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第11章 北の森

44 報告会5:準備

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「それで結局あゆみたちと合流してあっちの奴らを連れ出してみたらディーンたちが全員動いてきちまったろ。だからそのまま俺が調停役みたいなふりしてあいつらの喧嘩を見守りつつ、皆に手伝ってもらったわけだ」

 黒猫君がなんかバッカスとチラチラ視線を送りあってたのが少し気になるけど、そっから先は少しは私も知ってる。私の充分すぎる威嚇射撃のあと、黒猫君は筆記用具持ってくるように私に伝言残して独りであのジェームズさんとディーンさんたちの会談に入っちゃったんだよね。その後数回、黒猫君がメモを取るふりして色々最低限の指示は伝えてきてくれた。それをバッカスが色々補足してくれて。
 
「ほんとは俺がバッカスやアルディたちと夜陰に紛れて戻るつもりだったのに、ルディンのせいで全部狂っちまった。でもどうやら伝言はちゃんと分かってくれたみたいで助かった」
「まあ大体は分かりました。バッカスも色々補足してくれましたし」

 そう答えたのはアルディさん。あのあと黒猫君からの伝言が来るたびにアルディさんを中心に皆で話あったんだよね。アルディさんがそれを集めて書き留めた紙を取り出してくれる。

『の800お250
 シモン、食料、縄
 狼人族 アントニー
 馬鹿ルディン梯子柵
 檻、あゆみ説明
 あゆみ留守番』

「ああ、こっちは農民が800人の狼人族が全部で250人だって言ってた奴だろ。であゆみが狼人族が一人で3~4人の農民を乗せていきゃあ間に合うって計算してくれた」

 バッカスが『の800お250』を見て指さしてる。

「バッカスが中の農民の皆さんの様子を伝えてくれたから、シモンさんに治療魔法頼みたいってことだってのは分かったよ」
「食料と皆をくくるための縄も分かりました」

 本当は私が行ければ治療魔法手伝えたのに、黒猫君の伝言だけじゃなく皆に止められて結局行かせてもらえなかったんだよね。その代わりシモンさんには私が直接お願いした。今はシラっとした顔で頷いてるけど、シモンさん最初はとっても渋ってた。やっぱり治療魔法ってエルフでもあまり使っちゃいけないものみたい。

「治療魔法をあまり多用すると皆さん逆に無茶ばかりするようになるんですよ。ですからエルフだって若いうちは決して使わないように教えられるんです」
「でもテリースさんは治療院でお仕事してますけど」
「あれは残念ながらエルフにしては大した魔力がありませんから問題ありません。ハーフのテリースと我々は違うんです、あゆみさんもですよ」

 そう言って苦笑いしつつも、結局私がどうしても助けてほしいとお願いすると、「最低限の治療だけですよ」と言って引き受けてくれた。あれ、そう言えばディーンさんの隊にも治療魔法してたオジサンがいたけど、彼はよかったんだろうか?
 食料は結局干し肉を持ってった。そんな短時間で大量の料理を準備するのは無理だったし、これから狼人族の背中に乗せられて気絶するなら、口に含んでおける乾いた肉の方がいいだろうってアルディさんが小さくちぎったビーフジャーキーみたいのを大量に用意していった。まあ、あと縄のほかにも色々持ってってもらったんだけどね。

「アントニーに狼人族の説得を頼みたいってのも分かった」
「一緒に行ってきた」
「ああ、俺が背中に乗せてったからな。やっぱ思った通り他の一族の連中はアントニーが話をしたらちゃんと納得しやがった」

 アントニーさんも足の怪我が治りかけだったんだけど、バッカスに乗っていったらしい。バッカスはどうやら自分だけじゃ説得出来なかったのが悔しいみたいだけど、アントニーさん、あんなに無口なのにどうやって説得したんだろう。私がつい見てるとアントニーさんが気づいて私に微笑んでくれる。何も言わなくても、アントニーさんに見つめられると何となく私も微笑み返したくなる。こういうところが多分好かれるところなのかな。

「一番訳が分からなかったのがここですね」

 そして、最後にアルディさんが頭をかきながらルディンの所を指さした。
 今ならルディンっていうのがあのドラゴンのことなのは分かるけど、最初これを見た時はバッカス以外、全員まるっきり意味が分からなかった。なのに、バッカスったら独りで納得して時間がないから後でって言って説明してくれなかったし。

「結局これどういう意味だったんですか?」
「ではあゆみさんとベンを残してここを出てからの出来事をご報告しましょうか」

 私の問いかけに、アルディさんが遠い目をしながら説明を始めてくれた。


 ──救出作戦1(アルディの回想)──


 ネロ君があゆみさんとあの巨大なドラゴンを引き連れて砦に向かった後、一体何があったのか突然ネロ君が会談用のテントを用意しろと言い出しました。垂れ幕の囲うきちんとしたものを、とわざわざ注文され、少しばかりイラつきつつも仕方なく設営を終えると、僕たちを橋のこちら側に待機させたまま説明もなくディーン中尉とジェームズ少佐、それにそれぞれの率いる将校たちを引き連れてそのテントに籠ってしまいました。彼らから目を離すわけにいかなかったのが今なら分かりますが、なぜ僕たちを待機させたのか、事情説明くらいはちゃんとして頂きたかったですね。
 まあそれからすぐネロ君からの指示が続々と届いて、結局こちらも忙しく動き回ることになりました。

