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第11章 北の森

14 水質

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「折角だからあんたらの話をもっと聞かせてくれよ」

 俺たちが茶化してるうちにケインたちもやっと気が済んだようで、そこからは皆それぞれワイワイと喋りながら楽しそうに晩餐を続けていた。
 そろそろいい頃合いだろうと俺はケインに水を向ける。

「俺たちの話か?」
「ああ。さっきの話で北の砦から逃げ出してきたのはわかったが、それはここにいる人間で全部なのか?」

 そう言って俺は周りを見回した。食事には病人やけが人も来てる。まあ全部で大体50人くらいか。

「ああ。残念ながらここに来てからもすでに5人ほど死んじまった。食料も少なかったし最初から弱ってた奴は持たなかった」

 ケインが少し暗い声で俺にそう答えた。
 薬があるわけでもねえし5人で済んだんだったら、いいほうなんじゃねえのか。
 そうは思ったが口には出せなかった。代わりに別の事を聞いてみる。

「……水はあの川で汲んでるんだよな?」
「ああ、もちろんだ、なんでそんな事聞くんだ?」

 訝し気に問い返してきたケインに俺は意識して軽い調子で答えた。

「いや、あんたらは農民だから気づくかと思ってな。あんたらが鉱山に送られてから、この辺の水の味が変わったりしなかったか?」

 実は俺の一番気になってたのはここだ。
 バッカスも前に言ってたが、ナンシーに来た当初、俺は北の鉱山のせいで水が汚染されてるんじゃねえかってかなり心配してた。ナンシーの兵舎の水は井戸でとってたし、最初の滞在時には外で水は飲まねえように気を付けてた。
 ところが領城で出された水は微かに匂いが違った。決して飲めないほど変な匂いじゃなかったがどうも違う。
 そう思ってイリヤに聞いてみると、案の定、領城では地下を流れる水路から水を取っていた。
 あの水路の水は川から直接引いてる。しかもそれが地下を潜って教会や庄屋の家の周りの田んぼにも使われてた。にも関わらず水は大した匂いもしなければ色も綺麗で俺たちでも充分飲めるものだったし、領城にも教会横の農村にも田んぼの稲にも、被害らしい被害は見られなかった。
 より上流になるここで川の水を飲み続けてきたこの連中にも、特に鉛やその他鉱山から流れ出るような汚染の被害らしきものは見られねえ。
 悪い事じゃねえが気になる事はスゲー気になる。多分バッカスたちも気になってたんだろう、すぐ横で俺の話に耳を傾けてるのが見えた。
 俺の問いかけにケインが納得がいったという顔で答える。

「ああ、そのことか。確かに北の鉱山の辺りでは水がひどくて、飲み水のせいで身体を壊す奴が結構出てた。だけどな、俺たちがこの辺りに移ってから徐々に水が澄みだしたんだ」
「そうなのか?」

 相槌を打ちながらバッカスを見ると、立ち上がって川の方に向かって歩きだした。多分、自分で水をチェックするつもりなんだろう。

「まあ、逃げてきたころからこの辺りまで来ると水の味もそれほどひどくなかったんだけどな。暖かくなるにつれてどんどん良くなってきた。お陰で病気になる奴も減ったよ」

 暖かくなってというと俺たちがここに来た頃からか。あゆみの効果にしてはタイミングが変だし原因がわかんねー。

「ねえ、もしかして水スライムかな?」

 俺がちょっと考え込んでると膝の上のあゆみが俺を見上げて口を挟む。

「は?」
「ほら、昨日の農村で若い人が言ってたでしょ。夏に入って水スライムが増えちゃったって」

 そう言えばそうだったな。

「水スライムが水を浄化してるっていいたいのか?」

 あゆみの言葉にケインが相槌を打ちながら返事を返す。

「言われてみれば確かに水スライムが増えてから良くなってきたな」

 俺たちの話を聞いていたのか、ケインの向こう側の奴らも大きく頷きながら口を挟んでくる。

「確かに昔っからこの川の水は夏場も澄んでるんだよな」
「ああ、上流で分岐した北側の川は夏場は濁るって聞いた事があるのにふしぎだって、じっちゃんもよく言ってたな」

 確かに面白い考えだが、証拠も何もねえし今は何とも言えねえな。
 それでも川の水が飲めるのはありがたい。俺もアルディもそれを危惧したから昨日の農村でタイザーを多めに仕入れてた。少しでも多く北まで持っていければそれに越したことはない。
 ついでに水が綺麗になれば川魚もそのうち食べられるようになってくだろう。
 俺がそんな事を考えてるとケインが直ぐに言葉を足した。

