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第十二話 ゲームも魔法も、大差なし
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緑の煙が薄れるとともに目前でまわりの景色も塗り替えられていき、煙がすっかり消え去るころには、私達はあの薬局の店内に立っていました。
あらまあ、これはとっても便利。
まずはノーラにも報告しなくちゃ。
「ノ──ッ」
「シッ」
そう思って声を上げようとしましたが、後ろから伸びてきたカーティスの大きな手で口を塞がれてしまいました。
ムッとしていまだ私を抱き寄せていたカーティスに文句を言おうと見上げると、お父様の前でさえ堂々としていたカーティスがどこか緊張している様子です。
どうでもいいですが、この人いつまで私を抱き寄せてるつもりでしょう?
いい加減、離して!
そう言おうとしてるのに、思いの外カーティスの腕は力強く、暴れようにもびくともしません。
というか、ずっと気にしないように気をつけていたんですが、薬師のくせにカーティスなんでこんなに体格いいんですか!
白いローブの上からでもやたらゴツゴツの筋肉が感じられちゃうんですが?
これはあれですか?
私の理性を試すゲームかなにかですか?
い、いやいやいや、私にお触りの欲望は絶対ないはず。
ええ、それがたとえうっとりするほどモロ好みの極太筋肉でも、上に付いてるのはカーティスのあのムッスリ顔です。
絶対こんなことでトキメいたりはしないのです!
筋肉と気の迷いに脳が侵されないうちに逃げ出そうと、口を覆う手を必死に引っ張っていると。
「おかしい。ノーラの気配がない」
「ん?」
カーティスが怪訝そうに呟きます。
それは少しおかしいわね。
こんな時間にノーラがお店にいなかったこと、今まで一度もなかったと思うんだけれど。
カーティスから漂ってくる緊張した空気と、変に静かな店内のせいで、不安が高まりノーラのことが心配になります。
さっきまであれほど抜け出そうとしていたくせに、このままカーティスの腕の中にいるほうが安心な気さえしてきました。
なのに、私がそんなことを思った次の瞬間、私を包み込んでいたカーティスの逞しすぎる腕がパッと離れていってしまいます。
「綺麗すぎる。足跡が一つもない」
今の今まで巻きついてた筋肉鎧が……じゃなくてカーティスの腕がなくなって、一気に心細く感じていると、店の入り口辺りを入念に確かめながらカーティスが独り言を呟きました。
「掃除してるからじゃないの?」
「お前らの掃除で店の床がここまで綺麗になったことあるのか?」
言われて見れば確かに、床だけがいつもより綺麗かも。
「ノーラの気配もないが、ほかの気配も感じない。一度下に降りるぞ」
床に気を取られていた間に歩み寄ったカーティスがそう言って、当たり前のように私の手を握って引っ張り始めます。
……抱きつかれるのも恥ずかしいけど、これはこれで恥ずかしいかも。
ノーラがいるときは、いつもカウンター越しに話しをしていたので、私は未だ一度もカウンターの向こう側に入ったことがありません。
なのに当たり前のようにカウンターの跳ね板を上げたカーティスは、私の手を引いてズカズカと中に入っていってしまいます。
細くて暗い通路を抜けると、案外広い居間になっていました。と言っても、三方向に向かって扉があるので、窓はありません。
板張りの床に、質素ながらも温かみのある木のテーブルと椅子、それに綿入りのクッションが置かれた椅子が二脚。
この部屋の家具はそれだけみたいです。
一人暮らしにはこれでじゅうぶんなのかしら。
手を引かれて入っちゃいましたが、人の家に勝手に入るのは気が引けて、申し訳ないなんて私が思ってるその矢先。
私の隣のカーティスがパチンッと一つ、指を鳴らしました。と!
