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9話 相棒はいずこに

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エゾンがリアスを見失ってから、どれくらい時間がたっただろう。

結構長い時間追い続けているはずだが、エゾンに焦った様子はない。それどころかお手製の魔導具を片手に、周りを警戒しつつ慎重に歩みを進める。
エゾンの歩みに迷いはないが、さりとて急ぐ様子もない。
リアスとは違い、ここで魔物と出くわしたら面倒なことになるからだ。

実はリアスなしでもこの辺りの魔物が相手ならば充分やり過ごせるエゾンだが、魔道具も魔法も決してただではない。
最近では魔物はリアスが片付ける前提で、ある程度素材の仕入れもケチってきている。こんなところで無駄遣いする気はサラサラなかった。

しばらくして、リアスを追跡していたエゾンが、暗闇の先にリアスを見つけた。

エゾンの照らす魔晶ランタンの光の中、ぽつんと一人、うずくまるリアスの姿が見える。


「やっと追いついた」
「エゾンーーー! やっと来たぁぁっぁぁ!」
「やっと来た、じゃない」
「怖かったよぉ~」


エゾンが声をかけるなり、はっと顔を上げたリアスが這うようにして立ち上がり、情けない声を上げつつよたよたと駆けよってきた。

光に吸い寄せられるように近づいてくるリアスの顔には、幾筋もの涙の跡が見てとれる。


「全く、お前は……」


これがリアスが他のパーティーから締め出される主な理由だ。

リアスは戦闘力は高いのだが、なんせ単細胞の上、方向音痴、そして暗闇が怖いと来ている。

目前の獲物を追いかけるうち、すぐに熱くなり、周りが見えずに一人で突っ走って道に迷う。
そのうえ一旦立ち止まると今度は暗闇に怯えて動けず、一人で帰ってこられない。

エゾンと出会うまでは、幾度となく迷子を繰り返し、何度も捜索隊を出す騒ぎを起こしていたらしい。

全くもって人迷惑なハンターだ。


「方向音痴のくせに、なぜいつも振り向きもせずに突っ走るんだ」


エゾンめがけて一目散に駆け寄ってきたくせに、一歩手前まで来て突然横を向き、そして両袖で顔をぬぐい始めるリアス。

リアスの泣き顔など、エゾンは数えきれないほど見てきたが、どうやら未だ恥ずかしさはあるらしい。
さながら子供のように拗ねた声で、リアスが口を尖らせ言い返す。


「し、仕方ないだろ、俺バカなんだから」
「自覚はあるんだよな、お前……」


ダンジョン・ハンターは危険な仕事だ。
初心者ルーキーが戦闘中に死ぬ確率は高い。
それでも生き延びさえすれば、いつか学んで独り立ちする。

だが、残念なことに、バカは学ばない。
たとえどれほど戦闘力があろうとも、バカを直す魔法や薬は存在しない……。


「まあ、普通これはとても面倒見切れんよな」


リアスには聞こえない小さな声で、エゾンがそっとつぶやく。

エゾンがパーティーからはぐれていたリアスと初めて出会ったのも、こんなダンジョンの奥だった。



当時、すでに問題児として知られていたリアスには、入れるパーティーがほとんどなかったそうだ。
思い余って、リアスはギルドを通さず流れ者のパーティーに潜り込んだ。

だが不運なことに、そのパーティーは、ギルドでも有名なクズ集団だった。
彼らはリアスの問題を知ったうえで、リアスを魔物除けとして使い捨てる為に雇ったのだ。
案の定、いつものごとくはぐれてしまったリアスをそのままダンジョンに置き去りにした連中は、ギルドにすら報告しなかった。

繰り返し行方不明になるリアスはギルドでも持て余していたらしく、リアスも居づらいのかめったにギルドに顔を出していなかった。
結果、誰もリアスが行方不明になってることに気づかぬまま、1か月以上が過ぎていた。

リアスがパーティーとはぐれたのは4階層。
ときに中級の魔物も闊歩する危険エリアだ。
その中に大した装備もないまま、ソロで放置されて1か月。

エゾンが発見するまで、一体どうやって生きながらえたのか。
後から聞いてもリアス自身、途中の記憶が欠けていて分からないらしい。

ダンジョンで初めてリアスに出会ったとき、エゾンは本気でリアスを新種の魔物だと思い込んだ。
それくらい、人間とは思えない酷い様相だった。

服はボロボロ、全身泥と返り血まみれで髪まで黒く染まっていた。
すっかり正気を失くしたリアスは、唸るばかりで言葉もしゃべれない。目ばかりギラギラと光らせて、動くものすべてに切りかかる、まるで狂戦病バーサーカー状態の魔犬のような有様だった。

今もまあ、あまり見られた状態ではないが。

間違いなく、エゾンが見つけるまで暗闇でひとり泣きじゃくっていたのだろう。
顔も袖口も、涙と鼻水に濡れてぐちゃぐちゃだ。

それでもあの時に比べれば、まだ大したことはない……。


「いい加減、ひとりで元気に道に迷いに行くな」


エゾンは慣れた手つきで腰の袋を探り、中から気を落ち着ける作用のあるハーブ酒の入った小瓶を取り出すと、リアスに無言で手渡した。ついでに手拭いも濡らして渡してやる。

リアスもすっかり慣れているらしく、無言でそれらを受け取っていく。

こういう時は、リアスの背が低くて助かる。
毎度のこととはいえ、泣いてるところなぞ他人に見られたくないだろう。

そんなことを考えつつ、リアスの頭を撫で、そっと背に背負われたリーエの様子を確認する。

これだけ派手に突っ走ったのだ。
正直、無事ではないことも覚悟していた。

だが、中を確認したエゾンが眉をひそめて首をひねる。

一体どうなっているんだ?

あれだけリアスに振り回され、最後は暗闇の中でリアスのギャン泣きを聞かされていただろうに、リーエはまるで何事もなかったかのようにすやすやと眠っている。


「リーエのほうが賢いぞ。暗闇なのに泣きもせずに眠ってる」


口ではそう言ったものの、どーにも目前の赤子への不審感が拭えないエゾン。

やはり何かおかしい。

あれだけ走り回っていたのに、リーエを包むタオルには乱れた様子が全くない。
それどころか、まるで今朝エゾンが背負子に収めたときと寸分違わぬ姿に見える。

いや、まさかな。

ここ数日リアスと面倒を見てきたリーエは、間違いなく人間の赤子だと思えた。

たまたま運が良かったのか、よっぽどこの子が鈍いのか……。

そう自分を納得させようとするも、目前の静かすぎるリーエの様子に、エゾンはそこはかとなく不安を感じずにはいられない。

一方、自分が守るべきリーエを引き合いに出され、ふてくされたリアスが言い返す。


「そんなこと言ったって、俺っ」


だが、声とともにヒャクンとしゃくり上げ、またポロリと一粒大きな涙がリアスの頬をこぼれ落ちる。
どうやらまだ恐怖が収まりきらないらしい。

気まずそうにうつむくリアスに仕方なく肩を貸し、わざと視線を逸らしてエゾンがつぶやく。


「心配するな、これも契約のうちだ」


それに応えるように、リアスの情けないしゃくりあげが二人きりの通路に響いた。
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