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第11章 北の森
19 森で出合
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結果から言うと、黒猫君はまだ息をしてる。
すっかり猫に戻っちゃったけど、ちっちゃくなっちゃったけど、意識もないけど、でも今も私の腕の中で息してる。
あの後、治療が終わってやっと周りを見回すと、オークの群れはどこにもいなかった。
どうやら私を怖がって戻ってっちゃったらしい。
だけどバッカスもアントニーさんの姿もやっぱり見えなかった。
私はただ一人、残った丘の残骸の上で黒猫君を抱えて座ってた。
黒猫君の血が止まって、治癒魔法の一部なのか何となくちゃんと傷が治った感じが伝わってきててそれでやっと少し落ち着いた私は、そこで始めて自分の置かれた状況を見る余裕が出来てゾッとした。
丘は私より後ろ、バッカスたちが逃げていった方は全部崩れて崖になってた。見下ろすとなんかすっごい下のほうまでスキージャンプのスロープみたいに落ちていっちゃってる。
私の右、川に面した片側は一部川の中まで崩れた岩や土が広がってる。
それでさっきまでオークがいた私の前方は、やっぱり地面が丸く削れて遠くまで見通せてた。うん。多分間違いなくこっちは私のせいだよね……
それから地面のひび割れはまるで何もなかったみたいに元に戻ってて見たくないけど幾つかオークさんの体の切れ端がゴロンと……
「うううっ……」
吐いた。
止めようがなかった。
胃がまるで裏返ったみたいに痙攣して一瞬で全部出ちゃった。何とか最後の理性で横を向いたから黒猫君にはかからなかった。
とはいってもディアナさん達に会う前に一回吐いてたからほとんど何も出なかったけど。そして吐いてから思った。
もったいない。
さっきの地割れと崖崩れの時に私たちの手荷物はどっかにいっちゃってた。
ってことは食べ物がない。
一瞬でウイスキーの街の最初の頃が頭を過って私は今自分が吐いちゃったことをすっごく後悔した。そんなこと考えても今更しょうがないんだけどね。
口を濯ごうと水魔法を出して手からピンクの水が溢れて自分の手が黒猫君の血だらけだったのに気が付いた。途端涙が溢れてきた。私の手も、膝も、地面も。いっぱいっぱい真っ赤だった。
私は痛む胸を無視してもう一度黒猫君の息を確かめる。黒猫君の毛に包まれた猫の胸がゆっくりと上下に動いてるのを見て、ほっと胸をなでおろす。
そしてもう一度気を取り直して前方を見た。
オークさんの肉はもう見ない。前のほうも結構すぐ先で崖になってるみたいだった。ただ、左側、森の奥に向かうほうはどうやらそれほど崩れてないらしい。私はそっちに行くと決めた。何より早くここを動きたかった。オークが戻ってきそうで怖いのもあったけど、黒猫君のことが心配で、もう少し落ち着ける場所で様子が見たかった。
ただ、動くといってもちょっと難しい。
助かるのは杖があること。最近は黒猫君が運んでくれることが多かったけど、それでも杖だけはいつも身に着けるようにしてた。お陰で今も腰に紐でぶら下がってる。
問題はどうやって黒猫君を運ぶかなんだよね。
片手を杖にとられちゃうと、片手で黒猫君を運ぶのはかなり危ない。周りを見回せば黒猫君の来てたズボンがまだ残ってた。
かなり血だらけで土だらけだけどないよりいっか。
私はそれを手に取って広げてみる。その内側に黒猫君の身体を入れて腰の所の紐を思いっきり引っ張って巾着みたいに閉じちゃう。そして足の入る部分を先端で結わってバッグのように肩にかけてみた。斜めにかけるにはギリギリだけど、お陰でズレないし揺れにくいと思う。肩に黒猫君の重さを感じて、それがすっごく軽くて怖くなる。