たった今、部屋の真ん中に置かれていたテーブルと椅子がまとめて消えさり、扉も今私たちが入ってきた通路もすべて消えてしまいました。
代わりに、壁も床も天井も、全てツルツルに磨かれた石張りの、何もない部屋が出現してます。
光源も全くないのに、薄っすらと部屋全体が明るくて、なんだか平衡感覚が狂いそうです。
でも、その床には無数の傷が残って見えていて。
「こ、これって」
不穏な雰囲気に周りを見回す私を無視して、カーティスが部屋の中心あたりの床に手をかざします。
すると、今まで何もなかったツルツルの床から、見たこともない不思議な円陣がゆっくりと宙に浮かび上がってきました。
床上数センチのところに浮かぶその円陣は、まるでどこかの遊園地で見るレーザー照射のように半透明のピンク色に光っています。
これ、まるで昔映画で見た立体映像みたい……
こうしてみちゃうと、魔法ってほぼゲームや映画の効果と変わらないわよね。
部屋いっぱいに描かれているその円陣は、主に大小の円で形作られていて、その内側を分断する数本の線と、その隙間を埋めるように文字や記号が重なり合うようにして描かれてます。
ただ、その円陣の浮かぶ床のいたるところに、円陣を割くように傷が走っていて──
「これ大丈夫なの?」
「愚かな。物理的な攻撃で魔法円に傷一つつけられるとでも思ったのか」
思わず心配になって、カーティスを見上げましたが、別に姿が薄れるわけでも、崩れるわけでもないようです。
ジロジロと見すぎてしまったのか、気がついたカーティスが私を見下ろして、驚いたように口の端を釣り上げました。
「俺の心配をしてるのか?」
え、私今、カーティスを心配してた?
別にこの人が消えちゃって困ること、ないわよね?
もう婚約も終わったし、この家の権利も持ってる。
男爵位もお金もちゃんとあるし、ここで生きるだけなら困らないはず。
でも、なんだかこのままカーティスに消えられてしまうのは嫌みたい……。
「だ、だって、私の婚約破棄も自由な生活も、あなたが消えちゃったらまたどうなるか分からないでしょ?」
そ、そうよ。
婚約だけじゃなくて、せめて結婚もしておかないと、また他の人に嫁がされたり色々面倒そうで……
違う! そこじゃない、そうじゃなくて、
「それにノーラ、ノーラが心配なのよ。ノーラがいなくちゃお店がやっていけないもの」
カーティスが変なこというから、こんがらがっちゃったじゃない。
そうよ、カーティスよりノーラ。
ノーラが大事。
そう思うのに、なぜか頬が熱くなって、まだジロジロと私を見てるカーティスの視線が居心地悪くて、体ごと顔をそむけてしまいました。
「そういうことにしておこう」
なんか、喉の奥で笑われた気がするのは気のせい?
それがなんだか昨日の子猫を思い出させて、思わず頬が緩んでしまいそう。
あれ、そう言えば、結局昨日の子猫はどうしたんだっけ……?
「どうやら、現王の仕業のようだな」
確か枕まで連れてきて、それでお布団暖かくて、うっとり眺めてそれから?
私、もしかしてそのまま寝ちゃったんじゃ……!
え、待ってそれって私、カーティスを布団に連れ込んで寝たってこと!?
「よっぽど俺の血が欲しいのか、さもなければ──」
今更昨日の夜自分のやらかした事態を思い出して、私が一人焦ってるその横で、室内を歩き回っていたカーティスが再び私の側に戻ってきて、
「仕方ない。付き合ってもらうぞ」
そう言ってまたも私を抱き寄せました。
待って、これまた移動するの?
その度にいちいち抱き寄せる必要本当にあるの???
……と文句を言おうと思っていたのに、抱き寄せたカーティスの真剣な眼差しとバッチリ目が合ってしまい。
今までずっと冷たく感じてきたカーティスのアイスブルーの瞳に、思っていた以上に色々な感情が揺れて見えた気がして。
「待ってどこへいくの?」
なぜか文句が言いづらい雰囲気に負けてしまいました。
私は一体なにを気遣ったりしてるのでしょう……。
「王城だ。ノーラもそこにいるだろう。どうせすぐにお前の家にも呼び出しがいくだろうから面倒だから一緒にいくぞ」
王城。ってあの王城?
国王様がいらっしゃる、街の真ん中にそびえ立つあのお城?
スチールでも転生後のこの人生でも、学園の背景には見たことがあるけれど、一度として入ったことのない、あの王城?
