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1章 思い出は幻の中に

2 憧れは夢の彼方に ― 1 ―

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 私の名前はアエリア。
 この町ただ一つの「学校」をこの春無事卒業したばかりの新米魔術師だ。

 この国では魔力さえ持っていれば無料で「学校」に通わせてもらうことが出来る。
お陰で孤児の私でも一応魔術師として最低限の授業を終わらすことが出来た。

 卒業してからこの半年の間、私は毎日のように魔道騎士団まどうきしだん第4師団予備隊に所属するこの街最初で最後の魔術師、通称『居眠り魔術師』のパトリオットさんに嘆願書を送り続けていた。

 私の夢は見習いでも使いっぱしりでもいいから魔道騎士団に入り、真面目にコツコツ頑張って、いつかは魔道騎士団のトップにいらっしゃるアーロン様に一言でも声を掛けてもらうことだった。

 こんな辺境の端っこで育った私には分不相応な夢なのは分かってるけど、実は私、過去にアーロン様に声をかけていただく機会がありそれ以来ずっと心に決めてそれを目標に頑張ってきたのだ。

 私の一念が通じたのかそれともあまりのしつっこさにいいかげん嫌気がさしたのか。

 一ヶ月程前、見事念願の魔道騎士団からのお返事が私の下に届いた。
 現地視察に来る騎士団の団員がそのついでに臨時面接を行ってくださる、との事で辺境警備隊経由で連絡が届いたのだ。

 喜び勇んだ私はあれから毎日寝る間も惜しんで学生時代に写し取った魔術書を復習し、基本魔術を繰り返し鍛錬して毎朝毎晩行水して精神統一に努め、万全の体制で面接日を迎えた。

 緊張と不安で前夜ほとんど寝付けなかった私は、興奮のあまり町外れにある旧辺境伯邸に続く外門前に面接官に指定された時刻より一時間も早く到着してしまい時間を持て余してしまった。

 早すぎる到着は嫌がられるよね?

 そう思って門の外の藪の中に隠れて最後の追い込み練習とばかりに水木土風火電と基本魔法を順番に最小サイズで指先からポッポ、ポッポと飛ばしてみていた。

 っと、突然背後から低い声が響いた。

「おい、小娘、こんなところで何やってんだ?」
「ひ! あ、はい、すいません、なんでもありません、チョット練習を……っへ?」

 慌てて振り返ってびっくり。
 私の目に飛び込んだのは真っ黒のローブを着込んだ長身の男性。
 黒い髪を後ろで束ね、吸い込まれそうな黒い瞳に微かな興味を浮かべてこちらを伺う姿があった。

 アーロン様!?

 私の目に飛び込んだのは長い間夢にまで見ていたかの憧れの大魔道士アーロン様ご本人様だった。

 え? なんでアーロン様がこんなところに?
 お城で活躍されているんんじゃなかったっけ?

 でもラッキー?
 ここは自己アピールして是非ともお近づきに!
 あ、でも私今日は面接で、それどころじゃない!
 どうしよう!?

 頭の中を駆け巡る葛藤とパニックがそのまま口から漏れ出した。

「あ、あ、あ、アーロン様でいらっしゃいますか? ほほ本日は私、魔道騎士団の仮面接のためにこちらにうかがわせていただきまチた!」

 あ、噛んだ!
 わ~!!

 真っ赤になってあたふたする私をアーロン様が皆が噂するその魅惑的な涼やかな瞳でじっと見つめている。あんまり長くじっと見つめ続けられて真っ赤な顔が今度は青くなり始めた私に、ふっとアーロン様がその瞳を優しく緩めて下さった。

「そんなに慌てる必要はない」

 暫くまだじっと私を見つめていたが、一つ頷いてはっきりとおっしゃった。

「よろしい、私が中に案内しよう」

 え?

 案内ってアーロン様が直々に?
 ウソー、ちょっと私って今日最高にラッキー?
 今日は私の最高の一日?

