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とうとう三月が来て・・・
82話 生徒手帳の予定
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「塔子さん、ちょっとお願いがあるんだけど」
ひとしきり私が笑うのに付き合ってくれたあと、引き締めるように真面目な顔に戻った先輩が、そう言って改めて私に手を差し出してきた。
「君の生徒手帳を貸してくれる?」
私の生徒手帳……そこには、私の書いたあの予定表がある。
とうとう来た。
やっぱり先輩も、あの最後の一行を忘れてくれてた訳じゃなかったのか……
恐怖と不安を隠しつつ、鞄に手を伸ばして生徒手帳を取り出す。
この一年、特にこの最後の数ヶ月、毎日のように開いてはその予定表があるページを見てたから、その部分だけ不自然に広がっててすぐに分かるようになってしまっていた。
だから私から生徒手帳を受け取った先輩は、迷いなく私の予定表のあるページを開き、それを私にもよく見えるようにテーブルに広げた。
「今更だとは思うけど。君のこの予定表、最初っから問題しかなかったよね」
前もって用意してたのだろう、ポケットからいつも私のノートを添削してくれていた赤ペンを引っ張り出した先輩が、私の不安などお構いなしに、生徒手帳を添削し始めた。
「確かに僕は君と付き合うまえからこれを知ってたし、特に文句は言わなかったけど、でも同時に僕は一度もこの予定に同意するとは言ってないよね」
苦笑いを浮かべながらそう言って、一番下の「卒業式でサヨウナラ」って一文にあっさりと斜線でダメ出しをする。
驚く私をよそに、先輩がそのままその下になにか書き足しはじめた。
「大体、ここまで来て僕の『卒業式でサヨナラ』とか、そんなバカな予定を僕が受け入れるとでも思ってた?」
話しながら書き足していく先輩の手元を覗き込む。
五月 全国模試
六月 体育祭
七月 期末試験
八月 小旅行
終わるはずだった私の予定表に、次々に新しい未来の予定が書き加えられていく。
自信ありげに言い切る口調とは裏腹に、先輩の指は少し震えてて、顔を見上げてみてもこちらを全く見ようとしない。
「多分、君が思ってるよりもかなり、僕の執着はずっと強いんだ。あの時も言ったでしょ、本当の僕を見つけてくれた君のことを、僕はそう簡単に諦めるつもりはないんだ」
九月のお付き合い一周年、文化祭、中間試験とデート……
去年一緒に過ごした予定が、今年の分もまた繰り返し足されてく。
先輩の綺麗な文字が私の生徒手帳のページを埋め尽くしていく。
今までなにも書かれてなかった白いページに、二人の未来の時間が刻みつけられていくのを見ていると、胸の奥がキュ~っと詰まってきて、やっと止まってた涙がまた溢れだしてきた。
「二年後、僕と同じ大学に来てほしい。高校ではたったの半年くらいしか一緒にいられなかったけど、大学では丸々二年、一緒に過ごせるよ」
私の大学合格と、卒業式、大学入学式が付け足され。
そしてしばらく手を止めてた先輩が、その一番下に、震える手で付け足した文字を見て、私は大きく息を飲んだ。
六年後、六月の吉日 結婚
声もなくその文字を見つめてた私のすぐ横で、隣の先輩がガタリと音をたて、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がる。
驚いて見上げると、見たこともない真っ赤な顔の先輩が震えながら立っていた。
「先輩……?」
そして私と視線を合わせずに、すぐ目の前の床に跪く。
真っ赤な顔をゆっくりと上げた先輩は、驚いて声も出ない私を見つめながら、私の左手をそっと持ち上げて大切そうにそれを掲げた。
「僕にとって、君は人生で始めて本当の僕を見つけてくれた人なんだ。君に出会えなかったら、今も僕はあの暗い人生を一人俯いて歩いてた。僕にとって高校で君に出会えたことこそが奇跡だし、君以外の人と歩む人生なんてもう想像もつかない」
伏せられた顔の下、先輩が震える声で告白してくれる。それを聞く私の胸が、先程とは違う理由で強く締め付けられる。
「まだ学生のくせにこんなこと言ってもなんの保障もできないし、他の人が聞いたら笑うかもしれないけど」
そう言って、先輩が私の手の甲にうやうやしく頭を垂れる。
「君の残りの青春と、そのあとの人生全部、僕と一緒に過ごしてください」
まるで小説の中の王子様がするように先輩の唇が私の手の甲に触れた。
恭しく、でもそのキスは決して短いものじゃなく、先輩の熱がその柔らかい感触とともに染み込まされるような、長く強いキスだった。
唇を離した先輩は、顔を伏せたまま言葉を続ける。
「今すぐ答えなんて出ないと思うけど、これから大学に行って仕事も継いで、これからの僕をしっかり見定めて、いつか答えをもらえたら──」
「はい!」
嬉しくて、嬉しくて、ただ嬉しくて。
気づけば私は迷うことなく即答してた。
そして机の上の生徒手帳を手にとってちょっと考えなおす。
ここに書かれた予定はもう私だけの予定じゃない。
これからは二人で決めて二人で歩んでく予定のはず。
ならばちゃんと私もお願いしなくちゃ。
片手で自分の生徒手帳を大切に握りしめ、そしてもう一方の手で先輩の手をとって。
「いつか私と結婚してください」
ちゃんと自分の言葉でプロポーズを返した私は、その手を引いて軽くキスをした。
私の返答は、だけどちょっと問題だったらしい。
私の返事を聞いて一瞬顔を輝かせた先輩が、次の私の言葉ですぐに硬直して困惑に顔を歪めた。
「え、今のプロポーズ、僕が先だったよね? それでいいんだよね?」
