異世界で黒猫君とマッタリ行きたい

こみあ

文字の大きさ
上 下
298 / 406
第11章 北の森

11 あゆみの実験

しおりを挟む
「黒猫君、ケインさんがいない間にちょっと話があるんだけど」

 ケインが席を外した隙に、膝の上のあゆみが俺を見上げながら話しかけてきた。

「実は、さっき黒猫君たちがケインさん達の縄を解いてる間にね、バッカスとアントニーさんとヴィクさんに手伝ってもらって、ちょっとだけ実験してたの」
「実験……」

 その一言を聞いた瞬間、俺の背筋を冷たい汗が伝った。こいつの実験で今までいい思い出は一つもねえ。

「あゆみ今度は何やった!?」

 だから俺がついきつい口調で返しちまったのは仕方ねえと思う。だけど膝の上のあゆみは非常に心外だというように唇を突き出して俺を睨みあげた。

「黒猫君、私が実験すると危ないことばっかりするって思ってるでしょ。私だってこれでもちゃんと気を付けてやってるんだからね。今回だって黒猫君とアルディさんが忙しそうだから、ちゃんとヴィクさんに先に相談したし、バッカスたちにも手伝ってもらったし」

 あゆみがそう言うと、なぜか横に座ってるバッカスとヴィクが俺から視線を外した。
 なんだ、何やったんだこいつ。
 アルディも俺の横で心配そうな顔でヴィクたちを見てる。

「おい、言い訳はいいからまずは何をしちまったのか説明してみろ」

 俺はなるべく静かな声を心掛けて再度あゆみを促してみた。

「あのね、さっき私が間違って水魔法出した時、皆大騒ぎで見てなかったと思うんだけど、私確かに水スライムが沈んでくの見た気がしたの」
「沈んでくって……あんなにギチギチに詰まってんのにどうやって? 第一、水の中じゃあいつら見わけも付かねえだろ」

 水スライムは確かに水に入っちまうと溶けた様に同化しちまって、俺の目でも簡単には見分けにくかった。あゆみじゃなおさら無理だろう。
 そう思って俺が答えても、あゆみは自信たっぷりに横に首を振って先を続けた。

「それが私の手の下にいた一匹は色が少し半透明っぽくなってハッキリ姿が見えてたの。で、スルスルって私の出してた水魔法から逃げるように下に降りてって……」
「……お前らそれを信じたのか?」

 俺がバッカスとヴィクを見ると、二人して苦笑いしながらこちらに視線を戻した。

「仕方ねえだろ、あゆみがそう主張するんだから。こいつ嘘ついたりしねーし」
「勘違いって事もあるだろ」
「まあそうだけどね。まずは信じて見ても別に問題はないでしょう」

 ヴィクもバッカスも言い訳みたいに言いながら全然あゆみを疑っちゃいねえ。こいつらいい加減あゆみに甘すぎだよな。そう思いつつもなんかそれが嬉しくなってくるから俺も馬鹿だ。
 俺がそれ以上何も言わないでグッと口を噤むと、あゆみが少し嬉しそうに先を続けた。

「それで、もしかして水スライムって魔法が嫌いなのかなって思ったんだよね。だからバッカスとアントニーさんに船を支えておいてもらって、その間に私がチョロチョロ川べりから水魔法を試してみたんだけど。そしたらやっぱりザアアって皆下に沈んでってくれたの」
「え? それって水面に水スライムがいなくなったって事ですか?」

 アルディの問いかけにあゆみが嬉しそうに答える。

「はい。やっぱり川底には結構スペースがあるみたいで、その後は船も動かせましたよ」
「素晴らしい! では戻りましょう」

 顔を輝かせ、膝を打って立ち上がろうとするアルディに俺が慌てて待ったをかけた。

「いや、ここをこのままにしておいてくわけにはいかねえだろ」

 こんな当たり前のことをなんでだ、と思いつつ俺がそう言えば、アルディも同様にどうしてこんなことも理解できないのか、という顔で俺を見返す。

「ネロ君、昨日もそうでしたけどね。行軍で何が一番重要か分かりますか?」
「さあ、糧食か?」

 俺の答えにアルディがゆっくりと首を横に振りながら諭すように続けた。

「無論それも大事ですが、それは準備次第でどうとでもなります。重要なのは予定外の行動をしないことです。どれほど前もって準備してあっても、ほんの少し時間をロスしただけで物事は思わぬ方向に転がって行ってしまいます。一人二人ならまだしも、一隊で物事を行うに当たってはこれは最重要になるんですよ」

 アルディが言ってることはまあ、理解できないわけじゃねえ。だが、俺も別に自分の言い分がおかしいとも思わねえ。俺は数秒頭を巡らして、再度アルディに提案してみた。

「じゃあ、これならどうだ、俺とあゆみがバッカスたちと一緒にここに残る」
「ネロ君、君自分が少佐の自覚ありますか?」

 あきれ顔で俺を見るアルディに、俺も譲らず切り返す。

「お前も言ってただろ、こんな小隊に士官が二人もいるのは異常だって。だったら俺が一人抜けても問題はないよな」
「まあ確かにそうですけどね」

 今度はアルディも強いて反対せず、軽く頷きかえした。
 アルディが軍隊をまとめる者として当然の事実を言ってるのは分かってる。
 だけど、元々この派兵はバッカスや農民を逃がすことが目的だ。最終的にはそれ相応の兵力が必要になるだろうし、その為に軍として無駄のない統率が必要なのも理解できる。だけどそれはアルディに任せても大丈夫だろう。俺たちは俺たちに出来る事を今ここでしたほうが絶対に効率がいい、そう確信の様なもんがしっかりあって俺はやっぱり譲る気になれなかった。

