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1章 思い出は幻の中に

7 アーロンの孤独な戦い ― 1 ―

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「おい、知ってるか? あの居眠りに田舎から毎日手紙が来てるんだと」
「え、アイツ故郷に彼女でもいるのか?」
「ちがうちがう、それが何でも今年地方の学校を卒業した小娘が魔道騎士団に入りたいと嘆願書送って来てるらしい」
「はあ? 馬鹿じゃねーの? 魔道騎士団なんて王宮騎士団員でさえ滅多に選抜される奴いねーのに」

 俺は訓練施設内の一角に据え置かれている休憩用の応接セットで毎年一回行っている魔道騎士団第一師団と第二師団の合同訓練についてそれぞれの師団長と打ち合わせ中だった。
 ムサイ男三人が部屋の中で長時間頭を付き合わせてるのも嫌なのでこのオープン・スペースを選んだのだが、お陰で練習の掛け声やら訓練兵共の世間話がひっきりなしに聞こえてくる。

 師団長同士が細かい打ち合わせを詰めている間、俺は偉そうに座っているだけなので、たまたまその訓練生達の会話が耳に入った。

「まあな、しかもそれが修道院の孤児なんだとさ」

まさか!

 今まで聞き流していた会話が一気に脳裏にあるアイツの事と重なった。
 顔を巡らせるとこの会話はどうやら訓練場の端の柵に寄りかかっている2人の年若い訓練兵たちの物のようだ。背の高い金髪に小ズルそうな顔立ちの兵士の方がニヤニヤしながら話しかけており、もう一人の茶髪で若い兵士のくせにちょっと太めの方が聞き役の様だ。
 二人共どこかの貴族の子息なのだろう、他の訓練生達が訓練場を整えている間そこで雑談をしながら時間を潰しているようだ。

「はぁ? 無理だろそれ、どう考えても」
「ああやっぱそう思うよな。それでさ、俺来月あの辺境の見回りがあんだろ? だからちょっと見てくるわ。もう面接してやるって手紙も返してやったし」
「何でわざわざ?」

 そこでその年若い金髪の兵士は野卑に唇の端を歪めた。

「まあ、良く考えてみろよ。曲がりなりにも魔力持ちだぜ? 軽く騙して俺の子でも産ませれば俺の家系に魔力持ち様の誕生だ」

 もう一人の訓練生が馬鹿にしたように見返す。

「おい、そんなモンの為に孤児と結婚するっていうのか?」
「バカ、子供だけ産ませて引き取るに決まってんだろ」

 そこで金髪男はチョット声を落として続けるが、俺の耳には丸々聞こえている。

「どうせ修道院の孤児だぜ、一人くらい居なくなったって誰も気にしねーさ。そのまま奴隷商にでも売っ払っちまえばいい。さもなきゃ王都に連れてきて子供産ませて稼がせるのも悪くないな。どうだおまえも? 俺の次に貸してやるぜ?」

 クソ、あの馬鹿。
 だから目立たない様に辺境の修道院に押し込んどいたのに、何で自分からノコノコ自分の価値を宣伝してまわってやがんだ?

 俺はそのまま立ち上がってその二人の兵士にツカツカと歩み寄り声を掛けた。

「そこの君達。どうやら時間が空いているようだな」
「は? あ! アーロン魔道騎士団長殿!」

 二人は俺に気づいて慌てて敬礼する。

「ちょっとアチラの会議が行き詰まっている様でな、私だけ時間ができてしまった。悪いが私の時間潰しに付き合ってくれないか?」

 そう言って今整えられたばかりの訓練場に歩みを進める。

「もちろん喜んで!」
「魔道騎士団長殿直々にご教示いただけるなんて光栄です!」

 二人共顔を輝かせて付いてきたが、その向こう側で師団長2人が真っ青になって駆け寄ろうとしている。
 アイツ達は多分俺の殺気を感じ取ったのだろう。だがもう遅い。

 それから5分もしないうちに訓練生二人は人間の骨格で本来あってはならない方向に体を折り曲げて絡み合うオブジェと成り果てていた。


    ▽▲▽▲▽▲▽


「アーロン様! あんた一体何をしてらっしゃるんですか!」

 ここは大公弟ピピンの執務室だ。
 ソファーにドッカリ座り込んだ俺の前でさっきっからピピンがイライラと貧乏ゆすりを続けている。もうほとんど地団駄を踏んでいると言ってもいいだろう。

 俺の後ろには事の仔細を報告したであろう俺の第一・第二師団長共が無表情で立っている。

「何って胡乱な新兵にちょっと訓練付けてやっただけだが?」

 俺はそう答えながら両足を目の前のコーヒー・テーブルに投げ出した。

「アーノルド、アーロン様にもう一度お前が見た実情をご報告しろ」
「は!」

 アーノルドはチラリと俺の顔色を伺ってから続けた。

「本日の魔道騎士団第一師団と第二師団の合同訓練の打ち合わせ中、アーロン総師団長が突然ふらっと立ち上がられ、2人の王宮警備隊訓練生を訓練場に連れ出し、指示された通り飛びかかった2人をアーロン総師団長が空間魔法で空中に釣り上げ、人形遊びの様に二人の兵士に、その、あまり言いづらい体勢を取らせたまま手足の関節を外して二人を結びあげました。訓練場は二人の訓練生の泣き叫ぶ声で阿鼻叫喚に陥り、急遽第一師団を送って撤収いたしました」