 そんな馬鹿な事を考えて私がほくそ笑む間に、アーロン様は後ろも振り返らずに静々しずしずと外門を潜って正面玄関に続く石畳を進んでいく。

 そのがっちりとした体格に似合わずアーロン様の歩く歩調は優美でまるで音がしない。

 このお屋敷は先代の領主様が二年前街道から便の良い王都寄りに新しい居城を移した際に閉じられたのだ。それ以降、近隣の憲兵隊が持ち回りで最低限の見回りと掃除を行っているだけで住む者もなく、今も人の気配もなければ屋敷を温める暖炉の煙一つ上がっていない。

 決して廃墟のようにひび割れたり崩れたりしている部分は見当たらないがやはりそこかしこに人から見捨てられたような荒廃が感じられる。

 そんな中を、ゆったりとした真っ黒のローブを静かに揺らしながら音もなく進むアーロン様の後ろ姿はまるで夢の中の一幕のように幻想的で、ぼーっとそれに見とれていた私が気づいた時にはかなり後ろに置いて行かれていた。

 慌てて小走りで後ろに追いつき玄関口を抜けると人気のない屋敷はしんっと静まり返っていた。

「あの、アーロン様、申し訳ありませんが、私、指定されていました時間よりかなり早く着いてしまっていましたので、まだ、面接官の方がいらっしゃってないのではないかと思うのですが?」
「問題ない」

 恐る恐るお伺いをたてる私にアーロン様は足を止めることも振り返ることもなく返事を返された。

「あ、ではもう面接官の方がいらしてらっしゃるのでしょうか? このままお通し頂いてしまってよろしいのでしょうか?」

 私の質問に今度は答えてくれる気がないらしく、そのままスルスルとまっすぐ応接間らしき部屋まで私を後ろに引き連れて入って行ってしまわれる。

 通された部屋はどうやらもともと少人数用の面会室らしく、室内には二人がけのソファーが2つ、背の低いコーヒーテーブルを挟んで左右に向かい合わせに置かれていた。正面は庭に面したガラス張りの扉になっていてそこから張り出したテラスが見渡せる。

アーロン様は向かって左側のソファーに座り、向かいのソファーを私に指し示した。

「そこに坐れ」
「は、はい!」

 緊張しつつも言われた通りに席に着いた。

「寒くはないか?」

 私の薄着に気付かれたのだろう、私が席に着くとすぐにそう尋ねて下さった。

「あ、大丈夫です。私、生まれも育ちもこの地方の上、修道院で育てられましたので寒さには強いんです」

 あ、緊張のあまり、言わなくていいことまで言ってしまった!

 修道院で育てられたということは、つまり、親がいない捨て子だったということだ。

 これじゃ、面接に不利になる。
 それどころか捨て子などとアーロン様にいやな顔でもされたら、私、ショックで泣きだしちゃいそう。

 しかしアーロン様は私の返事など聞かなかったとでも言う様にスッと立ち上がり、彼の後ろの壁に備わっている小さな暖炉の前にかがんで、横に積み上げられていたまきを数本拾って手際よく組み上げ、火魔法でボッと火をつけてくれる。

 暫くして木の燃える少し甘い香りとパチパチとはぜる音と共に、ゆるゆると部屋に暖かい空気が漂いだした。

 アーロン様は暫く暖炉を気にされていたようだが、完全に火が入ると振り返ってソファーに座り直す。

「さて、まずは名前を聞こう」

 一瞬、心にチリッと小さな痛みが走る。
 当たり前だが、私の名前など憶えていてはもらえなかった。

 私はすぐに気を取り直して、しっかりとした声で返事を返す。

「アエリアと申します。通達に従い、本日視察に来られる騎士団の方にお時間を割いて頂いて仮面接を受けさせて頂く予定になっています」

 一気に話し切った私をじろっと睨むように見たアーロン様の瞳がなぜか不機嫌に光ったような気がしたのは気のせいだろうか?

「面接官は来ない」
「……え?」
「だから、面接官は来ない」
「ぇえ!?」

 突然言い渡された悲報に、ショックで目の前が真っ暗になった。

 そ、そんなぁ。

 期待が大きかった分、失望がどうやっても隠し切れない。

「本日ここに来るはずだった騎士は残念ながら先日の模擬試合の最、腰と手の筋を伸ばしてしまい自宅療養中だ」

 それは何とも可愛そうだとは思うが、一体どうやったら腰と手の両方の筋を伸ばせるんだ?
 顔色をなくした私にアーロン様が淡々と最後のとどめを刺した。

「本日の面接は騎士の空き時間に君の適性を見てそれいかんで王都への途上を勧めるか諦めてもらうか決めるためのものであった。彼が来られない時点で、本来は今年の採用は見合わせるのが通例だ」
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