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3 みっつ
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「おいお前ら、とどめを忘れんなよ。死んだふりしてるやつに後でうしろから刺されんのはごめんだからな」
「分かってるって」
「やってるやってる」
しばらくすると、目をつむり、必死で死んだふりを続けるももはの耳に幾人もの男の声が届きはじめた。
ももはがその会話の意味を理解するよりも早く、一瞬の間をおいて──
ズヌブッ……
──なんとも形容しがたい、不快な音がももはの耳に響いた。
途端、背筋が凍りつき、全身にどっと冷や汗が浮き上がる。
なにが行われているのか理解し、体が震え、叫びそうになるのを、両手を冷たくなるまで握りしめてなんとかこらえた。
だがその音は熊笹をかき分ける足音に混じってあちこちで繰り返されている。
その音を聞くたびに、ももはの鳩尾がキュッと締めつけられた。
どうかここに来ませんように。
目をつむり、そう強く祈るももはの願いもむなしく、そのうちの一つが徐々にももはの横たわる場所へと近づいてくる。
「あーめんどくせえ。どうせ放っておいてもくたばるだろうに」
突然、すぐ頭上で響いた野太い声に、ももはがぎょっとして薄目を開く。
その狭い視界の脇を、冷たい鈍色の刃が一直線に横切った。
そしてももはのすぐ隣り、さっきももはが躓いた男の体に、ブスリと刀の切っ先が突き刺さる。
「ヒッ」
あまりにも突然に、あまりにも当然のように行われたその凶行に、ももはは思わず小さな悲鳴を上げてしまった。
だがそれはありがたいことに男の耳には届かなかったようだ。
すでに事切れていたはずの隣の体は、それでもビクリとひと震えして、抜いた刀の下、ぼこりと赤黒い血液が吹きこぼれる様子が目の端に映る。
「あーまだ少し息があったか。もうひとつ」
だるそうに文句を口にしつつ、男が無感情に再度ブスリと切っ先を突き刺す。
今度こそ動かないことを確認したその男は、ゆっくりとこちらへ歩みをすすめ、ももはの頭上で鍔を鳴らして刀を引き上げ──
「ご、ごめんなさい! 生きてます、私、生きてます、おおお、お願いだから殺さないで!!」
振りあげられた刀に、ももはは思わず叫び声を上げていた。
男は起き上がったももはの様子をみて、小首をかしげ、そしてなんとも嫌な笑みを浮かべて声を上げる。
「おーい、こっちこいや。女がおるぞ」
「なに、ホントか」
ざわざわと熊笹を割る音に続いて、数人の男たちが集まってきた。
「なんだ、やけに小綺麗な娘だな」
「姫さんかなにかか」
ももはを囲うようにしゃがんだ男たちは、怯えるももはを値踏みするように見下ろして、好き勝手に話しをすすめる。
「どーでもいいだろ、どうせ始末すんだ」
「いやぁ、こんだけ上等なら売れるんじゃねぇか」
「ばーか、そんなことしたらこっちが危ねぇ」
「里の連中は残らず始末すんのが俺らの役目だろ」
ももはにはわからないことを言い合う男たちは、これまた汚らしい着物と鎧兜をつけていた。
隣りに転がる死体とはまた作りが違うようだ。
そしてまた、なんとも我慢しきれぬほどに臭かった。男たちが動くたび、鼻が曲がりそうな悪臭が周囲に振りまかれる。
鼻をつまみたい衝動に駆られるも、それをぐっと我慢して、震える声でももはは恐る恐る話しに割って入った。
「お、おねがい、誰にも言わないから、なんにも見なかったから、こ、殺さないで」
「悪いな」
流石にバツが悪いのか、一瞬一人が顔をしかめる。が、そのすぐ隣の男は逆に顔を紅潮させてももはの上に覆いかぶさってきた。
「い、いや、ヤダ」
叫ぶももはの体を、男たちはやすやすと組敷いていく。
「おい、お前腕掴んでろ」
「何言ってやがる、俺が見つけたんだから俺が一番だ」
「いい加減にしろ、こっちはひと月ぶりの女なんだ、とっとと回せ」
ももはの手足をそれぞれ掴みつつ、男たちが順番を争い始めた。
無論ももはは抵抗するが、男たちの手は大きく強い。しかもどれも薄汚れていて悪臭が酷く、息をつくのすら辛い。
「い、いや、ヤダ、臭い、汚い、触らないで」
暴れながら叫ぶももはの言葉に、男たちがふと動きを止めた。
「なんだ、この女。俺たちが汚いってか」
さっき顔をしかめた男が他の男たちを押しのけ、ずいっと近づいてきて、ももはの顔に吐き捨てるように言う。
そしてももはの頬を両脇から指で掴み、その顔を吐息がかかるほど近づけ、仄暗い瞳でももはを嘲った。
「安心しろ、もうすぐ腹カッさばいて腹わた引きずり出してやる。腐った臓物は臭いぞぉ。二日も放置すりゃ俺たちよりよっぽど臭くなる」
それを聞いた男たちが、その男のすぐ後ろで下卑た笑い声をあげ、囃したてる。
「臓物撒き散らして死ぬのは苦しいぞ」
「ああ、ありゃすぐには死ねないからな」
続けてももはの目前の男が残酷な言葉を当たり前のように告げた。
「それが嫌なら大人しくしてろ。しっかり俺たちの相手ができたら、ひと突きで楽にしてやる」
この人たちは、どのみち私を殺すんだ。
当たり前のように、犯して殺すんだ。
ももはには、まだその事実しか受け入れきれなかった。だから叫ぶ。
「いや、やめて、誰か、誰か助けて」
そしてそれは男たちの劣情を煽り、ももはの服に複数の手が伸びた。
「なんだこの衣は。見たことないぞ」
「構わねぇ、破っちまえ」
引き裂かれる服と抑え込む腕と。
どちらに抗えばいいか考える間もなく服が破かれていく。
── 神様、助けて!