『入る』なんて選択肢、可能性さえも考えたことなかったので、疑問と混乱で頭がいっぱいで──
「それともここで一人で震えてるか?」
──数秒思考停止してしまっていたみたいです。
すぐ横から響いた冷たい声にふり仰げば、カーティスがジッと観察するような眼差しで私を見ていました。
「もちろん私も行くわ」
何が起きているのかも分からずにここで一人で待つのはもちろん嫌です。
でもそれよりも、お父様のところに戻って王室から呼び出しなんて来ちゃったら、下手したら座敷牢にでも入れられて死んだことにされちゃいそう。
それは絶対にイヤだし、
「だってノーラをこのままにしておけないもの」
ノーラが捕まっているのなら助けにいかなくちゃ。
お店のこともあるけれど、それを抜いても、ノーラには今まで沢山お世話になってるもの。
こんなところで見捨てるなんて、もちろん出来ないわ。
やっと『お城ショック』から抜け出して、鈍い思考がちゃんと結論に至ったところで、カーティスがまだ私をジッと見ているのに気が付きました。
「なに?」
実験動物を見るような目で見られてるのは、あまり気持ちのいいものではありません。
思わず、少し棘のある声になってしまったのも仕方ないと思います。
なのにカーティスは全く気にした素振りもなく、ただ軽く肩を竦めてみせました。
「いや、戦う能力もないくせに、よくもまあそれだけ勢いよく言えるものだと思ってな」
「た、確かに戦力にはならないかもしれないけど、私だって頭くらいは使えるもの」
頭使っても役立たずだったらどうしましょう。
自分の学園での成績は決して威張れるものではありません。
言ってしまってから思い至って、慌てて先を続けました。
「それにお父様もはっきり同意してくれたし、あなたとの婚約も了承してもらえた今、この家の主は私なのよ。不法侵入なんて絶対に許しません」
なんだかおかしな理屈になってしまったけれど、少なくとも筋は通っていますよね?
いまいち自信がなくて、挙動不審になりそうで思わず顔をそむけます。
そっぽを向いてしまったので、うまく誤魔化せたのかはわかりません。
なんのリアクションもくれないカーティスに、ちょっと不安になり始めた頃、
「そうか。ならば参ろう」
突然、私の腰に回されていたカーティスの腕に力が入り、グイッと力強く引き寄せられました。
思わず見上げると、それまで感情の見えなかったカーティスの瞳がはっきりと楽しげに輝いていて。
……今ほんのちょっとだけ、心臓がトクンと言ったのは内緒です。
あらまあ、これはとっても便利。
まずはノーラにも報告しなくちゃ。
「ノ──ッ」
「シッ」
そう思って声を上げようとしましたが、後ろから伸びてきたカーティスの大きな手で口を塞がれてしまいました。
ムッとしていまだ私を抱き寄せていたカーティスに文句を言おうと見上げると、お父様の前でさえ堂々としていたカーティスがどこか緊張している様子です。
どうでもいいですが、この人いつまで私を抱き寄せてるつもりでしょう?
いい加減、離して!
そう言おうとしてるのに、思いの外カーティスの腕は力強く、暴れようにもびくともしません。
というか、ずっと気にしないように気をつけていたんですが、薬師のくせにカーティスなんでこんなに体格いいんですか!
白いローブの上からでもやたらゴツゴツの筋肉が感じられちゃうんですが?
これはあれですか?
私の理性を試すゲームかなにかですか?
い、いやいやいや、私にお触りの欲望は絶対ないはず。
ええ、それがたとえうっとりするほどモロ好みの極太筋肉でも、上に付いてるのはカーティスのあのムッスリ顔です。
絶対こんなことでトキメいたりはしないのです!
