27 / 31
婚姻編
婚姻編9 魔王様が魔王様(意味不明)
しおりを挟む
あれから二日。
カーティスは宣言通り、ただただ私を愛でまわしてくれました。
カーティスが勝手にノーラから許可を取ってきたせいで、薬局もお休みしてほぼカーティスの部屋に監禁状態です。
あの夜に味をしめたカーティスは、毎食食べ物を部屋に持ち込み、食事の時間までほとんど私を放してくれません。
失神……じゃなくて寝ていないときは話をしているか、なにか余計なことをしているかのどちらかです。
夜の数時間、カーティスが必要最低限のお仕事をこなしに魔王城に戻る以外、私たちはただただずっと一緒にいました。
正直、お一人様が長い私としてはいい加減しばらく放置して一人にしてほしいです。
おかげさまで、私はこの二日の記憶があやふやで……。
そしてとうとう三日目の今日。
昼を過ぎてやっと目を覚ました私にカーティスが告げます。
「今日は出かけるぞ」
「え、今から?」
目は覚めていてもイマイチ頭が回っていない私は、今が朝なのか夕方なのか分からず周りを見回して、ここが自分の部屋で自分のベッドの上で寝ていたことに驚きました。
そこにカーティスの指示でメイド長と数人のメイドが、着替えに必要なものを手に入ってきます。
「身綺麗であれば適当でいい。どうせ出先で着替える」
そう言いおいて、カーティスが部屋を出ていきました。
久しぶりのお出かけにちょっと気分が上がってます。
でもその後は、今日こそ本当の本当にカーティスに最初を奪われるわけで……。
正直、かなり本気で逃げ出したいです。
いえ、別に初めてだから怖いとか、魔族になってしまうのが怖いとか、そんなことではないのですよ。
まあ少しはありますがホントにそこは大した問題じゃもうなくて。
問題はもっと切実なものであり、どうしようもないもので……。
だって、ですね、カーティスの、その、持ち物があまりに立派すぎまして。
いやあの筋肉量ですし、魔王様だし、それなりにはあるだろうとは思っていました。
でも実際目にしたあれは凶器です。
しかも刺殺系じゃなくて鈍器系……。
いや無理です。絶対痛いです。
そんなことを考えているうちに、気づけば身支度が終わってしまい、部屋を出れば同じく身支度のすんだカーティスが私の部屋の前で待ち構えていました。
「行くぞ」
そう言って、私に肘を突き出します。
当たり前のようにエスコートしてくれるらしいです。
契約以来、こういう扱いは初めてで、ちょっとだけドキドキしてしまいました。
「一体どこに行くの?」
でもそれが気恥ずかしくて、カーティスの腕に手を乗せつつ、思わずつっけんどんな声が出ます。
それを気にしたふうもなく、カーティスが私を連れだって歩き出しました。
「行ってみてのお楽しみだな」
そう言って、私を伴ってたどり着いたのはいつもの木の扉。どうやらノーラの薬局に向かうようです。
でも驚いたことに、いつもはそこで「行ってらっしゃいませ」と私たちを送り出してくれるセバスチャンが私たちと一緒に扉を抜けます。
「安心しろ、コイツは俺の副官だ」
「副官……って」
「魔王の副官を勤めます『セバスチャン』と申します」
え、副官さんなのに、やっぱりセバスチャン?
「こいつは元々名前がセバスチャンなだけだ」
驚いた私にカーティスが補足を入れてくれました。
それはまた都合のいい……じゃなくてこの職にぴったりな。
「はい、今日はお二人の補佐をさせていただきます」
セバスチャンさんがニコリと笑んで、いつもの落ち着いた声でそういうのですが。
補佐っていったい何の補佐でしょう……?
なぜかあまりいい予感がしないのですが?
