異世界で黒猫君とマッタリ行きたい

こみあ

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第11章 北の森

31 責任

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「え、なんで橋を外しちゃうの?」

 橋を渡りきると折角今作った木の橋をベンさんがまたも体当たりでズリズリと斜めにずらし、対岸に乗っていた根元を外してしまった。思わず私がもったいないと声をあげると、黒猫君があきれ顔で私を見る。

「オークが来るかもしれないっての、お前忘れてないか」
「あ、そっか」
「本当は完全に川に落としちまった方がいいんだけどな。今そんな時間ないからこのままいくぞ」

 川の中ほどまで根元がずれてきたところで木を転がすのを止め、ベンさんが私たちを振り返って歩き出した。すぐにバッカスがそのすぐ前に出て道を先導する。

「あとどれくらいかかるの?」

 これ以上長く走るならちょっと休憩を入れたい、そんな事を考えながら私が尋ねると、バッカスが走りながらこちらに声を掛ける。

「まあ、半分は来てるしここからは開けた場所に出るからそれほど時間はかからねえだろ。アルディたちがよっぽど先に進んでなければな」

 私と黒猫君がアルディさんたちと別れてからもう既に2日も経っちゃったもんね。

「まあ、あんまり時間がかかるようならもう少し先で休みを入れるから安心しろ」

 バッカスが、分かってるぞって顔でチラリとこちらを見た。

 それからしばらくするとバッカスの言っていた通り森を抜けて草地に出た。と言っても、木が生えてないだけでなだらかな斜面になってる。森から少し離れた所にはくねくねと蛇が這うように曲がりくねった道が続いてる。

「あれが街道だそうだ。アルディたちは馬車と一緒にあれを登って行ってるから俺たちほど早くは進めてないはずだ」

 そういうけど、見渡す限りアルディさんたちの姿はまだ見えない。平地の先はなぜか地平線のように切れて空が見える。

「あそこでお終い?」
「いや、途中途中に軽い下りが入りながらまだまだ続いてる」

 開けた場所になり、今まで以上にスピードを上げて駆けているバッカスの背中で問いかけるとバッカスは息を切らせることもなく返事をくれた。
 そっか、まだまだ続くのか。
 崖を駆け上がるのも恐怖だけど、このスピードを続けられるのもやっぱり怖い。そんな私の様子に気づいたのか、黒猫君が私を抱えなおす。

「安心しろ、俺が落とさないからお前は目え瞑って寝てろ」
「え、いくら怖くてもこの状態で寝るのは無理だよ」

 そう言ってるのに、黒猫君がトントンとまるで子守のように私の背中を叩いて寝かせつけようとしてくる。文句を言ってたにも関わらず一度目を閉じると黒猫君の腕の中はやっぱり居心地が凄くいい。それからほどなく瞼がくっついてきて、結局私はいつの間にか寝落ちてしまった。



「バッカス、あゆみは寝たぞ。何か俺に言いたいことがあるんだろ、言えよ」

 あんだけ眠れないとか言ってたくせに、あゆみは10分もせずに寝落ちしちまった。腕の中のあゆみを見下ろしつつ、さっきっからやたらと俺に絡んでたバッカスに覚悟を決めて声を掛ける。
 一瞬バッカスの獣の頭がこちらを振り返り、その目がギロリと俺を睨んだ。

「お前、あの時死ぬ気だったろ」
「……ああ」

 腕の中で小さな鼾をかくあゆみの髪に指を通しつつ、正直に返事を返す。

「すまねえ。咄嗟に身体が動いちまった」

 後ろに乗ってるシモンにも、前を走るベンにも、多分俺たちの話は聞こえてる。聞こえてるが、あえて聞こえないふりをしてくれてるらしい。

「……俺も人のことはあまり言えねえけどな。お前、もっとちゃんとあゆみのことを考えろよ。こいつ、お前がいなくなったら多分壊れるぞ」
「…………」
「お前が思ってる以上に、こいつにはお前が必要だ。俺と喧嘩してた頃と同じつもりで無茶するのは、こいつに対してあまりに失礼じゃねえのか?」

 バッカスの言葉が一言一言、全てグッサリと俺の胸に突き刺さる。だが同時に刺さりっぱなしの棘をようやく抜くように、俺はこれを待ち望んでいた気がした。
 あゆみに助けられ、意識が戻ってこうして人化した身体を取り戻せても、ずっとどこかに喜びきれない俺がいた。何かやり残したような、モヤモヤした気分をずっと胸の底に抱えてた俺は、多分こうやって事実をきっちり突き付けてくれる奴を待ってたんだろう。

「分かってる。俺のあの時の選択が決して最善の物じゃなかったのは」
「そうだな。それでなんでお前がそんな選択をしちまったのか、お前ちゃんと考えたか?」
「…………」

