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 部屋を出るとどうやら山口さんはシャワーに飛び込んだらしい。
 すでに地雷爆発後の可能性があるので私はあまり刺激しないようにキッチンに行って手と顔を洗う。
 匂いを嗅がれるのはそんなに嫌だったんだろうか?
 人の匂いがトラウマって言ってたもんね。
 私には嗅がれるのも駄目だったとか。
 ちょっと自分に当てはめて考えてみる。
 もし山口さんが私の中をかき混ぜていた指の匂いを嗅ごうとしたら……
 うわぁ絶対ダメだよ。
 恥ずかしくて吐くかも。
 これは私、山口さんにとんでもなくひどいことをしちゃったのか。
 初めて私がイかされた時の山口さんは凄く紳士的にそれ以上触ったりせず動けない私を抱えてベッドに下ろしてくれたのに。
 あれ? ちょっと待てよ?
 匂いは嗅がれなかったけど代わりに色々質問されて……これもおあいこじゃない?
 あ、でも山口さんはちゃんとお金を払ってそういうこと聞いてきたんだし、行為自体は主に私がされたくてお願いしたんだし。
 あれ? って言うことは今までの全部私が我慢できなくてしちゃってるの?
 今更気づいたとんでもない事実に私は頭を抱えこむ。
 これはあれかな、もうお付き合いのお話は流れたかな。
 ズキンと心が痛む。
 おい、私の身体はそんなに山口さんが欲しいのか。
 それともさっきあんなこと言っといて結構山口さんが気になりだした?
 よっくその可能性を考察してみよう。
 私はテーブルについて既に空いているシーバスリーガルから勝手に出してきた氷の入ったグラスに一杯注いだ。
 つまみのトマトも冷蔵庫から出してくる。
 ポッキーを開けて一本取り出し、ゆっくりとグラスをかき混ぜながら程よく冷たくなったウイスキー味のポッキーをかじる。
 氷が少し溶けてからの方が好みなのでまずはこれを繰り返すのだ。

「またひどく邪道な飲み方をしているな」

 いつの間にかリビングのドアが開いて上半身裸のまま大きなバスタオルを腰に巻いただけで山口さんが部屋に入ってきた。

「うわ、ちょっとなんか着て下さいよ」

 こっちは二次元専門なんですからそんなめちゃくちゃ色っぽい裸に免疫ないんですから!
 っとこれは流石に言わないけど。

「何を今更。人の身体をもてあそんだくせに」
「人聞きの悪い!ってあ。」

 そう言えばそれをいま反省してた所だった。

「えっと。山口さん」
「なんだ?」

 上半身裸でキッチンに行って水を飲む山口さんをなるべく見ないようにして続ける。

「さっきはごめんなさい」
「?」
「私が匂いとか嗅いでたから山口さん気持ち悪くて我慢できなくなっちゃったんですよね」
「へ? あ、ああ。あれね。いや、そういう訳じゃなくてだな」

 山口さんは突然挙動不審にキョロキョロと目線を泳がせ始めた。
 あれ? 怒ってたんじゃないの?

「そうか、経験がないとこういうことは察してもらえないか」

 ブツブツと真赤になって独り言を言っている。
 え、っじゃあさっきの地雷はセーフ!?
 水を飲み終わった山口さんはちょっと着替えてくると言って上に上がっていく。
 私の横を通り過ぎる時にポンポンと頭を撫でられた。

   --- ・ ---

 暫くすると山口さんが新しいシャツと今度はジーンズに着替えて降りてきた。

「山口さんジーンズも着るんですか?」
「おかしいか?」
「いえ、あまりイメージに合わなかったので」
「またおじさん視してるだろ」
「え? そ、そんなことは……って言うか今日までずっと山口さんはスーツ姿しか見たことがなかったので」
「そう言えば僕も彩音ちゃんの普段着はほとんど見かけたことがなかったな」

 そう言いながら自分のグラスにもウイスキーを注ぎ指でかき混ぜる。
 その指をちょっと舐める山口さんを見てさっき想像した『私の中をかき混ぜた後に~』が思い出されて赤くなってしまう。
 う、匂いを嗅がれるのも舐められるのも嫌なはずなんだけどな。

「美味そうなツマミを持ってきたじゃないか」

 そう言ってトマトを一切れ指で摘んで口に放りこむ。

「手で食べなくてもフォーク出してありますから使ってくださいよ」
「あ、すまない、つい自分の家だから気が抜けて」

 そう言ってフォークに手を伸ばす。
 さっきっから山口さんの手が気になってしょうがないよ。
 だってあの指、凄く気持ち良かったんだもん。
 このままじゃやばい、そのうちまた山口さんを襲ってしまいそうだ。
 なんとか頭を切り替えようと、私は話題を変える。

