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1章 思い出は幻の中に

8 アーロンの孤独な戦い ― 2 ―

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 アエリアは館に入ってからも面接官、面接官とうるさかったが俺は「問題ない」とだけ言って応接室に通した。

 向き合ってソファーに座って再びアエリアの服装に目が行く。

「寒くはないか?」

 見ている俺の方が寒々しくてそう聞いたのだが修道院育ちで慣れているから大丈夫だという。

 幾ら室内とは言えしばらく使われていなかった館だ、あんな麻の服一枚で寒くないはずがない。
 その証拠に言葉とは裏腹にアエリアは辛そうに眉根を寄せ瞳の端に涙を浮かべている。

 クソ、修道院で変な遠慮ばかり覚えやがって。

 その主な責任が自分にあるのがやるせなくて直ぐに立ち上がり、ソファーを巡って暖炉に火をくべる。

 こんな事なら先に火を入れて置いてやれば良かった。

 暖炉に火を入れてから改めてソファーに座り直す。

「さて、まずは名前を聞こう」

 どうやら俺を覚えていない様なので取り繕って聞いてみるとアエリアは嬉しそうに身を乗り出して答えた。

「アエリアと申します。通達に従い、本日視察に来られる騎士団の方にお時間を割いて頂いて仮面接を受けさせて頂く予定になっています」

 この馬鹿はさっきから面接面接とうるさかったがあの金髪野郎に『受けさせて頂く』だと?!
 何を呑気な!
 お前を手込めにするはずのその面接官を誰が止めてやったと思ってる。
 それをさも嬉しそうに!

 ……俺の事は覚えてない癖に。

 俺の機嫌は一気にドン底まで下落し胸の内に暗い炎が立ち上がった。

「面接官は来ない」
「……え?」
「だから、面接官は来ない」
「ぇえ!?」
「本日ここに来るはずだった騎士は残念ながら先日の模擬試合の最、腰と手の筋を伸ばしてしまい自宅療養中だ」

 騎士団長達が送った治療魔法兵のせいで結局腰と手だけ残して完治させてしまったらしいが、二人共魔道士の制服を見ただけで叫び出す、との事で今もまだ精神系の救護院きゅうごいんで療養中だ。

 顔色を無くしショックに唇をかみしめて耐えるアエリアを見て少しだけ溜飲を下げる。

 折角だ。少し痛い思いをした方がコイツも色々と学ぶだろう。

 そんな表面的な『考え』とは別に、俺の心の奥で何か暗い『思い』がひっそりと生まれる。

「諸事情で私はこの屋敷に来る用事があったのだが、今回の顛末を耳に挟み、代わりに私が君に会う事を進言した」

 俺は声を取り繕って話し始めた。

「残念だが、私が君の面接をすることは出来ない。だが、君にある提案を持ってきた」

 ピピンが表向き記録に残すために考え出した諸々の契約条件を告げる。

 途中アエリアがどうやら俺の顔と肩書は知っている様なのでまたちょっとだけ溜飲を下げる。
とは言え、この国で『黒髪黒目』のローブを着た男が俺以外にいるとも思えないが。

 『古代魔法が周りに影響を』どうのこうのは嘘ではないが、俺の魔力で周りを空間隔離すればいいのだから決してここである必要はないのだが、まあそんな事はどうでもいい。
 要はコイツが問題なくここに閉じこもっていてくれればいいだけだ。

 ただ、ピピンのヤツが言い訳に考えた『第二研究施設』というアイディアは悪くない。
 時間ができたら地下にでも研究室を広げるのもいいだろう。
 まずは調合室からか。

 そんな事を脳裏で画策しながら口では慣れ親しんだ魔道騎士団募集要項とその条件をしっかり言い渡して置く。

 まかり間違って俺と一緒にいるうちにまた騎士団に入りたいなんて言い出されたらかなわん。

 俺から言い渡された内容にショックを隠しきれないアエリアは肩を落とし唇を噛んでいる。
 だが、もし俺が気付かなくてあの金髪野郎が本当に面接に来ていたら冷やかしどころか貞操の危機だった事をコイツは全く分かっていない。

 暗い炎が俺の中で勢いを増した。

 思いっきり期待させて思いっきり痛い思いさせてやる。これで少しは学べ!

