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脅しの中
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いきなり銃を突き付けられ、運転手は情けない声を挙げた。安全装置が掛かっているので引き金は引けないのだが、運転手は銃に疎いらしい。
「先に言っとくが、金には興味が無い。今から向かう場所を言う。そこに向かって、俺達が戻ってくるまで待ってればいい」
マカロフの銃口と俺の顔を交互に見ながら、何度も頷く運転手。ドラレコがない車を選んだのは、このやり取りを録音されたくなかったからというのもある。
イリナが地図にある建物をいくつか口にし、運転手が「あ、アソコね……」を掠れ気味の声を出す。どうやら、目的地を理解したらしい。
「そこに行け」
「はい……」
運転手は焚いていたハザードランプを消し、合流のためにウィンカーを出した。
ただの客のフリをしなくてよくなったので、装備の準備を始める。防弾ベストを身に着け、銃に弾倉を挿し込み、コッキングする。
金属同士が触れ合う音が響く度、俺のボルテージは上がっていくが、運転手は一々ビクついた。
薬が効きすぎたらしい。
そんなことを思いながら、真っ赤な散弾を入れた弾帯を襷のように肩から提げる。
これで顔を白塗りにして、懐中電灯をハチマキ使って角みたいにしたら八つ墓村だ。もっとも、ここにあるのは青い空とヤシの木で、夜桜ではないが。
隣ではエレナがホーク MM1を抱えていた。
十二発もの四十ミリグレネード弾を装填できる巨大な回転式弾倉を持つそれは、見るからに凶悪な代物であり、(見てくれだけは)綺麗な女が持っている光景は、いささかナンセンスであった。
俺が銃を突き付けてから十分近く。タクシーは再びハザードランプを点けて、路肩へ停止した。
「……着きました」
イリナは手元の携帯と周囲の景色を見比べ、ここが梁の別荘の前であることを確かめた。
「間違いないわ」
その言葉を受け、俺は財布から百ドル紙幣を四枚出して、運転手へと差し出した。
「へ?」
ベンジャミン・フランクリンが印刷された紙を前に、男は呆けた顔をする。おおかた、用済みとされ鉛弾をぶち込まれると思っていたのだろう。
俺だって暴力を手段として用いるが、野蛮でも血が好きというわけでもない。流す必要の無い血を流すのは、避けたかった。
「これは前金だ。やることやって、帰ってきた俺達を空港まで送り届けたら、もう六百やる」
「六百……」
合計千ドル。日本円に直してざっと十万円。タクシーでの一回の仕事にしては破格だろう。
「ただし、条件がある」
「……じょ、条件ですか?」
「これから起こることを見て見ぬふりをしろ。そして、俺達のことを聞かれた時は、俺が言った通りにしろ。いいな?」
「は、はい……」
「……勿論、俺達が降りてから、警察にでもなんでも駆け込んでもいい。だけど、君が俺達の顔を知っているように、俺達も君の顔を知っている。……どういう意味かは分かるよね?」
男の顔から、みるみる血の気が引いていくのが分かる。
こんなにビビっているなら、逃げる心配はしなくてもよさそうだ。
俺はニッコリ笑って助手席に紙幣を置き、ショットガンを握ってドアのレバーに手を掛けた。
エレナはゆっくりとドアノブを捻った。扉を押し、その隙間に身体を滑り込ませ廊下に出る。そして、なるべく音を立てないように扉を閉める。
廊下は長く、静まりかえっていた。窓から太陽の強い光が差し込んでいるので、暗くはない。
エレナはいつ人が来ても不思議ではない状況に怯えながらも、勇気を振り絞り脱出への一歩を踏み出した。