「だが、その予想が正しいとマズいな。水スライムは普通冬に向けて数が減っちまう。今はいいがそのうちまた水が汚れだすって事だ」
「ああ、それはマズいな」

 ケインの言葉にまたも頭を抱える。
 もうこれは上流にいってどうなってるのか様子見るしかねえんだが、その様子によっては次は救出が目的じゃない本格的な派兵が必要になるかもしれねえ。
 だが残念ながら今のキールにはそこまでの軍備力がない。今回の派兵だって実は結構無理を通してもらった結果だ。
 今回自分がいけなくなった代わりにと送り出してくれた兵だって、本来はナンシーの防衛に必要なはずの兵力だ。戴冠したとはいえ、これだけ異例な形だ。これからいつ、どこからどんなツッコミが来るか分からねえし、出来ればナンシーの防備をおろそかにしたくないキールの考えは俺にもよくわかってた。

「ああ、確かに水は俺でもそのまま飲めるくらいになってた」
「やっぱりそうか」

 考えに耽ってた俺は戻ってきたバッカスの声に我に返った。俺たちの後ろから一声かけたバッカスは、また自分の食べ物の前に座りなおして生肉を手にしながらケインに声を掛けた。

「なあケイン。あんたら、逃げ出した狼人族がどの辺りにいるか知ってんのか?」

 バッカスの手元の血の滴る生肉に顔をしかめながら、ケインが頷いて答える。

「知ってるような、知らねえような、ってところだな」

 そう答えたケインに続いてケインの向こう側の奴らから次々に声が上がった。

「なに言ってんだケイン、言っただろ。あいつら絶対西の洞穴に巣くってる」
「いや、違う、そんな嘘を教えるんじゃねえ、あいつら絶対南にいるって」
「違うだろ、北の川沿いだ。オークの死骸を見ただろ?」
「……って訳だ」

 次々に上がる声にケインが苦笑いしながら俺たちを見た。
 どうやら人によって目撃した場所が違うらしい。
 ところがそれを聞いたバッカスがニヤリと笑って俺を見た。

「ああ、じゃあ間違いなくこの辺に巣くってるな」
「そ、そうなのか?」
「大方あんたらに住んでるところを知られねえように色々カモフラージュしてんだろ」

 確認するように聞いたケインに一人ニヤニヤしながらバッカスがやけに嬉しそうに答えると、アントニーが珍しく口を開いた。

「俺たちの習慣です。組で色々動き回って一か所にとどまらない。ただ、もしかすると……」
「こいつらを見張ってたのかもな」

 アントニーの後をバッカスが引き受ける。そして火の向こう側に座ってる、ケインに次いでガタイのいい男に話しかけた。

「あんたらのその槍、それじゃ狩りって言ったって取れるもんに限りがあるんじゃねえか」

 そのガタイのいい男がケインのいってた狩りをやってた奴なんだろうことは、さっき辛そうに足を引きずりながら食べに来たのを見て俺たちも知ってた。
 バッカスの言葉にそいつが唸って答える。

「ああ、確かにこの槍じゃ大した獲物はやれなかった。だけどな、この森はよっぽど豊かなのか、ちょくちょく兎だの飛べねえ鳥だのがあっちから勝手にこの辺に寄ってくる。だから罠で結構掴まえられてたんだ」

 そう答えた男を、バッカスが鼻で笑ってあきれ顔で見返した。

「全く暢気なもんだな。俺とアントニーで見て回ったがこの辺にそんな動物なんかいやしねえよ。多分、お前らと一緒に逃げ出した狼人族の奴ら、あんたらを見捨てられなかったんだな」

