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終わりの中
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全てを終え、日本に帰ってきた。
しばらくはエレナの養子縁組などの手続きなどで忙しかったが、それ以外になんの波乱もない日々が半年ほど続いた。
そんなおり、俺の携帯に電話が掛かってきた。発信元はアメリカだ。
心当たりはいくつかあるが、そのうちのどれもエレナに聞かせられない話が出てくるはずだ。
俺は、「電話」と一言告げて、キッチンへ行って通話ボタンを押した。
「はい」
『もしもし。石田さんですか?』
心当たりの内の筆頭、コッポラの声だった。
「おお、久しぶりです」
彼とのコミュニケーションの間合いを忘れるくらい、久しぶりに話す。
『こっちもだいぶ落ち着いてきたので、近況を聞こうかと』
「近況かぁ……」
俺はエレナの小学校編入の目途が付きそうなことと、来月イリナと籍を入れることを話した。
その二つとも、コッポラは嬉しがってくれた。
『式は開くんですか?』
「イリナとか? 今のところ、開く気はない」
『え? なんでです?』
なんでと言われても、俺とイリナで話し合った結果なのだから仕方がない。呼ぶ親類も開くだけの金が無いという現実と、式を開いて再確認するほど弱い関係でもないのが、お互いに分かっていたというのがある。
そもそも、エレナと養子縁組するのに配偶者が必要と言うので、「それじゃあ」といった感じで恋愛感情をすっ飛ばした、夢もへったくれもない結婚である。
そのことをコッポラに伝えると、少し寂しそうに「そうですか」と言った。式に出たかったのかもしれない。
それでも彼はすぐに調子を戻し、自分達の近況を話しだした。
俺達が帰った後、彼は俺の言う通りに書いた報告書を提出し、またアメリカ本土での仕事に戻ったらしい。しばらく監視されている気配もあったようたが、今はそれもないようだ
『マークが外れたんだと思います。世間様に自分達のことをバラす心配がないと、判断したんでしょうね』
「もしくは、お前さんにそう思わせて、忘れた頃に……ってパターンかもな。夜道と地下鉄のホームには気をつけた方がいいぞ」
『脅さないでくださいよ……』
「冗談だ。こっちは爆弾抱えてるからな。向こうだって、下手に刺激して爆発させるより、様子見ていた方がリスク低いことくらい、分かってる」
コッポラが捜査を打ち切られる前に集めた資料や、エレナの存在、そして敵対した相手を皆殺しに事実など、俺達を消そうとすればとんでもないことが起こるのは、馬鹿でも察せられる。
そのことを理解しているコッポラは、深く突っ込まず別の話題に切り替えた。
『そういえば、ナザロフさんの本、来年の冬に出版されるみたいです』
「……そうか、案外早かったな」
俺がナザロフに書くよう頼んだ小説。どうやらそれが書き上がったらしい。
『ナザロフさん曰く、問題なく世に出せそうだと』
「そりゃあよかった」
ナザロフに書けと言った目的が果たせそうなのと、ナザロフがしっかりと書き上げてくれたことへの言葉を口にする。
『石田さん達に献本するって言ってましたよ』
「献本っていってもなぁ」
本の内容は、ほとんど俺とイリナとエレナが経験したものだ。名前と登場人物の設定などが現実と少し違うだけで、起こった出来事に大きな相違はない。
『自分も少し読ませてもらいましたけど、よく書けてるんで、読んどいて損はないと思いますよ』
「……そうか。アイツも元気でやってるんだな」
『そう言うんだったら、連絡してあげてください。喜びますよ』
ここのところは忙しさに意識を取られており、連絡しようという発想すら浮かばなかった。せっかく、連絡先を交換したのだから、電話かけないともったいない。
「だな……。あとで掛けてみるよ」
『そうしてあげてください』
そこから、少しの世間話を交わし、電話を切った。
会話が終わった気配を感じ取ったのか、イリナがキッチンと居間を仕切る引き戸の陰から、顔を覗かせる。
「誰?」
「コッポラ。ご機嫌いかが? ってさ」
「元気だって言った?」
「言ったよ」
「私達が結婚するって、言った?」
「……言った」
俺は籍を入れるなんて、小難しい言い回しをしたが、イリナはハッキリと言う。
俺からしたら、イリナは恋愛対象というより、数々の視線を共にくぐってきた戦友である。彼女のどこをどう女扱いすればいいのか、半年共に暮らしても未だに分からない。
しかし、イリナの方はこれまでに増して、じゃれついてくる。
鬱陶しいったらありゃしないが、毎日じゃれついてくるので最近は慣れてきた。
「ラブラブだって言った?」
「言った言った」
ふざけモードになってきたのを察し、適当にあしらいながら居間に戻る。
本を読んでいたエレナが振り返り、カタコトの日本語で「デンワ、ダレだった?」と聞いてくる。幼いだけあって、言語の吸収が早い。
「コッポラのおじさんだよ」
二十そこらの青年をおじさんというのは違和感があるが、エレナからすればいい年の男は皆おじさんである。
「ゲンキそうだった?」
「元気そうだった」
どうせなら、コッポラにエレナの声を聞かせてやればよかったが、まぁいい。彼も、俺達がエレナを大切にしていることぐらい分かるだろう。
俺は座椅子に腰掛け、足を伸ばした。
季節は春から秋へ変わり、俺達三人の生活は大きく変わろうとしている。
不安要素は多いが、何とかなる気がする。