切羽つまり、ももはが思わず祈った。
それは単なる窮地で誰もがついしてしまう神頼みだった。
だがその時。
耳をつんざくような雷鳴と、鋭いつむじ風がその場を支配した。
「ワシの庭で殺生をしたのはお前たちか」
まさに、神罰さながらの光景に、すでに限界まで追い詰められていたももはの脳が機能を停止する。
目前では、まるでスローモーションのように、つむじ風に吹き飛ばされ、切り刻まれた男たちの体が切れぎれにももはの周囲に散らばった。
あまりにも突然で、一瞬での出来事に、誰一人悲鳴さえあげられない。
そのせいか、地面に押さえつけられていたももはは、その肉片よりも、飛び散った赤い液体が旋風に乗って渦を巻いて吹き上がる様子にただ魅入っていた。
それは凄惨で、静かで、そして美しい光景だった。
すべては一瞬の出来事で、それでもそれは永遠のように長く感じられ……。
ももはは身動きもできず、ただ呆然と空を見上げていた。
「全く。穢を持ち込みおって。これだけ弑た以上、文句はあるまい」
すっかり日の落ちた森の中。
滔々と静かな男の声が響く。
ぽっかりと開いた梢の真ん中に、青みを帯びた丸い大きな月が浮かんでいる。
その横に、たった今ももはを取り囲んでいた男たちを一瞬で屠った男のやけに美しい顔と、風に揺れる細く長い白銀の髪が、月の光を浴びてキラキラと輝いていた。
「分かってるって」
「やってるやってる」
しばらくすると、目をつむり、必死で死んだふりを続けるももはの耳に幾人もの男の声が届きはじめた。
ももはがその会話の意味を理解するよりも早く、一瞬の間をおいて──
ズヌブッ……
──なんとも形容しがたい、不快な音がももはの耳に響いた。
途端、背筋が凍りつき、全身にどっと冷や汗が浮き上がる。
なにが行われているのか理解し、体が震え、叫びそうになるのを、両手を冷たくなるまで握りしめてなんとかこらえた。
だがその音は熊笹をかき分ける足音に混じってあちこちで繰り返されている。
その音を聞くたびに、ももはの鳩尾がキュッと締めつけられた。
どうかここに来ませんように。
目をつむり、そう強く祈るももはの願いもむなしく、そのうちの一つが徐々にももはの横たわる場所へと近づいてくる。
「あーめんどくせえ。どうせ放っておいてもくたばるだろうに」
突然、すぐ頭上で響いた野太い声に、ももはがぎょっとして薄目を開く。
その狭い視界の脇を、冷たい鈍色の刃が一直線に横切った。
そしてももはのすぐ隣り、さっきももはが躓いた男の体に、ブスリと刀の切っ先が突き刺さる。
「ヒッ」
あまりにも突然に、あまりにも当然のように行われたその凶行に、ももはは思わず小さな悲鳴を上げてしまった。
だがそれはありがたいことに男の耳には届かなかったようだ。
すでに事切れていたはずの隣の体は、それでもビクリとひと震えして、抜いた刀の下、ぼこりと赤黒い血液が吹きこぼれる様子が目の端に映る。
「あーまだ少し息があったか。もうひとつ」
だるそうに文句を口にしつつ、男が無感情に再度ブスリと切っ先を突き刺す。
今度こそ動かないことを確認したその男は、ゆっくりとこちらへ歩みをすすめ、ももはの頭上で鍔を鳴らして刀を引き上げ──
「ご、ごめんなさい! 生きてます、私、生きてます、おおお、お願いだから殺さないで!!」
振りあげられた刀に、ももはは思わず叫び声を上げていた。
男は起き上がったももはの様子をみて、小首をかしげ、そしてなんとも嫌な笑みを浮かべて声を上げる。
「おーい、こっちこいや。女がおるぞ」
「なに、ホントか」
ざわざわと熊笹を割る音に続いて、数人の男たちが集まってきた。
「なんだ、やけに小綺麗な娘だな」
「姫さんかなにかか」
ももはを囲うようにしゃがんだ男たちは、怯えるももはを値踏みするように見下ろして、好き勝手に話しをすすめる。
「どーでもいいだろ、どうせ始末すんだ」
「いやぁ、こんだけ上等なら売れるんじゃねぇか」
「ばーか、そんなことしたらこっちが危ねぇ」
「里の連中は残らず始末すんのが俺らの役目だろ」