筋肉と気の迷いに脳が侵されないうちに逃げ出そうと、口を覆う手を必死に引っ張っていると。
「おかしい。ノーラの気配がない」
「ん?」
カーティスが怪訝そうに呟きます。
それは少しおかしいわね。
こんな時間にノーラがお店にいなかったこと、今まで一度もなかったと思うんだけれど。
カーティスから漂ってくる緊張した空気と、変に静かな店内のせいで、不安が高まりノーラのことが心配になります。
さっきまであれほど抜け出そうとしていたくせに、このままカーティスの腕の中にいるほうが安心な気さえしてきました。
なのに、私がそんなことを思った次の瞬間、私を包み込んでいたカーティスの逞しすぎる腕がパッと離れていってしまいます。
「綺麗すぎる。足跡が一つもない」
今の今まで巻きついてた筋肉鎧が……じゃなくてカーティスの腕がなくなって、一気に心細く感じていると、店の入り口辺りを入念に確かめながらカーティスが独り言を呟きました。
「掃除してるからじゃないの?」
「お前らの掃除で店の床がここまで綺麗になったことあるのか?」
言われて見れば確かに、床だけがいつもより綺麗かも。
「ノーラの気配もないが、ほかの気配も感じない。一度下に降りるぞ」
床に気を取られていた間に歩み寄ったカーティスがそう言って、当たり前のように私の手を握って引っ張り始めます。
……抱きつかれるのも恥ずかしいけど、これはこれで恥ずかしいかも。
ノーラがいるときは、いつもカウンター越しに話しをしていたので、私は未だ一度もカウンターの向こう側に入ったことがありません。
なのに当たり前のようにカウンターの跳ね板を上げたカーティスは、私の手を引いてズカズカと中に入っていってしまいます。
細くて暗い通路を抜けると、案外広い居間になっていました。と言っても、三方向に向かって扉があるので、窓はありません。
板張りの床に、質素ながらも温かみのある木のテーブルと椅子、それに綿入りのクッションが置かれた椅子が二脚。
この部屋の家具はそれだけみたいです。
一人暮らしにはこれでじゅうぶんなのかしら。
手を引かれて入っちゃいましたが、人の家に勝手に入るのは気が引けて、申し訳ないなんて私が思ってるその矢先。
私の隣のカーティスがパチンッと一つ、指を鳴らしました。と!
たった今、部屋の真ん中に置かれていたテーブルと椅子がまとめて消えさり、扉も今私たちが入ってきた通路もすべて消えてしまいました。
代わりに、壁も床も天井も、全てツルツルに磨かれた石張りの、何もない部屋が出現してます。
光源も全くないのに、薄っすらと部屋全体が明るくて、なんだか平衡感覚が狂いそうです。
でも、その床には無数の傷が残って見えていて。
「こ、これって」
不穏な雰囲気に周りを見回す私を無視して、カーティスが部屋の中心あたりの床に手をかざします。
すると、今まで何もなかったツルツルの床から、見たこともない不思議な円陣がゆっくりと宙に浮かび上がってきました。
床上数センチのところに浮かぶその円陣は、まるでどこかの遊園地で見るレーザー照射のように半透明のピンク色に光っています。
これ、まるで昔映画で見た立体映像みたい……
こうしてみちゃうと、魔法ってほぼゲームや映画の効果と変わらないわよね。
部屋いっぱいに描かれているその円陣は、主に大小の円で形作られていて、その内側を分断する数本の線と、その隙間を埋めるように文字や記号が重なり合うようにして描かれてます。
ただ、その円陣の浮かぶ床のいたるところに、円陣を割くように傷が走っていて──
「これ大丈夫なの?」
「愚かな。物理的な攻撃で魔法円に傷一つつけられるとでも思ったのか」
思わず心配になって、カーティスを見上げましたが、別に姿が薄れるわけでも、崩れるわけでもないようです。
ジロジロと見すぎてしまったのか、気がついたカーティスが私を見下ろして、驚いたように口の端を釣り上げました。
「俺の心配をしてるのか?」
え、私今、カーティスを心配してた?
別にこの人が消えちゃって困ること、ないわよね?
もう婚約も終わったし、この家の権利も持ってる。
男爵位もお金もちゃんとあるし、ここで生きるだけなら困らないはず。
でも、なんだかこのままカーティスに消えられてしまうのは嫌みたい……。
「だ、だって、私の婚約破棄も自由な生活も、あなたが消えちゃったらまたどうなるか分からないでしょ?」
そ、そうよ。
婚約だけじゃなくて、せめて結婚もしておかないと、また他の人に嫁がされたり色々面倒そうで……
違う! そこじゃない、そうじゃなくて、
「それにノーラ、ノーラが心配なのよ。ノーラがいなくちゃお店がやっていけないもの」
カーティスが変なこというから、こんがらがっちゃったじゃない。
そうよ、カーティスよりノーラ。
ノーラが大事。
そう思うのに、なぜか頬が熱くなって、まだジロジロと私を見てるカーティスの視線が居心地悪くて、体ごと顔をそむけてしまいました。
「そういうことにしておこう」
なんか、喉の奥で笑われた気がするのは気のせい?
