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2章 新しい風

23 二人の朝 ― 1 ―

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 布団をかぶったまま出てこなくなった私に呆れたのか、アーロンがベッドを軋ませて出て行ってしまった。

 布団の中に居なくなったのを確認して布団から頭を出すとアーロンはベッドのすぐ外で着替え始めていた。
 目の前で露になったアーロンの背中に私の目が一瞬釘付けになってしまった。

 うわ、凄い筋肉。いつもはローブに隠れて見えてなかった三角筋がしっかり肩甲骨の上に盛り上がってる。首筋の横にも綺麗に筋肉が付いていて、脇腹には脂肪がまるっきり見当たらない。

 着やせするんだ、師匠って。

 つい自分の脇腹を押してみる。ぷにぷに言って十分つかめる何かが何なのかは言いたくない。

「そんなに見つめられると流石に着替えにくいぞ」

 肩越しに振り返った師匠の言葉に、再度頭がゆだり上がって慌てて布団をかぶった。

「と、突然目の前で着替え始める方が悪いんです! 着替え終わったら教えてください」

 フンッっと鼻で笑われた気がする。

 着替え終わったら教えてくれと言ったのにいつまで経っても声が掛からない。
 恐る恐る顔を布団から出すと、アーロンが隣の部屋から戻ってくるところだった。布団からのぞかせた私の頭にバッと何かが覆いかぶさる。

「今日はそれでも着ておけ」

 振り払ったものを見ればそれはシンプルなワンピースだった。
 どうやら私の頂いた部屋に入って私の服を持ってきてくれたらしい。

 それはとてもシンプルだけど、やけに肌触りがいい。

 これってもしかしなくても凄く上等な服ではなかろうか。

「あ、ありがとうございます」

 今までとは一転して優しい対応をされてしまってどう反応していいのか戸惑ってしまう。

 いっそ意地悪される方が楽でいいかも。

 そんな事を考えていると目の前のアーロンがニヤニヤとこちらを見ている。

「今度はお前の番だな。見ててやるから着替えるか?」

 やっぱり意地悪は健在だった!

「絶対いやです。ちょっと向こうに行っててください!」

 意地悪を言った割にはアーロンはそれ以上文句も言わず再度私の部屋に入っていった。
 その間に一気に着替えてしまう。それは薄いピンクのワンピースで、どうも子供向けらしくいくら私でもちょっと可愛すぎる気はしたが、ひざ丈のフリルスカートはとてもきれいでベッドの上でくるりと回れば身体に合わせてふわりと浮かんだ。

 うわ、夢みたいなお嬢様のスカートだ。

「まあ、悪くないな。そのままじゃ寒いからこれも着ておけ」

 いつの間にか部屋に戻ってきていたアーロンが私にもう一つカーディガンを投げてくれる。

 それを上に着るとコイコイと手招きされた。

 ついそのままベッドの上を歩いていくと、抱え上げられて座らせられた。

「ひゃ!」

 一瞬の浮遊感に変な声が出てしまった。そんな私を放っておいて目の前にしゃがむから一体何かと思えば、なんと持ってきた靴を履かせてくれている。

 うわ、どうしちゃったんだ師匠、いくら何でも変だよ!

「し、師匠、それくらい自分で履けます」

 私の言葉など完全無視でそのまま私の足首を掴んで靴を嵌めてる。

 この格好は無理だ! これ以上続けられたら心臓発作が先に来そうだ。

「この靴だけだと寒そうだな。後で靴下も見繕うか」

 アーロンは何かブツブツと独り言のように呟いているけど、ちょっと上を見れば私がどんな状況か分かるはず。

「ほら、支度が出来たら下に降りるぞ」

 私が顔を真っ赤にして卒倒しそうになっているのをまるで意に介さず、そのまま追い立てる様にして部屋から出た。

 階段の辺りは綺麗にはなっていたがまだ壁紙なんかが前のままだ。
 思い返せばアーロンの部屋も完全に整えられていた。

 さっきアーロンが言っていた通り、数部屋私たちが使う所だけを整えたみたいだ。

「凄い!」

 二人でキッチンに入って私は感嘆の声を上げてしまった。

 キッチンはまるで作り替えたかのようにピカピカに磨き上げられていた。

 私の驚いた顔にちょっと嬉しそうに顔を微笑ませた師匠が私の背中を押したので恐る恐るキッチンに入って周りを見回す。

 確かに昨日掃除を終えて料理をする準備は整ったと思ったが、掃き清めただけの床とは違い石畳はホコリ一つ残さず磨かれてるしカウンターも単に拭き清めたときとは違いツヤツヤに輝いている。

