斎藤先輩はSらしい

こみあ

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十一月は波乱の季節

48話 気になってムリだから

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「遅い時間にごめんね」

 まさか突然先輩から通話がくるとは思ってなかった。
 慌てて取ると、耳に直接スマホごしの先輩のハスキーな声が響いて、むず痒くて一瞬スマホを落としそうになった。
 通話を取る時に見えた時計はもう十一時を過ぎていた。

 レイン送るには遅すぎたかも!

 慌ててしっかり持ち直してお返事する。

「こ、こんばんわ、こちらこそこんな遅くに勉強のお邪魔しちゃってすみません! くだらない質問ですから明日までどうぞ放置で!」
「いや気になってムリだから」

 焦って一気にそう言ったのに、速攻で先輩が言い返してきた。
 よっぽど勉強に集中してたのか、先輩の声が緊迫してて少し強張ってる。

「先輩、でも声がちょっと怖い……」

 思ったまま口にしてしまって、慌てて訂正しようと思ったのに、先にスマホの向こうで先輩が大きく息をつく音が聞こえた。

「ごめん、少し焦ってたから」

 一瞬の間をおいて返ってきた先輩の声はいつも通りで、少しほっとする。

「先輩でも焦ることあるんですね」
「そりゃ……僕の顔を思い出してムラムラしたとか言われたら流石にね」
「え、私そんなこと言いましたっけ!」

 あ、書いてる!
 悩んだ末に、言葉選びがバグってた!

「それは書き間違いというか、混乱してたというか。本当に大したことじゃなくて。色々考えるうちに、全部わからなくなっちゃっただけなんです」

 言い訳と説明がごっちゃになって、自分でもなにを言ってるのか分からない。

「なにが分からなくなったのか言える?」

 焦る私に斎藤先輩が勉強を教えてくれる時と同じ、穏やかな声で尋ねてくれた。
 それを聞いて、やっと少し緊張が解けて。
 もう一度落ち着いて、言葉を選んで答えた。

「今更なんですが……お付き合いってどういうものか、よく分からなくなりました」

 レインの時と同様に、先輩がスマホの向こう側でちょっと黙り込む。
 斎藤先輩の沈黙には慣れてるはずなのに、スマホ越しになった途端、それがやけに不安になる。
 やっと返ってきた先輩の声は、なんか少し暗かった。

「……それは僕がなにかしちゃった?」
「そ、そうじゃなくて……」

 なんだか先輩を困らせてる気がする、そう感じて慌てて言い返すと、先輩がまたちょっと間をおいて聞いてきた。

「きっかけを聞いてもいい?」

 先輩の声はやっぱりまだ緊張してる気がする。
 スマホ越しの会話がこんなに不安になるものだとは思わなかった。

「帰りの電車で……えっと……先輩の髭が見えてしまって」

 私はいつも以上に気をつけて、言葉を選んで説明してみる。

「あれからどうしても気になって」
「ごめん、やっぱり嫌だった?」

 返ってきた先輩の言葉が、今まで聞いたことのない声音でズキンと心臓が痛くなった。

「そ、そうじゃなくてですね、先輩って大人なんだって、そう思って……」
「……別に髭が生えたからって大人になんかならないけど」

 私の拙い説明じゃ、大切ななにかが伝わらない。それがもどかしくて泣きたくなってきた。
 そして続けて返ってきた先輩の返事に絶望しそうになる。

「Sの僕は平気なのに、僕が大人なのが嫌だったの?」
「嫌なんじゃなくて、そうじゃなくて。ああ、どうして上手く言えないんだろう」

 それが正に私の悩みそのもので。

 自分自身にも説明できないこの感情は、だから先輩にはもっと上手く説明できなくて。
 なんか先輩にまで私のこのグチャグチャな気持ちが伝染しちゃった気がして、最後は泣きたくなってきた。

 どうやっても伝えられなくて、切羽詰まって、私はとうとう感情のままに声をあげた。

「もどかしくて、掴めなくて、だからこうモヤモヤ、ムズムズ、ムカムカ、グチャグチャ、ムラムラ、メラメラ……なんかとにかくいっぱいいっぱいで……ご飯もあんまり食べられないし、正直自分が面倒くさいんです」

 やっちゃった……

 言い切ってすぐに死ぬほど後悔した。
 先輩に関係ない、私の感情のグチャグチャを、結局先輩にぶつけちゃった。

 もういっそこのまま通話切っちゃうおうか。

 そんなことまで考え出した私に、スマホの向こう側から突然盛大なクツクツ笑いが返ってきた。
 え、今度は先輩が笑ってる?

「そっか、面倒くさいのか、フフッ」

 なにが楽しいのか、一部笑い声まで聞こえててきた。
 私が知る限り、これは先輩の最高にご機嫌モードだ。
 先輩のその嬉しそうな笑い声に、私までなんか嬉しくなってくるから現金なもので。

 そのまましばらく笑ってた先輩は、その後いつもの声で私に静かに尋ねてきた。

「なんとなくわかったよ。それで今、僕と話しても市川さんの気分はまだ同じまま?」
「それは……」

 言われて気づいた。あれ、さっきまでのモヤモヤがなんかない。

「ないですね? あれ、なんかスッキリしてます」
「あんまりスッキリされても困るんだけどな」

 思ったまま私が返事をすると、先輩がボソボソ独り言のように返してきた。

「え?」
「なんでもない。じゃあ多分、市川さんのそれは僕と話したかったんじゃないの?」

 聞き返した私に被せるように、先輩がいつもの説明口調で聞いてくる。
 でも待って、これは勉強で先輩がいつもする引っ掛け問題を出すときの口調のような気もする。

 そうなのかな。
 そうなのかも?
 もう二ヶ月近く、毎日一緒に帰ってたのだ。
 突然会えなくなって、寂しかったのかな。
 でも本当にそれだけなのかな。

「そうなんでしょうか」

 なんか納得しきれない気分で答えたら、スマホの向こう側で先輩がちょっと笑った気がした。

「じゃあ宿題。なんで僕に会えないと寂しいのか、考えてみて」

 なんと宿題がでた!
 学校の宿題はあんなに嫌なのに、なんで私、こんなに嬉しいんだろう?

「明日もこの時間に電話するから、答えをおしえてね。じゃあおやすみ」

 悪戯っぽい声音でそう言った先輩は、私の返事も待たずに通話を切ってしまった。
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