それでも私はもう一度そのズボンの上から黒猫君の身体を撫でて、そして杖を片手に思い切って立ち上がった。
最初ちょっと足が震えた。でも立てる。杖もある。どこも怪我してない。
バッカスに襲われたあの日より全然ましだ。
そう思うとちょっとだけ元気が出た。だから私は思いっきり深呼吸して、そして丘の左側に向かって歩き出した。
「ねえ、なんで私歩き出しちゃったんだろう」
あれから1時間くらいたったかな。やっと丘の端を抜けて森に入ってそっから真っすぐなるべく平らな所を通って。確か途中で決めた目標はバッカスたちが降りてった崖の下にいって皆と合流する事だったと思う。
「でも全然下にいけなかったんだよね」
そう。あれからどこまで行ってもバッカスたちの向かった方は崖になっちゃってて。しかも気のせいじゃなくて森の中の歩けそうなところはだんだん上に向かって上がってってて。そのうち歩ける場所選んでたら、崖も見えなくなっちゃってて。
「下にいきたいんだけど。登るの辛いんだけど」
杖をつきながら傾斜を登るのはやっぱり疲れる。どうしても時間もかかるしお腹が減ってくる。
「お昼食べなかったもんね」
だって袋どっかいっちゃったし。この辺、下生えが少ないのはありがたいけど、食べられそうな実とか果物とか全然生ってないし。
「だから食べ物の事考えるのはよそおって」
だけど今他に何にも頭に浮かんでこない。
「嘘だ。浮かんでるよね。浮かんでる。うん、浮かんでる。浮かんでるけどさ」
浮かんでるんだけど、どうしても信じたくない。信じたくない。信じたくないけど。
そこで私はため息を付いた。そして立ち止まる。そして前後左右を見回した。
「ねえ、黒猫君。ここ、どこだろう?」
返事はない。当たり前。だって黒猫君はまだ目覚めてない。
だけどほんとに心細くてしょうがない私は、返事がないのも分かってて黒猫君に話しかけ続けてた。
だって、今私、森で道に迷ってます。
うん。完璧に迷子。どうしよう、私、迷子になっちゃった。
「うううう、黒猫君、どうしよう、どうしよう、私たち迷子になっちゃった」
涙がこぼれてるのは実はかなり前から。かなり前から私、方向がまるっきり分からなくなってた。
迷子って、実はなった時が分からないから迷子なんだよね。
ふと気づいたら、周りが全部おんなじ景色だった。で、あれ?って思ってちょっとまってさっきここ通ったっけって思ってウロチョロと前と後ろ行ったり来たりしたのがまずかった。
気づいたら、どっちから来てどっちに向かってるのかもわからなくなっちゃってた。
「黒猫君、起きてみない? ちょっとだけ起きてお話しない?」
心細くて怖くて寂しくて。過去10分ほどこの一人だけの会話を続けながらボロボロ泣いてます。
「俺でよけりゃ話し相手になるぜ、嬢ちゃん」
突然、右前方の木陰から声がした。返事が返ってきたことに一瞬嬉しくなって、でもってすぐに凍り付いた。
「そんな警戒することないだろ、オジサンは悪い人じゃないんだぞ」
スッと木陰から出てきたのは……おっきな獣人さんだった。
背丈が私の1.5倍くらいある。全身が真っ黒い毛に覆われてて、首の下だけ白い輪っかの飾りみたいな毛が生えてて。すっごく大きなバッグを背中にしょって、すっごく大きな青いズボンをはいた、そう、それは熊の獣人さんだった。
熊、森の中で、熊。
「ぎ、ぎ、ぎ、ぎゃーーんむぐっ!」
叫び始めた私に熊の獣人さんが思いっきり焦った顔したかと思うと、見た目に反したスピードで駆け寄って私の口をその大きな手で塞ぐ。
「ば、ばかやろう、こんな所で叫んでオークが来ちまったらどうする気だ!?」
小声でそう言われてビクっとした私は言われてみればその通り、と思い直して叫ぶのを止める。私が大人しくなったのをみてとった熊の獣人さんは、ふーっとため息をついておっきな手を外してくれた。
この熊獣人さん、悪い人じゃないのかな?