「あゆみさん、それでは後をよろしくお願いいたします。ベン殿、あゆみさんをよろしく。くれぐれも無理をせず、おかしな様子があったらすぐに逃げてください」
「はい、分かってます」
「大丈夫だ。嬢ちゃん一人ならなんとでもするさ」

 お二人をおいていくのは心もとないのですが、時間との勝負になりますからこれ以上人手を減らすわけにもいきません。ディーンの隊が全て本営を離れたのを確認し、慌ただしく荷造りを終わらせ、順次闇に紛れてバッカスとともに南西に向かいました。
 橋を使わずに、バッカスの背に乗って川を飛び越えるのは僕でさえも肝が冷えます。11人の兵士とケイン、シモンそしてアントニーを数回に分けてバッカスが独りで運んでくれました。バッカスは大丈夫だと言いますが、これで大量の農民を連れて本当に帰ってこれるのか少し心配になります。

「こっちだ」

 バッカスに付き従って暗闇の中を歩くのはあのウイスキーの街の砦の一件以来でした。正直、まさかここまでこの狼人族と付き合う羽目になるとはあの時は思ってもいませんでしたが。
 しばらく行くとバッカスが突然立ち止まりました。バッカスにつられてジッと前を見ていると、真っ暗な森の中にいくつもの輝く瞳がこちらに近づいて来るのに気づきました。

「!」

 流石、僕の隊は誰も声を上げませんでしたが、叫びそうになるケインを誰かが抑え込んでくれたようです。僕だって、たとえバッカスの様子から相手に敵意がないのが分かっていても、暗闇に光る沢山の獰猛な瞳に見つめられれば冷や汗も出ます。
 そこで暗闇から一匹の大きな狼が歩み出し、突然バッカスの首にガブリと噛みつきました。バッカスもすぐにそれを振りほどき、唸りながら噛みつきかえしてます。
 最初は二匹がじゃれあってるのかと思ったのですが、どうもそれにしては様子が変です。そう思う間に、まだバッカスの背に乗っていたアントニーが飛びおりて二匹の間に割って入りました。一体どうやったのか、まだ人の形のままのアントニーはその体格差をものともせずに、あの大きな狼の間に割いってピクリともせずに立っています。
 それに面食らったように一歩離れ、アントニーを挟んで二匹が唸り合い。まさか敵なのか? そんな思いが僕の脳裏を過ったところで、二匹が揃って根負けしたように人型に姿を変えはじめました。

「だから悪かったって言っただろ!」
「そんなこと一言も言わなかっただろう。大体、私が一体何時間あそこで待ってたと思うんだ!」
「そんなのあのバカなドラゴンに言いやがれ!」

 人型に戻りながらも、唸り声が人の声に代わっただけで二人の言い合いは続き、それをまたも無言のアントニーが両手を左右に突き出して抑えています。ああ、これを見てるだけでもなぜアントニーが必要なのか嫌と言うほど思い知らされました。結局、アントニーはただ一人、狼人族らしからぬ理性を持っていたのですね。

「いい加減、怒鳴りあいを止めてこれからどうするのか教えてもらえませんか?」

 僕がアントニーに歩み寄りつつそう言うと、やっとバッカスともう一人の狼人が気まずそうに口を噤みました。

「計画はほぼあのままだ。ただルディンの馬鹿が使えねえからネロは来れねえ」
「そんな! じゃあどうやってあの砦を超える気だ!?」

 それは僕も是非伺いたい。でも僕の言葉は意味がないのでしょうか。説明のはずが直ぐにこの二人は罵り合いになってしまうようです。

「いいからこいつらを手分けして背に乗せてくれ。ネロが時間稼ぎしてるが急がねえとマズい。一人やってルディンもさっきの場所まで連れてこい」

 またも大きな狼に姿を変えたバッカスが喋りながらアントニーを背中に放り上げて前を向くと、シモンがちゃっかりアントニーの後ろに飛び乗りました。気づけば僕のすぐ横にも大きな狼がのっそりと近寄ってきます。僕が一瞬ためらってる間に、ヴィクが先に飛び乗って狼の背から僕に手を伸ばしました。

「アルディ隊長どうぞ」

 ……僕を見下ろしてくるヴィクの顔がやけに嬉しそうなのにカチンと来ます。最近あゆみさんの影響か、あの頑なだったヴィクがすっかり柔軟になってしまって、昔のようにやり込めるのも難しくなりました。それどころか、気を付けていないとすぐに図に乗ります。今も僕の腕を引き上げて僕を前に乗せようとしましたね。このままでは僕の婚約者としての立場が非常に危険です。
 僕はわざとヴィクの腕をそのままに、彼女の後ろに飛び乗って彼女を抑え込むようにして狼の背に掴まりました。これは軍の上下だけの問題ではありません。僕の男としての尊厳の問題なんですよ。などとブチブチ僕が一人想いにふけってる間に。

「じゃあ出発するぞ」

 いつの間に喧嘩を終わらせたのか、先ほどの狼と寄り添うように立った狼姿のバッカスの威勢のいい声を期に、黒い影が次々に森の中へと消えていきました。
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