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2章 新しい風

29 波紋 ― 2 ―

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 エリーさんにくっついてダイニングに入ると昨日の夜とは趣がかなり違っていた。

 ダイニングの窓は少し庭に張り出しているので朝日が沢山入って室内がキラキラしている。

 その窓辺には昨日の長くて大きなテーブルの代わりに4人掛けくらいの丸テーブルが一つ設置されていた。

 真っ白いテーブルクロスの掛かった丸テーブルの上には既におそろいのお皿とカトラリー、グラスとナプキンが二人分並んでいる。

 これってアーロンも一緒に食べるって事?

「どうぞこちらに」

 窓を望む形でセッティングされた席にエリーさんが案内してくれる。
 よく見ればテーブルの上には可愛らしい小鳥のクリスタルがいくつも置かれていて、それが朝日に照らされて屈折した光が真っ白なテーブルクロスに虹色の影を落としていた。

 もしかして昨日私が食べにくかったからわざわざテーブルを変えてくれたのかな?

「朝食は何にいたしましょうか?」
「え? 私が選ぶんですか?」
「ブリジッタはアエリア様のお好きな物をご用意できますよ?」

 そんな事言われても何を選んでいいのやら。こんな素敵なテーブルでいただく朝ご飯なんて全然思いつかない。

「あの、お任せしちゃってもいいですか?」
「……それでは何か嫌いなものはございますか?」

 私のちょっと投げやりな答えにエリーさんは苦笑いしながらも聞いてくれた。

「えーと、ブラックプディングだけは食べられません」

 ブラックプディングはこの辺りでたまに朝食に出るのだが、豚の血を使った真っ黒なソーセージで匂いがきつくてあまり好きじゃない。清貧の修道院では滅多に出なかったからよかったけど。

「好き嫌いを言うか。ブラックプディングは身体に良いぞ。エリー出してやれ」

 酷い言葉が私の肩越しに後ろから響いた。
 驚いて振り返ればいつものごとく真っ黒なローブを羽織ったアーロンがテーブルに向かってくるところだった。

「師匠、おはようございます。エ、エリーさん、ブラックプディングは無しで」

 涙がちょっと滲む私をエリーさんが困った顔で見つめている。

「食えなきゃ残せばいい。出してやれ」

 ひどい、私食べられないって言ってるのに。

「分かりました。それでは暫くお待ちください」

 エリーさんは苦笑いしながら厨房に向かった。

「師匠、私、残すのはもったいないから嫌なんですけど」
「なら全部食べればいいだろう」

 だから嫌いなんだってば。

「じゃあ、食べられなかったら師匠が食べてくださいね」
「……食べられなかったら食べさせてやろう」

 え?

 目が点の私の前でアーロンがニヤリと嫌な笑いを張り付けた。

 まさかアーロンこんな所で膝の上に呼んで餌付けとか言い出したりしないよね?

 そう思いながらもアーロンならやりかねない気がしてくる。

 ……これ私食べるしかないって事?

 私とアーロンがにらみ合いを続けているとエリーさんがキッチンから戻ってきた。
 昨日は気づかなかったが、ダイニングの壁に作りつけられた棚の一部がスライドするドアになっていて、そこから準備の出来た食事などを使用人が受け取れるようになっていた。

 あの小さなドアって配膳のためだったんだ。
 お貴族様のお屋敷はやっぱりすごいなぁ。

 直ぐにエリーさんが私の前に出してくれたプレートには綺麗なフワフワの黄色いオムレツと焼いたブラックプディング。色のミスマッチが何とも残念。

 きっと私の事を考えてくれたのだろう、ブラックプディングはこれでもか!ってほど極薄で焼いてある。

 ブリジッタさん、ありがとうございます!

「頂きます……」

 ちょっとオムレツを食べて、でもアーロンの目が痛くて仕方なくブラックプディングをちょっとだけ切って口に放り込む。

 ん?

 ……結構美味しい。

 私の顔を見て居たアーロンが少し優しい顔でほほ笑む。

「こういう食べ物は新鮮でないと味が全く変わってしまう。ブリジッタはその点非常にこだわっているらしいからな」
「師匠、ブリジッタさんを良く知ってらっしゃるんですか?」
「……少しはな」

 そう言ってアーロンは自分の朝食に手を付けた。アーロンの朝食も私と全く同じものだ。
 アーロンは自分に食べられない物を私に押し付けたりはしないんだね。
 ってもちろんアーロンは嫌いじゃないんだから当たり前か!

「朝食が終わったら出かけるぞ」
「え? どこにですか?」

 アーロンの口から出かけるって言葉が出る事自体初めてだ。

「それは行ってみてれば分かる」

  質問を繰り返す私を他所に、アーロンはそれ以上何も説明してくれなかった。
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