「他はすべてもうついているか?」
「はい、全て準備が整っています。あとはお二人が到着されればいつでも」
二人は話しながら、いつものノーラの薬局の部屋を横切り、以前私がどこにつながっているのか尋ねてやめた、あの真ん中の木の扉を開きました。
「戻った」
とても短くそう言うカーティスに手を引かれて入ったそこは、こじんまりとした石造りの一室で、入った途端、三人の白い布を纏った侍女らしき人たちが、待っていましたとでもいうように私を取り囲みます。
「こいつを頼む」
「え、待って……」
引き止める私を振り返りもせず、カーティスがセバスチャンさんと一緒に部屋を出ていってしまいました。焦る私に顔まで白い布に包まれた彼女たちが様々なものを手に無言で迫ってきて。
「あ、あの……?」
ひとり置き去りにされて、困って私が声をかけても、誰一人何も言ってくれません。それどころか、顔まで全て布に覆われているので、一体どこを見ているのかさえも不明です。
ですがカーティスが部屋を去った途端、三人が一斉に寄ってきて私の服を着替えさせてくださいます。
「え、これって……?」
彼女たちが手にしていた服は一枚生地の長く美しい絹で、一糸まとわぬ姿に脱がされた上に上手に巻き付けられていきます。
結構ぐるぐると巻きつけられている気がするのですが、羽のように軽く、身につけている気がしません。
途中、幾つもの飾りが挟まれたり縫い付けられて、気づけば美しいドレープの重なる白いドレスに仕上がっていました。
続いてされるがままに化粧を施され、髪を結上げられて頭上に細い金冠を載せられて部屋を後にします。
部屋を出ると、すぐ扉の前でセバスチャンさんが待っていました。
「参りましょう」
そこからはセバスチャンさんが先導して、先程の白い女性たちに囲まれて細い廊下を無言で進んでいきます。
狭い階段と狭い廊下を抜けると、突然天井の高い小広い場所に出ました。でもそこにはそこに至るための幾つかの階段と、そしてやはり白い布を身に着けた、大柄な数人の兵士に守られた、大きな扉が一つだけ。
そしてセバスチャンさんを見た彼らがその大きな扉を開き──
「うぁ……」
──思わず感嘆の声が漏れてしまいます。
そこはまるで前世、どこかの教育番組の映像で見たヨーロッパの古い教会のような、荘厳な石造りの広間でした。
明かりが届ききらないほど高い天井は吹き抜けで、天井を幾重ものアーチが支え重なり合い、不思議な幾何学模様を作り出しています。
アーチのところどころには金の意匠が施され、そこに縦長な部屋のあちこちに置かれた幾つもの蝋燭の明かりが反射して、暗い天井に散りばめられた星のように輝いて。
決して明るくない広間の一番奥には、まるで教会の祭壇のようなひな壇が置かれ、その上に黄金に輝く重厚な椅子が二脚、並んで置かれていて。
「あ、あ、あ、あの、セバスチャンさんここって……?」
これはもう流石に尋ねずにはいられない!
そう思って声をかけたのに、人差し指を立ててシっと言われてしまいました。しかも静まり返った広間に自分の声がやけに大きく響いて、慌てて口を押さえます。
でもそんな私の声を消し去るように、懐かしいパイプオルガンの荘厳な調べが響き出し。
でもこれ、なんか葬送曲っぽく聞こえるのは気のせいでしょうか?
そして極めつけ。
見るのも怖いのですが、広間の両脇には低い階段状の椅子がずらっと並んでいて、その長い部屋いっぱいに人々が隙間なく座っているのです。
その全員が、さきほど着替えを手伝ってくれた女性たち同様、なぜか顔まで白い布で隠しています。
いえ、数人だけ、前方のほうに顔の見える人たちがいました。
あれは──
「お父様とお母様!? それにネイサンも!」
よく見れば、奥にはノーラも座っています。
が、お父様もお母様も顔色が真っ青に見えるのは気のせいでしょうか?
二人の間に座ってるネイサンだけが、ひとりウキウキと嬉しげにこちらを見て小さく手を振ってくれています。
「では参りましょう」
そこでパイプオルガンの曲が変わり、それを合図にすぐ横に立っていたセバスチャンさんが私にエスコートする為の肘を差し出してくださいました。
それに引かれて、長い椅子の間を歩いてその縦長な部屋を進みます。
そして沢山の人たちに見下されつつ、中央の長い小道をまっすぐに歩いて向かうその先は、前方のひな壇の上に腕組をして立ち、その場の全ての者を見下ろしてる、とっても偉そうなカーティスで。
その服装ときたら。
上から下まで前が開いた黒光りするシャツの上に床に届きそうな黒のローブを羽織り、その手には金の錫杖、頭には重そうな金の冠、そして首にも肩にもジャラジャラと、沢山の金の装飾品が光っています。
「うわ、王様みたい」
その出で立ちに思わず心の声が漏れてしまいました。
それを聴いた隣のセバスチャンさんが苦笑いして答えてくれます。
「ええ、我々の魔王様その人であられますから」
あ、そうでした。
そうなんですけど……。
その厚い大胸筋の谷間と綺麗に割れた腹直筋がしっかり見える服装は、まさか私に見せるために作ったのでしょうか?