「お前だって分かってるだろ、ここでなるべく情報を集めておいた方がいいって。ついでに言えば逃げ出した狼人族の行方も気になるしな」

 俺がバッカスたちを一瞥しながらそうハッキリと切り返すと、アルディが小さくニヤリと笑って肩をすくめ一転意見を翻した。

「まあ、そういいだすだろうとは予想してたんですけどね。予定では明日の早朝、我々が出立の時点で二手に別れようかと思ってたんですが仕方ありません。折角船が動くのでしたら、少しくらい僕が魔術で無理をしてでも今すぐ北に向かって早く補給の馬車と合流しておきたいんですよ。どうせあなたがたはバッカスと一緒ならすぐに追いつけるでしょうしね」

 そういいながらさっきの荷物を俺に手渡した。

「あなた方の身の回り品と少しばかり食料が入ってます」
「悪いな」
「いいえ、私たちこそ。昨日バッカスたちが張り切って狩をして下さいましたから、農村に置いてきた兵士たちも僕たちも当分肉には困りません。そちらの荷物に肉は入れませんでしたから、また道々ご自分たちで確保してください」

 荷物を受け取るとアルディが地面に枝で簡単な地図を描き始める。

「僕たちは船でこのまま川を上流に向かいます。両脇を森に囲まれるこの辺りで補給の馬車と合流する予定です。そこで船を戻しますから、必要ならここの病人を運搬するのに使ってもらって下さい。帰りは荷物も減りますから10人くらいは乗せられるでしょう」
「それは皆たすかるでしょうね」

 あゆみがアルディの申し出に嬉しそうに手を打つ。
 アルディが地面に描いた地図によると、川はここから徐々に左舷に迫っていた森の中へと切り込んでいくみたいだ。アルディたちが合流を予定してる場所までは、どうやらナンシーからここまでと同じくらいの距離があるらしい。鉱山はどうやらそのまた北になるようだ。

「そこからは補給の馬車で森の縁に沿って道が北上しますので、その途中で合流しましょう。上流は川幅も狭まりますから、バッカスたちなら充分飛び越えられるでしょうしね」

 そういって説明を終えてアルディとヴィクが立ち上がった所に、ケインが何人か他の人間を連れて戻ってきた。

「どうした、どこへいくんだ?」

 入れ替わりに立ち上がったアルディとヴィクに、ケインが驚いた顔で尋ねる。

「ネロ君たちは残りますが、僕とヴィクは先に発ちます。北で待っている補給の馬車になるべく早く合流しなければなりませんから」

 爪先で今描いた地図を消しながらアルディが返事をすると、ケインが少しばかり焦った様子で問い返した。

「船は? 水スライムのせいで動けないんじゃなかったのか?」
「あゆみさんがちょっとした細工を教えてくれたのでなんとかなるでしょう。どうにもならなければもう一度戻ってきますよ。それじゃ、ネロ君後はよろしく」

 そう言って俺たちに短く別れを告げたアルディとヴィクは、そのままさっさと旅立とうとする。
 アルディとヴィクが支度を終えて歩きだすと同時に、なぜか少し心配そうに黙り込んでいたケインがその後ろから思い切ったように勢い込んで声をかけた。

「あんたら、オークには気をつけろよ」

 船に向かおうとしていたアルディが、後ろからかけられた声に驚いて振り返る。

「オーク、ですか? 確かに数体ナンシーの北の農村の辺りで見かけましたが……」
「いや違う、北の兵士たちが使ってるオークだ」
「なんだそりゃ?」

 ここにきて初めて聞く話に驚いて俺が声をあげると、ケインが顔を歪めて俺たちの顔を見比べた。

「すまねえ、最初っから教えてやりゃあ良かったんだがな。正直言って俺たちじゃどうにもできねえから、いっそあんたらが片付けてくれりゃあいいと思って教えるのを躊躇っちまった」

 アルディがそれを聞いてなるほど、と相打ちを打つ。

「俺たちが逃げ出した後、北の兵士共がどうやらオークの群れを捕まえたらしい。どうやってんのか知らねえが、そいつらを操ってこの辺りを周回させてやがる。もう少し北の川沿いの辺りはその周回ルートに入るから気をつけたほうがいい」
「岸のどちら側ですか?」
「森側だ。あいつら、川は渡れねえらしい。この辺りは周回ルートから今の所外れてるから、なんとかやってけてるのさ」

 それでこいつさっき川と俺たちの船をみて顔をしかめてたのか。

「それはどうもご親切に。お返しにいいことをお教えしましょう、あなたの善行にはきっとそこにいる猫神様が報いてくれると思いますよ」
「おい! その呼び方は止めろっつったろうが!」

 俺の文句を聞き流しながら頭の横で数回手を振って、今度こそアルディがヴィクと一緒に集落を後にした。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

[完結長編連載]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜

コマメコノカ・更新報告はXにて。
恋愛
 王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。 そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。

黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ
ファンタジー
デイビッド・デュロックは自他ともに認める醜男。 ついたあだ名は“黒豚”で、王都中の貴族子女に嫌われていた。 そんな彼がある日しぶしぶ参加した夜会にて、王族の理不尽な断崖劇に巻き込まれ、ひとりの令嬢と婚約することになってしまう。 始めは同情から保護するだけのつもりが、いつの間にか令嬢にも慕われ始め… ゆるゆるなファンタジー設定のお話を書きました。 誤字脱字お許しください。

処理中です...