斎藤先輩はSらしい

こみあ

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十一月は波乱の季節

63話 先輩はズルいよ

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「君が屋上前に呼び出された日、僕はそれを前もって知ってた。三谷が教室で僕に聞こえるように大きな声で言ってたからね」

 新たな罪を告白するように先輩がまたも頭を垂れる。

「僕は正直ほっとしてたんだ、これで終われるって。君への罪悪感から逃れたくて、僕は君が虐められて逃げ出してくれるのを望んでた……あの時まで」

 先輩は嘘をつかない。
 言葉を飾らない。

「実際に彼女たちが君にしてることを見て、恐ろしくなった。現実は、僕が手紙の言葉から想像していたものとは段違いに生々しくて痛々しくて」

 一心に真実の言葉を紡ぐ先輩の声は、誰よりも彼自身を強く切り裂いて、先輩こそが苦しそうに聞こえた。

「本当はすぐに止めようと思ったんだ。だけど……怒鳴られても、殴られても、蹴られても、君は一度も鳴き声さえあげなくて」

 先輩の手が、一瞬強く震えた。

「涙も流さない君を見ているうちに、僕には全部がわからなくなったんだ」

 その声には、ある種の絶望が聞こえた。

「あんな格好つけたことを言って君をあの場から連れ出したけど、内心僕は怯えてた。君は僕と同じで、感情がないんじゃないかって。僕はまだ君にとって打算だけの対象で、僕はずっと君に自分の願望を重ねてただけなんじゃないかって……」

 絶望を与えたのは、私だったとこの人は言う。

「だから僕は確かめてしまったんだ。君に痛みがあるのかを。僕の指一本で顔を歪める君を見て、僕は自分の中に沸き立つ感情を抑え込むので精一杯だった……嬉しくて、恥ずかしくて、悔しくて、隠したくて……」

 先輩は俯いて、私の顔を見ない。
 だけどその言葉を紡ぎ出すのが彼にとってどれほど苦痛なのかは、見ているだけでよくわかった。

「僕がどんなに誤魔化しても、君はなぜかいつも騙されてくれなかったね。どんなに隠しても、どんなに偽っても、君は真っ直ぐ僕を見据えて真実ばかりを迫ってきて……逃してくれない」

 そして私は先輩から逃避の道さえも奪ったという。

「あの公園で君にきっぱりと斎藤の話を聞きたいって言われた時、僕は諦めたんだ。君からは逃げられない。逃げちゃいけないって。僕をちゃんと見ようとする君だけには、これ以上偽ることはできないって、気づいたんだ」

 先輩の声は少しかすれてて、それが痛々しい。

「君とは真っ直ぐに向き合おうと思った。本当だよ。デート、すごく楽しかった。君が電話で話すのを聞いて、君の一言一言に心動かされて、本当に向き合ってみてよかったって思った。だけど、ずるい僕はそんな君の言葉を聞いて浮かれるばかりで、結局最後まで過去に自分がしてしまった間違いから目を背けて、なかったことにしようとしてたんだ」

 過去形で語られる先輩の声には、確かな希望と喜び、そして後悔が滲む。

「結果、君がこんなに傷つくことになるなんて、本当に思ってもいなかった」

 先輩の頭は彼自身の後悔の重さで徐々に下がり、今にも私の手まで落ちてしまいそうで。

「僕がもっとちゃんと話をするべきだったんだ。君にも、三谷にも、一年の時の彼女にも、周りの皆にも。僕が最初からちゃんと話をしていれば、こんなに君を傷つける必要もなかったんだ」

 先輩の話を聞くうちに、沸々と胸に湧き上がる気持ちがあった。
 それは喜びでもあり、悲しみでもあり、罪の意識でもあり、だけど。

「先輩はズルいよ」

 私のなかに湧き上がる、一番強いこの気持は。

「そんな言い方しちゃったら、全部悪いのは先輩みたいじゃないですか」

 共感はできないけど、間違いなく共犯ではある私たちのこの気持ち。

「それは、私も同じなんです」

 言葉は胸の中心から真っ直ぐそのまま溢れ出した。
 突然話しだした私に驚いて、先輩がゆっくりと顔を上げた。

「打算でお付き合いを申し込んだのは、完全に私の間違いでした。そのあと今度こそ先輩と向き合うって決めたくせに、私、結局一度も先輩にちゃんと先輩のことを聞きませんでした」

 呆然と私を見つめる先輩の顔を、今度は私が真っ直ぐ射抜くつもりでにらみつける。

「先輩、言ってましたよね。『無知は時に有罪なんだよ』って。きっと私たち、皆みんな、無知をそのままにしちゃったから全員揃って有罪なんです」

 驚く先輩に、私は自身の罪を一つ一つつまびらかにする。

「話さなかったのは先輩だけじゃない。三谷先輩だって結局先輩に直接なにも聞かなかったし、私も先輩の気持ちや、なぜ私と付き合ってくれたのか、なにを大切にしてなにを恐れてるのか、一度もちゃんと聞いてきませんでした」

 懺悔はもう充分だ。
 後悔だっていっぱいした。
 だけど、今、私たちが本当に話すべきなのはこれじゃない。
 だって私はもう逃げない。逃げたくない。

「だから今度こそちゃんと言わせてください」

 私は包まれていた手を返し、先輩の手を強く握り返す。

「私、先輩が諦められません。先輩のことがとても大切で、これは私の初恋らしいです」

 目前で目を見開く先輩に、自分から顔を寄せていく。目を伏せて、そして今一番伝えたい言葉を解き放つ。

「私、先輩が好きです」

 そして私は伝えきれない想いを注ぎ込むように、先輩の唇に自分の唇を重ねた。
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