非常にいたたまれない気持ちのまま通路を歩ききり、やっとひな壇の前まで辿り着いた私をカーティスがドヤ顔で見ています。
そしてセバスチャンから私の手を受け取るように手を伸ばし、壇上に引き上げながら、いい笑顔で私を見下ろして。
「驚いたか」
嬉しそうにそういうものですからつい、
「中二病、ここに極まれり」
本音がポロリと漏れました。
もちろんカーティスがそんな言葉を知ってるわけもありませんから、不審そうに見返してきますが、
「非常に際立った服装ですね、という意味です」
と言って微笑み返してあげました。
そんなやり取りを小声でしているうちに、ひな壇に並んで立った私達に注目を集めるように、パイプオルガンの音が一層高く鳴り響き。
まるで演劇の舞台装置のように、突然私達の真上の尖塔の小窓が開かれ、一条の光が真っ直ぐ私とカーティスの二人だけを照らし出します。
その光に包まれた中、カーティスが大声で宣告し始めました。
「ここに我が妻リザを我が生涯の伴侶としてこの城に迎える。今日この日より、この城のもう一人の主となる我が妻を讃え、崇め、奉れ!」
とんでもないカーティスの宣言に私が飛び上がってやめさせようとするよりも早く、ザッという音が広間に響く勢いで、その場に集まっていた人たちが全員立ち上がり、そして深く頭を垂れました。
え、まさかこれ、本当に私を崇めてるんでしょうか?!!
その異様な光景に背筋が凍り、ジリジリと焦りがつのって足が震えはじめます。
「さあ我妻よ、それが今日からお前の座るべき椅子だ」
そんな私のことなど気にもせず、そう言って指し示されたのは先程部屋の端からも輝いて見えていた、見まごうことなき玉座なんですが。
私にこれに座れと???
本気ですか?
いや、カーティスが魔王様なのはもう分かりましたからこのまま帰っちゃダメですか??
困り果ててカーティスと玉座を見比べてるのに、この悪魔、
「お前が座らなければこの場の誰も座ることができんぞ」
などと言って私を脅してきます。
もう他に選択肢もなく、ついでに足も震えすぎてて恥ずかしいので、結局私はその金色に輝く椅子に浅く浅く腰掛けました。
……金の肘掛けが硬くて冷たくて、座り心地は決してよくありません。
それでも私が腰をおろしたのを合図に、その場で起礼していた人々が一斉に座り直しました。
そこからは。
セバスチャンさんが耳に慣れない名前を呼びあげる度に、一人ひとりひな壇の前に進み出て、改めて頭を下げてお祝いを告げてくださいます。
その姿を見ているうちに気がついたのですが……。
進み出る人たちは、長いしっぽが見えてたり、頭の上が尖っていたりと、どう考えても人間とは思えない人たちが結構な数混じっていらっしゃいます。
お祝いの言葉も片言だったり、私には聞こえにくかったり……。
ええ。
もういまさら尋ねる必要もありませんが、
「カーティス、一応聞くけど、ここってどこです?」
それでもやっぱりはっきりさせておきたいのです。
尋ねた私にとぼけた顔の魔王様が答えてくれます。
「決まってるだろう、俺の城だ」
……私、今、魔王城の玉座に座ってるらしいです。
もうお願いですから、早く終わってください……。
それからどれくらいの時間が経ったのでしょう。
長い長いご挨拶もやっと全部終わって、ホッとするのもつかの間。
玉座の前で立ち上がり、その場にいる全員を見渡したカーティスが、私の手をひいて立たせ、いつもの如く腰を抱き寄せます。
そして。
「愛しているぞ」
とろけるような声でそう宣言して、私をその腕に抱えあげ堂々と部屋を後にしました。
