斎藤先輩はSらしい

こみあ

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十二月はクリスマスで大変

74話 戻ってきちゃいました

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「すみません、ちょっとやっぱりもう一度ちゃんとお話ししたくて、戻ってきちゃいました」

 出迎えてくれた和也さんは、私と私に手をひかれる不機嫌な先輩を交互に見て一瞬驚いた顔をしたけど、すぐにとびきり嬉しそうな笑顔を満面に広げて迎え入れてくれた。

「俊樹さんはもう部屋にこもってる。多分今日はもう出てこないと思うよ」

 そう言って私たちを居間に通して先輩のお母様を呼びに言ってくれた。
 和也さんに伴われてすぐに姿を現したお母様は、ほんの少し目元を腫らしてる。

 やっぱり、泣いてらしたのかな。

 その様子に胸が詰まりながらも、私は先輩のお母様に頭を下げて口を開いた。

「またお邪魔してしまってすみません。でもどうしても先輩のお母様に確認させてもらいたくて戻ってきました」

 そこで私はさっき頂いた紙袋から中のプレゼントを取り出して見せる。

「これ、お母様の手作りですよね」

 可愛らしいラッピングとリボンのかけられたそれは、見た目に似合わずずっしりと重い。しっかりラッピングされているにもかかわらず、微かに熟成された甘い香りが漂ってきた。
 その香りのお陰か、不機嫌だった先輩の顔がほんの少し緩んだ。
 でも私の視線に気づいてその顔に疑問を浮かべる。 
 それに小さく笑みを返して、私はもう一度口を開いた。

「実は先輩のクリスマスプレゼントを探してて知ったんですけど、クリスマスケーキって作るのにとっても時間がかかるそうですね。確か、ちゃんと仕上げるには短くても一ヶ月はかかるってネットに書いてありました」

 そう。クリスマスプディングは色んなドライフルーツがいっぱいで作るのが楽しそうだったけど、その必要時間を見てすぐに諦めた一品だった。

 私の言葉はあながち間違いではなかったらしく、お母様が少し困った笑顔を浮かべ、隣で和也さんが小さくコクコクとうなずいてくれた。
 やっぱり先輩は知らなかったみたい。ちょっと驚いた顔で手元の紙袋に視線を落とした。

「これ、ちゃんと先輩と私の分まで一つづつ作ってくださってます」

 そこまで言ったところで先輩もやっと私の意図を理解したのか、スッと真顔でお母様を見た。

 多分だけれど、先輩は前もって私とのお付き合いをお母様に伝えてくれてたみたい。そうでなければ準備が間に合うはずがない。
 だから、思ったのだ。

「お家のことは私には全然分かりません。だけど、今日こちらに呼んでいただいたのは、別にその件だけのためじゃないんだって思ったんです。……違いますか」

 私の問いかけに、先輩をチラリとみたお母様が少し気まずそうに私に答えてくれる。

「裕也には普段から心配をかけてるから……たまにはちゃんと一緒にすごしたかったのよ」

 気恥ずかしいのか、お母様は先輩の顔は見ないで私に話す。

「お金のことは家族でもしっかりしなさいって教えたのは私ですもの。今夜のことを裕也が受け入れないことぐらい、知ってたわ」

 でもため息と一緒に言葉を切ったお母様は、困ったように視線を手元に落として先を続けた。

「それでもね、男性には意地もあるし彼はあれでも私の為を思ってあなたをここに呼ぼうとしてたのよ……」

 言い訳のようにそこまで言うと、意を決したように視線を上げ、

「本当に、こんなことになっちゃってごめんなさいね。ここからの説得は私がします」

 そう断言した時、先輩のお母様はしっかりと先輩を見てた。 

 先輩を見れば、やっぱりまだ笑顔ではないけれど、その顔からはさっきまでの暗さも厳しさも、そして悲壮な不機嫌さもすっかり消え去ってて。
 ただのいつもの無表情な先輩に戻ってた。
 そのやり取りを見てほっとする私に、和也さんがこっそりお母様の肩越しに口だけで「ありがとう」って言ってくれてるのが見えた。


 時間も遅いので私たちはそのまま帰ることになり、お母様と和也さんが玄関先まで送ってくださった。
 先輩もその頃にはお母様の何気ない問いかけにも普通に返事をしてた。

「クリスマスに顔を見せてくれてありがとう。市川さんも。今度は落ち着いてから二人で遊びに来てちょうだい」

 帰り際、そう言って見送ってくださったお母様に、無言で立ち尽くしてた先輩が絞り出すように言葉を紡いだ。

「メリー・クリスマス母さん」
「メリー・クリスマス」

 少し震える声でそう返したお母様の目が潤んで見えたのは、空に輝きだした月のせいだったのかもしれない。
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