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第11章 北の森

48 報告会9:地響き

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 ガキどもをぶら下げたまま宿舎に戻ると、中はさっきより転がってる人間が減ってガランとしていた。それでも入り口辺りにはまだ半数くらいの狼人族が人間を背に結わきつけられてるところだった。

「ああ、お帰りなさい、どうやら大丈夫だったみたいですね」

 俺の姿を見たアルディがホッとした顔でこちらを見たが。

「ナリ!」
「パタ!」
「リタ!」
「とーちゃん!」
「おかあああさん!」
「うわああぁぁん」

 俺が返事を返すより早く、俺に掴まってたガキどもが一斉に飛びおりて、それぞれの親の元へと走っていく。親もすぐに崩れ落ちるように自分のガキを受け止めた。その周りにはガキの血縁らしき奴らが狼の姿のまま集まり何重にも垣根を作った。

「全員いるか?」

 念のため俺が尋ねれば群れの中から一匹の見慣れた姿が前に出てきた。

「ああ、バッカス、確かに全員いる。これで全部だ」

 自分のことのように喜色を浮かべて奴らを見回し、顔を歪めて涙を我慢しながら、ニコラスが返事を返して深々と頭を下げやがった。

「バッカス、疑って悪かった。アントニーの言うとおりだった。本当に、本当にありがとう、感謝してる」
「ああ、バッカス本当に良くやった。私からも礼を言わせてくれ」

 ニコラスのすぐ横でディアナまで頭を下げ、それに習って次々にガキの親連中が頭を下げだした。

「よせ、やめろ、俺は大したことしちゃあいねえ」

 マジ、今回はやってみりゃスゲー簡単に行っちまって拍子抜けだった。なのに、親にぶら下がってるガキどもが揃って元気な声をあげだした。

「おじちゃんスゲーカッコ良かったの!」
「雷バーンでも平気だったんだよおじちゃん」
「うん、スゲー……かった」
「スゲーおじちゃんだった」
「おじちゃんスゲーおじちゃん」

「…………俺は、おじちゃん・・・・・なんかじゃねええええ!」

 そこで限界超えてキレた。背中がムズ痒すぎる上におじちゃん呼ばわりはもう沢山だ!
 そんな俺の様子を見てディアナが笑ってやがる。フン、笑えばいいさ。どうせ俺は力任せにしか群れを纏めらんねえ乱暴もんだよ。
 昔コイツに婚約破棄されるときに言われた言葉が脳裏に蘇る。

『悪いけど力しか脳のないお前の子を生むつもりはない』

 キッパリハッキリそう言って俺を巣穴から3日で叩き出したこいつに、今更頭なんか下げられた日にゃ背中がムズ痒くてたまらねえ。俺はディアナたちを全員無視してアルディを振り返った。

「アルディ、そっちはどうだ?」
「すでに半数は体調の良さそうな者を乗せて先に砦の外に送り出しましたよ。ここに残ってるのはその子供たちと繋がりのある狼人だけだそうです」

 そう言って周りを見回してる。シモンは先に作業を終わらせていたらしく、すでに姿が見えなかった。

「じゃあそろそろ出発するぞ」

 アルディと数人の兵士を背に乗せて短く低い遠吠えをあげ、俺は残った狼人族の群れを引き連れてルディンの待つ柵の端へと向かった。


 ────


「と言うわけで、そっからは柵を超えたとこでルディンと別れて、ディアナとヴィクの先導でそのまま全員南下させた訳だ。俺はアルディと兵をこっちに連れ帰るんで別れて戻ってきた」

 バッカスはそう言って頭をかくけど。

「え、あのまま南下って、どうやって川を渡るの?」

 橋はあそこしかないし、なんのかんの言ってバッカスは他の狼人族の皆さんとは体格が一回り違うのだ。バッカスみたいに跳躍だけで川は渡れないんじゃないのかな。心配して私が尋ねるとバッカスが肩をすくめて答えてくれる。

「ベンが倒した木があったろ、あれくらいの距離なら俺たち狼人族は飛んで渡れる。ディアナも川の狭まってる場所自体は知ってたから大丈夫だろ」

 ああ、そっか。確かにオークは渡れなくても狼人族たちの跳躍力ならあそこならなんとかなるか。

「ヴィクから伝言です。一旦2灯目の狼煙台によってくそうです」

 私がバッカスと話してる横でアルディさんが黒猫君に向かって報告してる。

「ああ、そのほうが食料を北の農村に送ってあそこで対処出来るもんな」
「でも狼煙台の皆さん、驚くでしょうねぇ」
「まあ、ヴィクも一緒ですし大丈夫でしょう」

 アルディさんが自信持ってそう言うのを聞いてちょっと羨ましくなってしまった。つい黒猫君の方を見てしまう。なぜか黒猫君もこっちを見てて、しっかり視線が合ってしまった。なんか恥ずかしくなっちゃった私は、それを誤魔化すようにアルディさんに向かって言葉を続けた。

「でもそれはちょっと見てみたかったですね。200頭からの狼の群れとかカッコ良さそう」
「ええ、壮観でしたよ。こう、バッカスの遠吠えを合図に凄い地響きがドドドドっと──」

 ──── ドドドドドドドド……

「アルディさん音真似が上手ですね」
「へ? いえ僕は別に……」
「え、でも聞こえますよね?」

 ──── ドドドドドドドド……

「聞こえますね」
「ヒャアッ!」
「おい! お前ら馬鹿やってねえでとっとと動け!」

 アルディさんに返事をされてるのと同時に身体がブワッと投げ出されて、悲鳴をあげた時にはすでに黒猫君に抱えられてバッカスの背の上だった。バッカス、いつの間に狼に戻ったの!

「え? え、ええええ!??」

 驚く私をよそにバッカスが砦のほうに向かって唸り声をあげてる。そのすぐ横にスッと進みだした影におかしな声が漏れ出した。だってベンさんが、四つんばいで毛を逆立てて唸ってたのだ。でもそれだけじゃなくて。ベンさんの大きな身体が今まで以上に膨らんでく。膨らむっていうか巨大化してるっていうか、大丈夫なのこれ!?
 慌てる私をよそに黒猫君とバッカスは、ベンさんに視線さえ向けない。

「あゆみ、ベン、手筈は?」

 それどころか冷静な黒猫君の声がすぐ後ろからかかる。

「橋に埋め込んだぞ」
「上出来」

 ベンさんが短く答えると、それが合図だったかのようにバッカスが前方に飛び出した。それでも黒猫君が後ろに向かって叫ぶ。

「俺たちが先に囮になる! アルディ、全員武装してあとから来い!」
「ネロ君、気をつけて」

 驚いて振り返ると、座ってたはずの兵士さんたちはもうひとり残らずいなかった。アルディさんも声は聞こえても姿は見えず。そのまますごい勢いで駆け出したバッカスのせいで、私は舌を噛み切らないように黒猫君にしがみつくので精一杯だった。

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