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第11章 北の森

閑話(番外編):夏の記憶

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作者より:
2週間ほど土日も仕事でどうにも続きが書けません。11月25日には復活すると思われます。
申し訳ありません。
そんな疲れてる私の為にツイッターでとっても素敵なFAを頂きました。
嬉しくて嬉しくて、挿絵に使わせていただくと言ったところ、背景がないと寂しいからと入れて下さった背景がまるっきり日本で。絵の作者様が「急に日本にもどったので黒猫君も白目に…が一番合う」などとのたまわってくださったので、それをなんとか辻褄を合わせて書いた番外編がこちらになります(前置きが長い)。
時系列的には『11章北の森 1 魔術と足』のあとに入ります。
絵は頂き物ですのでくれぐれも取り扱いにご注意下さいませ。
それでは宜しくお願いします。

──────────



「えーっと黒猫君、これどうなっちゃったの?」
「…………」
「ここ……ナンシー……じゃないよね」
「……あゆみちょっと落ち着け」
「あっちに見えるの、どう見ても鉄橋だし」
「…………」
「こっちに見えるの田んぼ?」
「…………」
「あそこに立ってるのもどう見ても、日本家屋っぽい」

 ふと気づくと黒猫君に抱えられてここに立ってた。
 驚きのあまり、抱きついて悲鳴に近い声を上げてるのに、さっきっから黒猫君ムスッとしてて答えが返ってこない。
 それでも我慢できない。だって、もしかして、もしかしてこれ……

「私たち、日本に帰ってこれちゃった!?」
「……違う」
「え?」
「ありえねーから。ここは」

 私がもう疑う余地もないだろうと、大興奮でそう声を上げたのに、黒猫君がやけにきっぱりと否定した。
 不審に思う私をよそに、こちらも見ずに黒猫君がスタスタと近くの日本家屋へ向かって歩き出した。

 そのお家は田んぼの中をくねくねと走る田舎道の片隅に立ってた。この小山に囲まれた盆地みたいな隙間にはお家がここしかなくて、後ろは藪を挟んで海が見えてる。それは2階建てで、本当にどこにでもある日本のお家。
 近づいてくと道路に面した低い生垣の向こうに居間らしき広い部屋が見えた。縁側に吊るされた簾越しに少しだけ中が透けて見えてる。
 学生でも集まってるのか、中から若い人たちの笑い声が響いてた。

「ちょっとオバチャンに麦茶頼んでくるわ」

 その集団の一人がそう言いながら立ち上がって簾越しにこちらを見た。

「隆二、お前どこ行ってたんだ? っていうか何その耳? なんだ仮装祭りでもあるのか?」

 ヒョイっと簾を上げてこちらを見たのは、ここの風景にまるっきり馴染まない、金髪に白い肌、青い瞳の外人さんだった。一瞬黒猫君を見て驚いた顔をしたけど、すぐに親し気に話しかけてきた。

「え、黒猫君の知り合い?」
「ジェイク、お前こそここで何やってんだ?」

 私の質問を無視して、黒猫君がジェイクと呼ばれた外人さんに話しかけながら縁側の前に回り込む。よく見ると、奥に見える他の人たちも全員外国の人ばっかりだった。

「何言ってんだよ、お前が俺たちをここに連れてきてくれたんじゃないか。最初は、本当に何もない田舎でどうしようかと思ったけど、ここ海は近いしサシミは美味いしジョウチョあって最高だな」

 この人、ところどころ発音不思議だけど流暢に日本語しゃべるなぁ。

「じいさんとオバチャンは居間か?」
「ああ、そうだろ。いつもあそこでテレビつけっぱなしだから」
「俺も行く」
「?」

 不思議そうに見るジェイクさんをよそに、黒猫君が私を抱えたまま靴を脱いで縁側に上がった。そのまま話しかけるジェイクさんに適当に相槌うって廊下を進んでく。

 当たり前なんだけど。
 廊下には電気がついてて!
 部屋にはおこたが置かれてて!
 その向こうにはテレビまで!

 聞き慣れた宣伝が終わって見慣れた昼のバライエティ番組が流れ出し。
 その手前、こたつに足を突っ込んでそれを見てるのは皺くちゃのおじいさんと手拭いを被ったおばさんの二人。入ってきた私たちに気づいてこちらを振り仰ぎ、黒猫君と私を見て不思議そうな顔をした。

「オバチャン……じいちゃん……」

 横で響いた黒猫君の声がやけにくぐもってて、えっと思って横を見たら、なんと黒猫君の目に涙が浮かんでた。

「……であ……がって……さ」

 え? なんで?
 おじいさんがなんか黒猫君に言ったのに、今度は全然聞き取れなかった。でも黒猫君がうなずきながら私ごとそこに座る。すぐにおばさんが私たちの前に、冷たく冷えた麦茶のグラスを出してくれた。
 外は夏のように日差しが強くて温かいのに、なんでこたつって思ったけど、膝を入れると火が入ってない。多分出しっぱなしにしてるだけだったのかな。
 隣で黒猫君がなぜか声もなく泣いてる。
 突然日本に戻っちゃったこの異常事態に、本当ならいっぱい騒ぎたいんだけど。
 どうしよう、黒猫君が泣いちゃってて声もかけられない。
 それでも出していただいた麦茶はお礼を言って口をつけた。
 キンキンに冷えたこの感じ……冷蔵庫だよね。
 私もちょっとだけ涙が出そう。

