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短編 山口さんと私の新しい関係(ロス編)2

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「山口さん私もう別にいいって思ってたんですけど」

 何時までも難しい顔の山口さんに本音をちょろっと漏らしてみる。

「彩音ちゃんはそう言うけどな。僕達明日君のご両親にご挨拶するんだぞ。僕は一体どんな顔で話しゃいいんだ?」

 ああ。
 本当に山口さんは考えすぎだ。

「前も言いましたけど。過ぎちゃった事はしょうがないですよ。それに凄く気持ちよかったですし。山口さんのドピュって言うの」
「女の子がそう言う表現は宜しくない」

 山口さんに口を塞がれた。
 自分だっていっぱいそう言うの書いてるくせに。

「じゃあ、なんて言えばいいんですか」

 塞いでた手を押し退けて聞き返す。

「え? 中だ…ダメだこれも。っていうか言わなくていい」
「じゃあゴックンもだめ?」
「……二度とするな。言うのも禁止」
「山口さんはエッチな事いっぱい言うのに私は駄目ってズルい」
「僕のは職業病。彩音ちゃんは真似しなくていいから」

 また抑えが効かなくなる、とぶちぶち言ってらっしゃいますが私だって山口さんのお仕事を少しは理解したくて勉強しているのだ。
 結局山口さんは私に自分の書いた本を貸してくれないので実は一冊自分で買ってしまった。
 近所の書店では恥ずかしすぎるので普段行かない都心の大手書店で会社の帰りにこっそり買ったのだ。
 言うとまた山口さんが騒いで取り上げられそうなので今の所秘密にしてる。
 モデルが自分だと思うとかなり微妙なんだけど、表現が山口さんらしくてついつい全部読んでしまった。
 今度他にも買って来ようと画策中。
 そう言えば。

「山口さん、私達あのベッドで寝なきゃならないんですよね……」
「なんで?」
「だってさっき山口さんローションとか色々……」
「ああ。あと彩音ちゃんも少しおもらししてたもんな」
「むぅ!」

 また言わなくていい事を言われて私はゲンコツで山口さんの胸板を数回叩いた。
 山口さんは笑って私のしたいようにさせてくれる。
 なんかなー。こういう所で私、凄く子供扱いされてる気がする。

「ほらお湯も溜まってきたからこっちおいで」

 そう言って下に寝転んだ自分の体の上に私を乗せて寝転がす。

「重くないんですか?」
「全然」

 裸でゴロンと薄い湯船に寝転がりながら山口さんの腕の中にいるのは結構嬉しい。
 体がぴとっとくっついて、その隙間をお湯が埋めてくれる。
 日本の大きな湯船もいいけどこっちの寝転がるお風呂も捨てがたい。
 ただお湯が抜ける穴が結構低い位置についているので私の背中側は一部お湯の外に出ちゃってるのが残念。
 でもそこに山口さんが一生懸命お湯を掛けてくれてるのがまた嬉しい。

――― ビー! ビー!

 突然部屋のベルが鳴った

「マズい!」

 山口さんが慌ててお風呂から飛び出してタオルで体を拭いて着替え始める。

「え? 山口さん、どうしたんですか?」
「下にアイツまたせてるの忘れてた」
「アイツ? って誰ですか?」
「今時間ない。ちょっと待ってて」

 そう言ってスーツのズボンだけ履いてタオル片手にバスルームを出て行ってしまった。
 すぐにドアの辺りで山口さんの声がする。
 英語?
 何を話してるのか聞き取れない。
 いや、ちゃんと横にいてもきっと聞き取れないけど。
 何か大笑いと山口さんの不機嫌そうな声が聞こえて暫くすると山口さんが帰って来た。

「彩音ちゃん。すまないけどすぐに着替えて出かける用意できる?」

 私は山口さんとのイチャイチャ時間を突然邪魔されてちょっと不満だったけど、そこはぐっと我慢して湯船から抜け出しながら返事する。

「どこに行くんですか?」

 自分で拭けるのに何故かタオル片手に万全の準備で構えていた山口さんに全身を拭かれてしまった。
 ついでに髪も拭き始める。

「ちょっと遅いがお昼ご飯がてらドライブだ」
「え? 山口さん、こっちで運転できるんですか?」
「いや、僕じゃない。もう一人来るから」

 私はとっとと着替えをトランクから出す。

「山口さん、ちょっとそっち向いててください」

 いくらこういう仲になっても下着を着たりするのって見られるのが凄く恥ずかしい。
 山口さんはエッチな事をする時は凄く意地悪もするけど、こういう時はちゃんと言う事を聞いてくれる。