「全く。俺は悪い人じゃないって言っただろう」
そう言った獣人さんがゴソゴソと自分の袋を探って何か取り出す。一瞬迷子の私に何か食べるものをくれるのかと期待した私は本当におめでたいとしか言いようがなかったよね。
ガチャリ。って音がした。でもってえ?って思ってすぐ首が締まった。気が付くと首に何かはまってた。
「俺は悪い人なんかじゃない。俺は悪い獣人さんだからね」
そう言ってニッコリ笑った獣人さんの手には、私の首に付けられた輪っかに繋がる鎖がしっかりと握られていた。
──────
作者より:
ツイッターで『何かを思わず呟くアナグラw(@Wt6OlBRQtwz4gVs)』様よりこのお話のために素晴らしい絵を描いて頂きましたので許可を頂いてこちらに追加させて頂きます。挿絵は頂き物ですので転載禁止でよろしくお願いします。
すっかり猫に戻っちゃったけど、ちっちゃくなっちゃったけど、意識もないけど、でも今も私の腕の中で息してる。
あの後、治療が終わってやっと周りを見回すと、オークの群れはどこにもいなかった。
どうやら私を怖がって戻ってっちゃったらしい。
だけどバッカスもアントニーさんの姿もやっぱり見えなかった。
私はただ一人、残った丘の残骸の上で黒猫君を抱えて座ってた。
黒猫君の血が止まって、治癒魔法の一部なのか何となくちゃんと傷が治った感じが伝わってきててそれでやっと少し落ち着いた私は、そこで始めて自分の置かれた状況を見る余裕が出来てゾッとした。
丘は私より後ろ、バッカスたちが逃げていった方は全部崩れて崖になってた。見下ろすとなんかすっごい下のほうまでスキージャンプのスロープみたいに落ちていっちゃってる。
私の右、川に面した片側は一部川の中まで崩れた岩や土が広がってる。
それでさっきまでオークがいた私の前方は、やっぱり地面が丸く削れて遠くまで見通せてた。うん。多分間違いなくこっちは私のせいだよね……
それから地面のひび割れはまるで何もなかったみたいに元に戻ってて見たくないけど幾つかオークさんの体の切れ端がゴロンと……
「うううっ……」
吐いた。
止めようがなかった。
胃がまるで裏返ったみたいに痙攣して一瞬で全部出ちゃった。何とか最後の理性で横を向いたから黒猫君にはかからなかった。
とはいってもディアナさん達に会う前に一回吐いてたからほとんど何も出なかったけど。そして吐いてから思った。
もったいない。
さっきの地割れと崖崩れの時に私たちの手荷物はどっかにいっちゃってた。
ってことは食べ物がない。
一瞬でウイスキーの街の最初の頃が頭を過って私は今自分が吐いちゃったことをすっごく後悔した。そんなこと考えても今更しょうがないんだけどね。
口を濯ごうと水魔法を出して手からピンクの水が溢れて自分の手が黒猫君の血だらけだったのに気が付いた。途端涙が溢れてきた。私の手も、膝も、地面も。いっぱいっぱい真っ赤だった。
私は痛む胸を無視してもう一度黒猫君の息を確かめる。黒猫君の毛に包まれた猫の胸がゆっくりと上下に動いてるのを見て、ほっと胸をなでおろす。
そしてもう一度気を取り直して前方を見た。
オークさんの肉はもう見ない。前のほうも結構すぐ先で崖になってるみたいだった。ただ、左側、森の奥に向かうほうはどうやらそれほど崩れてないらしい。私はそっちに行くと決めた。何より早くここを動きたかった。オークが戻ってきそうで怖いのもあったけど、黒猫君のことが心配で、もう少し落ち着ける場所で様子が見たかった。
ただ、動くといってもちょっと難しい。
助かるのは杖があること。最近は黒猫君が運んでくれることが多かったけど、それでも杖だけはいつも身に着けるようにしてた。お陰で今も腰に紐でぶら下がってる。
問題はどうやって黒猫君を運ぶかなんだよね。
片手を杖にとられちゃうと、片手で黒猫君を運ぶのはかなり危ない。周りを見回せば黒猫君の来てたズボンがまだ残ってた。
かなり血だらけで土だらけだけどないよりいっか。
私はそれを手に取って広げてみる。その内側に黒猫君の身体を入れて腰の所の紐を思いっきり引っ張って巾着みたいに閉じちゃう。そして足の入る部分を先端で結わってバッグのように肩にかけてみた。斜めにかけるにはギリギリだけど、お陰でズレないし揺れにくいと思う。肩に黒猫君の重さを感じて、それがすっごく軽くて怖くなる。
それでも私はもう一度そのズボンの上から黒猫君の身体を撫でて、そして杖を片手に思い切って立ち上がった。
