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1章 思い出は幻の中に
13 アーロンのまたも孤独な戦い ― 1 ―
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アエリアとの8年ぶりの再会を果たした夜、結局俺はアエリアのせいで殆ど眠れない夜を過ごした。
明け方頃にはそれ以上寝るのを諦めて、ソファーでまだ眠りこけているアエリアを恨めしく思いつつ一人で井戸に水をかぶりに行った。
普段殆ど汗など掻かないのに昨夜は何故かやけに寝苦しく身体がべとついて気分が悪い。
こうでもしないとピピンの執務室に顔を出すことも出来ないとは我ながら情けない。
真冬の水浴びはかなり冷たいが代わりに頭がすっきる。
身繕いを終えてピピンの執務室に飛んだ。
アエリアが『使用人』と言う建前で留まる事を告げ、掃除に必要な物を一通り送る様言い付けてピピンの朝食を横取りして屋敷に戻る。
アエリアはまだ起きてこない。
アイツには使用人として雇われた自覚があるのか?
それとも奴隷扱いだから働いても見返りがないとでも不貞腐れているのか?
少々気に障るがそれよりも自分の日課をこなさなければならない。
俺は毎朝自分に課しているトレーニングを始める。
いつものランニングの代わりに森を一周し、木の枝を飛び移りながら所々で枝を落としていく。
途中数体の大型モンスターを狩ってはその場に吊るしていく。
これで俺の縄張りがハッキリ分かるだろう。
ついでに街に降りてアエリアのいた修道院に事の次第を伝えた。
ピピンの大叔母に当たるという修道院長はアエリアが俺と再会出来た事を自分の事の様に喜んでいる。
別に悪い事をした覚えは無いのだがなぜか気不味くて早々に引き上げた。
屋敷に戻り日課の続きをこなす。
ここでは組んで行う模擬戦等は出来ないので代わりに素振りを行い、最後に最近ハマっている新しい戦闘魔術の実験を行う。
圧縮した魔力を一点に集めて空中で爆発を起こすという物だ。
発火地点に発火物や起爆剤がないのでどうしても威力が制限されてしまう。
実際に発火元となる物体を浮かべる事もできるがそれでは使用用途やタイミングが限られてしまう。
まだまだ改良の余地ありだ。
そんな事をしていると後ろでガタガタと音がする。
見やればやっとアエリアが起き出したようで応接室の扉の前で何か騒いでいる。
扉を開けてやり顔を見ればアエリアは良く眠れたようだ。
ツヤツヤに輝く肌を見て自分の寝苦しい一夜を思い出しつい意地悪な言い方で今朝修道院長に挨拶に行ったことを告げると今にも泣き出しそうな顔になる。
慌てて井戸に送り出した。
顔を洗ってさっぱりした顔で戻って来たアエリアに魔力訓練を申し出る。
コイツの今の魔力量を測っておく必要もあるしな。
アエリアは確かに才能があるのだろう、この年で既に無詠唱で初級魔法を放出して来た。
まあ俺の魔力量に比べればまだまだ微々たるものだが。
ただ、今まで本格的な訓練を受けて来なかったせいでアエリアはまだ自分の本当の『底』が分かっていない。
仕方ないのでアエリアの腕を掴み俺の魔力をねじり込んで無理やり一緒に引き出す。
アエリアの魔力防壁を呆気なく押し割って俺の魔力がアエリアの魔力に絡みつく瞬間、俺の中で痺れるような充足感が沸き起こる。
抑えきれずつい少し流し込みすぎると俺の魔力は逆流してアエリアの中を駆け上ろうとする。
「師匠、こっちに流れてきちゃうんですが?」
「それはお前がちゃんと押し出さないからだ。ほら!」
俺は内心焦る気持ちを押さえつつアエリアの腹を抱き込みそちらからも魔力で圧力をかける。
今度はちゃんとそれに呼応してアエリアが自力で俺の魔力を押し返してきた。
ちょっと残念だったがそのまま自分で最後まで流し出させる。