秋の柔らかな日差しの中、エレナの笑顔を見ながら、イリナのかましい声を聴きながら、俺はそう思った。
しばらくはエレナの養子縁組などの手続きなどで忙しかったが、それ以外になんの波乱もない日々が半年ほど続いた。
そんなおり、俺の携帯に電話が掛かってきた。発信元はアメリカだ。
心当たりはいくつかあるが、そのうちのどれもエレナに聞かせられない話が出てくるはずだ。
俺は、「電話」と一言告げて、キッチンへ行って通話ボタンを押した。
「はい」
『もしもし。石田さんですか?』
心当たりの内の筆頭、コッポラの声だった。
「おお、久しぶりです」
彼とのコミュニケーションの間合いを忘れるくらい、久しぶりに話す。
『こっちもだいぶ落ち着いてきたので、近況を聞こうかと』
「近況かぁ……」
俺はエレナの小学校編入の目途が付きそうなことと、来月イリナと籍を入れることを話した。
その二つとも、コッポラは嬉しがってくれた。
『式は開くんですか?』
「イリナとか? 今のところ、開く気はない」
『え? なんでです?』
なんでと言われても、俺とイリナで話し合った結果なのだから仕方がない。呼ぶ親類も開くだけの金が無いという現実と、式を開いて再確認するほど弱い関係でもないのが、お互いに分かっていたというのがある。
そもそも、エレナと養子縁組するのに配偶者が必要と言うので、「それじゃあ」といった感じで恋愛感情をすっ飛ばした、夢もへったくれもない結婚である。
そのことをコッポラに伝えると、少し寂しそうに「そうですか」と言った。式に出たかったのかもしれない。
それでも彼はすぐに調子を戻し、自分達の近況を話しだした。
俺達が帰った後、彼は俺の言う通りに書いた報告書を提出し、またアメリカ本土での仕事に戻ったらしい。しばらく監視されている気配もあったようたが、今はそれもないようだ
『マークが外れたんだと思います。世間様に自分達のことをバラす心配がないと、判断したんでしょうね』
「もしくは、お前さんにそう思わせて、忘れた頃に……ってパターンかもな。夜道と地下鉄のホームには気をつけた方がいいぞ」
『脅さないでくださいよ……』
「冗談だ。こっちは爆弾抱えてるからな。向こうだって、下手に刺激して爆発させるより、様子見ていた方がリスク低いことくらい、分かってる」
コッポラが捜査を打ち切られる前に集めた資料や、エレナの存在、そして敵対した相手を皆殺しに事実など、俺達を消そうとすればとんでもないことが起こるのは、馬鹿でも察せられる。
そのことを理解しているコッポラは、深く突っ込まず別の話題に切り替えた。
『そういえば、ナザロフさんの本、来年の冬に出版されるみたいです』
「……そうか、案外早かったな」
俺がナザロフに書くよう頼んだ小説。どうやらそれが書き上がったらしい。
『ナザロフさん曰く、問題なく世に出せそうだと』
「そりゃあよかった」
ナザロフに書けと言った目的が果たせそうなのと、ナザロフがしっかりと書き上げてくれたことへの言葉を口にする。
『石田さん達に献本するって言ってましたよ』
「献本っていってもなぁ」
本の内容は、ほとんど俺とイリナとエレナが経験したものだ。名前と登場人物の設定などが現実と少し違うだけで、起こった出来事に大きな相違はない。
『自分も少し読ませてもらいましたけど、よく書けてるんで、読んどいて損はないと思いますよ』
「……そうか。アイツも元気でやってるんだな」
『そう言うんだったら、連絡してあげてください。喜びますよ』
ここのところは忙しさに意識を取られており、連絡しようという発想すら浮かばなかった。せっかく、連絡先を交換したのだから、電話かけないともったいない。
「だな……。あとで掛けてみるよ」
『そうしてあげてください』
そこから、少しの世間話を交わし、電話を切った。
会話が終わった気配を感じ取ったのか、イリナがキッチンと居間を仕切る引き戸の陰から、顔を覗かせる。
「誰?」
「コッポラ。ご機嫌いかが? ってさ」
「元気だって言った?」
「言ったよ」
「私達が結婚するって、言った?」
「……言った」
俺は籍を入れるなんて、小難しい言い回しをしたが、イリナはハッキリと言う。
俺からしたら、イリナは恋愛対象というより、数々の視線を共にくぐってきた戦友である。彼女のどこをどう女扱いすればいいのか、半年共に暮らしても未だに分からない。
しかし、イリナの方はこれまでに増して、じゃれついてくる。
鬱陶しいったらありゃしないが、毎日じゃれついてくるので最近は慣れてきた。
「ラブラブだって言った?」
「言った言った」
ふざけモードになってきたのを察し、適当にあしらいながら居間に戻る。
本を読んでいたエレナが振り返り、カタコトの日本語で「デンワ、ダレだった?」と聞いてくる。幼いだけあって、言語の吸収が早い。
「コッポラのおじさんだよ」
二十そこらの青年をおじさんというのは違和感があるが、エレナからすればいい年の男は皆おじさんである。
「ゲンキそうだった?」
「元気そうだった」
どうせなら、コッポラにエレナの声を聞かせてやればよかったが、まぁいい。彼も、俺達がエレナを大切にしていることぐらい分かるだろう。
俺は座椅子に腰掛け、足を伸ばした。
季節は春から秋へ変わり、俺達三人の生活は大きく変わろうとしている。
不安要素は多いが、何とかなる気がする。
秋の柔らかな日差しの中、エレナの笑顔を見ながら、イリナのかましい声を聴きながら、俺はそう思った。
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