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第11章 北の森

25 皆の事情

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「ここにいる私たち、実は全員ベンに拾われたのよ。ね?」

 カリンさんがそう言ってメリーさんを見るとメリーさんも微笑んで頷いた。

「あゆみちゃんとあまり変わらない状況かな」
「え、そうなんですか?」

 驚く私にカリンさんが苦笑しながら先を続ける。

「ベンはね、あの人、基本にとってもお節介焼きなのよ。森や街でも行き場がなくなって途方に暮れてる人を見つけると、放っておけなくてここに連れてきちゃうの。私はナンシーから逃げて草原で迷ってるところを捕まえられたわ」
「私も北に向かう奴隷商の小隊から逃げ出して森に迷い込んだところを助けてもらったの」
「え、じゃあもしかしてお二人も……?」
「そう、『奴隷にしてやる』って言って連れてこられたわ」
「私もそうよ。あれ、ベンの口癖よね。『悪い獣人』とか『人買い』とか」

 カリンさんが私の予想をそのまま肯定してくれた。すぐにメリーさんも相槌を打ちながら補足してくれる。

「死にかけてたり、もうどう考えても行き場がなさそうな状態の相手を見捨てられないんだわね」
「え、じゃあもしかして私、ベンさんに実は保護されちゃったって事でしょうか?」
「ベンから聞いた話からしてあゆみちゃんも同じようなものよね」

 え。なんか私が色々とんでもなく勝手に誤解をしてしまってたのだろうか?

「じゃあ、ベンさん、私を獣人の国に連れて行ったりは……?」
「ないわね。まあ、あゆみちゃんが行きたいって言えば別だけど」
「奴隷として売り払うのは?」
「しないわね」

 きっぱりとそう言われてしまって困ってしまう。ちょっと待って、それ私本当に奴隷なの?

「それって私、奴隷なんですか?」

 戸惑いながら尋ねると二人が顔を見合わせて吹き出した。

「強いて言えばベンが面倒を見るのに飽きるまでの間だけの奴隷って所かしら」
「そうね。強制的に食事させられるし、手に職を身に付けさせられるし。森で生き残る知識とか、町で人にいじめられない方法とかいろいろ覚えるまではここから出してもらえない『奴隷』よね」

 それ絶対奴隷じゃないよね。完全に『保護』だよ。

「でもじゃあなんでベンさんたら奴隷にするなんて……」
「まあそれはあゆみちゃんがちょっと異常なのよ」

 私が二人の意味するところを理解して困惑気味に問いかけると、カリンさんが私を悪戯っぽく見つめてくすくすと笑いながら答えてくれる。

「普通ベンが拾ってくるような状況の子はひどく疑心暗鬼になってて、ベンが幾ら親切なことを言っても信じてくれないのよ。そりゃそうよね。私だって同じ。野垂れ死にしかけてる私に人のよさそうな顔で『助けてあげるよ』なんて言ってくる人にまともな人なんているはずない、そう思ってたもの」

 そう言ってカリンさんはちょっと悲し気に目を伏せる。

「特に人間にとってベンみたいに身体の大きな獣人なんてその最たるものだし。だからベンはいつもまるで自分が本当に悪い人みたいなふりして無理やり相手を確保して、そのまままずはここまで連れてきちゃうのよ」
「ええ、私の時もそうだったわ。首輪付けられて鎖で無理やり引きずられて。でも普段からそんな相手ばかり見てたから、ああ、とうとう自分も奴隷になっちゃうのかって結構簡単に諦めちゃった」

 メリーさんも少し悲し気に口元を歪めた。そう言われて最初の頃のビーノ君を思い出した。ビーノ君も私たちを信用してくれるのに凄く時間がかかったもんね。

「でもあゆみちゃんときたら最初っからベンに懐いちゃったんですって?」

 ちょっとしんみりしちゃったのを誤魔化すようにカリンさんが陽気な声で問いかけてきた。

「え、あ、うーん、懐いてたのかな? 捕まっちゃったから普通に一緒にここまでついて来ただけだったんですけど」
「ベンが驚てたわよ。煮干しなんて獣人しか食べないような物を喜んで食べるし、文句も言わずについてくるしで調子狂いまくりだったって」
「え、煮干しって人間は食べないんですか? あ、そう言えばナンシーの人はお魚食べないって言ってましたもんね」

 私がそう言うとカリンさんがちょっと首を傾げて私に尋ねる。

「やっぱり……あゆみちゃんはナンシーの出じゃないのね。どこから来たのか聞いてもいいかしら?」

 これは困った。なんて答えればいいんだろう?

「ナンシーじゃ、ないです。最初はウィスキーの街にもいたけど、その前はもっとすっごく遠くの場所で、多分皆さん知らなような場所です」

 嘘は言わずに、でも変なことも言わないで済むようにしてみたんだけど。私の答えを聞いたカリンさんはコクコクと頷きながら、「そっか言いにくい場所なのね」といって勝手に納得してくれた。
 多分ここにいる人たちは皆同じように何かしら言いづらいことがあるのかもしれないな。あまり無理して聞こうという気はないみたい。

「じゃあ、今すぐ帰る場所はないのよね」
「ないというかあるというか。出来たらはぐれた皆と合流したいんですけど私独りじゃどうにも出来そうにないんですよね。どうしよう……」

