【完結】転生令嬢は逃げ出したい~穏便に婚約解消されたのにバッドエンドの監禁魔が追ってきます。

こみあ

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閑話:月明かりの跳ねる夜(カーティス視点)

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 俺が全てを話し終えるよりも早く、リザは俺の目の前で安心しきった寝顔を晒していた。

 全く。

 今朝まであれだけ俺を毛嫌いしていたクセに、こんな見た目の変化だけで気を許すとは愚かな娘だ。

 鼻先を軽く舐めても目を覚まさない。
 それを確認した俺は、変化を解いて本来の姿に戻ってスヤスヤ寝てるリザの横に寝そべった。


 大魔王たる俺様がここ東大陸の辺境の小国に召喚されたのは、今から約百年近く前のことだった。
 ここ数百年、俺様に挑戦しようという魔族も人もすっかり途絶え、彼の地にある我が城で怠惰と無聊を囲っていた俺は、その夜、ゴブリン王を騙して手に入れた新月の美酒を傾けている最中、微かに届く珍しい召喚魔法に気がついた。

 悪魔であれば、本能的にどうしても召喚の呼びかけは敏感に感じ取ってしまう。だがこの召喚は、その対象をバカみたいに強大な魔力持ちにだけ限った、無駄に秀逸なものだった。
 無論、俺様なら無視することもできたが、本当に久しぶりのちょっかいに、俺はほんの少し、気持ちを高ぶらせて応じてしまった。

 下らない相手なら、その場で殺せばいい。
 面白そうなら付き合ってやろう。
 そんな軽いつもりで出向いたハズだった。

 俺を召喚したのは、ただの人間だった。
 ただ、人生の全てを召喚術に捧げた気の狂った一介の魔術師だった。
 俺の召喚の代償に、そいつは自分で自分の全ての動脈を切り裂いて、全身の血液と生命を俺の召喚に捧げた。

 俺を召喚した魔術円には、二重のトラップが掛けられていた。
 まず俺が出向いた瞬間、俺の血の情報を元に俺と同じ血を分けた者を、全て俺の魔力で呼び出しやがった。
 俺に父親はもういない。残った家族はノーラ一人。自動的に俺のあとからノーラが現れた。

 その二人の召喚が次のトラップを起動。
 一回の召喚に複数呼応してしまった、その見返り条件として、召喚された俺たち側に請願の成就を強制する制限が課せられた……。

 さて。本当にこれを俺が破ろうと思えば、実はそれほど難しくはなかった。
 請願は、課した者の存在が消滅すれば、成就されずともいずれ薄れ消えていく。まあ、高々数百年我慢すればいいだけの話しだ。

 だがこの時、俺は本当に今の城で腐る日々に飽ききっていた。
 俺に命がけの召喚を仕掛けたこの魔術師が、少し気に入ってもいた。
 やり遂げた魔術師の技巧と発想、そして馬鹿げた行動力の動機が知りたくなり、俺はそいつを生かしてやる事にした。

 実際の請願者はその土地、いや国を所有する王だったが、ソイツの望みも中々に俺好みだった。

 自分の命ある限りこの国を拡大し、列強に膝まづかせる。俺の魔力の代償は、そこで死にゆく両軍の兵士の魂と魔力全てと来た。

 正直、一兵卒の魂じゃ、何百何千と集まろうが雀の涙ほども役に立たん。この国の人間の魔力など、全て集めたところでたかが知れている。
 俺を働かせるにはまるでなんの足しにもならない。

 だがこの王の底のない欲望は悪くなかった。たとえ俺が力で国を取ってきても、愚かな王は歓喜ののちに必ず絶望する。列強諸国に敵わぬと、我が国は非力で無力だと。
 死するその日までただ繰り返し、歓喜の悦楽と絶望の悲哀をたっぷり俺に食らわしてくれた。

 そんな王のあとを追うように、かの召喚士もこの世を去った。人の生はまあ短いものだ。

 そろそろ帰ろうという俺を、ノーラを盾に現王が引き止めやがった。
 ノーラの召喚は血脈召喚だ。本来俺の条件が満たされた時点で同時に開放される。
 だがこの王は、姑息にも俺の手でノーラの魔力をあの魔法円に封印させやがった。
 理屈は簡単だ。呪術師がノーラの名前を勝手に自軍の兵士に与え、俺が他国に攻撃する際に殺害。死んだ兵士とともにノーラの魔力まで吸い出され、全てあの魔法円に吸われちまった。

 俺自身の魔力ならどうとでも出きたがノーラはダメだ。
 父王が死去した時点で、あれはもう魔女へと降格されている。
 ノーラが帰還するには、今一度俺がこの王の請願をきいて契約し、ノーラの魔力を取り戻すしかなかった。
 結果、この気に入らない王と契約するのは腹立たしいが、仕方なくあの娘とセドリック王子をめあわせる手助けをすることになった。
 まあ高々あと十数年、帰還が遅れるだけのことだ。


