最後に望むのは君の心だけ

こみあ

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第五章 道 - My way -

エピローグ:俺が最後に望んだもの(カラム視点)☆

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注:カラムの拷問の辺りで一部残酷な表現が含まれます。

────────────


「頼むからもうしばらくはこのままにしてくれ」
「……分かった。だが、約束は忘れるなよ。2週間が限度だ」

 第一近衛兵副隊長という表向きの肩書を使って堂々と俺のところまで顔を出したマークが厳しい声で俺に告げた最終期限にため息がこぼれる。
 4年かかって何にも出来てないのに、たった2週間で一体何ができるんだよ。

「邪魔したんじゃないか?」

 そう言ってマークと入れ替わりに入ってきたラスの姿に顔が緩む。
 夢じゃなかった……
 ラスが自分から俺の元に来てくれた。
 この4年、あれだけ俺が毎日のように会いに行っても何も気づいてくれなかったラスが、昨日初めて俺の気持ちに気づいてくれた。もうそれだけでも、生き残ったかいがあった。

 今回の一件では死神の足元まで追い込まれたが、同時にそれがなければこんなふうにラスと一緒にいることも出来なかっただろうと思うとかなり複雑だ。
 それもこれも、すべてはいつも通りの王子さんの軽い頼みで始まった。

「カラム、あのジェームズ卿ちょっといい加減うるさくなってきたな」

 マークの言うジェームズ卿は現王妃の従妹にあたり、爵位はたかだか子爵でありながら王宮内での扱いは王族に次ぐものになっていた。そのでっぷりとした巨体を震わせて王宮内にまで入り込み、まるで自分の家のように好き勝手に歩きまわって余計な文句ばかり付けていく。
 最近では継承の決定してる第一王子をおいて平然と第三王子を継嗣へと王妃に上申してはばからない、かなり厄介な人物だった。

「取り合えず、なんか探してきてくれよ。カラムそういうの得意だろ?」

 目を細め、いつもの無茶ぶりを俺に振る王子さんの要請で仕方なくジェームズ卿を大人しくさせる材料をと探し始めたのが去年だったか?
 ジェームズ卿の行きつけを探り出すのに王都中の主だった娼館は全て渡り歩いて数か月。そこで娘たちに心を開かせるのにまたしばらく時間を費やして、やっといいネタを仕入れることができたのが一ヶ月ほど前だった。
 とある娼館の物寂し気な娘が語ってくれたことによれば、ジェームズ卿は貧民街で年端のいかない娘を攫ってきては薬で意識を飛ばして監禁してるらしい。彼女たちに醜悪な悪戯を繰り返し、飽きると金を渡して娼館に引き取らせるのだそうだ。娘たちも元々食べるのにも苦労する生活をしてきたから、一旦衣食住を賄ってもらえる生活を覚えると簡単には抜け出せなくなる。結局は皆、娼館で泣き寝入りするのだそうだ。
 それでも娘たちのジェームズ卿への恨みは深く、一度心を開いてくれた娘たちは喜んで俺の証拠集めにも協力してくれた。

 そして2週間前、やっとジェームズ卿の隠れ家を見つけ出した俺は、娘たちを警らに保護させ充分な証拠を用意して、まずは軽く釘を刺してやろうと第三王子とジェームズ卿のいる王宮の西に数回足を運んだんだが。
 結局どちらとも面会は出来ず、仕方なく表立った手を整え始めたその矢先、騎士団の職務中に堂々とやってきた第三王子の近衛兵にその場で拘束された。罪状は第三王子の暗殺未遂。いつの間にやら俺が第三王子の命を付け狙う刺客だという証拠をねつ造されちまってた。王家への反逆で公然と罪を問われては団長も団員もすぐには手の出しようもない。
 そのまま王子さんに連絡をとる手だてもなく監禁された俺は、どうやっても証拠の隠し場所を探り出そうとするジェームズ卿の腰巾着にかなりねっとりと拷問された。どうやらジェームズ卿の下衆な趣味を共有していたらしく、小男は執拗に自分で拷問する事に固執した。やたら切り刻むだけ切り刻んでたのは間違いなくあいつの趣味だろう。それに比べジェームズ卿はあっさりしたもので、俺が口を割る様子がない事を見てとると、すぐに処刑を決定した。
 幸い、公の場で拘束してくれたお陰で黒服の執行人が召喚され、正式な「最後の願い」を申し出ることを許された俺は、すぐに答えられなかった。
 通常、ここで死刑囚は希望の王族に恩赦を願い出ることが出来るのだが、大概は却下されて終わるのが落ちだ。だが俺の場合、第一王子に恩赦を願い出れば受け入れられる可能性は充分あった。