「山口さんはなんでああいう本を書いてるんですか? 他にも仕事ありますよね?」
「ああ、商社に努めている」
「どちらでしたっけ?」
「四○だ」
「大手じゃないですか。それなら本なんて書かなくても充分給料はいいでしょ?」
「そうだな。最近は困らなくなった」
「最近は?」
「ああ、ここに越してきた頃は結構きつかった」

 そう言えばあの頃私と同じくらいの年だったって……

「地方に移る叔父夫婦からこの家を買ってな。実は当時懸賞に出した話が賞に引っかかって当時の僕としては思わぬ大金を手にした」
「それは官能系の?」
「いや普通の本だ。大学の頃も結構書いてたんだが会社に入って一年目、意味のない営業ばかり回されて頭にきててな。こんな会社辞めてやる!って意地んなって書いたやつだ」
「すごいですねぇ。なのになんでこっちに転向を?」
「金になるからさ」
「え?」
「賞金が入っていい気になってローン組んでこの家を叔父夫婦から買ったはいいが毎月の支払いが当時の僕には結構きつくてな。出版社に行った大学時代の友人から雑誌の仕事貰って始めたんだ」
「ここを売ろうとは?」
「思わなかった。少し意地になってたのもある」
「でも今なら別にもう書かなくても支払いに困らないのでは?」
「いや、今では書くのには他にも理由があって」
「それは?」
「前にも言っただろう。僕の趣味は偏っていて普通の周りにいる女性には興味がないって」
「はい、同志でしたね」
「それで官能物を書き始めて気づいたのだが」

 そこで山口さんはウイスキーを少しあおって言いにくそう続けた。

「……どうやら僕は自分の書いた本が一番燃えるらしい」
「え、あはは、じゃあ自分の為に自分で書き続けてるってことですか?」
「……笑ったな」

 あ、しまった。つ、つい。

「君は解っているかどうか分からないが、僕が書いてきたのは全て君がモデルだからな」
「え? あ……」

 そう言えばそうだった。
 え? じゃあ今まで山口さんずっと私をネタに……
 顔が真っ赤になった。

「ここまで色々話をさせたんだ、今度は少し君の話も聞きたい」
「私の話ですか? 特に何もないと思いますが」
「……初めてのキスは?」
「え?」
「キスはしたことあるのか?」

 初キス。
 あると言えばあるけど。
 正直に言うべき?

「……本当に聞きたいですか?」
「ああ」
「……小学校の時に近所のいじめっ子にされちゃいました」
「あ?」
「学校の帰りに人気のない所で無理やりチュウって。それっきり顔も見てません」
「……それって普通カウントに入れるか?」
「え? だって最初だったのは本当だし」

 そして最後だ。これをカウントしないとキスまで未経験になってしまう。

「え? まさかそれで人の顔が近付くのが嫌になったのか?」
「あ? え? ああ、そうですね。言われてみればあの頃からかも」
「結構根強いな。それは」
「うーん、でもさっき山口さんのイキ顔は近くでもOKでした」
「そ、それは早く忘れてくれ」

 あ、山口さん真っ赤になった。

「それじゃあそれ以上の経験はなさそうだな」
「そうですね。短大に行っていた頃は合コンにも行ったので少しは親しくなる男性もいたんですけどね。キスどころか近くに座られただけで体が逃げ出すんで皆さんすぐに離れていっちゃいました」
「その方がよっぽどマシだな。僕の場合目付きがキツイからそれでも誘ってくる女性は確信犯だけで、少しでも気を許すと遠慮なく近づいて来る。自分がされて嫌なことでも女性が男性にする分には許されると思うみたいだな」
「……そういう時どうするんですか?」
「ちょっとトイレって言って席を立ってさっさと逃げだす」
「あ、それ私も良くやりました」

 男性でも嫌な相手からは逃げだしたいよね。

「……僕ではどうだ?」
「……え?」
「ちゃんとしたキス、してみないか?」
「今ですか?」
「今だ」
「ここでですか?」
「そうだ」

 山口さんの目は真剣だ。茶化しても誤魔化してもいない。
 どうしよう。
 興味は実は大いにある。
 山口さんなら大丈夫なのかもしれないという期待もある。
 このままじゃ私、二次元と処女を守って一生終えることだってあり得るのだ。

「た、試してみたい」
「じゃあこっち来て」

 そう言ってテーブルの椅子を少し引いて自分の膝の上にスペースを作る。
 私はちょっと迷ったが自分でその膝に腰掛ける。
 顔を見上げる勇気はないのでうつむいたままだ。

