異世界で黒猫君とマッタリ行きたい

こみあ

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第11章 北の森

11 あゆみの実験

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「黒猫君、ケインさんがいない間にちょっと話があるんだけど」

 ケインが席を外した隙に、膝の上のあゆみが俺を見上げながら話しかけてきた。

「実は、さっき黒猫君たちがケインさん達の縄を解いてる間にね、バッカスとアントニーさんとヴィクさんに手伝ってもらって、ちょっとだけ実験してたの」
「実験……」

 その一言を聞いた瞬間、俺の背筋を冷たい汗が伝った。こいつの実験で今までいい思い出は一つもねえ。

「あゆみ今度は何やった!?」

 だから俺がついきつい口調で返しちまったのは仕方ねえと思う。だけど膝の上のあゆみは非常に心外だというように唇を突き出して俺を睨みあげた。

「黒猫君、私が実験すると危ないことばっかりするって思ってるでしょ。私だってこれでもちゃんと気を付けてやってるんだからね。今回だって黒猫君とアルディさんが忙しそうだから、ちゃんとヴィクさんに先に相談したし、バッカスたちにも手伝ってもらったし」

 あゆみがそう言うと、なぜか横に座ってるバッカスとヴィクが俺から視線を外した。
 なんだ、何やったんだこいつ。
 アルディも俺の横で心配そうな顔でヴィクたちを見てる。

「おい、言い訳はいいからまずは何をしちまったのか説明してみろ」

 俺はなるべく静かな声を心掛けて再度あゆみを促してみた。

「あのね、さっき私が間違って水魔法出した時、皆大騒ぎで見てなかったと思うんだけど、私確かに水スライムが沈んでくの見た気がしたの」
「沈んでくって……あんなにギチギチに詰まってんのにどうやって? 第一、水の中じゃあいつら見わけも付かねえだろ」

 水スライムは確かに水に入っちまうと溶けた様に同化しちまって、俺の目でも簡単には見分けにくかった。あゆみじゃなおさら無理だろう。
 そう思って俺が答えても、あゆみは自信たっぷりに横に首を振って先を続けた。

「それが私の手の下にいた一匹は色が少し半透明っぽくなってハッキリ姿が見えてたの。で、スルスルって私の出してた水魔法から逃げるように下に降りてって……」
「……お前らそれを信じたのか?」

 俺がバッカスとヴィクを見ると、二人して苦笑いしながらこちらに視線を戻した。

「仕方ねえだろ、あゆみがそう主張するんだから。こいつ嘘ついたりしねーし」
「勘違いって事もあるだろ」
「まあそうだけどね。まずは信じて見ても別に問題はないでしょう」

 ヴィクもバッカスも言い訳みたいに言いながら全然あゆみを疑っちゃいねえ。こいつらいい加減あゆみに甘すぎだよな。そう思いつつもなんかそれが嬉しくなってくるから俺も馬鹿だ。
 俺がそれ以上何も言わないでグッと口を噤むと、あゆみが少し嬉しそうに先を続けた。

「それで、もしかして水スライムって魔法が嫌いなのかなって思ったんだよね。だからバッカスとアントニーさんに船を支えておいてもらって、その間に私がチョロチョロ川べりから水魔法を試してみたんだけど。そしたらやっぱりザアアって皆下に沈んでってくれたの」
「え? それって水面に水スライムがいなくなったって事ですか?」

 アルディの問いかけにあゆみが嬉しそうに答える。

「はい。やっぱり川底には結構スペースがあるみたいで、その後は船も動かせましたよ」
「素晴らしい! では戻りましょう」

 顔を輝かせ、膝を打って立ち上がろうとするアルディに俺が慌てて待ったをかけた。

「いや、ここをこのままにしておいてくわけにはいかねえだろ」

 こんな当たり前のことをなんでだ、と思いつつ俺がそう言えば、アルディも同様にどうしてこんなことも理解できないのか、という顔で俺を見返す。

「ネロ君、昨日もそうでしたけどね。行軍で何が一番重要か分かりますか?」
「さあ、糧食か?」

 俺の答えにアルディがゆっくりと首を横に振りながら諭すように続けた。

「無論それも大事ですが、それは準備次第でどうとでもなります。重要なのは予定外の行動をしないことです。どれほど前もって準備してあっても、ほんの少し時間をロスしただけで物事は思わぬ方向に転がって行ってしまいます。一人二人ならまだしも、一隊で物事を行うに当たってはこれは最重要になるんですよ」

 アルディが言ってることはまあ、理解できないわけじゃねえ。だが、俺も別に自分の言い分がおかしいとも思わねえ。俺は数秒頭を巡らして、再度アルディに提案してみた。

「じゃあ、これならどうだ、俺とあゆみがバッカスたちと一緒にここに残る」
「ネロ君、君自分が少佐の自覚ありますか?」

 あきれ顔で俺を見るアルディに、俺も譲らず切り返す。

「お前も言ってただろ、こんな小隊に士官が二人もいるのは異常だって。だったら俺が一人抜けても問題はないよな」
「まあ確かにそうですけどね」

 今度はアルディも強いて反対せず、軽く頷きかえした。
 アルディが軍隊をまとめる者として当然の事実を言ってるのは分かってる。
 だけど、元々この派兵はバッカスや農民を逃がすことが目的だ。最終的にはそれ相応の兵力が必要になるだろうし、その為に軍として無駄のない統率が必要なのも理解できる。だけどそれはアルディに任せても大丈夫だろう。俺たちは俺たちに出来る事を今ここでしたほうが絶対に効率がいい、そう確信の様なもんがしっかりあって俺はやっぱり譲る気になれなかった。