 だけど、正直俺はこの時かなり投げやりな気分だった。
 3歳で叔父に目をつけられ、5歳で軍人の英才教育シゴキに合わされ、新兵から戦場に送られてこの年まで戦場と政治、そして謀(はかりごと)が俺の人生の全てだった。
 それでも生来、戦うこと自体は嫌いじゃない俺は、別にそれに逆らうこともなく与えられた立場と要求をこなしてた。要求は俺にとってさして難しいものではなかったし、特にそれに逆らうほど興味のある事も他になかった。そして兵士にもかかわらず貴族付き合いのお陰で振る舞いが少しばかりいい俺は、どこに行ってもよくモテた。
 だから適当に要求をこなせば楽に暮らせる自分の人生にも、正直俺は興味を持っていなかった。
 だけどそんな俺の人生は、近衛隊に入隊するまでの腰かけのつもりで騎士団に入隊して180度変わっちまった。
 最初にラスを知ったきっかけは叔父の言付けだった。

『今年初めての女性騎士が王宮騎士団に入るから様子を見るように』

 嫁候補として目をつけておけ、というつもりで言っていたのだろう。
 うまい具合に同じ訓練班になった俺は、初めのうちは言いつけ通り近すぎず遠くならない距離で彼女を観察していた。
 技量はまあ申し分なかった。団員内で普通に比較して上位に入る。充分将来自分の部下に欲しいと思う程度には有能だった。
 これなら将来嫁にもらっても悪くないか。
 『あの日』まで、俺はラスのことをその程度にしか考えていなかった。

 『あの日』俺が王子さんの呼び出しでチョロッと抜けてる間にラスがしっかりトラブルに巻き込まれていた。というか、まあ、確かに本人が問題を起こしていた。
 鉄剣の扱いで文句を言いに来た他の班の連中が、その状況の熱に浮かされてマズい顔つきになってるのにも気づかずに意地を張ったらしい。
 自業自得としか言えない愚かな行為だが、初の女性騎士という事で気を張ってるのだろう、そう考えて助け船を出してやることにした。

 なのに、俺が他の奴らを追い払ってやってもラスは俺に礼の一つも言わない。
 俺がいつもの『魅力的』な笑みで手を差しのべているのに、こちらも見ずに自分で立ち上がって作業に戻っていく。
 その態度が気に障って、つい、言わなくてもいい諫言が口を突いて出た。

「自分の背丈に合わない相手を敵に回すな。せめて助けを呼べよ」

 ああ、余計なこと言っちまった。何女の子相手に本気でこんなこと言ってんだ俺。
 どうせヒスを起こすかこのまま無視されるだろう、と諦めた俺がその場を立ち去ろうとすると。
 それまで無言で俺を無視して作業をしていたラスが、ピタリと手を止めた。
 その瞬間、俺はラスの手が震えてることに気づいてしまった。

「私は自分の性別のせいで不利益が生じる事には慣れている。だが、自分の未熟さのせいで周りに迷惑が行くのは我慢ならない。ただそれだけだ。礼は言わない」

 ラスは手元を見つめるように俯むいたまま、だけどシンと良く通るハスキーな声でしっかりとそう言いきった。
 手を震わせつつも、決して自分の信念を曲げようとしないその愚かでそして真っすぐな姿に、俺は一瞬で恋に落ちちまった。
 ラスはこんな所にいるにもかかわらず、俺がそれまで一度も見たことのない、どこまでも真っすぐな純真さとそして危ういほどの高潔さを兼ねそなえてた。