混乱して本気で焦る先輩の顔を両手でそっと挟みこむ。
困った顔を見つめ返し、私は止まらない笑顔でキスをした。
ひとしきり私が笑うのに付き合ってくれたあと、引き締めるように真面目な顔に戻った先輩が、そう言って改めて私に手を差し出してきた。
「君の生徒手帳を貸してくれる?」
私の生徒手帳……そこには、私の書いたあの予定表がある。
とうとう来た。
やっぱり先輩も、あの最後の一行を忘れてくれてた訳じゃなかったのか……
恐怖と不安を隠しつつ、鞄に手を伸ばして生徒手帳を取り出す。
この一年、特にこの最後の数ヶ月、毎日のように開いてはその予定表があるページを見てたから、その部分だけ不自然に広がっててすぐに分かるようになってしまっていた。
だから私から生徒手帳を受け取った先輩は、迷いなく私の予定表のあるページを開き、それを私にもよく見えるようにテーブルに広げた。
「今更だとは思うけど。君のこの予定表、最初っから問題しかなかったよね」
前もって用意してたのだろう、ポケットからいつも私のノートを添削してくれていた赤ペンを引っ張り出した先輩が、私の不安などお構いなしに、生徒手帳を添削し始めた。
「確かに僕は君と付き合うまえからこれを知ってたし、特に文句は言わなかったけど、でも同時に僕は一度もこの予定に同意するとは言ってないよね」
苦笑いを浮かべながらそう言って、一番下の「卒業式でサヨウナラ」って一文にあっさりと斜線でダメ出しをする。
驚く私をよそに、先輩がそのままその下になにか書き足しはじめた。
「大体、ここまで来て僕の『卒業式でサヨナラ』とか、そんなバカな予定を僕が受け入れるとでも思ってた?」
話しながら書き足していく先輩の手元を覗き込む。
五月 全国模試
六月 体育祭
七月 期末試験
八月 小旅行
終わるはずだった私の予定表に、次々に新しい未来の予定が書き加えられていく。
自信ありげに言い切る口調とは裏腹に、先輩の指は少し震えてて、顔を見上げてみてもこちらを全く見ようとしない。
「多分、君が思ってるよりもかなり、僕の執着はずっと強いんだ。あの時も言ったでしょ、本当の僕を見つけてくれた君のことを、僕はそう簡単に諦めるつもりはないんだ」
九月のお付き合い一周年、文化祭、中間試験とデート……
去年一緒に過ごした予定が、今年の分もまた繰り返し足されてく。
先輩の綺麗な文字が私の生徒手帳のページを埋め尽くしていく。
今までなにも書かれてなかった白いページに、二人の未来の時間が刻みつけられていくのを見ていると、胸の奥がキュ~っと詰まってきて、やっと止まってた涙がまた溢れだしてきた。
「二年後、僕と同じ大学に来てほしい。高校ではたったの半年くらいしか一緒にいられなかったけど、大学では丸々二年、一緒に過ごせるよ」
私の大学合格と、卒業式、大学入学式が付け足され。
そしてしばらく手を止めてた先輩が、その一番下に、震える手で付け足した文字を見て、私は大きく息を飲んだ。
六年後、六月の吉日 結婚
声もなくその文字を見つめてた私のすぐ横で、隣の先輩がガタリと音をたて、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がる。
驚いて見上げると、見たこともない真っ赤な顔の先輩が震えながら立っていた。
「先輩……?」
そして私と視線を合わせずに、すぐ目の前の床に跪く。
真っ赤な顔をゆっくりと上げた先輩は、驚いて声も出ない私を見つめながら、私の左手をそっと持ち上げて大切そうにそれを掲げた。
「僕にとって、君は人生で始めて本当の僕を見つけてくれた人なんだ。君に出会えなかったら、今も僕はあの暗い人生を一人俯いて歩いてた。僕にとって高校で君に出会えたことこそが奇跡だし、君以外の人と歩む人生なんてもう想像もつかない」
伏せられた顔の下、先輩が震える声で告白してくれる。それを聞く私の胸が、先程とは違う理由で強く締め付けられる。
「まだ学生のくせにこんなこと言ってもなんの保障もできないし、他の人が聞いたら笑うかもしれないけど」
そう言って、先輩が私の手の甲にうやうやしく頭を垂れる。
「君の残りの青春と、そのあとの人生全部、僕と一緒に過ごしてください」
まるで小説の中の王子様がするように先輩の唇が私の手の甲に触れた。
恭しく、でもそのキスは決して短いものじゃなく、先輩の熱がその柔らかい感触とともに染み込まされるような、長く強いキスだった。
唇を離した先輩は、顔を伏せたまま言葉を続ける。
「今すぐ答えなんて出ないと思うけど、これから大学に行って仕事も継いで、これからの僕をしっかり見定めて、いつか答えをもらえたら──」
「はい!」
嬉しくて、嬉しくて、ただ嬉しくて。
気づけば私は迷うことなく即答してた。
そして机の上の生徒手帳を手にとってちょっと考えなおす。
ここに書かれた予定はもう私だけの予定じゃない。
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ならばちゃんと私もお願いしなくちゃ。
片手で自分の生徒手帳を大切に握りしめ、そしてもう一方の手で先輩の手をとって。
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私の返答は、だけどちょっと問題だったらしい。
私の返事を聞いて一瞬顔を輝かせた先輩が、次の私の言葉ですぐに硬直して困惑に顔を歪めた。
「え、今のプロポーズ、僕が先だったよね? それでいいんだよね?」
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