白蛇さんの神隠し

こみあ

文字の大きさ
上 下
4 / 4

4 よっつ

しおりを挟む
 急に訪れたひと時の静寂に、ももはは恐る恐る身を起こした。

 自分を見下ろす男の目が怖い。
 結果的に自分はまだ生きている。
 だが、目前に立つのは、あの乱暴だった男たちを一瞬で葬り去った相手だ。できれば関わらないほうがいい気もする。

 そんなももはの気持ちなどお構いなしに、冷たい金の瞳は逸らされることなくじっとももはの顔を見つめていた。
 仕方なく、ももはもおずおずと見返す。

 あまりにも整いすぎたその顔は、いっそ冷たく恐ろしい。
 人間離れしたその容姿もそうだが、見たこともない真っ白な着物に真っ白な帯を締め、銀糸で龍の刺繍があしらわれた美しい羽織を肩に引っ掛けている。
 その肩と背を滑るように広がる滑らかな白髪は、ところどころ銀色に輝き、見たこともない美しい金の瞳の奥で瞳孔が縦に伸びているのが見て取れた。

 とても美しいが、見れば見るほど普通じゃない。

 じっと見上げていたももはの視線を遮るように、こんな凄惨な場所にそぐわぬ優美な仕草で扇を広げた男が、その口元を隠してももはに聞いた。

「小娘、この中に家族でもおったか?」

 ブンブンと首を振って否定するももは。
 ももはの反応に眉を寄せ、男が再度尋ねてくる。

「じゃあなぜ泣いている」

 そう指摘され、自分が泣いていることに気がついた。
 ちょっと考えて、ももはが返す。

「怖いから」
「何が怖いのだ」

 (何って、何だろう)

 あまりに色々ありすぎて、頭が回らない。

「全部」

 かろうじてそう返した途端、なにか張りつめていたものがプツリと切れた。

 本当にそうだ。
 すべてが怖い。
 自分がどこにいるのか、ここがどこなのか、何が起きているのか、何で沢山死んでるのか、死にそうになってるのか──

「なんで、なんで私がこんな目にあうの。もうやだ、帰る」

 帰る、そう口にはしたものの、帰り道なんてわかりはしない。
 それでももうボロボロの今のももはには、そんなことを気にするほどの心の余裕はなかった。

「帰り道がわかるのか?」

 案の定、男がももはに聞き返す。

「……わからない」

 口にしたくなかった事実を口にして、またボロボロと涙があふれだした。
 まるで子供のようなももはの返答に、やがて男が静かにため息をこぼす。
 そんな仕草さえも、美しい顔のせいでやけに優雅に見えた。

「こちらへおいで」

 まだ地面に座ったままのももはに、男はただ静かにそう告げた。
 手を貸してくれるわけでもなければ、同情しているようにも見えない。
 かといって、危害を加えるつもりもなさそうだ。

 ももははももはで、今は自分のことで手いっぱいだった。
 自分の姿を見下ろせば、見るも無残なことになっている。
 引き破かれて下着が露出したシャツをかき寄せるが、ボタンが飛んでいて止められない。スカートはところどころ割けて、どこもかしこも血と泥にまみれて汚れていた。
 自分の手にも、乾いた血がこびりついている。

 またも恐怖で手が震えだした。

 だがそんなももはを男はまだ静かに見下ろしている。
 急かすことなく、かといって対して興味もなさそうな目で、ただじっと見ているだけだ。
 なぜかそれがももはの心を落ち着かせてくれた。

 落ち着いてよく考えれば、見た目は血だらけで酷いありさまだが、どうやら痛いところはほとんどないようだ。

 さっき転んだときに擦りむいた手の甲と尻もちをついたお尻くらい。
 
 血に濡れた手をボロボロのスカートの裾で拭いてみる。
 水がないと全部は落とせそうにない。
 少し綺麗になった甲で頬の涙を拭うと、やっとのことで立ち上がる気力が湧いてきた。
 のっそりと立ち上がり、男の前へと歩みでる。

 男は並ぶとももはよりも頭一つほど背が高い。
 少し見上げるようにして前に立てば、男は無言で羽織を脱いで、ももはの肩にふわりとかけた。

「お前、名は?」

 決してやさしくも、冷たくもない声で男が尋ねる。
 邪心もないが、自分への興味心も感じられない。
 それが今は心地よい。

 ほんの少し緊張が解け、ももはは自分の名を告げようとして──

「ももは。私は、……あれ?」

 ──フルネームを言おうとして、はたと口が止まる。

 私の名字……なんだった?

 そんな当たり前のことを思い出せないことが、ももはをよりひどいパニックへと追いやっていく。

 なんで、何が起きてるの?

 不安と恐怖がぶり返し、またも顔がゆがんで涙が頬を伝う。

「どうした?」
「名字、私、自分の名字を思い出せない」

 目前の男への畏怖よりも、自分がそんな当たり前のことを思い出せないことへの恐怖がももはの中で勝った。
 思わずポロリとこぼすももはの言葉を拾って、男が目をすがめてももはを見る。

「名字とな。やはりお前は武家か公家の娘か」
「え?」

 男の喋り方がおかしいのか、ももはには言っている意味が分からない。
 男は男で首をかしげてももはに問い直す。

「姓があるのだろう。ならばあの村の姫か?」
「姫ってそんな。私そんな美人じゃないし」
「またわからぬことを」

 どうにも二人の話がかみ合わない。

「小娘、ではお前の親はどこにおる」

 そう尋ねられ、答えようとして再び頭が真っ白になった。

「うちの親……まって、お母さんとお父さんの顔、思い出せない」

 思わず叫び出しそうになりながらも、ももはは懸命に自分の記憶を辿っていく。

 自分にはちゃんと母と父がいることは間違いない。
 それは思い出せる。
 なのに、その顔や名前を辿ろうとすると、まるで記憶に靄がかかったように思い出せないのだ。

 ももはが自分の記憶と悪戦苦闘する一方、男は男でももはのあやふやな答えを自分なりに解釈したようだ。
 扇の向こう側でため息をついたのち、不愛想につぶやく。

「親もなく、帰り道もわからぬと」

 正確には少し違うのだが、今のももはにそれをいちいち訂正する気力もない。
 震える体を抱きしめながら、男を見上げ答えた。

「そうみたい」
「よかろう。大人しくしておいで」

 覚束ないももはの返事を聞いた男は、全て悟ったという顔で一つ頷くと、すっと手を伸ばしてももを引き寄せる。
 ももはが驚いて声をあげる間もなく、手に持っていた扇でももはの顔を覆った。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

デリバリー・デイジー

SoftCareer
キャラ文芸
ワケ有りデリヘル嬢デイジーさんの奮闘記。 これを読むと君もデリヘルに行きたくなるかも。いや、行くんじゃなくて呼ぶんだったわ……あっ、本作品はR-15ですが、デリヘル嬢は18歳にならないと呼んじゃだめだからね。 ※もちろん、内容は百%フィクションですよ!

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

AV研は今日もハレンチ

楠富 つかさ
キャラ文芸
あなたが好きなAVはAudioVisual? それともAdultVideo? AV研はオーディオヴィジュアル研究会の略称で、音楽や動画などメディア媒体の歴史を研究する集まり……というのは建前で、実はとんでもないものを研究していて―― 薄暗い過去をちょっとショッキングなピンクで塗りつぶしていくネジの足りない群像劇、ここに開演!!

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

処理中です...