カーティスは宣言通り、ただただ私を愛でまわしてくれました。
カーティスが勝手にノーラから許可を取ってきたせいで、薬局もお休みしてほぼカーティスの部屋に監禁状態です。
あの夜に味をしめたカーティスは、毎食食べ物を部屋に持ち込み、食事の時間までほとんど私を放してくれません。
失神……じゃなくて寝ていないときは話をしているか、なにか余計なことをしているかのどちらかです。
夜の数時間、カーティスが必要最低限のお仕事をこなしに魔王城に戻る以外、私たちはただただずっと一緒にいました。
正直、お一人様が長い私としてはいい加減しばらく放置して一人にしてほしいです。
おかげさまで、私はこの二日の記憶があやふやで……。
そしてとうとう三日目の今日。
昼を過ぎてやっと目を覚ました私にカーティスが告げます。
「今日は出かけるぞ」
「え、今から?」
目は覚めていてもイマイチ頭が回っていない私は、今が朝なのか夕方なのか分からず周りを見回して、ここが自分の部屋で自分のベッドの上で寝ていたことに驚きました。
そこにカーティスの指示でメイド長と数人のメイドが、着替えに必要なものを手に入ってきます。
「身綺麗であれば適当でいい。どうせ出先で着替える」
そう言いおいて、カーティスが部屋を出ていきました。
久しぶりのお出かけにちょっと気分が上がってます。
でもその後は、今日こそ本当の本当にカーティスに最初を奪われるわけで……。
正直、かなり本気で逃げ出したいです。
いえ、別に初めてだから怖いとか、魔族になってしまうのが怖いとか、そんなことではないのですよ。
まあ少しはありますがホントにそこは大した問題じゃもうなくて。
問題はもっと切実なものであり、どうしようもないもので……。
だって、ですね、カーティスの、その、持ち物があまりに立派すぎまして。
いやあの筋肉量ですし、魔王様だし、それなりにはあるだろうとは思っていました。
でも実際目にしたあれは凶器です。
しかも刺殺系じゃなくて鈍器系……。
いや無理です。絶対痛いです。
そんなことを考えているうちに、気づけば身支度が終わってしまい、部屋を出れば同じく身支度のすんだカーティスが私の部屋の前で待ち構えていました。
「行くぞ」
そう言って、私に肘を突き出します。
当たり前のようにエスコートしてくれるらしいです。
契約以来、こういう扱いは初めてで、ちょっとだけドキドキしてしまいました。
「一体どこに行くの?」
でもそれが気恥ずかしくて、カーティスの腕に手を乗せつつ、思わずつっけんどんな声が出ます。
それを気にしたふうもなく、カーティスが私を連れだって歩き出しました。
「行ってみてのお楽しみだな」
そう言って、私を伴ってたどり着いたのはいつもの木の扉。どうやらノーラの薬局に向かうようです。
でも驚いたことに、いつもはそこで「行ってらっしゃいませ」と私たちを送り出してくれるセバスチャンが私たちと一緒に扉を抜けます。
「安心しろ、コイツは俺の副官だ」
「副官……って」
「魔王の副官を勤めます『セバスチャン』と申します」
え、副官さんなのに、やっぱりセバスチャン?
「こいつは元々名前がセバスチャンなだけだ」
驚いた私にカーティスが補足を入れてくれました。
それはまた都合のいい……じゃなくてこの職にぴったりな。
「はい、今日はお二人の補佐をさせていただきます」
セバスチャンさんがニコリと笑んで、いつもの落ち着いた声でそういうのですが。
補佐っていったい何の補佐でしょう……?
なぜかあまりいい予感がしないのですが?