だがよっぽど甘い教育を受けたのか手を離した途端アエリアの放出が尻すぼみに弱まりふらついて俺に寄りかかってきた。
まだ出るだろ、そう確信があった。
やりようはいくらでもあったのに俺は衝動的に空いていた手で俺によりかかるアエリア尻を叩いた。
アエリアを驚かせるつもりでやったのに思っていた以上の手応えに逆にこちらの方がドキリとさせられてしまった。
俺は内心の焦りを誤魔化すように早口で説明を垂れながら力尽きて崩れ落ちるアエリアを自分の腕の中に抱え込み、血が上り火照った俺の顔が見えない様にアエリアの目を手で覆って魔力供給を始める。
さっき一度魔力防壁をこじ開けていたので今度はすんなり俺の魔力がアエリアの中に浸透していく。
カラッカラのアエリアの中を自分の魔力だけで満たしていくのが俺の中の征服欲を思いのほか満たしてくれる。
折角俺が動けないアエリアを満たし続けている時に応接室の暖炉が光を放つ。
それは俺がピピンに前もって渡しておいた光魔石でありピピンからの緊急連絡を意味する。
「全く、良いところで呼び出しやがって」
無視する訳にも行かず、俺はアエリアを引き連れて二階に上がった。
▽▲▽▲▽▲▽
執務室に入れば案の定、山積みの書類と昼食の用意が整えられている。
書類の山の上にはピピンの筆跡でメモが残されていた。
『あなたの部下が泣きついて来ました。
それらの書類は今回の合同訓練中に追加で必要になる糧食等の決算書等です。
あなたのサインが無ければ有効とならず、既に昨晩糧食不足を聞きつけた両師団合計800名余が腹を空かし暴徒となって王都を襲う恐れがあるとの進言でした。
1時間差し上げますからアエリア様に昼食を差し上げて仕事にかかってください。』
あいつら飢え過ぎだ。
糧食は両軍5日間の演習中十分に足る量を計算しておいたはずだ。
二日目で足りなくなるなど一体どんな食い散らかし方をさせたんだ?
俺はその紙を掴み取ってクシャクシャに手の中で丸めてポケットに突っ込みアエリアに餌付けを開始する。
最初は躊躇している様だったがどうもコイツは美味しい物には躊躇しなくなるようだ。
俺の膝にすっぽりと収まったアエリアは俺が差し出す食べ物にパクパクと食らいついてくる。
みるみる気持ち良い様にテーブルの上の物が消えていく。
こうやって頬をいっぱいにして食べている様はまるで小動物....
そうだ、よく王宮の庭園で餌付けしていたリスの様だ。
俺は8年越しの既視感の着地点が見えてスッキリした。
ご機嫌になったアエリアの嬉しそうな横顔を見ているだけでここ数日の疲れと後悔が癒やされていく。
最後にアエリアの唇の横に残ったチョコレートクリームを指ですくい取って舐め上げただけで俺は何か別の物で胸がいっぱいになった。
手放し難い思いで抱えていたアエリアの小柄な身体を解放してやり、仕方ないのでピピンの思惑通り書類を片付けていく。
仕事をこなし、アエリアが書類を整えている間雑誌をパラパラとめくりながらなんとなく手元が寒くてフラフラしているアエリアの背中を引っ張って手を突っ込んだ。
あったかい。
思っていた以上に人の温かい体温にふっと心が緩んだ。
だがすぐにアエリアが悲鳴を上げて逃げ出しちまった。
コイツはこんな細っこい癖に何でこんなにあったかいんだ?
意地悪を言って自分で戻ってきて俺の手を温めさせればいつの間にか俺の手なんかそっちのけで俺の読んでいた魔導書に顔を寄せて見入っている。
例え初級の知識があったとしても、まずここまで込み入った内容を読める年でもなかろうに。
それにしては居心地よさそうに俺の膝の上でくつろぎ始めたアエリアをついからかって声を掛けると真っ赤になってしまった。
こっちまで伝染して赤くなりそうになって顔をそむけた。
何だ? 何が起きてるんだ?
俺は何でアエリアをこんなに構いたくなるんだ?