廊下に敷かれた絨毯は柔らかく、足音を吸収する。それでも、彼女は慎重に一歩一歩進んでいく。
こうして階段のところまで辿り着いた。手すりに身を隠すようにして、下を覗き込む。
そこには、見覚えのある男達が歩いていた。鼻にガーゼを当てた奴と、肩に包帯を巻いた奴の二人組。
二人共、アラモアナセンターで石田を撃ち、エレナを攫った武装集団にいた顔だった。
今の彼女の脳裏に、石田が撃たれた光景が浮かび上がった。
(……早く逃げなくちゃ)
恐怖の象徴とも呼べる存在を見たことによって、彼女は焦燥感に追われる。
二人組が去ってから、エレナは階段を降りた。玄関は目と鼻の先だった。
ほんの僅かに緊張を解き、小走りでたたきに降りる。観音開きの扉に手を掛け、身体全体を使って押す。
しかし、扉はビクともしない。もう一度押すが、結果は変わらない。
(鍵が掛かってるのかな……)
焦る気持ちを抑えながら、彼女は扉を舐め回すように観察した。だが、鍵らしきものは見つからない。
玄関がダメでも、窓からなら出られるかもしれない。最後まで諦めず、足掻こうとしたエレナ。
そんな彼女を待ち受けていたのは。
「なにをしているんだい?」
彼女が今一番聞きたくなかった声。湧き上がる恐怖から、壊れたお茶運び人形のようにぎこちなく振り向く。
そこに立っていたのは、梁だった。ニヤニヤと嗜虐心に満ちた表情で、彼はエレナへ近づいていく。
「悪いけど、玄関は電子ロック式でね。僕の部屋でパスコードを入力しないと、開けられないんだ」
エレナは、彼の中国語を全くと言っていいほど理解していなかったものの、彼の表情から自分の助けになるようなことは言っていないであろうことを理解する。
「外に出ようなんて、悪い子だ」
エレナは悲鳴をあげ、逃げようとした。でも、彼女には逃げ場が無かった。むしろ、悲鳴をあげたことで梁を興奮させてしまう。
「君はもう僕の物なんだ」
そう言いながら、梁はエレナのネグリジェに手を掛けたその時。
外から爆音がし、窓ガラスが震えた。
「先に言っとくが、金には興味が無い。今から向かう場所を言う。そこに向かって、俺達が戻ってくるまで待ってればいい」
マカロフの銃口と俺の顔を交互に見ながら、何度も頷く運転手。ドラレコがない車を選んだのは、このやり取りを録音されたくなかったからというのもある。
イリナが地図にある建物をいくつか口にし、運転手が「あ、アソコね……」を掠れ気味の声を出す。どうやら、目的地を理解したらしい。
「そこに行け」
「はい……」
運転手は焚いていたハザードランプを消し、合流のためにウィンカーを出した。
ただの客のフリをしなくてよくなったので、装備の準備を始める。防弾ベストを身に着け、銃に弾倉を挿し込み、コッキングする。
金属同士が触れ合う音が響く度、俺のボルテージは上がっていくが、運転手は一々ビクついた。
薬が効きすぎたらしい。
そんなことを思いながら、真っ赤な散弾を入れた弾帯を襷のように肩から提げる。
これで顔を白塗りにして、懐中電灯をハチマキ使って角みたいにしたら八つ墓村だ。もっとも、ここにあるのは青い空とヤシの木で、夜桜ではないが。
隣ではエレナがホーク MM1を抱えていた。
十二発もの四十ミリグレネード弾を装填できる巨大な回転式弾倉を持つそれは、見るからに凶悪な代物であり、(見てくれだけは)綺麗な女が持っている光景は、いささかナンセンスであった。
俺が銃を突き付けてから十分近く。タクシーは再びハザードランプを点けて、路肩へ停止した。
「……着きました」
イリナは手元の携帯と周囲の景色を見比べ、ここが梁の別荘の前であることを確かめた。
「間違いないわ」
その言葉を受け、俺は財布から百ドル紙幣を四枚出して、運転手へと差し出した。