「他はすべてもうついているか?」
「はい、全て準備が整っています。あとはお二人が到着されればいつでも」
二人は話しながら、いつものノーラの薬局の部屋を横切り、以前私がどこにつながっているのか尋ねてやめた、あの真ん中の木の扉を開きました。
「戻った」
とても短くそう言うカーティスに手を引かれて入ったそこは、こじんまりとした石造りの一室で、入った途端、三人の白い布を纏った侍女らしき人たちが、待っていましたとでもいうように私を取り囲みます。
「こいつを頼む」
「え、待って……」
引き止める私を振り返りもせず、カーティスがセバスチャンさんと一緒に部屋を出ていってしまいました。焦る私に顔まで白い布に包まれた彼女たちが様々なものを手に無言で迫ってきて。
「あ、あの……?」
ひとり置き去りにされて、困って私が声をかけても、誰一人何も言ってくれません。それどころか、顔まで全て布に覆われているので、一体どこを見ているのかさえも不明です。
ですがカーティスが部屋を去った途端、三人が一斉に寄ってきて私の服を着替えさせてくださいます。
「え、これって……?」
彼女たちが手にしていた服は一枚生地の長く美しい絹で、一糸まとわぬ姿に脱がされた上に上手に巻き付けられていきます。
結構ぐるぐると巻きつけられている気がするのですが、羽のように軽く、身につけている気がしません。
途中、幾つもの飾りが挟まれたり縫い付けられて、気づけば美しいドレープの重なる白いドレスに仕上がっていました。
続いてされるがままに化粧を施され、髪を結上げられて頭上に細い金冠を載せられて部屋を後にします。
部屋を出ると、すぐ扉の前でセバスチャンさんが待っていました。
「参りましょう」
そこからはセバスチャンさんが先導して、先程の白い女性たちに囲まれて細い廊下を無言で進んでいきます。
狭い階段と狭い廊下を抜けると、突然天井の高い小広い場所に出ました。でもそこにはそこに至るための幾つかの階段と、そしてやはり白い布を身に着けた、大柄な数人の兵士に守られた、大きな扉が一つだけ。
そしてセバスチャンさんを見た彼らがその大きな扉を開き──
「うぁ……」
──思わず感嘆の声が漏れてしまいます。
そこはまるで前世、どこかの教育番組の映像で見たヨーロッパの古い教会のような、荘厳な石造りの広間でした。
明かりが届ききらないほど高い天井は吹き抜けで、天井を幾重ものアーチが支え重なり合い、不思議な幾何学模様を作り出しています。
アーチのところどころには金の意匠が施され、そこに縦長な部屋のあちこちに置かれた幾つもの蝋燭の明かりが反射して、暗い天井に散りばめられた星のように輝いて。
決して明るくない広間の一番奥には、まるで教会の祭壇のようなひな壇が置かれ、その上に黄金に輝く重厚な椅子が二脚、並んで置かれていて。
「あ、あ、あ、あの、セバスチャンさんここって……?」
これはもう流石に尋ねずにはいられない!
そう思って声をかけたのに、人差し指を立ててシっと言われてしまいました。しかも静まり返った広間に自分の声がやけに大きく響いて、慌てて口を押さえます。
でもそんな私の声を消し去るように、懐かしいパイプオルガンの荘厳な調べが響き出し。
でもこれ、なんか葬送曲っぽく聞こえるのは気のせいでしょうか?
そして極めつけ。
見るのも怖いのですが、広間の両脇には低い階段状の椅子がずらっと並んでいて、その長い部屋いっぱいに人々が隙間なく座っているのです。
その全員が、さきほど着替えを手伝ってくれた女性たち同様、なぜか顔まで白い布で隠しています。
いえ、数人だけ、前方のほうに顔の見える人たちがいました。
あれは──
「お父様とお母様!? それにネイサンも!」
よく見れば、奥にはノーラも座っています。
が、お父様もお母様も顔色が真っ青に見えるのは気のせいでしょうか?
二人の間に座ってるネイサンだけが、ひとりウキウキと嬉しげにこちらを見て小さく手を振ってくれています。
「では参りましょう」
そこでパイプオルガンの曲が変わり、それを合図にすぐ横に立っていたセバスチャンさんが私にエスコートする為の肘を差し出してくださいました。
それに引かれて、長い椅子の間を歩いてその縦長な部屋を進みます。
そして沢山の人たちに見下されつつ、中央の長い小道をまっすぐに歩いて向かうその先は、前方のひな壇の上に腕組をして立ち、その場の全ての者を見下ろしてる、とっても偉そうなカーティスで。
その服装ときたら。
上から下まで前が開いた黒光りするシャツの上に床に届きそうな黒のローブを羽織り、その手には金の錫杖、頭には重そうな金の冠、そして首にも肩にもジャラジャラと、沢山の金の装飾品が光っています。
「うわ、王様みたい」
その出で立ちに思わず心の声が漏れてしまいました。
それを聴いた隣のセバスチャンさんが苦笑いして答えてくれます。
「ええ、我々の魔王様その人であられますから」
あ、そうでした。
そうなんですけど……。
その厚い大胸筋の谷間と綺麗に割れた腹直筋がしっかり見える服装は、まさか私に見せるために作ったのでしょうか?