俺が命令してやらせたのだがまさかこんなに自分が手放したくない気にさせられるとは思いもよらなかった。
ムクムクと湧き上がる何か大きな感情に頭の何処かで警鐘が鳴り響く。
俺は無理やりアエリアを放り出して執務室を後にした。
頭を冷やしに井戸端に向かった。
この季節の井戸水は冷たいが頭をシャッキリさせるには非常に有効だ。
井戸端で軽く顔を洗ってさっぱりした俺がキッチンに向かうとアエリアが椅子から転げ落ちる所だった。
さっきまで気に病んでいたのが馬鹿馬鹿しくなるほどのマヌケっぷりだ。
俺は空中でアエリアを固定し反転させて着地させる。
唖然としていたアエリアはすぐにまた騒ぎ出した。
聞けばクモが怖いのだという。
こんな物を怖がるやつの気がしれない。
そこで俺はさっき迄の悶々としていた気分を晴らす良いアイディアを思いつく。
こんなものは慣れだ。
アエリアをとことん鍛えてやろう。
まずはアエリアを拘束するところから始める。
王宮魔術師のみに伝授される拘束魔法は決して難しい魔術ではないのだがその成り立ちから無詠唱で行うことができない。
だがそんな事は全く知らないアエリアは簡単に拘束され吊るし上げられた。
その姿は情けないほど頼りなく、アエリアには悪いが俺の征服欲を少なからず満たしてくれる。
いやこれはアエリアがクモに慣れる為の修行だ。何もやましいことなどない。
そう心の中でつぶやきながら吊り上げられたアエリアをカウンターに寄りかかるように立たせてしゃがみこんだ。
捕まえたクモは結構大ぶりなので、これなら見えなくても充分に存在感があるだろう。
まずはアエリアの足首にクモをそっとくっつけてやる。
もしかして気付かないか?
などとちらっと思う間もなくアエリアの切り裂くような悲鳴が部屋中に響き渡った。
余りの声量に一瞬後ろに倒れるかと思ったほどだが直ぐそんな事は俺の頭から吹き飛んだ。
数秒を待たずして中途半端に拘束されたアエリアが俺の目前ですごい勢いで体を振り出したのだ。
それは悲鳴以上のインパクトだった。
「うわわわわ、もうダメ!もうダメ!取ってください、取ってください、おおおお願い、取ってぇぇぇ!!!」
余りアエリアが騒ぐのでふと見ればクモはもうスカートの中に入ろうとしている。
これは流石に可哀そうか。
仕方なくヒョイっとクモを掴み取った。
途端、ブルっと最後に一瞬震えてすぐに脱力しその動きを止めてしまったアエリアを俺は少し残念に思いながら、さて次はどうかと考えを巡らす。
「次はどこにする?」
手首あたりか?
「まままって、もうやめて、もういや、もういや!」
……コイツはその反応が俺を煽っているのに気づかないのか?
俺はアエリアの手首に手を伸ばし片手で袖を肘辺りまで捲し上げて素肌をさらけ出し、もう一方の手で捕まえていたクモを貼り付けた。
「ふぇ、ふぇ、も、もうやだ、お願い、しぬ、しぬ、師匠、死んじゃう」
少しクモが動くたびに俺の目の前でアエリアが体をビクビクと痙攣させながら俺に助けてくれと懇願する。
アエリアの懇願を聞くたびに俺の中で何か大きな感情が動いた。
それが一体何なのか知りたくて、アエリアの反応を見ようと顔を覗き込んでいたがそこでクモが一向に動かなくなった。
つまらんな。
仕方がないので指で少し突いてみる。
ところが焦れた俺が突き過ぎたせいで、クモは結局それ以上動く代わりに突然糸を垂らして降りだした。
しまった!