 傷があったキッチンテーブルの表面は一度研磨し直したように真っ平らでピカピカだ。

 キッチンテーブルの上にはどこかのホテルのキッチンの様に鍋やフライパンがサイズ順に行儀よく吊り下げられている。
 竈かまど周りには新しい棚が作り付けられ、油壺や数々の調味料のツボが並べられている。

 次に私は恐る恐る食料貯蔵庫を覗いてみた。

 そこには昨日見た数々の食材が所狭しと並べられている。
 この季節に貯蔵庫を冷やす氷魔石は必要ないのだがしっかり発動している様で、中から漂いだした冷気に身震いしてすぐに扉を閉じた。

 すごい! ピピンさん、ありがとうございます!

 今度こそアーロンには聞こえない様に心の中で熱いお礼のメッセージを発信して置く。

 整えられたキッチンは辺境伯の別邸にそぐわしい素敵なキッチンに変身している。

 こんなキッチンを使って料理するなんてなんかすごいお金持ちになった気分。
 でも今このお屋敷の主はアーロンなんだよね。アーロンってそんなに偉いのかな?

「気に入ったか?」

 何故かちょっと得意そうなアーロンを見返して、でも文句なく顔が緩んでしまう。

「滅茶苦茶凄いです。突然綺麗になりすぎててちょっと汚すのが勿体ないですけど」
「そうか。じゃあ朝は城からでも取ってくるか」

 え? それは駄目だ!

「ま、待ってください、朝ご飯ぐらい私が作りますから。師匠はそこに座って待っててください」

 折角こんなきれいなキッチンになったのだ。汚すのは嫌だけどそれでも使ってみたい。

 キッチンテーブルの椅子に腰かけた師匠を横目に私は鼻歌でも出てきそうな気分でまずはキッチンの暖炉の灰を片付けて薪を組み火を入れ直す。
 次に竈かまどに火を入れ、水を入れた重たい鉄瓶を載せて湯を沸かす。

 お湯が沸くまでの時間、キャビネットの扉を一つずつ開けて中を確認していく。
 柄揃いのディナーセット、一体何組あるんだろ?

 途中見つけた茶壺とティーポット、砂糖壺、茶漉しとカップを取り出す。
 二人分のお茶っ葉をティーポット入れて準備が整った所で貯蔵庫から卵とハムを取り出し、自分でも扱える小さめの磨き込まれたフライパンを下ろす。
 お湯が沸くのを待ってフライパンと入れ替え、お湯をポットに注いで熱くなったフライパンに油を引いてハムエッグを作る。
 なんか突然キレイになってしまったキッチンはどこか余所余所しくて、勝手に物を使うのは気が引ける。

 パンが欲しいなぁ。

 でもここの竈でパンを焼くのは私じゃ難しい。竈の横にはオーブンらしき物も付いているが薪で調節するオーブンなんて修道院にもなかったので使ったことがない。

 カップに砂糖を入れてお茶を注ぎ、恐る恐る取り出した揃いの小さめの取り皿にそれぞれハムエッグをよそう。
 
「はい、どうぞ。簡単なものですけど」

 そう言ってフォークとナイフを添えて差し出すとアーロンがちょっと怪訝な顔で皿を見てからそれでも直ぐに手を付けた。
 私もすぐ隣に座って自分のお皿に手を付ける。

「いただきまーす」

 んー! 美味しい。
 よく考えたら昨日結局殆ど何も食べずに一日過ごしたんだよね。
 昨日は色々あったせいで空腹が鈍かったけど食べ始めるとあっという間に終わってしまい、ちょっと物足りない。

 アーロンも最初は疑わしそうにつついていたけど結構気に入ったらしくすぐに平らげていた。

「追加注文受け付けます。もう少し食べられますよね?」

 頷き返したアーロンを確認してまだ落ちていない竈の火でもう一度ハムエッグを作る。

「戦場料理のような割には旨いな」

 半分文句の様なご評価だったが、それでも残らず平らげていた。

「ふー、やっとお腹いっぱい。ごちそう様」

 食べ終わったフライパンを洗い、カップに二杯目のお茶を継いでやっと人心地。

 ふっと気が緩んだ所にアーロンが顔を覗き込んで来た。

「お前本当に料理で来たんだな」

 あ、ひどい。

「師匠酷いですよ。今までだって作ろうと思えば作れたのに、食材も何もないからいつもお腹すかせて我慢してたんですよ」

 私の返事にぐっと言葉につまったアーロンがそっぽを向きながらぼそりと答えた。

「これからは気を付けよう」

 お、どうやら私の食生活は改善されそうだ。

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