異世界で黒猫君とマッタリ行きたい

こみあ

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第11章 北の森

9 ケインたちの話

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 そのまましばらく進むと森の奥にぽっかりと平地が開けていた。
 ナンシーの北の農村よりまた小さい、ほんの十数軒ほどの頼りないテントのようなものが点々と並んでるのが見えてくる。俺も昔サバイバルで作った事のある、太い木の枝を組んで枯れ葉や葉をつけた枝を上に乗せただけのなんともお粗末なものだった。
 今まではまあ雨も降らなかったし良かったんだろうが、これから寒くなってきたらまず何の役にも立ちそうもねえシロモノだ。
 中では数人ずつ人が集まってはなんかやってる。壁になるような物は何もねえから中はほとんど丸見えだし、プライバシーもなんもあったもんじゃねえ。
 それでも自衛の為か、開けたその場所を囲うように簡単な柵と堀が作られていた。

「よくこんなんでやってられるな」
「やれるもやれないも、これ以上は俺たちには出来ねえからな」

 その様子を見て俺がボソリと呟くと、ケインが肩をすくめて見せる。
 木で作られた腰より少し低い丈の柵には切れ目などどこにもなく、ケインは単にそれを跨いで中に入る。

「おい、帰ってきたぞ。ちょっと人を連れてきたが気にするな」

 そう叫ぶケインの後に続いて残りの男たちも順番に柵を乗り越えて中に入った。
 返事は何もないが、周りの小屋から心配そうな視線がいくつもこちらに突き刺さる。
 どうも残っていたのはそのほとんどが女のようだ。外に出てたのと同じくらいの人数がここに残ってたらしい。
 周りの視線に晒されてあゆみが俺の腕の中で居心地悪そうに身じろぎを繰り返す。あゆみが不安そうにこちらを見上げてくるが、こういう時にあんまり挙動不審なのはマズい。
 俺は仕方なくあゆみの背中を軽く叩いて落ち着かせあゆみをしっかり抱えて柵をのり超えた。


 集落の真ん中には建物はなく、代わりに大きな石を組んで炉が形作られていた。申し訳程度に上に傘のような覆いが付けられているが、火の燃える面積さえもカバーできてそうにない。

「その辺に座ってくれ。おい、お前らは残りの連中にも事情を説明しといてくれ」

 俺たちにその炉の周りを指さして座るように言いながら、ケインが後ろから俺たちを見張るように付いてきていた自分の仲間にも指示を出す。言いつけられた男たちはそれぞれに違う小屋に向かってトボトボ歩き出した。
 その後姿を見ながらケインはため息交じりに低い声で呟いた。

「見ての通りだ。俺たちはもうどの道詰んでる。あんたらに襲われたってもうあまり結果は変わんねえ。俺たち以外は病人と女ばかりだし食料もほとんどねえ。この通り冬なんてとても越せねえ状態だ」
「だから素直に僕たちをここに入れたんですね」

 アルディが納得がいったというように辺りを見回してる。確かに近場の小屋にも数人寝転がってる奴が見える。女たちは何か準備をしてるようで忙しそうだ。

「ああ。悪いがなんも出す気はねえぞ。人に食わせられるようなもんはもうなんも残っちゃいねえ。今もああやって木の実を一日中擂っては団子作って食ってるくらいだ」
「森で狩はしねえのか?」
「俺たちは元はナンシーの街の農民だ。狩の出来る奴は元々少ねえ。しかもここにいた一人は昨日、南から大量に逃げてきた土ブタに追いかけられて怪我しちまった。こんな所まで土ブタがのぼってくることは滅多にねえはずなんだけどな」

 ……バッカスたちの顔色が変わった。まさか昨日のあいつらの狩の余波か?

「お、おい、なんだか経緯を聞くんじゃなかったのかよ」

 誤魔化すように口を挟んだバッカスの言葉に、ケインが一つ頷いて炉に薪をくべて火を入れながら答える。
 ああ、ここでは火つけ石がまだ現役だ。俺たちが作ったのと同じような火口もしっかり使ってる。それを目にしたあゆみが懐かしそうに俺を見返してきた。
 こいつ、喉元過ぎれば、だよな。あん時は辛くてべそかいてたくせに。
 って俺も人の事は言えねえな。俺なんてその頃猫だ。

「ああ、経緯な。そんな事あんたら兵士の方がよく知ってんじゃねえのか?」

 ケインはまだ少し疑わしそうに俺とアルディを交互に見てくる。

「いいえ、さっきも言ったように僕たちは去年の暮れからキーロン陛下と共にウイスキーの街に留まっていましたから、詳しい経緯は知りません。あなた方からみた経緯を説明してみてください」