「……」

 目の前でピピンが頭を抱え込んで唸っている。

「取り敢えず王宮警備隊の訓練長には二人が訓練中に有るまじき猥談をしているのを聞き止めたアーロン師団長が特別に指導したものと報告し、こちらで治癒魔法に優れた者を一人派遣しておきました」
「待て、余計なことをするな! 俺がわざわざ殺さずに痛めつけてやったんだ。アイツラは動けない状態で放っておけ」
「アーロン総師団長、それはいくら何でも問題かと……」

 第二師団長のカールスがおずおず声を挟んでピピンに視線を送る。

ピピンが何か言おうとする前に俺が先に話し始めた。

「アエリアの存在がバレた。あの二人はアエリアを王都に連れてきて子供を産ませて稼ごうとしてたんだ」

 ピピンが鋭い殺気を放って二人の師団長達を見やる。

「気にするな。コイツらは大丈夫だ」

 俺の言葉で一瞬にしてピピンの殺気が消し去られる。
 多分王宮の者でさえ殆どが一生目にすることのないピピンの穏やかならなぬ殺気を受けたにも関わらず、後ろの二人は微動だにしていない。

「一体どこから漏れたんですか? あそこの修道院長は必ず私の血族を置いていますし、修道女も全てこちらで審査した者しか入れていません」

「……アエリアの馬鹿が自分で魔道騎士団への申込みを『居眠り』とか呼ばれてる訓練生に送り続けているらしい」

 俺がそう不機嫌そうにこぼすと、ピピンが額に手を置いて上を仰ぎ見た。

「……盲点でしたね。まさかご自分で公開されるとは」

 二人の師団長達は無論俺達の話について来れていないだろうが、余計なことは一切言わず黙って指示を待っている。

「直ぐにあの金髪の訓練兵からアエリアに送った面接の日取りを聞き出せ。後、『居眠り』とか呼ばれてる馬鹿の部屋からアエリアの送ってきた手紙を全て没収しろ。今後アエリアからの手紙は全て俺に回すよう通達しておけ」

 俺が誰にと言わなくても後ろの二人は直ぐに俺の命令を聞き、それにピピンが頷くのを確認して部屋を出て行く。

「アエリアのいる辺境の外れに確か使われなくなった辺境伯別邸があっただろう。あれを貰うぞ」

 2人が去った後、そう残ったピピンに続ける。

「……構いませんがどうなさるのです?」
「幾らもみ消した所でもうアエリアの存在を隠し通すのは難しいだろう。仕方がないのであの辺に俺が結界を張ってかくまう」
「……それってまさかアエリア様を監禁して思う様にしようなどとは……」

 ピピンは俺の殺気を含んだ視線に気づいて言葉尻を濁した。

「総師団長の職務に差し障りが出なけりゃお前は満足なんだろ?」

「それはそうですが、何せアーロン様の出自が出自ですから誘拐監禁はもう属性としか言えませんので」

 そう言って嫌な顔をされた。

「バカを言うな。俺はアレにそんな気は無い。無事古代魔法が完成した暁には送り返す『預かり物』だ」

 そう言い置いて俺はピピンの執務室を後にした。

「その預かりものを傷物にしないで頂けると良いのですがね」

 そう愚痴ったピピンの声が他に誰もいない執務室に虚しく響いた。


    ▽▲▽▲▽▲▽


 辺境伯の元別邸は思いの外悪くないない物件だった。数年放って置かれたにしては痛みが少ない。

 立地的にも市街地からは森を抜けなければ館が見えないだけの距離もあり、周りの森には大して強い魔物も存在しない。
 これならば数日で全て俺の支配下に収まるだろう。

 辺境伯の館に到着後、取り敢えず応接室だけ片付けてアエリアの到着を待つことにする。

 が、ピピンのやつが気を利かせたようで応接室だけは既にきれいにホコリが落とされ、暖炉もいつでも火が入れられるように整えられていた。

 アイツまだ俺の召使だった頃の気分が抜けてねーな。

 やる事が無くなったのでとりあえず周辺の魔物状況でも見てみようと門の外まで来てみると早速藪の中でゴソゴソと音がする。
 藪を踏み割って中に入るとそこはちょっと開けた空間になっており、その真ん中で焦げ茶のバサバサの長い髪を後ろで一つに纏めた小娘がかがみ込んで何かゴソゴソとやっていた。

「おい、小娘、そこで何をしている?」

 慌てて振り返った8年ぶりに見る懐かしいアエリアの顔は煤けて痩せこけていた。
 アエリアは焦って何やらゴタゴタ言っていたが俺の耳には全く入ってこない。

 あれから8年と言う事はもう15、6か?

 年の割に幼いその顔は別れたあの時を鮮明に思い起こさせる。
 あの時に比べれば背丈も伸びて顔つきも少しはしっかりした様に見えるがその肢体にはまだまだ女の色香など微チリも感じられない。ボサボサの長い髪には艶もなく、着ている服は季節外れの麻の色あせたワンピース一枚だ。

 もう冬も盛りだというのに寒くないのか?

 そんな事を考えているうちにどうやらアエリアの言葉は全て聴き逃したらしい。困った顔を真っ赤にしてこちらを見ている。

「そんなに慌てる必要はない」

 それにしてもコイツすっかり俺の事を忘れてないか?

 暫くは反応を見ていたが諦め、とりあえず中に入れようと考え直す。

「よろしい、私が中に案内しよう」

 そう言って俺は周囲を見回し、周辺に人や魔物の気配が一切無いのを確認してから誰にも存在を知らせない様足音を忍ばせ屋敷に向かった。
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