 それからというもの。俺は同じ騎士団、同じ宿舎にいるという機会にあかせて散々ラスに声をかけては何とか一緒に連れ出そうと試みたのだが。
 いい意味でも悪い意味でも、ラスは死ぬほど堅物だった。
 冗談は通じないし、機嫌も取れない。ごく普通に当たり前のように俺を単なる同僚として扱う。いや、同僚以下だな、手のかかる弟ってところか?

 言いたくないがこれでも俺は花街ではちょっとは名の知れた存在だ。女に不自由はしなかったし軽い付き合いにも女性を口説くのにも慣れてるつもりだった。
 なのに、ラスとの関係はどうやっても進展しない。腰掛けだけのつもりの騎士団にラスの尻を追いかけて4年も居座っちまってる。
 王子さんからはいい加減、近衛に来いとうるさく言われ、ラスの周りのハエを追い払ってるだけなのに団長にも迷惑そうにとっとと出てけとせっつかれ。そろそろ引き伸ばすのも限界だってのにラスは一向に俺に振り向いてくれない。それどころかどうもラスは俺の誘いを冗談としか思っていないようだった。

 その理由に思い当たる部分がないわけじゃない。
 まず俺自身、女性とのお付き合いはいつも相手が先に寄ってくるから自分から申し込んだことはなかった。しかも常時複数を相手にしてたので、真剣なお付き合いはお断りしてた。
 それでも最初のうちは俺なりに普通の申し込みをしてたと思う。街に飲みに行こうだの、明日暇ならデートしないかだの。だけど、お堅く真面目なラスは、それを全て「無駄な金は使わない」の一言で片づけやがった。
 ラスの他の連中への対応を見てりゃ、変な手出しは嫌われるのが分かってたし、かといって恋だの愛だの口にすれば、完全に冗談だと思われちまう。結局は周りの連中を蹴散らしながら、纏わりつけるだけ纏わりついてるので精いっぱいだった。最近じゃ王子さんのせいで誘う場所も娼館だ、これじゃ真面目に受け取ってもらえないのも仕方ない。
 考えたくもないが、今まで女性と真剣に付き合ってこなかったツケがまわってきたとしか言いようがない。

 牢に繋がれ、最後の願いを問われても、俺には簡単には決心がつかなかった。
 ここで恩赦を受ければもう近衛行きを断れない。そうしたら俺にはもうラスとの繋がりを守るすべはなくなるだろう。どちらにしろもう、諦めるしかないのだろうか。
 俺は、本当に、自分の人生にすっかり疲れ果てていた。

 牢獄で拷問を繰り返されるたび、俺の脳裏にはラスの姿が浮かんだ。
 そして何度も肌を切り裂かれ、痛みと出血で朦朧とする頭で考える。
 ああ、俺はこのままあいつに、ある日行方不明になった品行不良なただの同僚と思われて終わるのか。
 死ぬほどやるせなかった。
 痛みに耐えながら、何度ラスを抱く白昼夢を見たか分からない。いっそ無理やりにでも手に入れておけばよかった。忘れられない程強く抱いちまえばよかった。
 黒服の執行人が再び最後の願いを俺に尋ねた時、ラスに合わせろ、そう答えちまったのはそんな想像とも妄想ともつかぬ思いが頭にあったからだった。