それがなんだか昨日の子猫を思い出させて、思わず頬が緩んでしまいそう。
あれ、そう言えば、結局昨日の子猫はどうしたんだっけ……?
「どうやら、現王の仕業のようだな」
確か枕まで連れてきて、それでお布団暖かくて、うっとり眺めてそれから?
私、もしかしてそのまま寝ちゃったんじゃ……!
え、待ってそれって私、カーティスを布団に連れ込んで寝たってこと!?
「よっぽど俺の血が欲しいのか、さもなければ──」
今更昨日の夜自分のやらかした事態を思い出して、私が一人焦ってるその横で、室内を歩き回っていたカーティスが再び私の側に戻ってきて、
「仕方ない。付き合ってもらうぞ」
そう言ってまたも私を抱き寄せました。
待って、これまた移動するの?
その度にいちいち抱き寄せる必要本当にあるの???
……と文句を言おうと思っていたのに、抱き寄せたカーティスの真剣な眼差しとバッチリ目が合ってしまい。
今までずっと冷たく感じてきたカーティスのアイスブルーの瞳に、思っていた以上に色々な感情が揺れて見えた気がして。
「待ってどこへいくの?」
なぜか文句が言いづらい雰囲気に負けてしまいました。
私は一体なにを気遣ったりしてるのでしょう……。
「王城だ。ノーラもそこにいるだろう。どうせすぐにお前の家にも呼び出しがいくだろうから面倒だから一緒にいくぞ」
王城。ってあの王城?
国王様がいらっしゃる、街の真ん中にそびえ立つあのお城?
スチールでも転生後のこの人生でも、学園の背景には見たことがあるけれど、一度として入ったことのない、あの王城?
『入る』なんて選択肢、可能性さえも考えたことなかったので、疑問と混乱で頭がいっぱいで──
「それともここで一人で震えてるか?」
──数秒思考停止してしまっていたみたいです。
すぐ横から響いた冷たい声にふり仰げば、カーティスがジッと観察するような眼差しで私を見ていました。
「もちろん私も行くわ」
何が起きているのかも分からずにここで一人で待つのはもちろん嫌です。
でもそれよりも、お父様のところに戻って王室から呼び出しなんて来ちゃったら、下手したら座敷牢にでも入れられて死んだことにされちゃいそう。
それは絶対にイヤだし、
「だってノーラをこのままにしておけないもの」
ノーラが捕まっているのなら助けにいかなくちゃ。
お店のこともあるけれど、それを抜いても、ノーラには今まで沢山お世話になってるもの。
こんなところで見捨てるなんて、もちろん出来ないわ。
やっと『お城ショック』から抜け出して、鈍い思考がちゃんと結論に至ったところで、カーティスがまだ私をジッと見ているのに気が付きました。
「なに?」
実験動物を見るような目で見られてるのは、あまり気持ちのいいものではありません。
思わず、少し棘のある声になってしまったのも仕方ないと思います。
なのにカーティスは全く気にした素振りもなく、ただ軽く肩を竦めてみせました。
「いや、戦う能力もないくせに、よくもまあそれだけ勢いよく言えるものだと思ってな」
「た、確かに戦力にはならないかもしれないけど、私だって頭くらいは使えるもの」
頭使っても役立たずだったらどうしましょう。
自分の学園での成績は決して威張れるものではありません。
言ってしまってから思い至って、慌てて先を続けました。
「それにお父様もはっきり同意してくれたし、あなたとの婚約も了承してもらえた今、この家の主は私なのよ。不法侵入なんて絶対に許しません」
なんだかおかしな理屈になってしまったけれど、少なくとも筋は通っていますよね?
いまいち自信がなくて、挙動不審になりそうで思わず顔をそむけます。
そっぽを向いてしまったので、うまく誤魔化せたのかはわかりません。
なんのリアクションもくれないカーティスに、ちょっと不安になり始めた頃、
「そうか。ならば参ろう」
突然、私の腰に回されていたカーティスの腕に力が入り、グイッと力強く引き寄せられました。
思わず見上げると、それまで感情の見えなかったカーティスの瞳がはっきりと楽しげに輝いていて。
……今ほんのちょっとだけ、心臓がトクンと言ったのは内緒です。
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