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俺が握るベレッタの銃口からは、薄く白煙が立ち昇っている。足元には黄金色の薬莢が一つ、転がっていた。
梁の内股の間。カーペットが敷かれた床には、薄い白煙が立つ小さい穴が出来ていた。
腹筋が引きつったような呼吸をして、梁は自分の内股の辺りに目を落とした。それから、胸のあたりをペタペタとまさぐりだす。
「撃たれてない?」
彼は呆けた声を出すが、ここで終わる気はさらさらなかった。俺は適当な方向に銃口を向け、乱射した。
弾倉内に装填されていた弾を撃ちきり、スライドストップがかかるまで。空になった拳銃を放り、改めて梁に目を向ける。
彼は最初の一発を撃った時よりも、更に放心していた。
股の周辺とそれに接するカーペットには、シミが出来ていた。微かにアンモニア臭がする。漏らしたのだろう。
「た、助かっ――」
梁の口端が綻びそうになったのを逃さず、後ろに挿していたマカロフを抜いた。
今度は安全装置を外してだ。
銃声。
一発目は右足に当たったが、残りの七発は全て胴体に命中した。
一発命中するごとに、痙攣する身体。衝撃で肺から空気が押し出されたのだろう、カエルが潰れたような音が梁の口から漏れる。
彼の身体は、大の字になってピクリとも動かない。
防弾ベストも何も着けていない。間違いなく、彼は死んだ。
何事も、終わりは案外呆気ないものだ。
撃つべき標的も放たれる弾丸を失い、銃としての機能が喪失したマカロフ。それを、俺はベレッタと同じように捨てずに持ったまま、部屋を出た。
廊下では、死体を背にしてイリナとエレナが待っていた。イリナは持っていた武器を床に置き、空いた手でエレナの手を握っている。
「終わった?」
イリナが問う。
「ああ、終わった」
弾切れのマカロフを見せつけながら、応える。
「仕上げしなきゃ」
「ああ。……外に出ててくれ」
「分かった」
イリナは頷き、手を繋いでいたエレナへ「行こ」と移動を促した。すると、ここでもエレナは俺に不安げな眼差しを向けてきた。
よほど、この数日間が心細かったようだ。
俺はその気持ちを汲み、エレナの頭を撫でた。
「少し、待っててくれ。絶対、戻るから」
「……うん」
身体に触れたのが効いたのか、彼女は納得してくれた。
また、二人の背中を見送り、俺は仕上げを始める。手始めにマカロフを適当な死体へ握らせ、イリナが持って来たサブマシンガンやグレネードランチャーを死体のそばに転がしておく。
何が目的かは誰かが考えるにして、明らかに何かがあったかのような空間を作り上げていく。死体を動かしたり、適当な部屋を荒らす。
そんな作業をしていると、ふと人の気配を感じた。
気配を辿り、ある部屋のドアを開ける。そこは書斎になっており、天井まで届く本棚がいくつも並んでいた。
気配が奥からするので、唯一の武器であるウィンチェスターを構えつつ、足音を建てないようにすり足で進む。
奥には作業用の大きな机があり、その上にはノートパソコンが置いてあった。相変わらず気配はするものの、姿は見えない。
だが、隠れられる場所は机以外にない。銃を下げ、見えない誰かに向かって声を掛ける。
「俺は敵じゃない! そんで、敵になる奴もいない!」
英語で言う。返事は無い。
次は何語で言おうかと考えていると、机が震えた。下から突き上げられたようだ。
「……出てきてくれ」
一文字を噛み締めるように、言葉に出す。
すると、机の陰から五人の少女が現れた。髪型や背の高さはまちまちだったが、エレナが着ていたのと同じネグリジェを身にまとい、年にしては顔立ちは整っており、エレナと同じ南米系だ。
俺は、沿岸警備隊の男が言った、あることを思い出した。
『アイツはとんでもない奴で、もう五人くらい女の子を買ってるんですよ。』