「じゃあ、俺が例えば抜いてくれって言ったらラス、お前本当に出来るのか?」

 誰の差し金か知らないが、ラスは来た。
 ボロボロになった情けない俺の姿を呆然と見つめるラスに俺は泣きたくなる思いだった。口では冷たいことを言いながらもあの日同様にラスの手が震えてる。
 そこで自分のしでかしたことの罪深さに気づいてしまった。夢と現実をごっちゃにしちまった俺の出来心のせいで、こいつは一生忘れられない枷を負っちまう。同僚の最後に呼び出され、何も出来なかったという負い目だ。
 だから俺はラスを怒らせて、なるべくラスが気兼ねなく牢を後に出来るように、そう思ってこんな馬鹿なことを言ったはずだった。
 まさか。
 まさか本気でラスがそれを受けるなんて。
 最悪な事に生のラスの姿を見ただけで俺の下半身は完全に勃起しちまってた。もうすぐ死を迎える、そう思っていたのもマズかった。
 そしてラスに下半身を曝け出された瞬間。見られる屈辱以上に見せる欲望のほうが俺の中で勝っちまった。

 ラスの手はひんやりとして、柔らかかった。軍人の手だ、決してなめらかとは言えない。だけどそれでも男の手とは確実に何かが違う。
 触られるたびに頭の天辺まで快感が貫いていった。擦られるとそれだけで腰が砕けるかと思った。
 だが、ラスの舌が俺の亀頭を舐めまわした瞬間。俺は天国を見た気がした。
 ほんの少しざらつきのあるラスの舌が俺の肉を擦る感触があまりに艶めかしすぎて眩暈がした。
 だけどラスはそこで止まらず、そのまま俺の肉茎を自分の口に収めようと一生懸命口を開いて頬張っていく……
 信じられない光景だった。
 ラスのヌメる口蓋と柔らかい舌が俺の肉傘を包み、ラスの綺麗な唇が俺の肉茎を締め付ける。そこからトロリと滴った唾液をラスの細い指が絡めて俺の茎の付け根までさすりだす。
 目から入ってくるその情景と、下半身が感じる現実の快感。その両方に押し上げられ、そして動き出すラスの頭に、俺はガクガクと震えそうになる腰を必死で抑えた。

 絶頂はすぐに来た。溜まってたのも無論ある。でもそんなもんより、ラスの全てが俺をあっという間に追い詰めた。ラスの柔らかい喉の奥に自分の欲望を最後の一滴までほとばしらせ、大きく一息吐いた所で、胃が焼け落ちるような後悔が襲ってきた。

 『最後の願い』なんて卑怯な手を使って、ラスに俺のモノを抜かせちまった──

 泣き出したくなるほどの後悔を噛みしめる俺の目の前で、だけどラスは軽く自分の口元を手の甲で拭い、その場で立ち上がりながらジッと俺を見つめて躊躇なく問いかける。

「お前の望みはこれでおしまいか?」

 信じられなかった。
 こんなひどい目に合わせた俺に、こいつはまだ、真っすぐに俺を見てそんなことを言ってくれるのか。
 ラスを望む俺と死を受け入れ諦めようとする俺が胸の内で激しく衝突する。

「……抱きしめてくれ」

 しばらくの葛藤の末、意気地のない俺がやっと絞り出すように口に出来たのは、またもラスの寛容さにつけ込んだこんな願いだった。

「いいから俺の膝に座ってくれ」

 俺の願いを聞いたラスは、一瞬俺の足を気遣って躊躇ったが俺の言葉通り俺の太腿に腰かけた。
 その時、もし俺の気のせいでなければ、ラスはほんの微かに顔を赤らめた。
 そして俺の背を抱きしめて俺の肩に顔を埋める。
 それは、思いがけずまるで恋人のような抱擁で、心臓が震えた。
 頬にかかるラスの短い髪が愛おしく、そのまま頬ずりせずにはいられなかった。力いっぱいラスに顔を摺り寄せ、そして後少しでも近づこうと顎でラスの肩を引き寄せた。俺がそこまでしても、ラスは俺のしたいがままにさせてくれる。
 こいつが欲しい。何としてでも欲しい。
 それまで頭の中にだけあった俺の妄想はこうして熱と肌触りまで与えられ、現実の目の前に存在する欲望そのものとなってしまい、もう俺には目を逸らせることなど出来なかった。