 バッカスの言葉に、ケインと他の連中がポカンっと口を開けて見返した。

「大方、あんたら俺の一族になんか恩になるような事したんじゃねえのか?」

 バッカスの問いかけにケインがしばらく考えて、ハッと気づいたように顔を上げた。

「いや、恩なんてそんなもんじゃねえが、逃げる途中、あいつらの子供が一人倒れて置いてけぼりになっちまっててな。後ろから逃げてた俺たちが拾ってしばらく一緒に逃げたんだ。そのうち狼人族の奴が一人戻ってきたもんだから、俺たちは怖くなってそこに置き去りにして別れたんだが」
「そりゃ充分な理由だな。そいつらに代わって礼を言っとく。多分そう遠くないとこに巣くってるんだろう。あんたらが自分たちの村に帰るのを待つつもりが、あんたらがいつまで経ってもここを動かねーから今頃すげえ焦れてんだろうな」

 バッカスが苦笑いしながらそう言うと、ケインが驚いて聞き返した。

「じゃあ、今までこの辺に迷い込んでた動物はあいつらが追い込んでくれてたのか」
「そういや、どんなに探しても俺たちに取れるような場所に生ってる実はねえのに、やけに毎日木の実落ちてたよな」
「ああ。たまにこの辺に木のないもんまで落ちてたな」

 聞いてみりゃもう疑いようもねえ。どうもこいつら、空腹のせいで今までそんな事を疑う余裕もなかったらしい。
 しばらくしてケインが意を決したようにバッカスを見た。

「なああんた、あんたなら狼人族の奴らをみつけられるのか?」

 問われたバッカスがニヤリと笑いながら答える。

「んあ? そりゃあな。今日も遠くない所で気配はしてたし、俺がその気になれば多分みつけられるだろうな」
「おいバッカス、そうなのか? なんでもっと早く言わねーんだよ」
「なに言ってんだネロ、お前料理や何やらでまるっきり話す暇なかっただろうが」

 俺の文句にバッカスがフンッと軽く鼻で笑って答えた。
 確かにそうだが。
 どの道ここの連中をあのまま見捨てるのは無理だったとしても、それだったら手分けして両方一度に片付けることもできたんじゃねえか。あー、まあもう今更だな。

「じゃあ明日はそいつら探しに行くとするか」

 俺がそういえばバッカスが当たり前だっというように頷き、その横でケインが「俺も連れてってくれ」とアントニーに頼んでた。

 俺たちが夕食を終える頃には、あゆみはとうの昔に俺の膝に寄りかかって寝ちまってた。
 ああ、多分結構魔力使ったから疲れたのか。まだこの前使い切った魔力自体が元に戻ってないのか、それとも安定したせいでちゃんと減るようになったのかそれは後であゆみに聞いてみるとして。
 周りを見回せば、皆それぞれ腹いっぱい食ったようで幸福そうな顔ですっかりくつろいでる。

「バッカス、ちょっと手伝え。寝床作るぞ」

 俺がそう言うとバッカスとアントニーが気だるそうに立ち上がる。それを見てたケインが、すぐに集落の一角を指さして口を挟んだ。

「今からじゃ大変だろ。それより、あれでよけりゃ使ってくれ。俺の寝床だが今夜はどの道火の番だ」

 ああ、そういや干し肉はケインが見張ってるって言ってたから、確かにこいつは寝ずの番だな。
 膝の上のあゆみを見ればしっかり寝ちまってて起きる様子もねえ。それを見てるうちにこっちもつい欠伸が漏れた。つられてバッカスたちも欠伸してやがる。

「正直そりゃ助かる。流石にちょっと疲れたな」

 連続してやってくる欠伸をかみ殺しながら俺がそう言うと、ケインが何でもないというように手を振って俺たちを見送った。
 ケインの寝床は別に布団があるわけでもなんでもない。綺麗に平らにされた地面に申し訳程度に枯れ葉が敷かれてる程度だ。
 俺はバッカスとアントニーに頼んで狼に戻ってもらい、それをベッド代わりにあゆみを抱えて丸くなった。
 一瞬バッカスたちの毛皮から立ち上がる血の匂いが気になったが、そんなのは疲労と満腹に追いやられて俺はあっという間に眠りに落ちた。
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