この子達は、梁に買われた子供達だったのだろう。俺達が起こしたドンパチの隙に逃げ出し、ここに隠れていたのだ。
五人も急に現れたことにも驚いたが、彼女らが抱えていた物にも驚きを隠せない。
ぬいぐるみを抱えるように持っていたのは、びっくりする量の米ドル札だ。しかも百ドル札。彼女達が、どこからその札を引っ張ってきたかは分からないが、少なくとも彼女達の持ち金ではないのは確かだ。
おおかた、梁のへそくりだろう。ここはバハマ、タックスヘイブンの土地である。
そんな薄汚い金を、彼女達は目をぎらつかせながら握り締めている。
それこそ、蜘蛛の糸で地獄から極楽を目指すカンダタのように。
「………………」
年頃の少女がしていい表情ではない顔をした彼女達は、俺を睨みつけたまま、俺の脇を抜けて廊下へと出ていった。
彼女達の足音が遠ざかり、部屋に漂っていた息の詰まるような空気が消えた。
俺はふと思った。
彼女達はこれからどうするのだろうと。
こんなところにいるからには、エレナと同じかそれに近しい境遇にいたのだろう。それから、梁に買われ筆舌にし難い経験をしたのかもしれない。もしかしたら、衣食住全てを与えてくれた梁を感謝していたのかもしれない。
彼女達が何も語らず、梁も死んだ今となっては確かめようがない話だが。
そして、そんな状況で金を抱えた彼女達はどこでなにをするのか。俺には分からない。
ただ、一つだけ分かることがある。
少女達が俺へ向けたあの目。あの目だけは、エレナにさせてはいけないと。
飢えた野良犬のような。餓鬼のような。
子を導く親として、一人の人間として。
そう思うと同時に、俺がもしかしたらエレナにあんな目をさせてしまっていたかもしれないことが、頭をよぎった。
病院でイリナに助けられなかった場合など、さまざまなビジョンが浮かんでは消えていく。
しかし、今となっては考えても仕方のないことだ。
ようやく掴めた幸せの片鱗、それを取りこぼさないよう、精一杯にやるだけだ。
梁の内股の間。カーペットが敷かれた床には、薄い白煙が立つ小さい穴が出来ていた。
腹筋が引きつったような呼吸をして、梁は自分の内股の辺りに目を落とした。それから、胸のあたりをペタペタとまさぐりだす。
「撃たれてない?」
彼は呆けた声を出すが、ここで終わる気はさらさらなかった。俺は適当な方向に銃口を向け、乱射した。
弾倉内に装填されていた弾を撃ちきり、スライドストップがかかるまで。空になった拳銃を放り、改めて梁に目を向ける。
彼は最初の一発を撃った時よりも、更に放心していた。
股の周辺とそれに接するカーペットには、シミが出来ていた。微かにアンモニア臭がする。漏らしたのだろう。
「た、助かっ――」
梁の口端が綻びそうになったのを逃さず、後ろに挿していたマカロフを抜いた。
今度は安全装置を外してだ。
銃声。
一発目は右足に当たったが、残りの七発は全て胴体に命中した。
一発命中するごとに、痙攣する身体。衝撃で肺から空気が押し出されたのだろう、カエルが潰れたような音が梁の口から漏れる。
彼の身体は、大の字になってピクリとも動かない。
防弾ベストも何も着けていない。間違いなく、彼は死んだ。
何事も、終わりは案外呆気ないものだ。
撃つべき標的も放たれる弾丸を失い、銃としての機能が喪失したマカロフ。それを、俺はベレッタと同じように捨てずに持ったまま、部屋を出た。
廊下では、死体を背にしてイリナとエレナが待っていた。イリナは持っていた武器を床に置き、空いた手でエレナの手を握っている。
「終わった?」
イリナが問う。
「ああ、終わった」
弾切れのマカロフを見せつけながら、応える。
「仕上げしなきゃ」
「ああ。……外に出ててくれ」
「分かった」
イリナは頷き、手を繋いでいたエレナへ「行こ」と移動を促した。すると、ここでもエレナは俺に不安げな眼差しを向けてきた。