 ……あの娘がおかしいことに気がついたのは、多分あれが七歳を超えたころだった。

 それまで思い通りセドリックと仲睦ましく遊んでいたのが、ある日突然、彼の来訪を断って、しばらく自室に閉じこもっていた。

 俺が診断してみても、特に病のオーラは見当たらない。
 だが、俺の診断中、全く俺と視線を合わせなくなった。

 その前週までは「薬師さま、セドは私の奴隷ですか」などと少し違う意味で行き過ぎていたのだが、その週を境に、ぱったりと俺に話しかけてこなくなったのだ。

 まあ、あれだ。
 実は人間の体のことなどよく分からぬが、人に聞く知恵熱とやらか、または第一次反抗期とやらかもしれない。
 そう思ってしばらく様子を見ていたのだが。

 ある日、庭から小さな笑い声が聞こえてきて、久しぶりにセドリック王子が遊びに来ているのかと遠くから様子を伺ってみた。

「セド、いい? 私のあとに続けるのよ? 『リザはモブ』『リザは平凡』『リザは親友』。はい」
「む、無理ですリザ様、リザ様は僕のご主人……」
「次その呼び方したら絶交よ!」
「そ、そんな無茶な……」
「ほら『リザはモブ』、はい!」
「リザ様、やめて、僕いやです」


「…………アホか」

 突然何を思いついたやら、どうやらセドに掛けた暗示を解こうというらしい。
 俺の暗示がそんな簡単に解けるものか。
 まあ、思っていた以上に掛かりすぎてたのも事実だし、少しは覚めてもいいかも知れん。
 そう思って放置したのだが。

 数カ月後。
 またも庭にいる二人の会話に耳を澄ませば。

「私は『リザ』。単なる『リザ』。はい!」
「リザ……さ」
「良くできました! はいもう一回」
「え、あ、リ……ザ」
「はい、ご褒美にナデナデします!」
「なでなで……ああ……僕、がんばります!」
「次、『リザはモブ』はい」
「『リザ……モ……』」
「聞こえない! もう一度!」


「……はあ?」

 なんだこれは。
 リザに撫でられる王子がブンブンと尻尾を振る勢いで食いついている。
 あの王子はいつの間に犬になったんだ?
 いや、元々リザの忠実な下僕だったが、なんか俺の暗示より強く思い込んでいないか?

 訳の分からん寒気がして、俺はその日見たそれを無視しようと決めた。

 なのに、それから一年もしないうちに、俺はノーラから頭痛のする報告を受け取ることになる。
 うちのリザが、事もあろうに怪しい夜店の串焼き肉を食い過ぎて、腹を下して動けなくなっているという。

 いつの間に屋敷を抜け出した?
 いや、いつからだ?
 クソ、子爵家の娘がなぜわざわざ抜け出してそんな真似をする??

 この辺りで、どうやら自分がこの娘を全く理解不可能なことに気がついた。

 たかがこの娘に俺の魔力をちょっと分け与え、あの犬王子と番わせる、簡単な契約だったはずだ。
 それがなんだ、なぜこうも予想外な事ばかり……

 人を操ることには自信があった。
 なんせ、こう見えて俺は誰にも負けたことのない大魔王様だ。
 それがこのまま振り回されてたまるものか。

 俺はこの娘を徹底的に観察して、思考回路から理解し直す必要性に気がついた。

「そうしてずっと観てきたんだがな」

 顔にかかる髪を指にかけ、ゆっくりと掬いあげる。
 そのまま後ろにすきあげても、ただ擽ったそうに頬を震わせるだけ。
 人の命など儚くて、今まで一度だって意識して観ようなどとは思ったこともなかった。
 いや、まず興味がなかった。

 ならばあの日、頭痛を覚えたあの時点で、この娘は俺の中にある種特別な感情を生み出してしまったのだろう。

 ──これはただの執着だ。

 何度そう思ってごまかそうとしたことか。

 リザの去った店内で、彼女の出ていった扉をいつまでも未練がましく見ていた俺に、ノーラがかけた言葉が頭を過る。

『与えられたいならば、まずは与えることだよ。人はそうして初めて心を開く』

 今夜、うなされ続けるリザの声を聞いて、ついあんな子猫姿で現れてしまったのは、とっさにノーラの言葉を思い出した俺の気の迷いだ。

「ノーラの言葉など真に受けるんじゃなかった」

 この娘が俺に笑いかける姿など、見なければよかった。

「見ちまったら、もう逃げられないのは俺の方じゃないか……」

 たかが人間の小娘に、執着する日が来るとはな。

 人は脆くて儚い。
 こんな一瞬の時間しか共にいれぬ相手を気にかけるなど、本当に馬鹿げた話だ。

 眠るリザの髪をもう一度かきあげ、月明かりが跳ねるその顔をしっかり目に焼き付ける。
 リザのその顔に涙の跡はもう見えない。

 俺はそれなりに満足して、静かにリザの部屋から姿を消した。
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