 それまで諦めきっていた自分の命が惜しくなった。
 何としても生き残ってこいつを俺のものにしてやると誓った。
 下衆だろうがなんだろうが俺の欲望は最高潮に高まり、萎えた体に活力が湧いて生きる希望が見えた。

 迫りくる処刑までの一日、最後の拷問は過酷だった。
 処刑時に追求されないよう、小男は刻むのを止めた。そして拷問の目的は情報の引き出しから、単なる八つ当たりに変わった。繰り返し桶の中に頭を突っ込まれ、何度となく溺れさせられる。その度に引き上げられて蘇生させられた。いっそ死なせてくれ、そう思わずにはいられない恐怖と苦痛の連続の中、正に生と死を行き来しながら、それでも俺はどうか王子さんが俺に恩赦を出すだけの価値を見い出してくれるよう切に祈った。
 もしあの時ラスが来てくれなかったら俺は間違いなく諦めて王子さんの恩赦が届く前に舌でも噛み切ってただろう。

 恩赦は来た。
 すぐに第一騎士団の連中が俺を運び出し、第一近衛隊の連中が俺の隠していた証拠を手にジェームズ卿とあの小男をその日のうちに拘束した。
 小男は即日のうちに縛り首になったそうだ。その前に少しくらい仕返しがしたかった。
 ジェームズ卿はその立場もあり表向きは病死という事になったらしい。
 全て片付き、俺は命を救われた。
 だが、それは同時に俺の騎士団での時間切れを示していた。
 正式に王子さんから近衛隊への移動が騎士団にも通達され、開放と同時にはっきりと2週間の期限を言い渡された俺は、医療棟に面会に来た団長に直談判した。

「2週間だけでいい、ラスを俺に付けてくれ」
「なんで騎士団ウチを出て近衛になんか移る奴に騎士団ウチの可愛い紅一点を付ける必要があるんだ?」

 俺の「最後の願い」を俺からではなく王子さんに押し付けられた団長は、あまり機嫌がよくなかった。そうは言っても執行人に伝手があったのが王子さんだけだったんだから仕方ない。そしてそうでなければ恩赦も難しかっただろう。

「次の王前試合の時、少なくとも一つあんたの所に華を持たせてやる」

 俺が近衛隊に入団すれば、嫌でも団体戦と個人戦、両方で俺の点数が近衛隊に動く。王前試合での成績は次の年の予算に直接響くからどちらの団長も必死だ。

「いいだろう。だが、あのラスがそんな簡単にお前の面倒をみるとは思えないぞ? どうする気だ」
「ここを出る。あんたの部屋で一緒に口説いてくれ」
「待て、お前は全治1ヵ月だぞ、少なくとも1週間はここから出すなって言われてんだぞ」
「そんなの、出ちまえば後は王子さんが何とかするだろ」
「また第一王子をそんな呼び方して、知らないぞ」

 流石一番最初に俺の立場を見抜き、それでも飼い続けてくれてた団長だ。文句をいいつつも団長自ら俺に肩を貸してそのまま抜け出すのを手伝ってくれた。

 情けない話だが、栄養不足と2週間もまともに動けなくされていたので筋肉が衰えちまってた。例え痛みは我慢出来ても、動かない筋肉を無理やり動かすにはまだしばらくかかる。それを押してラスに会ったのは、あの日の出来事が夢ではなかったと一瞬でも早く確かめたかったからだった。

「痛み止めは飲んでるのか?」

 俺がわざとラスを引き留めるために色々やってるのを、疑いながらも許し付き合ってくれるラスの優しさが沁みて涙が出そうになる。
 ベッドにお姫様だっこで寝かされた時には本当に涙が出たが。

「なあ、まさか本当に俺が体格差を見せるためだけに今こうしてるとか思ってないよな?」
「それ以外に何があるんだ?」

 つい魔が差して俺がラスをベッドに組み敷いちまったのに、俺の下のラスはまるっきり警戒心も持ってくれない。

「あのな。いくら何でもあそこまでしてもらって、しかも部屋にまで来てもらって、俺だって少しくらいラスにお返しをしたいと思うのはおかしいか?」
「あんなこと、って……」

 今、俺の内側でどんな汚い欲望が滾ってるかなんて、まるっきり気づきもせずに真っすぐ俺を見上げるラスに、どうしても自分の気持ちを理解して欲しくなった。

「ずっとお前の周りにいただろ、俺。まさか今更俺の気持ちに気づいてなかったなんて言わないでくれよ?」
「え?」
「おい、マジかよ……」

 俺が自分の積年の想いを軽い調子に仕立てて告白すれば、ラスはまさに虚を突かれた顔で俺を見返してくる。その真っ白い表情に、今までの4年間がいかに無駄に費やされたのかを思い知らされ、俺は大声でわめき出したい気分だった。

「俺、結構しっかりお前にアプローチかけてたつもりだったんだがな」

 これが愚痴らずにいられるか。
 まあ、確かに娼館通いはラスにも話してた。ラスを誘って連れ出そうともした。事が落ち着くまでは言い訳さえも出来ず、一度連れ出せば何とかなる、そう思って説明を省いてたのも確かだ。
 それをラスに誤解されてたって仕方ないのは理解できた。だがそのせいでラスは俺が最初っからラスを女として見ていないと思ってたらしい。
 自分の間抜けさに頭がクラクラしてくる。
 いや、実際に血が足りなくてクラクラしてるのか。
 流石に現実の辛さに耐えかねて俺がラスを下敷きにして潰れると、下敷きにされたラスが文句をいいつつも、すぐに俺の様子を心配し始める。

「悪い、大丈夫か」

 またか。こいつ、俺が動けないことを見抜いてんじゃねえだろうな?
 ラスが優しく俺の背を撫でてくれる。その感触に、あの日の抱擁が思い出され、ついでにラスの口淫の余韻まで思い出しちまって身体が反応しちまった。
 ラスはそれを感じ取ったのだろう、殴られるかと思えば、ラスが頬を染めた。

 待て、これはもしかして、思っていた以上に受け入れられてるんじゃないのか?
 微かに希望が湧く。そして同時に欲望も湧く。

 キスをねだった。
 物を知らないラスなら、キスなら許してくれるんじゃないか。そう姑息にも考えたのは事実だ。
 ラスの唇は甘く淫らで、嬲っても嬲ってもきりがない。
 舌で探れば探るほど、俺の舌にラスの舌が絡まってくる。
 こんな顔して、こんな堅物の癖に、ラスは俺の舌を吸う……
 ラスが俺のキスで呻く。
 俺のキスに感じてくれる。
 嬉しくて、苦しくて、そして悲しかった。

 俺が望むのは身体じゃない。俺が望むのは──

 俺はラスの身体を無理やり引き剥がし、最後の理性でベッドから蹴り出した。そのままジッとして、ラスのキスを燃料に高く燃え上がっちまった劣情が鎮まるのを待つ。
 うつぶせで身体を横たえながら、俺は一つの決心をした。

 あの日、『最後の願い』を嘘にしちまったのは俺だ。
 卑怯な手であいつに迫ったのも俺だ。
 ならば今度こそ。
 ラスが俺の気持ちを理解してくれるまで。
 俺は何一つ偽る事なく自分の気持ちを曝け出そう。
 ラスが自分から心を開くまで。
 俺は自分のこの胸の内を全てラスに差し出そう。
 ラスが俺の一部も疑う必要がないように。
 そしてもしいつか、ラスが俺に彼女の気持ちを返してくれたなら──
 いや。
 欲張るのはよそう。
 だって俺が最後に本当に望んだのは、それは君のその真っすぐな……だけだったんだから。


俺が最後に望んだもの(完)
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