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第11章 北の森

6 水スライム

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「それじゃあ、気を付けていってらっしゃりませ」
「朗報をお待ちしておりますじゃて」
「狼煙はいつでも上げる用意をしておきますぞい」

 次の朝俺たちの出発はまだ真っ暗なほど早かったのに、長老の5人は全員そろって見送りに来た。
 こいつらよっぽど暇人らしい。っというのは冗談で。
 昨日見てて気づいたが、どうやら老人たちは村に残って刈り入れ場所の指示やら、もみ殻の始末なんかを手伝ってるらしかった。子供たちも遊んでるようで皆長老たちの言うこと聞いて手伝いに出てる。
 その合間に野菜畑の取り入れもやってるようだった。腰は曲がってても引っ切りなしに忙しくよく働く。
 そんな忙しい中それでもわざわざ見送りに来るのは、よほど大きな期待を俺たちにかけてるからだろう。

「隊長、どうぞご無事で」
「ええ、後はよろしくお願いしますよ」

 アルディもここに残る駐屯組の5人に指示だけ出して別れを告げた。
 昨日到着した桟橋には、既に昨日下ろした積み荷が戻され、加えて野菜やらタイザーやらが積み込まれてる。

 船はすぐに暗い川面を滑り出し、光石の小さな手持ちランプを持って外に出ていた人たちの影がどんどん薄闇に消えていった。
 まだ川の片側は完全に平地だが、左側は直ぐ近くまで森が迫ってきている。暗い森を覗くと、なぜかあの砦での攻防を思い出しちまった。
 あれからそんなに経ってねーのに状況は色々変わったもんだ。あの時の敵のバッカスが今じゃ俺にとっちゃアルディと変わらねーくらい頼りになる仲間になっちまってる。

 しばらく行くと、川の右側に半透明の薄っぺらいゼリーがへばりついてるのがいくつも見え始めた。どうも座布団くらいの大きさから、その3倍ほどのものまでいるようだ。

「水スライムですね。ちょうどまだ外に出てくれてます。今のうちになるべく距離を稼ぎましょう」

 アルディの言葉に合わせてモーターがスピードを上げる。少し揺れる船の上で、俺は間違ってもあゆみを落とさないようにしっかり抱きこむ。

「黒猫君、いつもいつも申し訳ないね」

 俺がずり落ち始めたあゆみを抱え直すと、あゆみが申し訳なさそうに見上げてくる。

「気にするな」

 そういいつつも、俺としてはこうして公認で抱えてられるのが結構嬉しい。顔がニマらないように気にしなきゃならねーくらいには嬉しい。

「あゆみ、気にするこたねーぞ。こいつの尻尾、嬉しそうに立ってんだろ」

 バッカスが余計なこと言ってやがる。
 ちくしょう、バッカスの奴色々分かり過ぎだ。この尻尾だけはごまかしようがねえし。

「そっか、ならよかった。アルディさん、ちょっと明かりを借りてもいいですか?」

 船の上には光石のライトが一つだけ乗ってる。いつものものとは違って持ち歩きしやすいように上に取っ手が付いてて、底が安定しやすいように平らに出来てる。基本的には船首に置いてるが、あったからって先が大して見えるわけでもない。だから必要に応じて皆使いまわしてる。

「なんか必要なのか?」

 あゆみに聞くとシッと指を立てて俺を黙らせる。

「ちょ、ちょっと水の中覗いてみたいなって。スライムいないのかなっと」
「あゆみ……お前たまに変な行動力見せるよな。決まってマズい方向で」

 アルディがあゆみに差し出した明かりを、あゆみの代わりに俺が横から手を伸ばして引き取る。

「それ、もしいたらどうするつもりなんだ?」
「え? そ、それは考えてなかったかな? だっていたら知っておきたいじゃん。間違って手を入れる前に」
「入れるな。いようがいまいが入れる必要ねーから」
「そ、そうだけどさ。夜の水面ってキレイだから、ちょっとくらいは触ってみたいし」

 呆れる俺をソワソワと見上げるあゆみにため息がこぼれる。
 ったく。少しくらい脅さねーとこいつ、俺の目を盗んでやりかねねーな。
 俺はあゆみをしっかりと抱き上げて、あゆみの顔のすぐ横にライトを持ってあゆみの上半身を川面のすぐ近くまで下げた。

「そんなに見たいなら俺が手伝ってやるよ、どうだなんかいるか?」
「きゃ、きゃあああ! 何するの黒猫君、危ない、ば、危ないからやめて!」

 焦って暴れようとするあゆみをゆらゆらと数回、水面のすぐ近くで揺らしてから引き揚げてやる。悪いがあゆみたちと違って夜目の効く俺にはなんもいないのが丸わかりだった。じゃなきゃこんなばかな遊びをするわけもない。

「思い知ったか。もう手を入れようなんて考えるのやめて大人しく座ってろ」

 そういいながらアルディに明かりを返すとアルディも苦笑いしてる。

「あゆみさん、水スライムはそんな風にして見てもほとんど見えませんよ。何せ水中では透明ですからね。ネロ君も馬鹿な真似は止めてあげなさい。水スライムは跳ねますからね」

 ギョッとしてアルディを見返すと舌を出してやがる。嘘か!