よほど、この数日間が心細かったようだ。
俺はその気持ちを汲み、エレナの頭を撫でた。
「少し、待っててくれ。絶対、戻るから」
「……うん」
身体に触れたのが効いたのか、彼女は納得してくれた。
また、二人の背中を見送り、俺は仕上げを始める。手始めにマカロフを適当な死体へ握らせ、イリナが持って来たサブマシンガンやグレネードランチャーを死体のそばに転がしておく。
何が目的かは誰かが考えるにして、明らかに何かがあったかのような空間を作り上げていく。死体を動かしたり、適当な部屋を荒らす。
そんな作業をしていると、ふと人の気配を感じた。
気配を辿り、ある部屋のドアを開ける。そこは書斎になっており、天井まで届く本棚がいくつも並んでいた。
気配が奥からするので、唯一の武器であるウィンチェスターを構えつつ、足音を建てないようにすり足で進む。
奥には作業用の大きな机があり、その上にはノートパソコンが置いてあった。相変わらず気配はするものの、姿は見えない。
だが、隠れられる場所は机以外にない。銃を下げ、見えない誰かに向かって声を掛ける。
「俺は敵じゃない! そんで、敵になる奴もいない!」
英語で言う。返事は無い。
次は何語で言おうかと考えていると、机が震えた。下から突き上げられたようだ。
「……出てきてくれ」
一文字を噛み締めるように、言葉に出す。
すると、机の陰から五人の少女が現れた。髪型や背の高さはまちまちだったが、エレナが着ていたのと同じネグリジェを身にまとい、年にしては顔立ちは整っており、エレナと同じ南米系だ。
俺は、沿岸警備隊の男が言った、あることを思い出した。
『アイツはとんでもない奴で、もう五人くらい女の子を買ってるんですよ。』
この子達は、梁に買われた子供達だったのだろう。俺達が起こしたドンパチの隙に逃げ出し、ここに隠れていたのだ。
五人も急に現れたことにも驚いたが、彼女らが抱えていた物にも驚きを隠せない。
ぬいぐるみを抱えるように持っていたのは、びっくりする量の米ドル札だ。しかも百ドル札。彼女達が、どこからその札を引っ張ってきたかは分からないが、少なくとも彼女達の持ち金ではないのは確かだ。
おおかた、梁のへそくりだろう。ここはバハマ、タックスヘイブンの土地である。
そんな薄汚い金を、彼女達は目をぎらつかせながら握り締めている。
それこそ、蜘蛛の糸で地獄から極楽を目指すカンダタのように。
「………………」
年頃の少女がしていい表情ではない顔をした彼女達は、俺を睨みつけたまま、俺の脇を抜けて廊下へと出ていった。
彼女達の足音が遠ざかり、部屋に漂っていた息の詰まるような空気が消えた。
俺はふと思った。
彼女達はこれからどうするのだろうと。
こんなところにいるからには、エレナと同じかそれに近しい境遇にいたのだろう。それから、梁に買われ筆舌にし難い経験をしたのかもしれない。もしかしたら、衣食住全てを与えてくれた梁を感謝していたのかもしれない。
彼女達が何も語らず、梁も死んだ今となっては確かめようがない話だが。
そして、そんな状況で金を抱えた彼女達はどこでなにをするのか。俺には分からない。
ただ、一つだけ分かることがある。
少女達が俺へ向けたあの目。あの目だけは、エレナにさせてはいけないと。
飢えた野良犬のような。餓鬼のような。
子を導く親として、一人の人間として。
そう思うと同時に、俺がもしかしたらエレナにあんな目をさせてしまっていたかもしれないことが、頭をよぎった。
病院でイリナに助けられなかった場合など、さまざまなビジョンが浮かんでは消えていく。
しかし、今となっては考えても仕方のないことだ。
ようやく掴めた幸せの片鱗、それを取りこぼさないよう、精一杯にやるだけだ。
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