 考えはした。したが、じゃああの時他にどうすりゃよかったのかは何も思い浮かばない。
 自分がとった行動に無責任な面があったのは認めるし、結果オーライとは言い切れない部分も嫌って程思い知らされてた。でもじゃあ何か別の方法があったのかと問われれば、俺にはまだ答えがなかった。

「あの時、じゃあ俺は他に何をすればよかったと思うんだ?」
「違う、俺はお前が何をするべきだったかを聞いてるんじゃねえ。なんで『お前』があの時、あんな選択を最善だと思ったのか、それを選んじまったのかを聞いてるんだ」
「同じじゃねえのか?」
「違うだろ」

 バッカスの言葉に、頭が混乱する。思考の向け先を失って戸惑う俺に、バッカスがため息をつきながら先を続けた。

「お前があの時あんな選択をしちまえたのは、例えば1年後、あゆみとお前がどうやって生きてるかを具体的に考えてねえからだろう」
「へ?」
「あのな、俺も一人もんだから大きなことは言えねえけどな。俺はこれでも一応一族を背負って長い目で色々見てんだよ」

 そう言ったバッカスの声は、なぜかやけに大人びて響く。

「俺もお前も男だから、時に無茶が出ちまうのは良くはないが仕方ねえ。だけどな、自分の中で生き残る採算のない選択は、俺たちはしちゃいけねえ」
「生き残る、採算……」
「お前あの丘で固有魔法出した時、後はどうなってもいいとか思ってなかったか?」
「…………」
「そう思えちまったのが、まずマズいって言ってんだよ。一緒に生きる奴がいないなら、それもお前の選択だって言えるかもな。何が起きても結果はお前だけが被るわけだ、自己責任の範疇だってか。だがな、お前、もうあゆみと結婚したんだろ」
「…………」
「お前がどうやって助かったのか、俺は全部見てねえ。見てはねえが、俺はお前は確実に死んだと思ってたぞ。腹に矢を食らってそのまま猫に戻るなんざ、生き残る事考えてる奴がする事じゃねえ」
「ああ……そうだな」

 確かにバッカスの言うとおりだった。あの瞬間、あゆみを守れたという充足感と、そしてある種の傲慢な自尊心を抱えて、俺は自分の一番の切り札を切った。
 あゆみだけは守った、あとはどうとでもなれと。そんな気持ちが全くなかったとは、正直とても言えない。

「よく考えろよ、お前がそんな事したら、あゆみがどんなに傷つくか」

 ズクンと心臓が痛んだ。ああ、俺はそれを見てた。あゆみが俺を抱えて泣いてるのを。

「お前、あゆみに色々お説教してるがな、お前自身がもっと自分を大切にしろよ。それが出来ねえならあゆみはやれねぇ」

 再度、バッカスがこちらを振り向いた。その目が今まで見たこともない鋭い怒りを俺に向けてる。
 ふと、以前少しだけ不安に思ったことを思い出した。もしかしてこいつも、あゆみのことを……

「まあ、俺が口を挟める話じゃ本来ないんだがな」

 すぐにフイっと顔を背けられ、俺にはそれ以上バッカスの心を読み解くことはかなわなかった。
 こいつが言ってることはいちいち全て正論だ。正論なだけじゃなく、本気で俺とあゆみのことを考えて言ってくれてる、心からの諫言だ。
 確かに、俺は今、自分の生き方を考え直さなきゃならねえところに来てるのかもしれねえ。
 長い事、家族も親族も、頼る相手もないままに独りでさすらってきた。今まであまり意識したことさえなかったが、自分は野垂れ死にする、してもしょうがねえってどっかで思ってたかもしれねえ。
 別に死にたがりだった訳じゃねえ。ただ、生き残ろうなんて特別気にしたことさえなかっただけだ。
 色々無茶やりながらも自分が死ぬと思ったことはねえし、死んで困るとも、死にたくないともはっきり思ったこともなかったと思う。
 だけど。
 あの時動けない自分の身体にあゆみの温かい涙を感じて、あゆみの心底苦しそうな嗚咽を聞いて、あゆみの後悔と心配と優しさをただただ与えられて。
 死にたくないと思った。
 これ以上、こいつを悲しませたくない。こいつにあんな顔、二度とさせたくない。
 だから多分、バッカスの言っていることは正しくて、そして今の俺だから理解できることなんだろうと思う。
 無言で走り続けるバッカスの背中に、俺はこぶしをあてながら口を開く。

「バッカス、俺が悪かった。お前にここで誓っとく。二度としねえ」

 そう言いつつ、グッとこぶしを背中に押し当てると、フンっとバッカスが大きな鼻息を吐いて微かに頷いた。
 それっきり、バッカスも俺もそれ以上それについては何も言わなかった。だがそれでも、お互いさっきまでのわだかまりが消えたのをしっかりと感じていた。
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