「お前だって分かってるだろ、ここでなるべく情報を集めておいた方がいいって。ついでに言えば逃げ出した狼人族の行方も気になるしな」

 俺がバッカスたちを一瞥しながらそうハッキリと切り返すと、アルディが小さくニヤリと笑って肩をすくめ一転意見を翻した。

「まあ、そういいだすだろうとは予想してたんですけどね。予定では明日の早朝、我々が出立の時点で二手に別れようかと思ってたんですが仕方ありません。折角船が動くのでしたら、少しくらい僕が魔術で無理をしてでも今すぐ北に向かって早く補給の馬車と合流しておきたいんですよ。どうせあなたがたはバッカスと一緒ならすぐに追いつけるでしょうしね」

 そういいながらさっきの荷物を俺に手渡した。

「あなた方の身の回り品と少しばかり食料が入ってます」
「悪いな」
「いいえ、私たちこそ。昨日バッカスたちが張り切って狩をして下さいましたから、農村に置いてきた兵士たちも僕たちも当分肉には困りません。そちらの荷物に肉は入れませんでしたから、また道々ご自分たちで確保してください」

 荷物を受け取るとアルディが地面に枝で簡単な地図を描き始める。

「僕たちは船でこのまま川を上流に向かいます。両脇を森に囲まれるこの辺りで補給の馬車と合流する予定です。そこで船を戻しますから、必要ならここの病人を運搬するのに使ってもらって下さい。帰りは荷物も減りますから10人くらいは乗せられるでしょう」
「それは皆たすかるでしょうね」

 あゆみがアルディの申し出に嬉しそうに手を打つ。
 アルディが地面に描いた地図によると、川はここから徐々に左舷に迫っていた森の中へと切り込んでいくみたいだ。アルディたちが合流を予定してる場所までは、どうやらナンシーからここまでと同じくらいの距離があるらしい。鉱山はどうやらそのまた北になるようだ。

「そこからは補給の馬車で森の縁に沿って道が北上しますので、その途中で合流しましょう。上流は川幅も狭まりますから、バッカスたちなら充分飛び越えられるでしょうしね」

 そういって説明を終えてアルディとヴィクが立ち上がった所に、ケインが何人か他の人間を連れて戻ってきた。

「どうした、どこへいくんだ?」

 入れ替わりに立ち上がったアルディとヴィクに、ケインが驚いた顔で尋ねる。

「ネロ君たちは残りますが、僕とヴィクは先に発ちます。北で待っている補給の馬車になるべく早く合流しなければなりませんから」

 爪先で今描いた地図を消しながらアルディが返事をすると、ケインが少しばかり焦った様子で問い返した。

「船は? 水スライムのせいで動けないんじゃなかったのか?」
「あゆみさんがちょっとした細工を教えてくれたのでなんとかなるでしょう。どうにもならなければもう一度戻ってきますよ。それじゃ、ネロ君後はよろしく」

 そう言って俺たちに短く別れを告げたアルディとヴィクは、そのままさっさと旅立とうとする。
 アルディとヴィクが支度を終えて歩きだすと同時に、なぜか少し心配そうに黙り込んでいたケインがその後ろから思い切ったように勢い込んで声をかけた。

「あんたら、オークには気をつけろよ」

 船に向かおうとしていたアルディが、後ろからかけられた声に驚いて振り返る。

「オーク、ですか? 確かに数体ナンシーの北の農村の辺りで見かけましたが……」
「いや違う、北の兵士たちが使ってるオークだ」
「なんだそりゃ?」

 ここにきて初めて聞く話に驚いて俺が声をあげると、ケインが顔を歪めて俺たちの顔を見比べた。

「すまねえ、最初っから教えてやりゃあ良かったんだがな。正直言って俺たちじゃどうにもできねえから、いっそあんたらが片付けてくれりゃあいいと思って教えるのを躊躇っちまった」

 アルディがそれを聞いてなるほど、と相打ちを打つ。

「俺たちが逃げ出した後、北の兵士共がどうやらオークの群れを捕まえたらしい。どうやってんのか知らねえが、そいつらを操ってこの辺りを周回させてやがる。もう少し北の川沿いの辺りはその周回ルートに入るから気をつけたほうがいい」
「岸のどちら側ですか?」
「森側だ。あいつら、川は渡れねえらしい。この辺りは周回ルートから今の所外れてるから、なんとかやってけてるのさ」

 それでこいつさっき川と俺たちの船をみて顔をしかめてたのか。

「それはどうもご親切に。お返しにいいことをお教えしましょう、あなたの善行にはきっとそこにいる猫神様が報いてくれると思いますよ」
「おい! その呼び方は止めろっつったろうが!」

 俺の文句を聞き流しながら頭の横で数回手を振って、今度こそアルディがヴィクと一緒に集落を後にした。
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