ももはにはわからないことを言い合う男たちは、これまた汚らしい着物と鎧兜をつけていた。
隣りに転がる死体とはまた作りが違うようだ。
そしてまた、なんとも我慢しきれぬほどに臭かった。男たちが動くたび、鼻が曲がりそうな悪臭が周囲に振りまかれる。
鼻をつまみたい衝動に駆られるも、それをぐっと我慢して、震える声でももはは恐る恐る話しに割って入った。
「お、おねがい、誰にも言わないから、なんにも見なかったから、こ、殺さないで」
「悪いな」
流石にバツが悪いのか、一瞬一人が顔をしかめる。が、そのすぐ隣の男は逆に顔を紅潮させてももはの上に覆いかぶさってきた。
「い、いや、ヤダ」
叫ぶももはの体を、男たちはやすやすと組敷いていく。
「おい、お前腕掴んでろ」
「何言ってやがる、俺が見つけたんだから俺が一番だ」
「いい加減にしろ、こっちはひと月ぶりの女なんだ、とっとと回せ」
ももはの手足をそれぞれ掴みつつ、男たちが順番を争い始めた。
無論ももはは抵抗するが、男たちの手は大きく強い。しかもどれも薄汚れていて悪臭が酷く、息をつくのすら辛い。
「い、いや、ヤダ、臭い、汚い、触らないで」
暴れながら叫ぶももはの言葉に、男たちがふと動きを止めた。
「なんだ、この女。俺たちが汚いってか」
さっき顔をしかめた男が他の男たちを押しのけ、ずいっと近づいてきて、ももはの顔に吐き捨てるように言う。
そしてももはの頬を両脇から指で掴み、その顔を吐息がかかるほど近づけ、仄暗い瞳でももはを嘲った。
「安心しろ、もうすぐ腹カッさばいて腹わた引きずり出してやる。腐った臓物は臭いぞぉ。二日も放置すりゃ俺たちよりよっぽど臭くなる」
それを聞いた男たちが、その男のすぐ後ろで下卑た笑い声をあげ、囃したてる。
「臓物撒き散らして死ぬのは苦しいぞ」
「ああ、ありゃすぐには死ねないからな」
続けてももはの目前の男が残酷な言葉を当たり前のように告げた。
「それが嫌なら大人しくしてろ。しっかり俺たちの相手ができたら、ひと突きで楽にしてやる」
この人たちは、どのみち私を殺すんだ。
当たり前のように、犯して殺すんだ。
ももはには、まだその事実しか受け入れきれなかった。だから叫ぶ。
「いや、やめて、誰か、誰か助けて」
そしてそれは男たちの劣情を煽り、ももはの服に複数の手が伸びた。
「なんだこの衣は。見たことないぞ」
「構わねぇ、破っちまえ」
引き裂かれる服と抑え込む腕と。
どちらに抗えばいいか考える間もなく服が破かれていく。
── 神様、助けて!
切羽つまり、ももはが思わず祈った。
それは単なる窮地で誰もがついしてしまう神頼みだった。
だがその時。
耳をつんざくような雷鳴と、鋭いつむじ風がその場を支配した。
「ワシの庭で殺生をしたのはお前たちか」
まさに、神罰さながらの光景に、すでに限界まで追い詰められていたももはの脳が機能を停止する。
目前では、まるでスローモーションのように、つむじ風に吹き飛ばされ、切り刻まれた男たちの体が切れぎれにももはの周囲に散らばった。
あまりにも突然で、一瞬での出来事に、誰一人悲鳴さえあげられない。
そのせいか、地面に押さえつけられていたももはは、その肉片よりも、飛び散った赤い液体が旋風に乗って渦を巻いて吹き上がる様子にただ魅入っていた。
それは凄惨で、静かで、そして美しい光景だった。
すべては一瞬の出来事で、それでもそれは永遠のように長く感じられ……。
ももはは身動きもできず、ただ呆然と空を見上げていた。
「全く。穢を持ち込みおって。これだけ弑た以上、文句はあるまい」
すっかり日の落ちた森の中。
滔々と静かな男の声が響く。
ぽっかりと開いた梢の真ん中に、青みを帯びた丸い大きな月が浮かんでいる。
その横に、たった今ももはを取り囲んでいた男たちを一瞬で屠った男のやけに美しい顔と、風に揺れる細く長い白銀の髪が、月の光を浴びてキラキラと輝いていた。
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