「簡単な格好でいいぞ。どうせ大した所には行かないだろうから」

 山口さんが肩越しにそう言う。
 簡単な服装かぁ。
 私は膝下のデニム地のレギンスと裾が長めの白いシャツを選んだ。
 ある意味間違いの無い組み合わせ。
 それと履きなれたスニーカー。
 それにここ数日のツアーでしっかり学んだ防寒用のパーカーを羽織る。

「お風呂場使いますね」

 私は化粧品を片手にお風呂場に戻る。
 お湯を抜きながら手早く化粧水で下地を整えて、簡単メイクを始めたのだがどうにも湯気が邪魔で化粧が乗らない。
 やっぱり日本の脱衣所があるお風呂がいいな。
 それでもなんとか支度を終えて出てみると山口さんも膝までのミリタリーカラーのショートパンツにTシャツ、それにサングラスという今まで見たこともないラフな格好で待っていた。

「山口さん、カッコイイ。5才くらい若く見えますよ!」
「彩音ちゃん。君まだ僕の年齢を勘違いしてないか?」

 折角褒めたのにムスッと返されてしまった。
 あれ? でも5才若いと私と変わらなくなる?
 っじゃあやっぱりもう少し上かな。
 って言ったらきっと怒られるよね。
 胸の中にしまっておこう。

「行こうか」

 そう言って肘を曲げて待っているのは腕を組んでいいって事?
 変な話、私達はこうやって恋人らしい事を殆どしたことがない。
 だって近所でこれやったらそく両親に電話が行っちゃう。
 私はちょっと赤くなっておずおずとその腕に捕まる。

「その、なんだな。結構照れるな」

 あ。山口さんも赤くなってる。
 心がちょっと跳ねた。


   --- ・ ---


 エレベーターで階下に降りて入口付近のロビーに進むと一人の外人さんが両手を広げてオーバージェスチャーで迎えてくれた。

「アヤネさん、やっとおあいできました。オレはダンです」
「ダンさん。日本語お上手ですね」
「はい! がんばっておぼえました。日本でダイガク行きました」

 そうでなくても対人恐怖症気味の私は半分以上山口さんの後ろに隠れながら話しているのだが、ダンさんはそれに負けじと後ろに回ってくる。
 ダンさんは山口さんよりもまた頭一つ分くらい背が高い。
 私と比べると大人と子供のようだ。
 ウェーブの掛かった薄い茶色と焦げ茶の混じった髪を短く刈り上げ、ちょっと長めの前髪だけ下ろしている。
 ジーンズに日本語で「イケメン」とロゴの入った白いTシャツを恥ずかしげもなく着ているのに、それでも許されてしまいそうな程のイケメンさんだ。

「ダン、これは彩音。僕のフィアンセだ。彩音ちゃんこれはダン。大学の時からの腐れ縁で仕事でも繋がってる。今回のゴタゴタは全部コイツのせいだ」
「それはひどいよ。オレちゃんとヨウスケに初日に教えてあげたよ?後は会社のモンダイ。ヨウスケは働きすぎ」

 ダンさんの日本語は一部イントネーションが変だけど全部聞き取れるし理解できる。

「普通自分の会社がM&A掛けられてたら焦ってなんとかしようと動くだろ」
「ヨウスケそれ日本語がまちがっているよ。オレの会社じゃなくてオレが働いている会社です。オレの会社じゃないね。そんなのはファイナンスの人のモンダイ」
「そんなのは詭弁だ。僕がこの2日死ぬほど忙しかったのは全部お前のせいだ!」
「ヨウスケ働きすぎね。デリゲーション勉強しようね」
「デリゲーション?」

 私がはてな顔で尋ねるとダンさんが嬉しそうに笑って答えてくれる。

「そうですアヤネさん。デリゲーション。人に仕事をまかせます。自分は自分の仕事します」
「お前のは人に押し付けるっていうんだ。お前どうせウチの会社がお前の会社を放っておく訳に行かないの見越して僕にリークしただろ。その癖自分はすぐに抜け出しやがって」
「知らないね。オレ自分の仕事しただけ。でもアヤネさんは面白くなかった聞きました。二日間。だからゴメンナサイ」

 そう言ってダンさんは私に向かって頭を下げる。日本式に。
 でも下げた頭をひねって私の顔を覗き込んで続けた。

「アヤネさんかわいいですね。真っ赤です」

 すると山口さんが私の腕を引いて自分の後にかくまう。

「待てダン。彩音はフォビアがある。あまり近寄るな」

 途端、ダンさんが一歩引いて距離を取った。

「アイムソゥリー。ヨウスケそれは最初に言ってください。どんなフォビアですか?」
「彩音は人が近づくのが苦手だ。顔の接近が一番無理らしい」
「スコープフォビアですか…」

