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悪魔な旦那様と暮らしてます。

その6 竜王な旦那様3

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「エリー、準備はよろしいでしょうか?」

 扉の向こう側からアーノルドさんの声がかかる。私の最後のルージュの仕上げを終わらせたエリーさんは、もう一度私の仕上がりを満足そうに見てから声を返した。

「今アエリア様をお連れします」

 今、私たちは竜王城のちゃんとした一室を借りて準備中。竜王城ってお風呂しかないのかと思ってたよ。
 前回はアーロンが私を誰にも見せたがらなかったのと、私自身もまだ自分の立ち位置が全然定まらなくて間違っても婚約者としてなんてお披露目されたくなくて、あの温泉のある部屋以外どこにも出なかったし。
 これも地域の違いからなのか、エリーさんが整えてくれた正装はラフな物で、コルセットもなければ靴下もない。普段と同じ下着の上に着せてもらったのは、袖なしで背中が広く開いたロングドレス。一体なんの素材で出来ているのか全く予想もつかないキラキラ輝く白金の生地で、縫い目が全然見あたらない。しなやかでしっとりとした手触りのドレスは、着せてもらうと勝手に身体の線にぴったりフィットした。
 プロポーションの良い女性が着たら非常に魅力的になること間違いなしだけど、今の私じゃストーンと落ちてます感が強すぎて悲しい。
 その上になぜか黒のマントを掛けてる。ア-ロンから結婚指輪代わりに付けられた赤い首輪もそのままだ。ただありがたいことに、今回は少なくとも私以外には見えてない。

 そう言えば最近新しい魔法を覚えた。
 前回私が闇系の雪睡蓮に酔ってしまったことから、スチュワードさんが私が光系統の性質を持って生まれているはずだと指摘してくれた。早速その系統の特殊な魔術を色々試してみた所、出来るものがあったのだ!
 それがこれ。光の屈折を使って物の見え方を変える光魔法。これを使うとこの悪目立ちする首輪を見せなくすることが出来るのだ。
 まあ、魔力の無駄なのでめったに使わないけど、いくら何でもお披露目でこの首輪は隠しておきたい。初めてお会いする時からこんなもの付けてたら一体どんな変態かと思われそうで怖い。
 いや、アーロンはガチでこれ付けさせているんだからやっぱり変態だけどね。私は単なる被害者だから。

 そう言えば、この首輪についている二つのメリット。
 一つ目はアーロンがどこからでも私を探し出せる探索機能。
 そしてもう一つ、余剰な魔力を蓄えて魔晶石に変換できる、は最近取り出しても取り出しても使う機会がなくて辺境伯邸に貯まってしまってる。危ないので普段はアーロンの調合室に管理してもらってるんだけど、時々アーロンが使い込んでるらしい。ピピンさんが公用で必要な時に要求されると、今後の取引材料として提供してるみたい。まあ、私自身は使う予定も今の所ないし、いいんだけどね。

 エリーさんが扉を開けるとアーノルドさんと一緒にアーロンが入ってきた。
 二人とも私の格好を気に入ってくれたようで、顔が笑み崩れている。こんなストーンと落ちてます系の何がいいのか。
 そのまま二人に案内されるまま、後ろについて歩きだした。エリーさんも今日は正装で一緒について来てくれている。

「今日の所は謁見室で顔見せして、そのまま披露の宴に移るらしい」
「らしいって師匠、師匠が取り仕切ってないんですか?」
「俺がこんな面倒な事するわけないだろ」
「若!」

 どっかから変な声が聞こえて私はグルグルと周りを見回す。

「若! 若も正装にお着換えくださいとお願いいたしたはずですが? なぜまだ人間の服を着てらっしゃるんですか?!」

 近づいてきた声の主にびっくりした。だって、壁の飾りだと思ってたんだよ。ガチガチの真っ黒い肌のお爺さん。ピクリとも動かずに壁際にピシッと立ってたから石像か何かだと思い込んでた。背丈も小柄な私と比べてもまだ小さい。それなのに張り上げる声だけはやたら大きい。

「アーノルド、なんか幻聴が聞こえるぞ」
「アーロン様。分かってらっしゃるでしょう、それは幻聴ではございりません。ポートビル様、ちゃんとアーロン様に直接お小言を言われてはいかがですか?」

 私が石像だと思い込んでいたそれがガクガクとしながらこちらへ動き出す。

「今こっちは手が離せないんじゃ。アーノルド、お前が責任をもって若の着替えを終わらせろ。謁見の間にはもうすでに全員そろっている。急いで支度を終わらせろ」

 いや、やっぱり石像だった。間違ってなかった。

「邪魔だ、戻ってから抜けろ」

 迷惑そうにアーロンが言い捨てた。なんのことかと思えば石像がガクガクと元の場所に戻って動かなくなった。

「ここの石像ってみんなこんな風に動き回るんですか?」
「全部ではないがポートビルが使えるのが結構あるな」

 なんか夜中に動き出したら怖そうだ。

「アーロン様、急いでお着換えを準備しますからアーロン様も着替えてください」
「馬鹿らしい。このままで充分だ」
「そういうわけにはいかないようです。ポートビル様がああ言われているということは何かあるのでしょう」

