き込まれたあと、誰かが死んじまったあと。
この感覚を俺は知ってる。
チクショウ。
ぜってーマズい。ぜってーヤバい。
さっきっからあゆみが嗚咽を上げて身を震わせるたび、こっちまで震えがきてる。
あゆみのすすり泣きが頭の中の変な場所刺激して、真っ黒な嗜虐心が抑え切れねえ。
「キャ!」
「悪いあゆみ」
思わず腕の中のあゆみを突き放しちまった。……押し倒すより多分ましだ。
と思いつつも、それ以上なんて声をかけていいのかも分からなくて、俺はあゆみを突き飛ばしたその姿勢で凍り付いた。
「黒猫君、どうしたの?」
ゴロンとベッドを転がったあゆみは、なんとか転げ落ちることなくすぐに起き上がった。
そのまま真っ赤に腫らした目であゆみが驚いたように俺を見る。
「あ……」
言葉が見つかんねぇ。
「黒猫君、大丈夫?」
マジ、見つかんねぇ。
諦めて、がっくりその場で手を下ろし、俯いた。
そんな俺に、あゆみの手が伸びる。
「黒猫く──」
「触んな」
最悪。
昔と同じドスの効いた声が出ちまった。
案の定、あゆみの手がビクリと震えて止まった……はずだった。
「やだ」
あゆみの否定の言葉と、あゆみの手が俺の頬に触れるのが同時だった。
「黒猫君、何隠してるの?」
「…………」
あゆみがこっちににじり寄ってくる。
「なんか私に隠して、自分だけ苦しんでるでしょ」
前半は正しいが、後半は間違ってる。
一番苦しんでるのは牢の中のジェームズだろう。
そんでそれ以上近づかれると、次に苦しむのはあゆみになっちまう。
「さわるなよ」
そう思って拒絶したはずなのに、俺の絞り出した声には全然力がこもってねぇ。
もう一方のあゆみの手が、俺の顔を挟み込むように反対の頬に触れる。
そして、ゆっくりと俺の顔を引き上げた。
見られたくねぇ。
そう思うのに、真っすぐ俺を見つめるあゆみの目を見ちまったらもう視線が外せなかった。
「いやだよ。黒猫君、私達……夫婦でしょ?」
あああああ……
「そんなに自分だけ苦しまないで。お願いだから、私にも教えて」
「あゆみ……」
勝手に涙がこぼれた。
頬を包むあゆみの手が濡れた。
欲情が滾って仕方ねえ。
それを誤魔化すように、俺はギュッとこぶしを握って口を開いた。
「聞いたら、多分、お前は、俺を──」
「怖がらない。嫌いにならない。絶対に」
俺が言いきる前にあゆみが答える。
こいつ、なんでこんなにはっきり言えるんだよ。
俺がどんなに醜悪な人間か、知らねえクセに。
人を殴ったのは今日が初めてじゃねえ。
誰かの骨を折ったのも初めてじゃねえ。
ここに来て、戦闘中にこの手で肉を引き裂いたことだってある。
だけど、多分、今日のあれは……俺も、アルディも。ディーンだって、カーティスだって。
俺たちは、あの醜悪で愚かで下衆で胸クソなジェームズが上げる悲鳴を楽しんじまってた。
「黒猫君、下で尋問してる時、何かあったの?」
「…………」
「ねえ、黒猫君ってば!」
どうしても言えない。言いたくない。
あゆみに嫌われたくない、怖がられたくない。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、あゆみは追及を止める気がないらしい。
だから俺は。オレハ。
「なあ、そんなに言うなら、今すぐ俺に抱かせてくれ」
思わず、言っちまってた。
途端、あゆみの手がピクンと動く。
それがゆっくり離れて、突然頬が涙で冷たくなる。
俺の胸も冷たくなる。
怖がられるくらいなら、蔑まれるほうがいい。
「いいよ」
ずっしりと落ち込んだ俺の目の前で、きっぱりとしたあゆみの声が響いた。
思わず顔を上げると、あゆみが服脱ぎだしてる。
止める間もなく全て脱ぎ切ったあゆみが、ベッドの上に裸のまま座ってジッと俺を見た。
そして真っ赤な顔で、真っ赤な目で、だけどたじろぎもせずにあゆみが俺に言う。
「黒猫君、抱いて」
そこで俺の理性は綺麗に消えた……
「そっか。ジェームズさん、いじめちゃったんだ」
それからあれやこれや夫婦の時間を過ごした俺は、体力と気力をギリギリまで削られてぐったりしたとこであゆみに白状させられた。
こいつ、結構策士だよな。
まあ、一部ひどすぎるところは修正したがほぼ全部正直に話したのに、あゆみから返ってきたのは気が抜けるほど端的な返事だった。
「いじめるって、お前」
「だって、そうでしょ? 動けないジェームズさん相手に2人で暴力振るったんだから、それ、いじめだよね」
「いじめというよりは拷問──」
「次は私を連れてって」