 山口さん、今彩音って呼び捨てにした……それどころじゃないけどすごく大事。
 心臓が飛び上がった。
 ダンさんは暫く考え込んでいたが私に体ごと向き直って話しかけてきた。

「分かりました。アヤネさん。どこの場所まで大丈夫ですか? 教えてください」

 そう言って少しずつ近付いてくる。
 つい笑ってしまった。
 だっておっきなダンさんが小刻みに足を動かして近づいてくるのだ。

「アヤネさん。笑うところ違います。必要です。教えてください」

 そう言ってどんどん近付いてくる。山口さんも止めてくれない。
 私も笑えなくなった。
 腕半分位の所で悪寒が走る。

「もう駄目です!」

 慌てて制止するとダンさんがそこで私の顔色を伺いながら右や左に動き回る。

「こっちはどうですか?」

 今度は同じ位置から頭を下げて私に近づいて来た。
 こっちは結構すぐにダメ出しする。

「分かりました。気をつけます。もし嫌なときは言ってください。えんりょはダメです」

 そう言ってにっこり笑った。
 うわ、この人モテそう。

「ヨウスケ良かったね。ヨウスケのORS分かってくれる人見つかった」
「ORS?」
「オーファクトリ・リファレンス・シンドロームの略です」
「僕の様に人の臭いに影響される症状の事だ」

 山口さんが説明を入れてくれた。

「オレのお姉さん、同じです。だから大学の時すぐ分かりました」

 ああ、山口さんはこれを分かってくれる人が他にもいたんだ。
 私はちょっと涙が出そうになった。

「フォビアはつらいです。遠慮は駄目です。楽しく行きましょう」

 そう言ってホテルの出口に向かう。

「クルマそとにあります。行きましょう」

 こうしてダンさんに連れられて外に出たのだが。

「ダンさん。私この車知ってます。フィアットですよね」
「オー! ドゥーユー? 崖は登れません。でもいい車です」

 なんで崖を登るんだ?

「年代の違いだ。諦めろ」

 どちらにともなく山口さんがつぶやいた。
 山口さん以上に背の高いダンさんは膝を折るようにして運転席に座る。頭も天井すれすれだ。
 車って乗る人の規格制限をつけるべきだと思う。
 ハンドルに屈み込むようにして運転を始める。

「まずはヒルメシですね。オレのオススメ行きましょう」

 そう言って大通りに出て暫く走り続ける。

「あそこか? じゃあグレンデールか?」
「いえ。ヨウスケ知りません、パサディナに出来ました」

 そんな事言われたって全然分からない。
 江ノ島まで行っちゃった山口さんの最初のドライブを思い出して遠い目になってしまった。

「安心しろ。それほど遠くないから」

 私の顔色を読んで山口さんが微笑んでいた。

「山口さんはこの辺りの地理に詳しいんですか?」
「ああ。ダンの勧めでひと夏この近くの大学に通ってた」
「ああ、それで山口さん英語も達者なんですね?」
「いや、ひと夏くらいじゃ無理だ。僕は元々ダンのお陰で下地があっただけだ」
「オレはヨウスケのおかげで日本語上手くなりました」

 いいな、そう言うの。

「ダンさんはこの辺に住んでるんですか?」
「オレはサクラメントの出身です」
「サクラメントって?」
「かなり北の方だな。カリフォルニアの州都だぞ」
「え? ロサンジェルスじゃなくて?」
「それは言ってはいけません」

 ダンさんが悲しそうな顔をした。

「ロスもサンフランも大きいです。サクラメント、小さいです。でもサクラメントにキャピタルビルディングあります。オールドタウンもあります。歴史があります」

 あ、なんかダンさんのコンプレックスを刺激してしまったらしい。

「さあ、付きました」

 話しているうちに着いてしまったらしい。

「へ?」
「ここか」

 そこって、まだ車の中。
 黄色い看板の赤い屋根、長い車の列が出来てる。

「ああ。まあ待ってみろ」

 列は結構あっという間に進んでいく。
 車が一番前までくると日本のドライブスルーの様な所から金髪の若いお姉さんが顔を出してダンさんと話し始めた。

「ヨウスケ一つ? 二つ?」
「僕も彩音も一つづつで十分だ」
「セットでいいですね」
「ああ」

 暫く待つと紙のトレイにのってバーガーが来た。
 え? ハンバーガー?