即座に手を伸ばしすんでの所で掴み取った。
「ひぇぇぇぇぇええええーん、ひやーーん、」
折角興が乗ってきた所だったのにアエリアが本格的に泣きだした。
自分の大人げない行動の結果アエリアを子供の様に泣きかせてしまったのがいたたまれなくなって俺は急いでアエリアの拘束を解いて口早に対処方法の説明を始めた。
と言ってもどれもが術式的には結構高度で複数の魔術の同時展開とその調節が出来なければ難しいシロモノだ。
アエリアが習得するのにはまだしばらくかかるだろう。
そしてまたこいつを使って訓練と言う名の一時を過ごせる機会もあるかも知れない。
そんな俺の中の淡い期待とは裏腹にコイツはなんと一発で俺の実践して見せた対処法を習得しちまった。
内心の驚きと失望を隠すだけで精一杯の俺の横でアエリアが嬉しそうに喜んでいる。
やはりアエリアの才能は本物の様だ。
これは今後本格的に訓練計画を立ててやる必要があるかもしれない。
明け方頃にはそれ以上寝るのを諦めて、ソファーでまだ眠りこけているアエリアを恨めしく思いつつ一人で井戸に水をかぶりに行った。
普段殆ど汗など掻かないのに昨夜は何故かやけに寝苦しく身体がべとついて気分が悪い。
こうでもしないとピピンの執務室に顔を出すことも出来ないとは我ながら情けない。
真冬の水浴びはかなり冷たいが代わりに頭がすっきる。
身繕いを終えてピピンの執務室に飛んだ。
アエリアが『使用人』と言う建前で留まる事を告げ、掃除に必要な物を一通り送る様言い付けてピピンの朝食を横取りして屋敷に戻る。
アエリアはまだ起きてこない。
アイツには使用人として雇われた自覚があるのか?
それとも奴隷扱いだから働いても見返りがないとでも不貞腐れているのか?
少々気に障るがそれよりも自分の日課をこなさなければならない。
俺は毎朝自分に課しているトレーニングを始める。
いつものランニングの代わりに森を一周し、木の枝を飛び移りながら所々で枝を落としていく。
途中数体の大型モンスターを狩ってはその場に吊るしていく。
これで俺の縄張りがハッキリ分かるだろう。
ついでに街に降りてアエリアのいた修道院に事の次第を伝えた。
ピピンの大叔母に当たるという修道院長はアエリアが俺と再会出来た事を自分の事の様に喜んでいる。
別に悪い事をした覚えは無いのだがなぜか気不味くて早々に引き上げた。
屋敷に戻り日課の続きをこなす。
ここでは組んで行う模擬戦等は出来ないので代わりに素振りを行い、最後に最近ハマっている新しい戦闘魔術の実験を行う。
圧縮した魔力を一点に集めて空中で爆発を起こすという物だ。
発火地点に発火物や起爆剤がないのでどうしても威力が制限されてしまう。
実際に発火元となる物体を浮かべる事もできるがそれでは使用用途やタイミングが限られてしまう。
まだまだ改良の余地ありだ。
そんな事をしていると後ろでガタガタと音がする。
見やればやっとアエリアが起き出したようで応接室の扉の前で何か騒いでいる。
扉を開けてやり顔を見ればアエリアは良く眠れたようだ。
ツヤツヤに輝く肌を見て自分の寝苦しい一夜を思い出しつい意地悪な言い方で今朝修道院長に挨拶に行ったことを告げると今にも泣き出しそうな顔になる。
慌てて井戸に送り出した。
顔を洗ってさっぱりした顔で戻って来たアエリアに魔力訓練を申し出る。
コイツの今の魔力量を測っておく必要もあるしな。
アエリアは確かに才能があるのだろう、この年で既に無詠唱で初級魔法を放出して来た。
まあ俺の魔力量に比べればまだまだ微々たるものだが。
ただ、今まで本格的な訓練を受けて来なかったせいでアエリアはまだ自分の本当の『底』が分かっていない。
仕方ないのでアエリアの腕を掴み俺の魔力をねじり込んで無理やり一緒に引き出す。
アエリアの魔力防壁を呆気なく押し割って俺の魔力がアエリアの魔力に絡みつく瞬間、俺の中で痺れるような充足感が沸き起こる。
抑えきれずつい少し流し込みすぎると俺の魔力は逆流してアエリアの中を駆け上ろうとする。
「師匠、こっちに流れてきちゃうんですが?」
「それはお前がちゃんと押し出さないからだ。ほら!」