「へ?」
「だから、私を連れてって。そしたら、少なくとも黒猫君はもうしないでしょ」
「しない、な」
俺が思わず答えるとあゆみがジッと俺を見てまた続けた。
「黒猫君、アルディさんに引きずられないで。アルディさんって時々やっぱり軍人さんだなって思うよ」
「あ、ああ」
「黒猫君と稽古やってる時も思ってた。あれ、多分アルディさんの地だよね」
そう言って、言葉を切ったあゆみが俺の手を握る。
「でも黒猫君は違うでしょ? バッカスの時だって最後まで我慢してたし、今回も最初は止めようとしたんだよね」
あゆみが目を逸らさずに、俺に伝えようとするのは……
「黒猫君はアルディさんとは違う。黒猫君は暴力が好きなわけじゃない。出来るのと好きなのは違うよね」
また涙がこぼれた。
こいつ、また俺を泣かせてやがる。
こいつには、ほんと、何度も何度も泣かされてるな。
だけど、そんな俺をあゆみは信じてる。信じてくれてる。
正直あゆみが言うほど自分がアルディと違うのか、俺には分からねー。
でも、あゆみが信じてくれる限り、俺はあゆみが信じるような人間でいたい。
そう思えた。
「だから黒猫君、次は私を連れてって。私が絶対止めるから」
ちょっと俺の思考とズレてるあゆみが可愛い。そんで愛しい。
そのままうんうん頷いて、あゆみにキスをする。
「聞いてる黒猫君?」
俺のキスを中断して尋ねるあゆみにまた頷いてキスをする。
何度もキスをして、抱きしめて。
布団被ってキスをして。
抱きしめてキスをして。
あゆみが寝付くまでそれを繰り返し、腕の中で寝落ちたあゆみの寝顔見ながらあゆみの言葉を何度も反芻して、俺は一人あゆみの与えてくれる幸せを噛みしめながら眠りについた。
今回の件はマジで救いがねえ。
あゆみを慰める言葉がなに一つ思い浮かばねぇ。
なのに片や俺の胸の内はそれとは全く別の理由でグツグツ煮え立ってた。
夕方、ここに到着した時点ではあゆみが自分から『夫婦』宣言してくれて内心踊り上がったのに、そのすぐあと今度は俺の元を離れて独りで──いやシモンと一緒に獣人国に行くって言いだしやがって。
洞窟が崩れ落ちたのはいい。いつものことだ。あゆみと一緒にいる時は何が起きてももう驚かねえ。
だけど、今終わらしてきた尋問は、最後は正直『拷問』にすり替わってた。
あれは間違いなくやり過ぎだ。やり過ぎだった。
なのに3人軍人がいて、それでも俺たちはやめられなかった……
最悪に醜悪で、自分でも自分に吐き気がする。
長いことこういう暴力から離れてたせいか、以前以上にへこんだ。
……のと同時に、マズい感じに興奮しちまってる。
喧嘩したあと、暴力沙汰に巻き込まれたあと、誰かが死んじまったあと。
この感覚を俺は知ってる。
チクショウ。
ぜってーマズい。ぜってーヤバい。
さっきっからあゆみが嗚咽を上げて身を震わせるたび、こっちまで震えがきてる。
あゆみのすすり泣きが頭の中の変な場所刺激して、真っ黒な嗜虐心が抑え切れねえ。
「キャ!」
「悪いあゆみ」
思わず腕の中のあゆみを突き放しちまった。……押し倒すより多分ましだ。
と思いつつも、それ以上なんて声をかけていいのかも分からなくて、俺はあゆみを突き飛ばしたその姿勢で凍り付いた。
「黒猫君、どうしたの?」
ゴロンとベッドを転がったあゆみは、なんとか転げ落ちることなくすぐに起き上がった。
そのまま真っ赤に腫らした目であゆみが驚いたように俺を見る。
「あ……」
言葉が見つかんねぇ。
「黒猫君、大丈夫?」
マジ、見つかんねぇ。
諦めて、がっくりその場で手を下ろし、俯いた。
そんな俺に、あゆみの手が伸びる。
「黒猫く──」
「触んな」
最悪。
昔と同じドスの効いた声が出ちまった。
案の定、あゆみの手がビクリと震えて止まった……はずだった。
「やだ」
あゆみの否定の言葉と、あゆみの手が俺の頬に触れるのが同時だった。
「黒猫君、何隠してるの?」
「…………」
あゆみがこっちににじり寄ってくる。
「なんか私に隠して、自分だけ苦しんでるでしょ」
前半は正しいが、後半は間違ってる。
一番苦しんでるのは牢の中のジェームズだろう。
そんでそれ以上近づかれると、次に苦しむのはあゆみになっちまう。
「さわるなよ」
そう思って拒絶したはずなのに、俺の絞り出した声には全然力がこもってねぇ。
もう一方のあゆみの手が、俺の顔を挟み込むように反対の頬に触れる。
そして、ゆっくりと俺の顔を引き上げた。
見られたくねぇ。
そう思うのに、真っすぐ俺を見つめるあゆみの目を見ちまったらもう視線が外せなかった。