「彩音ちゃん。目をつむって」
「え? あ。っん!」

 目を瞑ると直ぐに肩を支えられて顎を持って上を向かされた。
 唇に何か柔らかい物が押し付けられてきた。
 それが私の唇を優しくついばむ。
 動きを止めたり、また啄んだり。
 ちょっと離れたり戻ってきてまた啄んだり。
 そのうち私の唇に生暖かい濡れた物が当たる。
 それがチロチロと私の唇を舐める。
 自分の心臓の音が耳に響きはじめた。
 山口さんの舌が私の唇の間を中に入れろとつっつく。
 私が少し隙間を開いた途端、押し入るように中に差し込まれた。
 え? これ同じキス?
 ちょっとお酒の味と一緒に山口さんの舌の味がする……
 体中の力が抜けてフワフワしてきた。
 私がボーッとしてきたところで一旦山口さんは舌を引きぬいた。

「試してみたかったんだ。むせないでね」

 そう言って山口さんはまた私の唇に自分の唇を重ねる。
 今度は山口さんの唇の間から何か液体が流れこんでくる。
 あ、これウイスキーだ。
 山口さんはあまり氷を入れてなかったので流し込まれたお酒は結構強い。
 そのお酒を少しずつ流し込まれて、私はこぼさないように一生懸命飲みこむ。
 私が飲み込み始めると山口さんの手が私の喉に伸びてきた。
 飲み下す私の喉を感じてるんだ。
 美味しい。お酒も山口さんの味もどっちも美味しい。
 お酒のあとには山口さんの舌がまた入ってきて私の口内に残ったお酒を味わうように舐めまわす。
 き、気持ちいい。キスって気持ちいい物だったんだ……

「美味しかった?」

 上から山口さんの声が降ってくる。
 頭がフワフワして体中が熱い。

「初めてにはちょっとやりすぎだったのかな」

 反応が遅い私に山口さんが心配そうに声を掛けてくれた。

「小説に書くために色々考えたことはあってもほとんど試したことないからなぁ」

 え? そうなの? こっちはもうされるがままなのに。
 ゆっくりと瞼を開くと山口さんの首筋がピンクに染まってる。
 お酒のせい……だけじゃないよね。
 手を伸ばしてその首に触れてみる。

「彩音ちゃん?」
「さっきも思ってたんですけど山口さんの首筋って凄く色っぽい」
「はぁ?」
「鎖骨も凄く色っぽかったし、山口さんお色気ムンムンですね」
「……彩音ちゃん、酔ってる?」
「いえ? それ程では。私こう見えて結構強いんですよ、お酒」
「そっか。それは残念だ。酔った所を押し倒そうかとか思ったんだけどな」
「え?」
「彩音ちゃんの唇、かなり良くて。結構きつくなってきた」
「きついって……」
「今日一日君のせいで色々と経験させてもらったからな。考えが色々と変わったよ」
「…………」
「お付き合いしてまだ半日だけどしてみないか?」

 うわぁ、本番のお誘いが来ちゃいました。
 どうしよう、どうしよう、どうしよう!
 い、いくらなんでもそんな直ぐに覚悟が決まらない。

「ま、まだちょっと怖いです」
「ああ、そうだよな。彩音ちゃんの中、凄く狭かったし」
「へ?」
「入れたら僕は気持ちいいだろうが彩音ちゃんは痛いだろうな」
「ええ?」
「もう少し慣れてからじゃないと無理だな」
「いえ、そういう意味で言ったわけでは……」
「安心しろ。やり方は色々とある。僕の専門だ」

 ちょっと何を言ってんですか、このエロ本作家先生は!

「や、山口さんだってまだ『した』ことないって!」
「んー、あれね。一部嘘。仕事以外で『した』ことない」
「はぁ?」
「エロ本書くのに全く知らないって訳にも行かないからそこはお仕事のお姉さんにお願いして最低限はしたことがある」
「う、嘘つき~!」
「そう言うけど二人で全くの初体験だったら彩音ちゃんかなり痛い思いするよ。そのほうが良かった?」

 そ、それは嫌だけど。なんかすごく裏切られた気分。

「それに手淫でイかされたのは彩音ちゃんが初めてだしね」
「それこそ誰得ですか!?」
「僕得?」
「そ、そんなこと言われてもあんまり嬉しくありませんから」

 実は結構嬉しかったりするのだが。

「さてそれじゃあ彩音ちゃんの開発は僕がするってことで」
「何勝手に決めてるんですか?」
「……嫌? 僕じゃ嫌かな?」
「……嫌……じゃ…ない…けど……」
「じゃあOKってことで」

 そういった途端山口さんがスクっと立ち上がる。私を抱え上げたまま。

「へ? 待って、それ今すぐって意味じゃ……」
「……待てないから」

 え?
 山口さんは私を抱えて部屋に戻っていった。
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