「騙されたと思って食べてみろ」
「お、美味しい! え? ファースト・フードですよね?」
「ファースト・フードばかにしません。美味しいです」
「イン〇ンアウトは中でも一番うまい。悪いな、レストランとかじゃなくて」
「山口さん、だってこれ美味しい!」

 本当に美味しいのだ。
 見た目からしてよくあるファースト・フードのバーガーショップの写真よろしく、美味しそうにチーズが溶けて肉がはみ出した正にハンバーガーなのだが、何が違うってこれ、本当に写真のまま見た目のままの味なのだ。
 ちゃんと宣伝通りというか。
 あれ? 良く考えると他のファースト・フードが嘘つきなだけな気がしてきたぞ。
 決して大きくないけど2つは無理かも。
 でもペロリと平らげてしまった。
 ダンさんは運転しながら食べてる。
 それを山口さんがちょこちょこ助けてる様は、なんか大学時代の二人が想像できてうれしくなってしまった。

「さて、ここから『まくるぞー!』でいきます」

 そうダンさんは言うが、この車にそんな機能はない。
 めっちゃトロトロと走りながらフリーウェイに乗って周りに抜かれまくりながらまたトロトロと走り続ける。

「どこに行くんですか?」
「ヨウスケ、あそこでいいですね」
「もうあそこくらいしか時間的に無理だろ」

 二人でわかり合っててちょっとずるい。

「ヨウスケ、ホテルを時間かかりました。仕方ないです。オールドメヒコ行くの無理です」

 えっとよく分からないけど多分私のせいだ。
 謝ると何してたのかバレちゃうし。

「次の機会だな。諦めろ」
「マルガリータ飲みたかったです」

 マルガリータ。
 うん、この街の温度にはピッタリ合ってる気がする。

「彩音、さっきっから静かだけど大丈夫か?」

 あ。まただ。
 山口さんが名前を呼び捨てにしてくれてる。
 頬が勝手にニヤけちゃって止まらない。

「平気です。マルガリータいいですね。次は是非飲みたいです」
「あ、馬鹿」
「……ヨウスケ。軌道変更です。この時間は2時間で行くことができます」
「え?」
「無駄だ。ハンドル握ってるコイツに逆らうな。本気でよそ見して怒り出すぞ」

 うわ、それ山口さんの運転以上だ!
 こうして私達は江ノ島再びを味わう事になった。


   --- ・ ---


 ラジオを流しながらヤシの木が並ぶ海岸線をフィアットの天窓を開けて走る。
 差し込む日差しもそろそろ柔らかくなり始め、流れ込む風が気持ちいい。
 その風が私の前に座る山口さんとダンさんの髪を揺らす。
 ラジオが宣伝に切り替わって意味を成さない英語の羅列になった所で声をかける。

「後どれくらいですか?」
「もうすぐです」

 そう言い続けて本当に二時間経った。
 まあ、江ノ島の時よりは前もって分かってただけマシかな。

「ここはどこですか?」
「ここはサンディエゴだよ」

 え? ロサンゼルス出ちゃったの?

「アヤネさん、あれ見てあれ。あの標識なんだか分かる?」

 突然ダンさんが車のスピードを落としてハイウィイ横の標識を指差す。

「あれね。イミグランツ横断注意」
「?」
「この辺は不法入国したメキシコ人がウロチョロしてて、ハイウィイを徒歩で歩いて渡る事があるんだよ。それの注意」

 山口さんが注釈を入れてくれた。
 高速を徒歩で横断って。
 そんな無茶な。

「もう少しで着くよ。ヨウスケ、アヤネさんとはなれちゃだめです。いっしょね」

 駐車場に車を止めてトボトボ歩いていくと道の先にお祭りみたいな場所が見えて来た。

「……山口さん、私いつ国境超えちゃったんですか?」
「違うから。ここは観光用に作られた町だから」

 いや嘘でしょ。
 だって昨日行ったディ○ニーランドよりもしっかり外国だよここ。
 英語もほとんど無いし。
 そこは周り全てに色が溢れかえるメキシコを模した町だった。
 カラフルな旗がそこら中に掛っていて陽気な音楽があちこちから流れてくる。
 香辛料の食欲をそそる匂いと色とりどりのパラソル。
 夕日の中に浮かび上がる様にそこかしこで照明が白い壁とオレンジの瓦屋根を照らしだしている。
 素焼きの壺やお土産物を売る店、タイル張りの噴水、数々のレストラン。
 あちこちにブーゲンビリアが赤い花を付けながら絡みつき、ヤシの木が庭木代わりに植わっている。
 テラスのように張り出した席には沢山の人が見た事もない大きなマルガリータのグラスを片手に騒いでる。
 あ、マルガリータ見っけ!

