異世界で黒猫君とマッタリ行きたい

こみあ

文字の大きさ
上 下
307 / 406
第11章 北の森

20 森のお散歩

しおりを挟む
「あの~」
「…………」
「聞いてますか?」
「…………」
「お腹空いたんです」
「…………」
「今日、忙しくて朝しか食べてなくて」
「…………」
「その大きな袋の中、なんか食べるものないですか?」
「…………」
「ねえ、聞いてます?」
「うあああ、拾うんじゃなかった!」

 突然私の目の前の熊獣人さんが立ち止まってため息交じりにそんなことを呟いた。

「あんた、俺に捕まったって自覚、ほんとにあるか?」
「ああ、そうですね。確かに捕まっちゃいましたよね」
「…………」
「でもほら、私、あの時森の中で迷子中だったんですよ。すっごく心細くて、誰かに話しかけたくてしょうがなくて。だから捕まえてくれたおかげで私、取り合えず一人で迷ってた時よりは心細くなくなって嬉しいかなって」
「嬢ちゃん、あんたホントに暢気だな……」

 そんなこと言われてもねぇ。

 あれからすぐ、熊の獣人さんの態度が豹変した。ちょっと偉そうになって「ほら嬢ちゃん、ついて来い」とか言って私の首輪に繋がった鎖を引いて歩き出した。
 慌てて私が状況を説明してくれるように頼むと、面倒くさそうに振り返った獣人さんが私を見下ろしながら腰に手を当てた。

「あのな、お前さんは今俺に捕まっちゃったんだよ。若い娘が森を一人で出歩くなって言われなかったのかい? こうやって人買いに捕まっちゃうから危ないよって言われたことなかったんか?」

 ああ、そっかこの熊の獣人さん、人買いさんだったのか。でも、今までそんな忠告を私たちにしてくれた人は一人もいなかった。

「えーっと、それは言われたことなかったですね」
「そりゃ残念だったな。俺はちょうど商売終わって自分の村に帰る途中だ。このままあんたは買い手がつくまでしばらくウチの村で飼ってやるよ」
「売るって私をですか?」
「ああ、人買いが捕まえた人間を売らないでどうするんだ。ってなんだ、奴隷を見たことないのか?」
「ど、奴隷は知ってますけど、獣人さんも人間の奴隷を買うんですか?」

 私がそう尋ねると、獣人さんがそのおっきな毛だらけの顔を歪めて嫌味っぽく吐き捨てた。

「奴隷を買うのは何も人間だけじゃねえよ。人間が獣人を奴隷にするのと同じように俺たちだってこうやって人間を捕まえられりゃそのまま奴隷にもするさ」
「はあ、そういうものなんですか。って、え? じゃあ私今、奴隷にされるところって事!?」
「なんだ、今更気づいたのかよ」

 あきれ顔で獣人さんはそう言うけど。そりゃ首に首輪つけられたからなんかヤバい感じだな、とは思ったけど、まさか獣人の奴隷になんてなるとは思わないし。

「あの、お金払いますのでやめませんか?」

 私がそう言うと、獣人さんが興味深そうに私を見下ろした。

「なんだ嬢ちゃん、金持ってんのか?」
「え? ああ、今はありませんけど、ナンシーに戻ればちゃんと払えます」
「はあ!? 何馬鹿なこと言ってんだ。そんな所に行ったら俺が捕まっておしまいだろ。全く」
「いえ、捕まえませんって」
「嬢ちゃんみたいな世間知らずの女の子がそんなこと言ったってな、怖い兵士さんたちが捕まえに来るんだよ」
「大丈夫ですって、私が言って止めてもらいますから」

 私の言葉に獣人さんが大笑いして「そりゃまたとんでもねえ偉い嬢ちゃんだ」とか言って結局そのまま首を引っ張って歩き出しちゃった。

 それからも私は何とか分かってもらおうと努力はしてみたんだけど、私が喋れば喋るほど獣人さんのほうは静かになってっちゃって。で結構歩いたらお腹空いてきたから何か持ってないかと聞いてみただけだったんだけど、どうもお気に召してない様子だよね。

「あのですね。このまま私のお腹すきすぎると、一本しかない足が多分すぐに動かなくなりますよ。そうすると多分その辺でへたり込んで後は獣人さんに引きずってってもらうしかなくなっちゃうのではないかと」
「だあああ、ほんとうるっせえ嬢ちゃんだな。分かったからこれでも齧ってろ」