 アーノルドさんの目くばせに気づいて私も言葉を掛けた。

「師匠、竜のお洋服、見てみたいです」
「……アエリアが見たいなら仕方ない」

 私のお願いは効果があったみたい。言葉とは裏腹に満更でもなさそうな顔のアーロンがアーノルドさんと一緒に転移して消えると、五分もせずに戻ってきた。

 えっと。これは正に悪の大将、竜王に相応しい出で立ちってやつだった。
 血のように真紅の薄いシャツ、真っ黒の革のパンツ、そしていつもの黒のローブよりまた一層長い黒のマント。金の鎖が前を繋いでる。

「アーロン、カッコイイ。」

 私のため息のような呟きにアーロンが気を良くして微笑んだ。ちょっと厨二病っぽいとか思ったことは秘密にしておいたほうが良さそうだ。
 アーロンが私に肘を突き出し腕を組むように促す。私はそれに飛びついて一緒に歩き出した。

 しばらく一緒に長い迷路のような廊下を歩いていくと、突然目の前に長い階段が現れた。

「これ上がるんですか?」

 私がうんざりしてそう言うとアーロンがニヤッと笑って私の手を引いて一歩足を階段にかける。
引かれるままに足を掛ければそこは階段の一番上だった。

「あの階段は竜族の者と一緒でないと上がれない」
「え? じゃあエリーさんは……」
「アーノルドが連れてくるから問題ない」

 あ、そっか。そう言っている間にもすぐに二人が後ろに現れた。

「アエリア様の姿が突然消えられてドッキリさせられましたわ」
「ここに立ち入れるのは竜族の許しがあったものだけだ。一人につき一人の竜族の者が一緒に向かわなければここに来る事は出来ない」
「厳しいのですわね」
「まあ、竜王城の中心でもあるからな」

 そう言って歩みを進めればすぐ眼前に大きな扉と一人の老人が現れた。

「こちらがアエリア様でしょうか。初めてお目にかかります、ポートビルと申します。ここで竜人族の取りまとめをしております」

 そう言って優美な礼を決めたのは長い白髪を後ろに撫で付けて束ね、グレーの執事服をピッチリと着込んだ壮年の男性だった。
 見た所歳の頃は40くらい?
 目元のシワが年齢を思わせるけど、実際どれくらいの歳なのかちょっと分からない。
 昔、私がメッシーさんと呼んで思い浮かべていたピピンさんの想像図に非常に近い。すぐにアーノルドさんが言葉を足してくれた。

「ポートビル様はこの地域に限らず、竜人族全体の長をされています。アーロン様がいらっしゃらない間、この城の管理は全てポートビル様の下に行われています」

 それって、実は凄くお偉い方ってことだよね?

「初めまして」

 私はマーガレット様直伝の優雅に見える挨拶をしてみせる。

「アエリア様は美しい所作をされますね。余程いい教育をお受けになられたようだ」

 自分のことより自分を躾けてくれたマーガレット様を褒められたのが嬉しくて、私はニッコリ微笑んでお返事した。

「はい、短い間でしたが大公弟夫人のマーガレット様に色々教わることができました」
「それに引き換え。若、少しは竜王らしい所作を心がけてくだされ」

 ポートビルさんが眉根を寄せる。
 え?
 師匠は結構綺麗な所作をすると思うけど…
 私が困惑して目を向ければアーロンがムスッとした顔で説明してくれた。

「ポートビルは俺に『竜王』らしくしろと言っているんだ。親父のように」
「え、それって……」
「我々はいつでも争いを引き受ける準備は出来ております。他の竜からの挑戦を受けて覇勢を伸ばされるがよろしい」
「馬鹿らしい」

 ああ、私のことじゃなかったのか。一瞬アーロンのお父様みたいに監禁することを望まれちゃってるのかと引いてしまってごめんなさい。
 ポートビルさんはしごく真剣に言ってるのに、アーロンはよっぽど聞き飽きてるのか相手にしないで扉に手をかける。

「若。アーロン様。御髪がまだです」

 なんのことかと思えばアーロンがギロリとポートビルさんを睨んで、それでもブルンっと身震い一つ、擬態を解いて美しい銀髪と銀の瞳に戻った。

「行くぞ」

 一言そう言ったアーロンは、私に肘を突き出し私たちの前のその巨大な扉を軽々と開いた。
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