「からかってんじゃねーよ。いいからあゆみ、お前はとにかく座っとけ。バッカス笑うな」

 一通り俺が文句を言い終わる頃、東の空が微かに白み始めた。

「日の出まであと一時間って所ですか。さあ、進みましょう」

 この時までは、まあ俺たちの旅は順調に進んでた。



「アルディどうする?」

 明け方の少し薄暗い川面に停泊中の船の上でアルディに声を掛けた。

「どうするもこうするも、今の所お手上げですかね」

 アルディが実際に両手をあげて俺を見返す。
 俺たちは今、行き詰ってる。いや、心情的にではなく、現実に。
 あれから1時間くらいは何の問題もなく遡って来れたが、朝日が地平線から顔を出した瞬間、ザワザワザワ、ドボドボドボッと川面に上がっていた水スライムどもが一斉に水に入ってきた。最初はそれでもじりじりと前に進んでいたが、10メートルもいかないうちにモーターが空回りし始め、船が停止した。
 あゆみがモーターが焼き切れるというので慌ててそれを止めてみると、この船、他に全く別の移動手段がない。
 ギリギリで気づいて川べりに近づけたが、それでも川岸から約2メートル近くある。
 バッカスも俺も飛べない距離じゃねーが、それやると船が転覆しかねないからやるにやれねえ。
 結果朝っからこんなとこで動きが取れなくなっちまった。

「このまま明日の朝まで立ち往生とか止めてくれよ」

 ぼそりと俺が文句言うとあゆみがキッと俺を睨んで、「それくらいなら私泳いで渡るからね」とかなりマジな顔で言い放つ。
 まあ、生理現象もあるしな。どう考えてもこのままって訳にはいかねえ。

「ヴィク、通常あんたらはこの水スライムをどうやって駆除してたんだ?」
「ああ、そうですね、なんか方法があるんですか?」

 俺とアルディの問いかけにヴィクが少し情けない顔で返事をする。

「残念ながら、通常は明け方に陸に上がってるスライムを川べりから離して放置するだけなんだ。動けなくなる前に水に戻れないと勝手に干からびて、それを私たちが加工するんだけどね。あとは網や縄で陸地に引きあげて同様に干からびさせるとかね」

 それを聞いて俺とアルディががっくりと肩を落とす。

「ヴィクさん、この水スライムってなんで明け方に外に出るんでしょうね?」

 膝の上であゆみが暢気に質問を続けた。

「さあ。私たちもそれは知らないよ。言い伝えはあるが、それも昔ここにいた神の御使いに敬意を表すためだっていうあまり役に立たない者だしね」

 しばらく考えてたあゆみが俺を見上げる。

「じゃあ、とりあえず色々魔法を試してみない? もしかしたら退いてくれるかもしれないし」
「あゆみそれは止めた方がいい。水スライムも攻撃されればそれなりに暴れるよ。これだけキツキツに詰まってる状態で下手に暴れられると船の方が危ない」

 あゆみが「あ、そうか」って言ってるが。今回は少なくとも自分で勝手にやらなかっただけましだな。
 あゆみも少しずつ慎重さを持ってきてるのがありがたい。人間経験から学ぶ生き物だしな。

「じゃあいっそこうやって水魔法で水を上からかけて船を浮かせたら──」

 俺がちょっと感心してたその隙に、あゆみがスッと手を外に差し出して水魔法をタラタラと流し始めた。

「馬鹿、今やるなって言われただろ!」
「え、うわっ!」

 止める間もなくあゆみが放出した流水に、下にいた水スライムどもがヌルヌルと蠢きだす。

「皆船べりに掴まれ! バッカス、悪いがバランスとって船を安定させられるか?」
「ああ、なんとかしてやる」

 5分ほどまるでゆったりとした地震のように揺れ続けた船も、水スライムどもが落ち着くにつれ徐々に鎮まり、やがて元通り揺れが収まった。
 だがその頃にはあゆみを含め、俺たち全員疲れ切ってグッタリと船の底にへたり込んでた。
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