 イライラと頭を掻きむしった獣人さんはポケットからなんか取り出して私に投げてよこした。私は慌てて落とさないようにそれを手に掴む。掴んでそれを広げてびっくり。

「これ、に、煮干し!?」
「お、嬢ちゃん煮干しを知ってんのかい。そりゃ珍しい」
「え、だって煮干しって獣人さんの商人さんしか売ってないって、あ、あれ?」

 え、ま、まさか……

「あーあ。そっかあんた客に繋がってたんかい。そりゃ悪いな。確かにナンシーに色々売りにいってるのは俺だよ。だけど街を出れば何でも屋ってとこさ」
「うわあああ。えええ、そんなぁああ」

 カラカラと笑う熊獣人さんに、もう、悲しいやら嬉しいやら。
 とにかくここで会えたんだから来年の仕入れの件を、え、でもこのままだと私来年ナンシーにいられないし、え、でも煮干しいぃぃぃ!?
 とそこまで考えて、私はがっくりと肩を落として煮干しに齧りついた。



「煮干しもっとください」

 結局あれからも私はトボトボと熊獣人さんの後ろをついて歩いてる。もう3時間くらいは歩いてるはずだ。だって、空が暗くなってるもん。森が完全に暗くなっちゃったら、私きっと何にも見えない気がする。
 だけどそんな恐怖より、今はひもじさがまず目の前の問題だった。
 ……というのは全部が全部ホントじゃない。
 実はさっきっから文句タラタラ言って熊獣人さんから何度も煮干しをせしめてる。しかも2つに1つは手に隠してあった。だって後で黒猫君が目覚めたらきっと食べたがると思うし。
 熊獣人さんもなんだが私が煮干しが好きだというと、どういう訳だかなんか申し訳なさそうになって、あれから頼むと毎回煮干しをくれていた。
 首輪を付けたまま紐を引かれて、それで煮干しをねだってる今の私って……ちょっと見はあれだよね、散歩中に餌をねだる犬?

「ああ、もう我慢しとけ、もうすぐ着くから」

 だけど、今度は熊の獣人さんに断られた。そう言われても私には全然まだそんな村らしきものは何も見えない。

「え、どこにあるんですか」
「ここだよ」

 熊の獣人さんはそう言って立ち止まった。だけどそこは別に何の変哲もなく、10歩前と全く同じ普通の森の中だった。

「あの、町らしきものは何にも見えませんが」
「あそこ」
「へ、わ!」

 冗談かな、って思って念のためそう聞いたんだけど、熊獣人さんはちょっと嬉しそうに私をみて、そして上を指さした。
 見上げてみても直ぐには特に何も目に見えて変わったところはなかった。だけどよくよく目を凝らせてみてみてびっくり。
 木と木の間にいくつもの紐みたいなものが渡されてる。木のこぶのようにも見えるあれって、まさか誰かいるの!?
 呆然と見上げる私に熊獣人さんがフフフと嬉しそうに笑って私の肩を叩く、

「あれが俺の村だ。上に行くぞ」

 そう言って目の前の木に絡まってたツルを引っ張ると、突然私たちの目の前にスルスルと縄梯子らしきものが下ろされた。それを見て、そして熊獣人さんを見上げて、そしてもう一度梯子を見た私は小さくため息をついて熊獣人さんを見上げて言った。

「これ、私じゃ無理ですよ。熊獣人さん、おんぶよろしくお願いします」

 私がきっぱりとそう言うと、真顔の熊獣人さんが上をみて私を見下ろし、そしてもう一度上をみて、そしてやっぱり大きくはっきりと疲れた様子でため息をついた。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜

早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。 食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した! しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……? 「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」 そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。 無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ
ファンタジー
デイビッド・デュロックは自他ともに認める醜男。 ついたあだ名は“黒豚”で、王都中の貴族子女に嫌われていた。 そんな彼がある日しぶしぶ参加した夜会にて、王族の理不尽な断崖劇に巻き込まれ、ひとりの令嬢と婚約することになってしまう。 始めは同情から保護するだけのつもりが、いつの間にか令嬢にも慕われ始め… ゆるゆるなファンタジー設定のお話を書きました。 誤字脱字お許しください。

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

処理中です...