 まるで餌を目の前に吊るして誘うようにピピンの設定した雇用条件をちょっとずつ与えていく。臨時で俺の専属見習いとする事、俺が魔術指導をする事、この屋敷に住み込ませる事。

 給金はピピンが実際に王都の使用人を基準にして計算したそうだが、俺は相場など全く分からない。まあこんな物なのだろうと思って話したのに、アエリアは何故か目眩を起こしたようだ。

 ピピンのヤツ普段から払いすぎてんじゃねーのか?

「あ、あ、あの、私、私で本当によろしいのでしょうか?」

 まずい。
 こんな所で怖気づかれてしまっては困る。

「……私が必要とする条件を満たせるのは君だけだと思うんだが?」

 すっとぼけて質問に質問で返した返事はどうやらコイツにとっては的を得ていたらしい。
 自分で勝手に納得してくれた様子だ。

 よし、今だな。

「それでは返事をもらえるかな?」
「よろしくお願いしますっ!」

 ハマった。

 俺はそそくさと条件を書き連ねた羊皮紙と羽ペンを取り出してアエリアの前に差し出す。

「では、ここに、君の雇用条件を並べた書類が準備してある。よく読んでサインをしてほしい」

 俺は余りにも思い通りに事が進んで微妙に震えそうになる声を抑えてそう告げた。

 読むな! 読まずにサインしろ!

 そう心の中で念じながら。

 そして案の定この馬鹿は読まずに俺の出した契約書にサラサラとサインしやがった。

 まあコチラとしては好都合なのだが本当に先が思いやられる。

 契約魔法が締結され、羊皮紙が契約石に変化したところで俺はすかさずそれをポケットに仕舞い込んだ。

「はーぁ。やっと終わったか。ほんっと手間がかかったわ。まあ、これで当分問題もないだろ」

 契約を無事終えて一息ついた俺は気になっていた些事さじを片づける。

「アエリアだったな、まずその小汚い服を脱げ」
「へ?」
「その服をぬげって言ったんだよ。あ、その靴もな」
「え? え?」
「何やってんだ、とっととしろ。今日はあんまり時間がないんだ」

 本当に時間が無い。

 今日の面接の日程は既にあの金髪野郎が通達してしまっていたので変更が利かなかった。
 実は合同訓練の初日に重なっていたのだ。

 俺はこの面接を引き受ける為に合同訓練初日の指揮をアーノルドに丸投げした。
 しかし、そうは言ってもいつまでも放って置く訳にも行かない。

 夜までには一度戻って定期連絡を受けねば。

 見ている方が寒くなるような麻の服や痛々しいほど固そうなボロボロの木靴は、そんなものを着る生活を強いてしまった俺の過去を目の前に付きつけられているようで居たたまれない。

 文句を言うアエリアを完全無視して無理やり引っぺがした洋服と木靴をそのまま暖炉に放り込んだ。

「その下着もないな。脱げ」
「い、嫌です」
「手間をとらすな」

 縮こまって丸まっている半裸のアエリアを見ていると変に嗜虐心しぎゃくしんが掻き立てられる。

 ふん、小娘にバカバカしい、とそんな気の迷いを頭から追い払って、嫌がるアエリアを片腕で軽く持ち上げ不格好で安っぽい下着類も剥ぎ取ってすぐに火にくべる。

 そのまま素っ裸すっぱだかになったアエリアが俺の腕に残った。

 一瞬俺の腕に軽々と引っ提げられているアエリアの白い裸体が薄っすらとピンクに染まっているのが目について躊躇してしまい、乱暴にソファーに投げつけ、用意しておいた使用人用の服一式をその上から投げつけた。

 あんなガキの裸に慌てるなど俺もどうかしている。

 そんな考えとは裏腹に勝手に顔が火照ほてりだし、それを見られない様にアエリアに背を向けて、たった今洋服をくべた火を鉄の火かき棒で突つきまわした。

 ガサゴソと後ろでアエリアが洋服を着る音が聞こえてくる。
 暫くして音がしなくなったと思ったらアエリアに声を掛けられた。

「あの、アーロン様? これ、とても私には見合わないと思うのですが?」

 ああ、これでいい。

 やはりまともな服さえ切ればこいつも結構見れる。
 しかも俺好みのシックなメイド服だ。

 ピピン、いい仕事したな。後で誉めてやろう。

 俺は満足の笑みをかかげ、そんな事を心の中で考えながら気のない返事をしてやった。

「確かにな。まあ、少なくともこれで見苦しくはない」

 むっとした顔でアエリアが睨み返してきたのは言うまでもない。
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