 もしバッカスたちが無事だったら多分あっちから私たちを探しに来てくれると思う。アルディさん達はもしかするとそのまま北に向かっちゃうかも知れないけど、バッカスなら独りでもきっと来てくれる。
 だから私は多分今度こそここを動かないほうがいいんだと思うんだよね。どう説明したものかと考えてると、カリンさんが気づかわしそうに聞いてくれる。

「実はベンに頼まれてたんだけど、じゃああゆみちゃんはしばらくこのままここに留まりたいってことでいいのかしら?」
「え、それって私が選んでいいことなんですか?」
「うーん、普通は最初は奴隷にするって言いながら無理やり仕事を仕込んで連れてきた人が自力で生活できるようになるまでベンは面倒見るのよ。でもなんか昨日のやり取りでベンったら毒気を抜かれちゃったみたいでね」

 そこまで言ってカリンさんが笑いを堪えながら続けた。

「なんかあなたと話してると調子が狂うから後は私たちに任せたいんですって」
「え、そんな。色々昨日はお世話になったから今日お礼を言いたいって思ってたんですけど」
「ほらね」

 フフフっとメリーさんと二人で笑いあいながらカリンさんが私に告げる。

「そんなふうにあゆみちゃんが獣人なのも構わずにあんまり最初っから親し気に接してくるもんだから、照れ屋のベンはもう恥ずかしくて出てこれないのよ」

 そ、そんな。それじゃ会いに行くのもいかないのも、どっちもなんか申し訳ない気がしちゃう。

「じゃ、じゃあ、後でベンさんにご挨拶に連れて行ってください。だって私、結局ベンさんに助けられたってことですもんね」
「そうね。それが良いと思うわ。ベンもいつまでも人間に苦手意識持ち続けててもしょうがないと思うし」

 うんうんと頷きながらそう言ったカリンさんが不思議そうに続けた。

「それにしてもあゆみちゃん、あなた本当に人間にしては珍しく獣人をまるっきり嫌がらないのね」
「え、ああそっか。ナンシーでは確かにある程度の差別はあるそうですもんね。私、実はつい最近まで獣人さんを見たこともなかったんで、どちらかというと珍しくて。ナンシーで仲良くなった兄弟も一人は獣人でしたし、はぐれちゃったバッカスも狼人族だし」
「え? えええ? ちょっと待って今バッカスって言った?」

 私の言葉にカリンさんが突然眉根を寄せた。

「え、バッカスをご存じなんですか?」
「え、まあ。ディアナの昔の婚約者でしょ。北の鉱山街の件で以前仲たがいしたって話をさんざん聞かされたから名前だけはね」
「え、ディアナさん!?」

 今度は私が驚く番だ。

「カリンさんはディアナさんも知ってるんですか? っていうかもしかしてここの皆さん狼人族の皆さんと繋がりがあったんですか?」
「ええ、それはもちろん。ほら、この籠とかざるとかの細工は元々全部ディアナの群れに伝わるものを教えてもらったのだし」

 あ! 言われてみればディアナさん、こんな感じの細工が一族の産物だって言ってた!
 そこでまるっきり繋がりに気が回らない私って馬鹿なんだろうか?

「それじゃあ、もしかして今までディアナさんともやり取りしてたんですか?」

 私がそう尋ねると、カリンさんが少し暗い顔になって私に申し訳なさそうに続けた。

「あゆみちゃんは知らないのかしら? 狼人族の大半は北の鉱山の所にある砦に囚われちゃってるのよ」

 え、あそっか、もしかしてカリンさん達、こんな近くにいたのにお互いに居場所を知らなかったのか!
 私は慌ててカリンさん達に返事を返す。

「ま、待ってカリンさん、あの、私昨日ディアナさんと一緒だったんですよ。ディアナさん、北から逃げ出してそれでもう少し南の辺りに仮の巣を作ってたんです」
「え! それ本当!?」

 途端カリンさんがパッと顔を綻ばせて身を乗り出してきた。

「はい、今は多分西に向かって移動中です。またあとで落ち合う約束になってるんです」

 それで思い出す。やっぱり私も黒猫君も早くアルディさんに追いつかないとマズいよね。このままいくとディアナさんを北で待たせることになっちゃう。
 でも今の黒猫君じゃ私を抱えられないし、私が歩いてたんじゃいつになるんだか分かったもんじゃないし。

「どうしよう、このままだとディアナさんたちをお待たせしちゃうことになるかも。せめてバッカスが私たちを見つけてくれるといいんだけど……」

 どうやら奴隷としてここに囚われるわけじゃないみたいだと分かった途端、先行きがメチャクチャ不安になってきた。
 一人オタオタと悩む私を見ていたカリンさんとメリーさんは、二人で肩をすくめて私に声を掛ける。

「まあ、今焦ってもしょうがないわよ。あゆみちゃんはもう少し落ち着くまでここに置くつもりだってベンも言ってたし。まあ気長に行きましょう」

 私がとりあえずどこにも行き場がないらしいと見て取ったカリンさんが慰めるようにそう言ってくれたけど。
 うーん、凄く嬉しい申し出だけど、私本当にそれでいいのだろうか?
 どの道これはあとでまた黒猫君と相談するしかないよね。

「そうですよね。それじゃ、しばらくの間宜しくお願いします」

 自分ひとりじゃ結果の出せないことでこれ以上悩むのも馬鹿らしいので、私はすぐに二人にそう言って頭を下げた。二人も笑顔で頷き返してくれる。
 打ち明け話をしたおかげで前より親密になった二人に色々教えてもらいながら、私は目の前の着実に成果が見える籠作りの作業に没頭してその日一日を過ごした。
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