俺は内心焦る気持ちを押さえつつアエリアの腹を抱き込みそちらからも魔力で圧力をかける。
今度はちゃんとそれに呼応してアエリアが自力で俺の魔力を押し返してきた。
ちょっと残念だったがそのまま自分で最後まで流し出させる。
だがよっぽど甘い教育を受けたのか手を離した途端アエリアの放出が尻すぼみに弱まりふらついて俺に寄りかかってきた。
まだ出るだろ、そう確信があった。
やりようはいくらでもあったのに俺は衝動的に空いていた手で俺によりかかるアエリア尻を叩いた。
アエリアを驚かせるつもりでやったのに思っていた以上の手応えに逆にこちらの方がドキリとさせられてしまった。
俺は内心の焦りを誤魔化すように早口で説明を垂れながら力尽きて崩れ落ちるアエリアを自分の腕の中に抱え込み、血が上り火照った俺の顔が見えない様にアエリアの目を手で覆って魔力供給を始める。
さっき一度魔力防壁をこじ開けていたので今度はすんなり俺の魔力がアエリアの中に浸透していく。
カラッカラのアエリアの中を自分の魔力だけで満たしていくのが俺の中の征服欲を思いのほか満たしてくれる。
折角俺が動けないアエリアを満たし続けている時に応接室の暖炉が光を放つ。
それは俺がピピンに前もって渡しておいた光魔石でありピピンからの緊急連絡を意味する。
「全く、良いところで呼び出しやがって」
無視する訳にも行かず、俺はアエリアを引き連れて二階に上がった。
▽▲▽▲▽▲▽
執務室に入れば案の定、山積みの書類と昼食の用意が整えられている。
書類の山の上にはピピンの筆跡でメモが残されていた。
『あなたの部下が泣きついて来ました。
それらの書類は今回の合同訓練中に追加で必要になる糧食等の決算書等です。
あなたのサインが無ければ有効とならず、既に昨晩糧食不足を聞きつけた両師団合計800名余が腹を空かし暴徒となって王都を襲う恐れがあるとの進言でした。
1時間差し上げますからアエリア様に昼食を差し上げて仕事にかかってください。』
あいつら飢え過ぎだ。
糧食は両軍5日間の演習中十分に足る量を計算しておいたはずだ。
二日目で足りなくなるなど一体どんな食い散らかし方をさせたんだ?
俺はその紙を掴み取ってクシャクシャに手の中で丸めてポケットに突っ込みアエリアに餌付けを開始する。
最初は躊躇している様だったがどうもコイツは美味しい物には躊躇しなくなるようだ。
俺の膝にすっぽりと収まったアエリアは俺が差し出す食べ物にパクパクと食らいついてくる。
みるみる気持ち良い様にテーブルの上の物が消えていく。
こうやって頬をいっぱいにして食べている様はまるで小動物....
そうだ、よく王宮の庭園で餌付けしていたリスの様だ。
俺は8年越しの既視感の着地点が見えてスッキリした。
ご機嫌になったアエリアの嬉しそうな横顔を見ているだけでここ数日の疲れと後悔が癒やされていく。
最後にアエリアの唇の横に残ったチョコレートクリームを指ですくい取って舐め上げただけで俺は何か別の物で胸がいっぱいになった。
手放し難い思いで抱えていたアエリアの小柄な身体を解放してやり、仕方ないのでピピンの思惑通り書類を片付けていく。
仕事をこなし、アエリアが書類を整えている間雑誌をパラパラとめくりながらなんとなく手元が寒くてフラフラしているアエリアの背中を引っ張って手を突っ込んだ。
あったかい。
思っていた以上に人の温かい体温にふっと心が緩んだ。
だがすぐにアエリアが悲鳴を上げて逃げ出しちまった。
コイツはこんな細っこい癖に何でこんなにあったかいんだ?
意地悪を言って自分で戻ってきて俺の手を温めさせればいつの間にか俺の手なんかそっちのけで俺の読んでいた魔導書に顔を寄せて見入っている。
例え初級の知識があったとしても、まずここまで込み入った内容を読める年でもなかろうに。
それにしては居心地よさそうに俺の膝の上でくつろぎ始めたアエリアをついからかって声を掛けると真っ赤になってしまった。
こっちまで伝染して赤くなりそうになって顔をそむけた。
何だ? 何が起きてるんだ?
俺は何でアエリアをこんなに構いたくなるんだ?