非常にいたたまれない気持ちのまま通路を歩ききり、やっとひな壇の前まで辿り着いた私をカーティスがドヤ顔で見ています。
そしてセバスチャンから私の手を受け取るように手を伸ばし、壇上に引き上げながら、いい笑顔で私を見下ろして。
「驚いたか」
嬉しそうにそういうものですからつい、
「中二病、ここに極まれり」
本音がポロリと漏れました。
もちろんカーティスがそんな言葉を知ってるわけもありませんから、不審そうに見返してきますが、
「非常に際立った服装ですね、という意味です」
と言って微笑み返してあげました。
そんなやり取りを小声でしているうちに、ひな壇に並んで立った私達に注目を集めるように、パイプオルガンの音が一層高く鳴り響き。
まるで演劇の舞台装置のように、突然私達の真上の尖塔の小窓が開かれ、一条の光が真っ直ぐ私とカーティスの二人だけを照らし出します。
その光に包まれた中、カーティスが大声で宣告し始めました。
「ここに我が妻リザを我が生涯の伴侶としてこの城に迎える。今日この日より、この城のもう一人の主となる我が妻を讃え、崇め、奉れ!」
とんでもないカーティスの宣言に私が飛び上がってやめさせようとするよりも早く、ザッという音が広間に響く勢いで、その場に集まっていた人たちが全員立ち上がり、そして深く頭を垂れました。
え、まさかこれ、本当に私を崇めてるんでしょうか?!!
その異様な光景に背筋が凍り、ジリジリと焦りがつのって足が震えはじめます。
「さあ我妻よ、それが今日からお前の座るべき椅子だ」
そんな私のことなど気にもせず、そう言って指し示されたのは先程部屋の端からも輝いて見えていた、見まごうことなき玉座なんですが。
私にこれに座れと???
本気ですか?
いや、カーティスが魔王様なのはもう分かりましたからこのまま帰っちゃダメですか??
困り果ててカーティスと玉座を見比べてるのに、この悪魔、
「お前が座らなければこの場の誰も座ることができんぞ」
などと言って私を脅してきます。
もう他に選択肢もなく、ついでに足も震えすぎてて恥ずかしいので、結局私はその金色に輝く椅子に浅く浅く腰掛けました。
……金の肘掛けが硬くて冷たくて、座り心地は決してよくありません。
それでも私が腰をおろしたのを合図に、その場で起礼していた人々が一斉に座り直しました。
そこからは。
セバスチャンさんが耳に慣れない名前を呼びあげる度に、一人ひとりひな壇の前に進み出て、改めて頭を下げてお祝いを告げてくださいます。
その姿を見ているうちに気がついたのですが……。
進み出る人たちは、長いしっぽが見えてたり、頭の上が尖っていたりと、どう考えても人間とは思えない人たちが結構な数混じっていらっしゃいます。
お祝いの言葉も片言だったり、私には聞こえにくかったり……。
ええ。
もういまさら尋ねる必要もありませんが、
「カーティス、一応聞くけど、ここってどこです?」
それでもやっぱりはっきりさせておきたいのです。
尋ねた私にとぼけた顔の魔王様が答えてくれます。
「決まってるだろう、俺の城だ」
……私、今、魔王城の玉座に座ってるらしいです。
もうお願いですから、早く終わってください……。
それからどれくらいの時間が経ったのでしょう。
長い長いご挨拶もやっと全部終わって、ホッとするのもつかの間。
玉座の前で立ち上がり、その場にいる全員を見渡したカーティスが、私の手をひいて立たせ、いつもの如く腰を抱き寄せます。
そして。
「愛しているぞ」
とろけるような声でそう宣言して、私をその腕に抱えあげ堂々と部屋を後にしました。
5
Twitter:こみあ(@komia_komia)
お気に入りに追加
906
あなたにおすすめの小説
転生ガチャで悪役令嬢になりました
みおな
恋愛
前世で死んだと思ったら、乙女ゲームの中に転生してました。
なんていうのが、一般的だと思うのだけど。
気がついたら、神様の前に立っていました。
神様が言うには、転生先はガチャで決めるらしいです。
初めて聞きました、そんなこと。
で、なんで何度回しても、悪役令嬢としかでないんですか?
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
悪役令嬢は推し活中〜殿下。貴方には興味がございませんのでご自由に〜
みおな
恋愛
公爵家令嬢のルーナ・フィオレンサは、輝く銀色の髪に、夜空に浮かぶ月のような金色を帯びた銀の瞳をした美しい少女だ。
当然のことながら王族との婚約が打診されるが、ルーナは首を縦に振らない。
どうやら彼女には、別に想い人がいるようで・・・

光の王太子殿下は愛したい
葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。
わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。
だが、彼女はあるときを境に変わる。
アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。
どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。
目移りなどしないのに。
果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!?
ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。
☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる