60 / 85
十一月は波乱の季節
58話 僕を諦めるの?
しおりを挟む
「フーン。そんなことがあったんだ」
私が話している間、先輩は一言も喋ってくれなかった。
時々ピロロンと先輩のスマホの着信音が聞こえてたけど、先輩は全て無視してた。
私が全てを暴露し終わると、一度深いため息をはきだして、顔にかかる長い髪をうざったそうにかき上げる。
「それで市川さんは、三谷に言われて僕を諦めるの?」
再度私に視線を戻した先輩の目は、何故かそれまでより強く輝いているように見えた。眼鏡の向こう側の目が、強く強く私を射抜く。
そこに滲むのは怒り?
先輩は、多分、今、怒ってる。
私は……震え上がっていた。
だって、今まで私は一度も先輩が怒るところなんて見たことがなかったから。
気圧されて声も出ない私を前に、先輩が腰を浮かせて、私のベッドに手をついた。
「『特別』って言ってくれたのは、あれはウソ?」
そのまま私に身を乗り出してくるから、先輩の顔がすぐ目の前に迫ってきて、思わず私は後ずさる。
だけど狭いベッドの上で私が逃げられる距離はほとんどなかった。
視線は先輩の目に釘付けにされ、先輩の全身から押し寄せるプレッシャーに押し潰されそうな気がしてくる。
その勢いに負けた私は、とうとう抑えきれずに答えてしまった。
「嘘なんかじゃないです。嘘なんかじゃないから、だから……」
これ以上迷惑になるのは嫌だった。
斎藤先輩の邪魔をする存在にはなりたくなかった。
そう続けるつもりなのに、声が震えて出てこない。
邪魔になりたくないのは事実なのに、それを言ってしまえば、それで全て終わってしまう気がして。
先輩と一緒にいられる時間が、もうなくなってしまう気がして。
どれほど自分勝手だと言われたって、私は先輩を終わらせられない、終わらせたくない……
だから、私は声を出す代わりに、口をつぐんだ。
「僕は今日図書室で君に会うのを結構本気で楽しみにしてたんだよ」
口を閉ざした私を、先輩が間近に見下ろす。
試すように、私の目を角度を変えて覗き込みながら、薄っすらと笑みを浮かべて言葉を紡いだ。
「君に、僕の気持ちもちゃんと伝えたくて……」
そこでコトリと小首を傾げ、目を細めて私を睨む。
「でも、君が僕を諦めるって言うのなら、仕方ない」
そう口にした先輩は、寂しげな目をゆっくりと伏せていく。
終わってしまう。
私がなにもしなくても。
なにも言わなくても。
なにも出来ないまま、このまま終わってしまう。
……なにが?
なにが終わるんだろう。
なにか、とっても大切ななにかが、今、終わろうとしてる。
そこではたと気がついた。
恋。
そうだ。
今終わろうとしてるのは恋だ。
ここに来て、私は初めて自分の中で騒ぎ続けたこの気持の正体がわかった気がした。
そして、同時に絶望する。
そうか。私が今手放そうとしているのは、私自身の初恋だったんだ……
一気に目の前が暗くなり、そしてこみ上げるような悲しみが胸を締め付けた。
とうとう涙が滲み、嗚咽が上がりそうになる。
知ってる。
先輩は追いかけない。
先輩は助けない。
だって先輩はいつも私を終わらせようとしてきたんだから。
そう思い、私は先輩から視線を外して、涙を流す代わりに諦める為の深い吐息を吐いた。
と、突然、視界がフッと暗くなった。
「え……?」
全身が押さえつけられて動けない。
気づけば私は先輩の腕の中にいた。
壁に押し付けるようにして、強く抱きしめられていて。
「言ったでしょ。僕は多分Sだって」
先輩が私を抱きしめてる。厚手の制服からほんの少し外気の匂いがした。
先輩の髪が頬にあたる。背に回された先輩の腕がしっかり私を抱きとめていて。
「そんな顔をしてる君を、僕は簡単に逃してあげる気はないんだ」
先輩の声が頭の後ろからするのがなんか変だ。
先輩の腕の中は、狭いのに苦しくはなく、だけど息が詰まるほど胸が高鳴ってきて。
「だから市川さん。これからの話しをしよう」
先輩がそう告げる声を、私はほとんど気を失いそうになりながら聞いていた。
私が話している間、先輩は一言も喋ってくれなかった。
時々ピロロンと先輩のスマホの着信音が聞こえてたけど、先輩は全て無視してた。
私が全てを暴露し終わると、一度深いため息をはきだして、顔にかかる長い髪をうざったそうにかき上げる。
「それで市川さんは、三谷に言われて僕を諦めるの?」
再度私に視線を戻した先輩の目は、何故かそれまでより強く輝いているように見えた。眼鏡の向こう側の目が、強く強く私を射抜く。
そこに滲むのは怒り?