 アルディの流れるような返事にケインが戸惑いながらも、疲れた様子でやっと話し始めた。

「今年の春頃、俺たちの村に兵士がどっさり来た。なんでもナンシーの公爵様が一時的に俺たちに鉱山に向かうよう言われたそうだ。北で大きな事業が始まったから人手が必要だって事だったな。俺たちはありがたくもそれに加わって、上手くいけば俺たちにも大きな褒賞がもらえるって話だった」
「なんだ、あんたら褒賞目当てに北に向かったのか?」

 ちょっと嫌味っぽくバッカスがからかうとケインがムッとしてバッカスを睨み返す。それでも口調は今まで通り疲れたままだ。

「いや、俺たちだって農民やってる以上、穀物を植えてある畑をおいて村をでるのは絶対無理だって断ったさ。だけどな、俺たちが何といおうと領城の兵士たちは全く聞く耳持たねえ。それどころか無理やり剣で追い立てられて、仕方なく北に向かったんだ」

 話しているうちにケインの声がどんどん暗く、低くなっていく。

「ひでえ行軍だったよ。俺たちは着の身着のままで何も持ってなかった。俺たちの食料だといって村の貯蔵を持ち出され、それさえも殆ど分け与えられないまま何日も歩かさせられてた。それでも北の鉱山にさえ着けば休めると、皆でそう言い聞かせあって何とか一人も欠けずに最後まで歩ききった」

 ケインが手慣れた手つきで種火を薪の下に置いて火を巡らす。

「だが北についてみたらひでえことになってた」

 ケインが顔を歪め、ポキッ、ポキッと音を立てて少し太い枝を力を込めて折りながら薪の下に足していく。

「俺は昔一度、北の鉱山町に食料を配達する小隊についてきたことがあったんだ。だから町の様子も覚えてた。だが長い行軍の後、俺たちが辿り着いた場所には俺の知っていた街は跡形もなかった。代わりに即席の砦みたいなもんが立ってて、槍みたいに尖った杭がいくつも連なった壁が続いてて。それ見た瞬間、ああ、俺たちはもう帰れねえんだなって悟ったよ」
「砦……バッカス、お前らそれも見てたのか?」

 俺の問いにバッカスも驚いた顔で首を横に振る。

「いいや。俺たちの森は鉱山よりもかなり南側だからな。俺たちの時は突然人間の兵士が大量に狼の森の中に現れて襲ってきた。急襲されて取るものもとりあえず交戦しながら、そこから徐々に南に追いやられたんだ。だから北の街の話は聞いてない」
「じゃあ捕まったお前らの仲間も同じように北の街につれていかれたって事……か?」

 俺が自分に問いかけるようにそういうと、ケインがバッカスたちを見て代わりに返事をくれた。

「……あんたらのような狼の獣人は確かに結構いたな。鉱山でも一番キツイ、一番奥の狭まったとこで働かされてた。俺たちじゃとてもあんなところ入り込めねえし、あんな狭い場所で掘り進めるのは無理だからな」
「クソッ」

 ケインの言葉を聞いたバッカスが悔しそうに顔を歪ませる。ケインはそれを見ながらも気にとめるわけでもなく、また薪に向き直って暗い声で先を続けた。

「狼人族っつうのか。あんたらの仲間は俺ら人間とは関わってこなかった。大抵同じ奴らで固まっててな。だから俺たちも近寄らなかったんだ。だけど俺たちには食料も殆どなくてどんどん死にはじめて。そのうち狼の獣人が俺たちを食ってるって噂が流れた」
「そんな事あるわけねーだろ! 俺たちは共食いなんかしねえ」
「共食い?」
「俺たちには人間の血も入ってんだよ。気持ち悪くて食えるか!」
「そ、そうなのか。いや、だが……正直あそこまで飢えるとな。……俺たちだって仲間の死体を食う食わないで言い争ったくらいだったからな」

 しまった。横に座らせてたあゆみが真っ青になってへたり込むのを慌てて膝に乗せて抱え込んだ。
 やっぱりまだこいつにこういう話はきかせねえほうがいいのか。そう思って俺が声を掛けようとするのをさえぎってあゆみが言葉を返す。

「ケインさん、バッカスたちがそんな事する事は絶対ないんです。この人たち、それくらいなら多分平気で自害しちゃうから。変にプライド高いし」

 青い顔のあゆみはそれでもしっかりそう言ってケインをジッと見つめてる。そのあゆみの様子にケインがたじろいで、「わ、分かった」と小さく答えた。
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