「いやだよ。黒猫君、私達……夫婦でしょ?」
あああああ……
「そんなに自分だけ苦しまないで。お願いだから、私にも教えて」
「あゆみ……」
勝手に涙がこぼれた。
頬を包むあゆみの手が濡れた。
欲情が滾って仕方ねえ。
それを誤魔化すように、俺はギュッとこぶしを握って口を開いた。
「聞いたら、多分、お前は、俺を──」
「怖がらない。嫌いにならない。絶対に」
俺が言いきる前にあゆみが答える。
こいつ、なんでこんなにはっきり言えるんだよ。
俺がどんなに醜悪な人間か、知らねえクセに。
人を殴ったのは今日が初めてじゃねえ。
誰かの骨を折ったのも初めてじゃねえ。
ここに来て、戦闘中にこの手で肉を引き裂いたことだってある。
だけど、多分、今日のあれは……俺も、アルディも。ディーンだって、カーティスだって。
俺たちは、あの醜悪で愚かで下衆で胸クソなジェームズが上げる悲鳴を楽しんじまってた。
「黒猫君、下で尋問してる時、何かあったの?」
「…………」
「ねえ、黒猫君ってば!」
どうしても言えない。言いたくない。
あゆみに嫌われたくない、怖がられたくない。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、あゆみは追及を止める気がないらしい。
だから俺は。オレハ。
「なあ、そんなに言うなら、今すぐ俺に抱かせてくれ」
思わず、言っちまってた。
途端、あゆみの手がピクンと動く。
それがゆっくり離れて、突然頬が涙で冷たくなる。
俺の胸も冷たくなる。
怖がられるくらいなら、蔑まれるほうがいい。
「いいよ」
ずっしりと落ち込んだ俺の目の前で、きっぱりとしたあゆみの声が響いた。
思わず顔を上げると、あゆみが服脱ぎだしてる。
止める間もなく全て脱ぎ切ったあゆみが、ベッドの上に裸のまま座ってジッと俺を見た。
そして真っ赤な顔で、真っ赤な目で、だけどたじろぎもせずにあゆみが俺に言う。
「黒猫君、抱いて」
そこで俺の理性は綺麗に消えた……
「そっか。ジェームズさん、いじめちゃったんだ」
それからあれやこれや夫婦の時間を過ごした俺は、体力と気力をギリギリまで削られてぐったりしたとこであゆみに白状させられた。
こいつ、結構策士だよな。
まあ、一部ひどすぎるところは修正したがほぼ全部正直に話したのに、あゆみから返ってきたのは気が抜けるほど端的な返事だった。
「いじめるって、お前」
「だって、そうでしょ? 動けないジェームズさん相手に2人で暴力振るったんだから、それ、いじめだよね」
「いじめというよりは拷問──」
「次は私を連れてって」
「へ?」
「だから、私を連れてって。そしたら、少なくとも黒猫君はもうしないでしょ」
「しない、な」
俺が思わず答えるとあゆみがジッと俺を見てまた続けた。
「黒猫君、アルディさんに引きずられないで。アルディさんって時々やっぱり軍人さんだなって思うよ」
「あ、ああ」
「黒猫君と稽古やってる時も思ってた。あれ、多分アルディさんの地だよね」
そう言って、言葉を切ったあゆみが俺の手を握る。
「でも黒猫君は違うでしょ? バッカスの時だって最後まで我慢してたし、今回も最初は止めようとしたんだよね」
あゆみが目を逸らさずに、俺に伝えようとするのは……
「黒猫君はアルディさんとは違う。黒猫君は暴力が好きなわけじゃない。出来るのと好きなのは違うよね」
また涙がこぼれた。
こいつ、また俺を泣かせてやがる。
こいつには、ほんと、何度も何度も泣かされてるな。
だけど、そんな俺をあゆみは信じてる。信じてくれてる。
正直あゆみが言うほど自分がアルディと違うのか、俺には分からねー。
でも、あゆみが信じてくれる限り、俺はあゆみが信じるような人間でいたい。
そう思えた。
「だから黒猫君、次は私を連れてって。私が絶対止めるから」
ちょっと俺の思考とズレてるあゆみが可愛い。そんで愛しい。
そのままうんうん頷いて、あゆみにキスをする。
「聞いてる黒猫君?」
俺のキスを中断して尋ねるあゆみにまた頷いてキスをする。
何度もキスをして、抱きしめて。
布団被ってキスをして。
抱きしめてキスをして。
あゆみが寝付くまでそれを繰り返し、腕の中で寝落ちたあゆみの寝顔見ながらあゆみの言葉を何度も反芻して、俺は一人あゆみの与えてくれる幸せを噛みしめながら眠りについた。
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