先輩は、多分、今、怒ってる。
私は……震え上がっていた。
だって、今まで私は一度も先輩が怒るところなんて見たことがなかったから。
気圧されて声も出ない私を前に、先輩が腰を浮かせて、私のベッドに手をついた。
「『特別』って言ってくれたのは、あれはウソ?」
そのまま私に身を乗り出してくるから、先輩の顔がすぐ目の前に迫ってきて、思わず私は後ずさる。
だけど狭いベッドの上で私が逃げられる距離はほとんどなかった。
視線は先輩の目に釘付けにされ、先輩の全身から押し寄せるプレッシャーに押し潰されそうな気がしてくる。
その勢いに負けた私は、とうとう抑えきれずに答えてしまった。
「嘘なんかじゃないです。嘘なんかじゃないから、だから……」
これ以上迷惑になるのは嫌だった。
斎藤先輩の邪魔をする存在にはなりたくなかった。
そう続けるつもりなのに、声が震えて出てこない。
邪魔になりたくないのは事実なのに、それを言ってしまえば、それで全て終わってしまう気がして。
先輩と一緒にいられる時間が、もうなくなってしまう気がして。
どれほど自分勝手だと言われたって、私は先輩を終わらせられない、終わらせたくない……
だから、私は声を出す代わりに、口をつぐんだ。
「僕は今日図書室で君に会うのを結構本気で楽しみにしてたんだよ」
口を閉ざした私を、先輩が間近に見下ろす。
試すように、私の目を角度を変えて覗き込みながら、薄っすらと笑みを浮かべて言葉を紡いだ。
「君に、僕の気持ちもちゃんと伝えたくて……」
そこでコトリと小首を傾げ、目を細めて私を睨む。
「でも、君が僕を諦めるって言うのなら、仕方ない」
そう口にした先輩は、寂しげな目をゆっくりと伏せていく。
終わってしまう。
私がなにもしなくても。
なにも言わなくても。
なにも出来ないまま、このまま終わってしまう。
……なにが?
なにが終わるんだろう。
なにか、とっても大切ななにかが、今、終わろうとしてる。
そこではたと気がついた。
恋。
そうだ。
今終わろうとしてるのは恋だ。
ここに来て、私は初めて自分の中で騒ぎ続けたこの気持の正体がわかった気がした。
そして、同時に絶望する。
そうか。私が今手放そうとしているのは、私自身の初恋だったんだ……
一気に目の前が暗くなり、そしてこみ上げるような悲しみが胸を締め付けた。
とうとう涙が滲み、嗚咽が上がりそうになる。
知ってる。
先輩は追いかけない。
先輩は助けない。
だって先輩はいつも私を終わらせようとしてきたんだから。
そう思い、私は先輩から視線を外して、涙を流す代わりに諦める為の深い吐息を吐いた。
と、突然、視界がフッと暗くなった。
「え……?」
全身が押さえつけられて動けない。
気づけば私は先輩の腕の中にいた。
壁に押し付けるようにして、強く抱きしめられていて。
「言ったでしょ。僕は多分Sだって」
先輩が私を抱きしめてる。厚手の制服からほんの少し外気の匂いがした。
先輩の髪が頬にあたる。背に回された先輩の腕がしっかり私を抱きとめていて。
「そんな顔をしてる君を、僕は簡単に逃してあげる気はないんだ」
先輩の声が頭の後ろからするのがなんか変だ。
先輩の腕の中は、狭いのに苦しくはなく、だけど息が詰まるほど胸が高鳴ってきて。
「だから市川さん。これからの話しをしよう」
先輩がそう告げる声を、私はほとんど気を失いそうになりながら聞いていた。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜
三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。
父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です
*進行速度遅めですがご了承ください
*この作品はカクヨムでも投稿しております
切り札の男
古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。
ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。
理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。
そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。
その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。
彼はその挑発に乗ってしまうが……
小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
私の隣は、心が見えない男の子
舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。
隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。
二人はこの春から、同じクラスの高校生。
一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。
きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。
全体的にどうしようもない高校生日記
天平 楓
青春
ある年の春、高校生になった僕、金沢籘華(かなざわとうか)は念願の玉津高校に入学することができた。そこで出会ったのは中学時代からの友人北見奏輝と喜多方楓の二人。喜多方のどうしようもない性格に奔放されつつも、北見の秘められた性格、そして自身では気づくことのなかった能力に気づいていき…。
ブラックジョーク要素が含まれていますが、決して特定の民族並びに集団を侮蔑、攻撃、または礼賛する意図はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる