最後に望むのは君の心だけ

こみあ

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第二章 再出発 - Restart -

8 騎士のキス

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「なあ、キスは嫌だったか?」

 疲れたようにまたも頭を私のすぐ横に倒したカラムが、そう言って私の頭を撫でる。どうも私はこいつにとって可愛がる対象になったらしい。

「嫌……じゃなかったな」

 私は正直に答えることにした。どうにもさっきから身体が熱くて、頭がまともに回らない。

「……良かった、とか?」
「ああ、多分」

 身体のジクジクはカラムと話してるだけでなぜか加速する。

「じゃあ、もう一回するか?」

 またも顔を起こしたカラムが、私の唇を奪いに来る。私は慌てて目を瞑ってそれを受け入れる。キスはまたもどんどん深くなって私の口はすっかりカラムの味に染まり始めてた。
 気づくと私の両手をカラムの両手が抑えつけてる。力比べならここで思いっきり押し返すのだが、これはいわゆる男女の絡みなのだろう。そう思ってされるがままに受け入れた。
 どうにもカラムには何をされても嫌悪感も起きなければ怒りもわかない。
 そんな事を考えてると、一旦私の口を離れたカラムの口が私の首筋に走る。
 ゾクゾクゾクっと瞬時に寒気が身体を駆け抜けて、ズズズっと熱が体内を這いずり回る。
 カラムの唇はあくまで優しく、私の首筋を丁寧に撫で上げていく。そのまま時々強く吸われると、腹の底の辺りがジンとする。

「やべえ、このままだと止まらなくなる」

 そう言って、そこでカラムが引き剥がすように私の身体をベッドから押し出した。押し出されて落ちそうになって、慌てて体制を整える。

「ひどいなぁ。何もベッドから突き落とすことはないだろう」

 私の反論にも反応せず、しばらく突っ伏したままだったカラムが、ハーっと大きなため息を付いてからグルンと身体をひっくり返した。

「やっぱラスは難しいな。身体が欲しいわけじゃねえのにそっちばっかり進んじまいそうだ」

 独り言のようにそう呟いたカラムはフッと視線を私に向ける。その視線にさらされるとまたも心臓が変な音を立てて、ソワソワと変な気分にさせられた。

「ど、どういうつもりだかは知らないが、私はもう帰っていいのか?」

 私がそう言うと、肩肘付きながらカラムがこちらを見上げて軽く手を振る。

「ああ、今はここまでだな。そろそろ薬が効いてくるから寝る」
「そうか。……誰かついていてくれるやつ、他にいないのか」
「……俺が他のやつと飯食ってるの見たことあるか?」

 そう言われてみて初めて気がついた。てっきり私と食べていないときは他のやつと食べているんだと思い込んでいたのだが、確かにこいつが私以外の誰かと食事してる様子を、私は全く思い出せなかった。

「そういえばないな」
「そういう事だ。お前とはまた違う意味で俺も敬遠されてるしな」
「仕方ない。夕食ぐらいは届けてやるよ」
「助かる」

 そう呟きつつもカラムは既に限界だったのか目を閉じて静かな寝息をたて始めた。それを何故か少し名残惜しく感じながら、私は部屋を後にした。


 カラムの部屋を後にしていつもどおり表門の警備に入ろうとすると、そこにいた他の兵士が訝しげにこちらを見る。

「おい、カラムの世話はどうしたんだ?」
「ああ? 寝たからおいてきたが?」
「も、もうか? 情けねえな、おい誰の勝ちだ?」
「北門のハンスですね。あいつだけが今日中って賭けてましたから」
「普通に考えてそんなの完全バカな大穴でしかないハズなんだがな、しかたねえ、呼んでこい」

 皆して私を放っておいてガヤガヤと金のやり取りを始めてる。

「賭けの内容は何だったんだ?」
「何いってんだよ、カラムがラスをどれくらいで開放するかに決まってんだろ、っておい、ラスかよ!」

 一番近場で金のやり取りをしてる兵士に私が後ろから尋ねると、振り返りもせずに答えた兵士が最後にこちらを振り返って私を認めて飛び上がった。

「おい、ドリス。これはどういうことだ?」

 なんだか知らないが私が賭けの対象だったと聞いては放ってはおけない。私が眉根を寄せてどうやら胴元をやってたらしきドリスに詰め寄ると、ドリスがムッとして返事を返す。

「団長がお前をカラムの子守に出したつーから、てっきりやっとこさあいつも報われるのかと思うじゃねえか。なのに何やってんだカラムのやつ。まだ本懐もとげないで……」

 聞いてるうちにボッと顔が熱くなった。ちょっと待て、まさかこいつら──

「まさかお前ら全員、カラムが私にアプローチしてるって知ってたのか?」

 私の一言で、その場の全員が凍りついた。シーンとおかしな静けさが通り、またも胴元の作業に戻っていたドリスがのっそりとこちらに顔を向ける。

「ラス、お前まさか今まで気づいてなかったとか言わねえよな?」
「…………」

 ドリスにまでカラムと同じことを言われてぐっと言葉に詰まる。黙り込む私をしばらく見てたドリスが、はーっと大きなため息を一つついて両手を上げた。

「こりゃ、賭けになってなかったな。おい、ハンスお前気づいてたのかよ」

 ハンスと呼ばれた年若い兵士がニタッと笑って返事を返す。

「伊達に5人も姉ちゃん持ってませんよ。ラスさんの様子見てりゃ分かりますって」

 やられたぜ、と悪態を付きながらまたも胴元の仕事に戻ったドリスがヒョイッとこちらに顔を戻して告げた。

「王宮騎士団どころか下手したら街の連中まで皆知ってるのに、お前本当に鈍いよなぁ。流石にカラムが可愛そうになってくるぞ。それから第一王子の要請で正式にこのあと二週間、お前は警備のシフトから外された。まあ精々カラムの面倒をしっかり見てやれよな」

 それだけ言ってそれっきりもう誰も私を振り向こうともしない。
 仕事を取り上げられてしまったのではここにいる意味もないな。
 私は折角空いた時間を有意義に過ごそうと、裏の訓練場へと向かった。

 訓練場で適当な剣を手に型の稽古や筋トレをこなしていても、なぜか時々カラムのことが頭にのぼる。カラムとしたキスは、思っていたものとまるで違った。キスなら弟たちとも散々してるし、大丈夫だろうと高を括ってたんだが。
 やけになまめかしく、心臓に悪いものだったな。
 大体、キスっていうのは頬や額、唇なんかにするものだとばかり思っていた。唇にするキスが特別だとは知ってはいたが、まさかその特別というのがあんなふうに舌で舐め回すようなことを含むとは思いもよらなかった。それどころか、カラムのキスは首筋にまで伸びてきて……

「痛っ」

 ボーっと余計なことを考えながら素振りしていて少々手首を捻ってしまった。剣を地面に刺して、自分の手首を見る。剣だこが目立つゴツゴツとした手だ。当たり前だ、たとえ今はお飾りの門番をしていても、物心ついたときからずっと剣を握ってきたのだ。今更町娘のような手に戻れるわけもない。だけどそのせいで始めて後悔したのが数日前、カラムに抜いてくれと頼まれたときだ。あいつの男性器を擦るにも、自分の手があまりに荒れてて躊躇してしまった。
 あいつはそれでもちゃんと感じてたようだったが。頭に浮かぶのは赤く大きくそそり立っていた、カラムの……
 ふと気づいて頭を振る。訓練中に私は一体何を考えてるんだ?
 そしてまた考える。カラムも訓練中にこんなふうに私のことを思い出したりしてたのだろうか?

 そう思うと、ついカラムのいる宿舎のほうに視線が言ってしまう。
 駄目だ、まるっきり集中できない。
 私は早々に自分に見切りをつけて、頭を冷やしながら夕食の前に汗を流そうと、トボトボと自分の部屋へと向かった。
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