「山口さん、マルガリータ発見しました!」
「いくら彩音ちゃんでもあれは多いんじゃないか?」

 でも美味しそう。
 空気が乾燥しているせいかここの雰囲気のせいか滅茶苦茶美味しそうに見える。

「こっちこっち」

 ダンさんに案内されるままに一軒のレストランの張り出したテーブルに着くとダンさんが何も聞かずにとりあえずマルガリータを頼んだ。
 うん、とりあえずビールじゃなくてとりあえずマルガリータ。
 キンキンに冷えたクラッシュアイス入りのマルガリータがそれぞれ口の所に結晶のような塩が付いた巨大なカクテルグラスに入れられて運ばれて来た。
 山口さんだけコロナビール。
 マルガリータは甘すぎるのだそうだ。
 掛け声はもちろん「カンパーイ」。
 あ、思っていた以上に甘くてライムの酸味とちょっとの塩気と口の中で溶ける氷が美味しい。
 でもこれ。

「このグラス私の顔より大きいですよね」
「だから二人で一つで十分だったんだ。こっちの人間と同じピッチで飲んだらえらいことになるぞ」

 そう言いながらも山口さんは私のグラスからちょっとだけ味見する。
 私も着実に飲み進める。
 だっておツマミに合うんだもん!
 ダンさんがオーダーした物はどれも正にマルガリータに合うものばかり。
 小エビと白身魚をライムで漬け込んだセビチェ、チーズを挟み込んで焼いた薄いトルティーヤのパン生地をトマトたっぷりのサルサとしっかりアボカドの味がするワカモレをディップして食べるケサディーヤ。
 見た目に反して味のあるベイクドビーンズ、単なるケチャップライスの様なのにスパイシーなメキシカンライス。
 次から次へとテーブルに並んで壮観!

「彩音ちょっと飲み過ぎてないか?」

 確かに。
 このマルガリータ、飲みやすいけど結構きつい。

「これって何が入ってるんでしたっけ?」
「ここのマルガリータ、美味しいテキーラいっぱい入ってます」

 うわ、そりゃあキツイわけだよ。

「他にも色々なフレーバーありますよ。最初はオリジナルのみました。ストロベリーとかマンゴとか美味しいです」
「じゃあ次は違うのお願いします」

 私達が話してるとテーブルの下で山口さんが私の手を握ってきた。
 一瞬ビクンとしてしまった。
 そんな私にはお構いなしに何も無かったように山口さんはダンさんと話し続ける。

「どれも甘いものばかりだな」
「ヨウスケ、ビアー?」
「ああ、頼む」

 山口さんがダンさんと話しながら私の手を自分の手の中で転がす。
 指の間に自分の指を通したり撫であげたり。
 私は意識がそっちに行って顔が赤くなってくる。
 山口さん、どうしちゃったの?

「お昼ごはん遅いでした。だからメインは少しだけ。おつまみおおくします」
「そうだな。だがタコスは外せないぞ」
「もちろん」

 ご飯が終わる頃には私はちゃっかりマルガリータを2杯片付けていた。
 思っていた以上に酔いが回る。
 お店を出ても腕を組むというより山口さんに寄っかかりながら歩いてしまう。
 夜風は気持ちいいし、周りは綺麗だし、山口さんは優しくて暖かい。
 そんな私の肩を抱いて支えながら山口さんがダンさんに声をかけた。

「ダン、悪いがこの辺でモーテル取ったほうが良さそうだ」
「そうですね。オレも運転出来ません。ヨウスケモーテルまで歩きます。彩音サン大丈夫?」
「はい、歩けますよ」
「ご両親のフライトは何時だった?」
「12時頃付くはず」
「じゃあ8時に起きて出れば大丈夫だろう」
「今一番近いホテル聞いてみます」

 ダンさんが電話をしている間もフラフラと歩き続ける。

「彩音、一人で歩くな」

 そう言って山口さんが私の腕を取る。

「呼び捨てで定着しましたね」
「あ? ああ。ダンが先に呼びそうでそれよりはと思ったんだが嫌か?」
「嬉しいです」

 あ、そうか。さん付け日本人だけだもんね。

「山口さん、私もヨウスケさんって呼んでも良いんですか?」
「聞かなくてもいいに決まってる」

 あ、山口さんが赤くなった。
 私も赤くなる。
 いつの間にか呼び捨てが当たり前になってて嬉しい。
 私達も少しずつ変わっていくんだ。
 それが分かって結構嬉しかった。
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