俺が命令してやらせたのだがまさかこんなに自分が手放したくない気にさせられるとは思いもよらなかった。
ムクムクと湧き上がる何か大きな感情に頭の何処かで警鐘が鳴り響く。
俺は無理やりアエリアを放り出して執務室を後にした。
頭を冷やしに井戸端に向かった。
この季節の井戸水は冷たいが頭をシャッキリさせるには非常に有効だ。
井戸端で軽く顔を洗ってさっぱりした俺がキッチンに向かうとアエリアが椅子から転げ落ちる所だった。
さっきまで気に病んでいたのが馬鹿馬鹿しくなるほどのマヌケっぷりだ。
俺は空中でアエリアを固定し反転させて着地させる。
唖然としていたアエリアはすぐにまた騒ぎ出した。
聞けばクモが怖いのだという。
こんな物を怖がるやつの気がしれない。
そこで俺はさっき迄の悶々としていた気分を晴らす良いアイディアを思いつく。
こんなものは慣れだ。
アエリアをとことん鍛えてやろう。
まずはアエリアを拘束するところから始める。
王宮魔術師のみに伝授される拘束魔法は決して難しい魔術ではないのだがその成り立ちから無詠唱で行うことができない。
だがそんな事は全く知らないアエリアは簡単に拘束され吊るし上げられた。
その姿は情けないほど頼りなく、アエリアには悪いが俺の征服欲を少なからず満たしてくれる。
いやこれはアエリアがクモに慣れる為の修行だ。何もやましいことなどない。
そう心の中でつぶやきながら吊り上げられたアエリアをカウンターに寄りかかるように立たせてしゃがみこんだ。
捕まえたクモは結構大ぶりなので、これなら見えなくても充分に存在感があるだろう。
まずはアエリアの足首にクモをそっとくっつけてやる。
もしかして気付かないか?
などとちらっと思う間もなくアエリアの切り裂くような悲鳴が部屋中に響き渡った。
余りの声量に一瞬後ろに倒れるかと思ったほどだが直ぐそんな事は俺の頭から吹き飛んだ。
数秒を待たずして中途半端に拘束されたアエリアが俺の目前ですごい勢いで体を振り出したのだ。
それは悲鳴以上のインパクトだった。
「うわわわわ、もうダメ!もうダメ!取ってください、取ってください、おおおお願い、取ってぇぇぇ!!!」
余りアエリアが騒ぐのでふと見ればクモはもうスカートの中に入ろうとしている。
これは流石に可哀そうか。
仕方なくヒョイっとクモを掴み取った。
途端、ブルっと最後に一瞬震えてすぐに脱力しその動きを止めてしまったアエリアを俺は少し残念に思いながら、さて次はどうかと考えを巡らす。
「次はどこにする?」
手首あたりか?
「まままって、もうやめて、もういや、もういや!」
……コイツはその反応が俺を煽っているのに気づかないのか?
俺はアエリアの手首に手を伸ばし片手で袖を肘辺りまで捲し上げて素肌をさらけ出し、もう一方の手で捕まえていたクモを貼り付けた。
「ふぇ、ふぇ、も、もうやだ、お願い、しぬ、しぬ、師匠、死んじゃう」
少しクモが動くたびに俺の目の前でアエリアが体をビクビクと痙攣させながら俺に助けてくれと懇願する。
アエリアの懇願を聞くたびに俺の中で何か大きな感情が動いた。
それが一体何なのか知りたくて、アエリアの反応を見ようと顔を覗き込んでいたがそこでクモが一向に動かなくなった。
つまらんな。
仕方がないので指で少し突いてみる。
ところが焦れた俺が突き過ぎたせいで、クモは結局それ以上動く代わりに突然糸を垂らして降りだした。
しまった!
即座に手を伸ばしすんでの所で掴み取った。
「ひぇぇぇぇぇええええーん、ひやーーん、」
折角興が乗ってきた所だったのにアエリアが本格的に泣きだした。
自分の大人げない行動の結果アエリアを子供の様に泣きかせてしまったのがいたたまれなくなって俺は急いでアエリアの拘束を解いて口早に対処方法の説明を始めた。
と言ってもどれもが術式的には結構高度で複数の魔術の同時展開とその調節が出来なければ難しいシロモノだ。
アエリアが習得するのにはまだしばらくかかるだろう。
そしてまたこいつを使って訓練と言う名の一時を過ごせる機会もあるかも知れない。
そんな俺の中の淡い期待とは裏腹にコイツはなんと一発で俺の実践して見せた対処法を習得しちまった。
内心の驚きと失望を隠すだけで精一杯の俺の横でアエリアが嬉しそうに喜んでいる。
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