「へ?」
ベンジャミン・フランクリンが印刷された紙を前に、男は呆けた顔をする。おおかた、用済みとされ鉛弾をぶち込まれると思っていたのだろう。
俺だって暴力を手段として用いるが、野蛮でも血が好きというわけでもない。流す必要の無い血を流すのは、避けたかった。
「これは前金だ。やることやって、帰ってきた俺達を空港まで送り届けたら、もう六百やる」
「六百……」
合計千ドル。日本円に直してざっと十万円。タクシーでの一回の仕事にしては破格だろう。
「ただし、条件がある」
「……じょ、条件ですか?」
「これから起こることを見て見ぬふりをしろ。そして、俺達のことを聞かれた時は、俺が言った通りにしろ。いいな?」
「は、はい……」
「……勿論、俺達が降りてから、警察にでもなんでも駆け込んでもいい。だけど、君が俺達の顔を知っているように、俺達も君の顔を知っている。……どういう意味かは分かるよね?」
男の顔から、みるみる血の気が引いていくのが分かる。
こんなにビビっているなら、逃げる心配はしなくてもよさそうだ。
俺はニッコリ笑って助手席に紙幣を置き、ショットガンを握ってドアのレバーに手を掛けた。
エレナはゆっくりとドアノブを捻った。扉を押し、その隙間に身体を滑り込ませ廊下に出る。そして、なるべく音を立てないように扉を閉める。
廊下は長く、静まりかえっていた。窓から太陽の強い光が差し込んでいるので、暗くはない。
エレナはいつ人が来ても不思議ではない状況に怯えながらも、勇気を振り絞り脱出への一歩を踏み出した。
廊下に敷かれた絨毯は柔らかく、足音を吸収する。それでも、彼女は慎重に一歩一歩進んでいく。
こうして階段のところまで辿り着いた。手すりに身を隠すようにして、下を覗き込む。
そこには、見覚えのある男達が歩いていた。鼻にガーゼを当てた奴と、肩に包帯を巻いた奴の二人組。
二人共、アラモアナセンターで石田を撃ち、エレナを攫った武装集団にいた顔だった。
今の彼女の脳裏に、石田が撃たれた光景が浮かび上がった。
(……早く逃げなくちゃ)
恐怖の象徴とも呼べる存在を見たことによって、彼女は焦燥感に追われる。
二人組が去ってから、エレナは階段を降りた。玄関は目と鼻の先だった。
ほんの僅かに緊張を解き、小走りでたたきに降りる。観音開きの扉に手を掛け、身体全体を使って押す。
しかし、扉はビクともしない。もう一度押すが、結果は変わらない。
(鍵が掛かってるのかな……)
焦る気持ちを抑えながら、彼女は扉を舐め回すように観察した。だが、鍵らしきものは見つからない。
玄関がダメでも、窓からなら出られるかもしれない。最後まで諦めず、足掻こうとしたエレナ。
そんな彼女を待ち受けていたのは。
「なにをしているんだい?」
彼女が今一番聞きたくなかった声。湧き上がる恐怖から、壊れたお茶運び人形のようにぎこちなく振り向く。
そこに立っていたのは、梁だった。ニヤニヤと嗜虐心に満ちた表情で、彼はエレナへ近づいていく。
「悪いけど、玄関は電子ロック式でね。僕の部屋でパスコードを入力しないと、開けられないんだ」
エレナは、彼の中国語を全くと言っていいほど理解していなかったものの、彼の表情から自分の助けになるようなことは言っていないであろうことを理解する。
「外に出ようなんて、悪い子だ」
エレナは悲鳴をあげ、逃げようとした。でも、彼女には逃げ場が無かった。むしろ、悲鳴をあげたことで梁を興奮させてしまう。
「君はもう僕の物なんだ」
そう言いながら、梁はエレナのネグリジェに手を掛けたその時。
外から爆音がし、窓ガラスが震えた。
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