 あまりに日常で、あまりに普通で、あまりに日本で。でも私の片足はなく、黒猫君の頭には耳がある。

「……と、……だ……」
「はい」

 おじいさんがなにか言って、黒猫君が頷いて。おばさんがなにか言って、また黒猫君が頷いて。
 おじいさんとおばさんがほんのり嬉しそうにほほ笑んで。
 ぽつぽつと会話は続き、麦茶飲んで、バライエティがまた宣伝に切り替わる頃。
 突然世界がゆっくりと暗くなり、まるで映画が終わるようにまわりの景色が全部消え去っていった。




 ふと気づけばさっき入った骨董屋さんの奥で黒猫君に抱えられてた。
 そう、私たち、確かナンシーの骨董屋さんにいたはずだよね?
 北に行く船に向かう途中、ちょっとだけ時間あるから冷やかすつもりで入ったのに。

「……黒猫君、大丈夫?」

 驚きより何より、手を握りしめて涙を拭いてる黒猫君が心配で。

「ああ、すまねえあゆみ、驚かしちまって。……おい店主、この道具なんか仕掛けがあんのか?」
「ああそれかい。持ち込んだ爺さんが『風の妖精の呪いがついてる』って息巻いてたが、普通の飾り箱さ。たまにその売り文句を本気にして買ってくやつがいるんだが、すぐに詐欺だって持って帰ってくるんでな。もう銀貨1枚にまけとくぜ」
「……いいや」

 短い返事を返した黒猫君は、そのままお店の外に出た。

「あれ、お前にも見えてたよな」
「うん」

 やっと口を開いた黒猫君が少し気まずそうに私を見る。
 
「すまねえ、俺のせいで変な期待もたせちまって。あれどう考えても俺の記憶の中の場所だったんだよ」
「黒猫君の記憶?」
「ああ、結構古い記憶だな……だけどあの頃ジェイクはいなかったからごちゃまぜになってたんだろうな」
「……?」

 話が見えなくて無言で見返してると、黒猫君が自分を落ち着かせるようにため息をついて、道の端に積まれてた木箱の一つに腰掛けた。私も下ろしてその横に座らせてくれる。

「あれは俺がたらい回しにされた親戚の家の一つだ。ほんの一夏、本来俺を預かってるはずの家族が海外旅行に行ってる間、彼らの親戚だっていうあの家においていかれたんだ」

 黒猫君が静かに話し続ける。

「他の親戚連中と違って、あのじいさんもオバチャンも俺に煩いことは言わなかった。まあ夏休みで学校がなかったってのもあるけどな。ホントになんもない田舎だったけど海は綺麗で、たっぷり美味いもの食わせてもらってた」

 話しながらちょっと俯いた黒猫君の顔は何かちょっと嬉しそうで。

「じいさんには船で地引き網にも連れてってもらった。あの家の裏から小さな港に出れるんだ。ホント、なんも変わってなかったな」
「じゃ、じゃあやっぱりさっきの、日本に行けてたんじゃ……」
「違う。……じいさんもオバチャンも、もういねーんだ」

 懐かしそうに話す黒猫君の様子に、ついそう口にしたんだけど。途端、私を見る黒猫君の顔が悲しそうに陰る。

「あそこは、あの風景はもうない。津波で消えちまった」
「あ……」
「海外のニュースで正にあの場所が何もなくなっちまってるのを見ちまった。駅も、港も、道も……」

 ああそっか。だから黒猫君、あんなにはっきり否定してたのか。
 今度こそどう言葉を返していいのか分からず、少し困ってる私の様子に気づいた黒猫君が直ぐに気を取り直したように明るく続ける。

「あゆみやジェイクにも、俺が日本で見せてやりたいって思う数少ない風景だったから……それで見えちまったんかな」
「ジェイクさんってさっきの人だよね。日本語凄く上手だった」

 他に思いつかなくてそんなどうでもいい事返したんだけど。

「え? あいつ英語で話してただろ」
「え? 私には日本語に聞こえてたよ?」
「じゃあ言語はこっちと一緒でチート効いてたんだな」
「あ、でもおばさんとおじいさんのほうは全然聞き取れなかった」

 私の顔をまじまじと見た黒猫君が一瞬間を置いてプハハっと笑った。

「ああ、俺もほとんど分かんねえ。二人とも東北訛りがひどすぎて」
「え、ええ! じゃああれ日本語だったの?!」
「ああ。俺、実は一度も二人の言ってることが分からなかったんだ」

 笑ったせいか、ほんの少しさっぱりした表情で黒猫君が続けた。

「言葉は分かんねーんだけどな、あの二人が俺を嫌ってないのはいつもよく分かってた。でも言ってること分かんねーから、あの頃はいっつも無視しちまって。後でスゲー後悔してたんだ」
「じゃあ黒猫君……」
「だから今日はとにかく頷いといた。……二人ともなんか嬉しそうだったよな?」

 私に尋ねるようにそう言い終えた黒猫君は、でも返事も待たず誤魔化すように私を抱えて立ち上がった。そのまま桟橋に向かおうとする黒猫君に思わず尋ねてしまう。

「さっきの箱、買わなくて良かったの?」
「ああ、さっきの店主も言ってたろ、ああいうのは二度目は見れねえって決まってんだよ。機会は一度っきり。だから俺はまあ、ラッキーだったってことだ」

 黒猫君はさっぱりした顔で、そのまま後ろも振り返らずに歩き始めた。
 黒猫君の記憶の中の日本が見れたのは嬉しかったけど、不思議とその景色はすぐにフヤフヤとした記憶になって消えてしまった。
 なのに、あの麦茶の味だけはその後もしっかりと私の心にも残ってしまって、そのあとしばらく私を悩ませたのだった。
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