最初ちょっと足が震えた。でも立てる。杖もある。どこも怪我してない。
バッカスに襲われたあの日より全然ましだ。
そう思うとちょっとだけ元気が出た。だから私は思いっきり深呼吸して、そして丘の左側に向かって歩き出した。
「ねえ、なんで私歩き出しちゃったんだろう」
あれから1時間くらいたったかな。やっと丘の端を抜けて森に入ってそっから真っすぐなるべく平らな所を通って。確か途中で決めた目標はバッカスたちが降りてった崖の下にいって皆と合流する事だったと思う。
「でも全然下にいけなかったんだよね」
そう。あれからどこまで行ってもバッカスたちの向かった方は崖になっちゃってて。しかも気のせいじゃなくて森の中の歩けそうなところはだんだん上に向かって上がってってて。そのうち歩ける場所選んでたら、崖も見えなくなっちゃってて。
「下にいきたいんだけど。登るの辛いんだけど」
杖をつきながら傾斜を登るのはやっぱり疲れる。どうしても時間もかかるしお腹が減ってくる。
「お昼食べなかったもんね」
だって袋どっかいっちゃったし。この辺、下生えが少ないのはありがたいけど、食べられそうな実とか果物とか全然生ってないし。
「だから食べ物の事考えるのはよそおって」
だけど今他に何にも頭に浮かんでこない。
「嘘だ。浮かんでるよね。浮かんでる。うん、浮かんでる。浮かんでるけどさ」
浮かんでるんだけど、どうしても信じたくない。信じたくない。信じたくないけど。
そこで私はため息を付いた。そして立ち止まる。そして前後左右を見回した。
「ねえ、黒猫君。ここ、どこだろう?」
返事はない。当たり前。だって黒猫君はまだ目覚めてない。
だけどほんとに心細くてしょうがない私は、返事がないのも分かってて黒猫君に話しかけ続けてた。
だって、今私、森で道に迷ってます。
うん。完璧に迷子。どうしよう、私、迷子になっちゃった。
「うううう、黒猫君、どうしよう、どうしよう、私たち迷子になっちゃった」
涙がこぼれてるのは実はかなり前から。かなり前から私、方向がまるっきり分からなくなってた。
迷子って、実はなった時が分からないから迷子なんだよね。
ふと気づいたら、周りが全部おんなじ景色だった。で、あれ?って思ってちょっとまってさっきここ通ったっけって思ってウロチョロと前と後ろ行ったり来たりしたのがまずかった。
気づいたら、どっちから来てどっちに向かってるのかもわからなくなっちゃってた。
「黒猫君、起きてみない? ちょっとだけ起きてお話しない?」
心細くて怖くて寂しくて。過去10分ほどこの一人だけの会話を続けながらボロボロ泣いてます。
「俺でよけりゃ話し相手になるぜ、嬢ちゃん」
突然、右前方の木陰から声がした。返事が返ってきたことに一瞬嬉しくなって、でもってすぐに凍り付いた。
「そんな警戒することないだろ、オジサンは悪い人じゃないんだぞ」
スッと木陰から出てきたのは……おっきな獣人さんだった。
背丈が私の1.5倍くらいある。全身が真っ黒い毛に覆われてて、首の下だけ白い輪っかの飾りみたいな毛が生えてて。すっごく大きなバッグを背中にしょって、すっごく大きな青いズボンをはいた、そう、それは熊の獣人さんだった。
熊、森の中で、熊。
「ぎ、ぎ、ぎ、ぎゃーーんむぐっ!」
叫び始めた私に熊の獣人さんが思いっきり焦った顔したかと思うと、見た目に反したスピードで駆け寄って私の口をその大きな手で塞ぐ。
「ば、ばかやろう、こんな所で叫んでオークが来ちまったらどうする気だ!?」
小声でそう言われてビクっとした私は言われてみればその通り、と思い直して叫ぶのを止める。私が大人しくなったのをみてとった熊の獣人さんは、ふーっとため息をついておっきな手を外してくれた。
この熊獣人さん、悪い人じゃないのかな?
「全く。俺は悪い人じゃないって言っただろう」
そう言った獣人さんがゴソゴソと自分の袋を探って何か取り出す。一瞬迷子の私に何か食べるものをくれるのかと期待した私は本当におめでたいとしか言いようがなかったよね。
ガチャリ。って音がした。でもってえ?って思ってすぐ首が締まった。気が付くと首に何かはまってた。
「俺は悪い人なんかじゃない。俺は悪い獣人さんだからね」
そう言ってニッコリ笑った獣人さんの手には、私の首に付けられた輪っかに繋がる鎖がしっかりと握られていた。
──────
作者より:
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