63 / 70
決意の中
しおりを挟む
俺達は軽食として用意されていたハムとチーズのサンドイッチを頬張りながら、弾を込めていった。
数時間にも亘る作業の後、俺達は程良い疲労感に身を任せ、目を瞑った。
戦うのに一番必要なのは、戦車でも銃でもナイフでもない。体力だ。体力さえあれば、なんでも出来る。
それは俺が四半世紀もの間、傭兵を続けて導き出したものだ。体力が無ければ、戦うことはもちろん、逃げることすら出来ない。
つまるところ、戦いの本質は体力勝負だ。一対一の喧嘩だろうが、国同士の戦争だろうがそれは変わらない。最終的に、体力が多い方が勝つ。
でも、三年前。なんとか州都の市街地に到着し、官庁街を奪還した際。俺は役所に翻る自軍の旗を見ながら、自分の衰えを感じた。
思うように動かない身体を抱え、これからも戦っていけるかが分からなくなってしまったのだ。
そして俺は、戦場から背を向けた。
戦うことを辞めたのだ。
でも、なんの因果か、俺はこうして再び鉄火場に戻ってきた。
背を向けていたのに。
エレナを助けるために、鉄火場に立つのだ。
他の誰のためでもない。
エレナのために、俺は戦う。
そう考えると、身体が少しだけ軽くなる。
しかし、それでも万全ではない。
気圧のせいか傷が少し痛むし、体力も三年前と比べて明らかに落ちている。
だからこそ、せめてと体力を付けておこうとしている。
体力を付けるには、やはり食って寝るのが一番だ。
バハマ諸島のある島に着いたのは、昼頃だった。時差やらフライト時間などを調べていなかったから、時間が曖昧なのだ。それで時計も合わせられないから、尚更だ。
ここまで連れてきてくれたパイロットに礼を言い、飛行機を降りる。
外に出ると同時に、常夏の国らしい熱気が俺達を出迎えてくれた。皮膚の奥まで日焼けしそうな勢いだ。
普段なら感慨の一つにも浸るが、今はそんなことをしている時間はなかった。早々と空港の建物に向かった。
もっとも、空港と呼ぶにはだいぶ小規模なものだったが。
入国審査も、今の俺達はFBIからの特別な命令を受け取った何者かであり、いちサラリーマンである審査官も面倒事はごめんらしく、審査はごく簡単なものだ。
紛争付帯を渡り歩いた痕跡が残るパスポートを見ても、審査官は顔色を変えずに「入国の目的は?」と俺達へ訊ねた。
「コンバット」と答えそうになったイリナの口を押さえ、俺が「仕事」でと返答する。
やけに火薬臭い鞄を持ち、鉄と油臭い指先をしている奴が言う仕事に、ロクな気配はしないが、サラリーマンは入国許可のスタンプを押した。
そんな彼に、俺は梁というこの島に別荘を持つ中国人を知らないか聞いた。
彼は首を縦に振り、知っていることを示す。
「じゃあ、彼の別荘の位置を知らないか?」
すると彼は無言で島の地図を引っ張り出し、南側のある場所を気怠げに指差す。
「ここなんだな?」
俺の確認に彼は頷いた。
すかさず、イリナが携帯で写真を撮る。
「……これ、少ないけど」
俺は財布から五十ドルを出し、彼の胸ポケットにねじ込んだ。
「誰かに俺達のこと聞かれたら、観光地の場所を訊ねてきたと言え」
男は頷く。
「よっし」
男が黙っていてくれるという確証はないが、ここまでならバレても構わない。
場所を聞いただけだと、しらばっくれればいい話だ。
空港を出て、タクシーを拾おうと周囲を見渡す。
それもただのタクシーではない。ドライブレコーダーが付いてなさそうな、古い車がいい。
そう思いながらタクシー乗り場に向かうと、ドラレコが付いてないタクシーが何台か止まっていた。
その中で、一番暇そうにしていた運転手が乗るタクシーの窓を叩く。
「乗せてくれ」
「……はいはい」
欠伸をしながら応じる現地人らしき、中年の男。景気が悪そうな顔をしている。
俺達が後部座席に収まると、のったりとした動きでこちらを振り向く。
「どちらまで?」
「島の南。詳しい場所は、その時に」
「はいはい。それじゃあ、出発しますよ」
タクシーは走り出した。
窓の外を流れる景色は、ホノルルと同じような常夏の国だが、ホノルルのような観光地的な装いではなく、高級住宅街のような気品漂うものだ。
国と評すより楽園の方がしっくりくる。
でも、車内の空気からはそれを楽しもうという空気も、楽しませようという気概も感じない。
俺としては楽でいいが。
そんなふうにぼんやりと過ごしていると、運転手が車を路肩に停めた。
「南の方ですけど……。詳しい場所、教えてもらってもいいですか?」
いよいよだ。俺は鞄を開け、マカロフを出しスライドを引いて運転手へ突き付けた。
食事をとって、体力回復させたエレナは行動を始めた。脱出の準備をだ。
ここは船みたいに四方八方、逃げ場が無い海ではない。建物を脱出さえすれば、どうにかなるだろうと考えたのだ。
彼女にはここがどこか見当は付かない。それでも、いつまでも泣いてるわけにはいかないのは理解していた。
それに、自分が以前とは違うことも理解してた。
(絶対に帰るんだ)
自分に、帰る場所があり、自分の帰りを待っていてくれる人がいるということを。
数時間にも亘る作業の後、俺達は程良い疲労感に身を任せ、目を瞑った。
戦うのに一番必要なのは、戦車でも銃でもナイフでもない。体力だ。体力さえあれば、なんでも出来る。
それは俺が四半世紀もの間、傭兵を続けて導き出したものだ。体力が無ければ、戦うことはもちろん、逃げることすら出来ない。
つまるところ、戦いの本質は体力勝負だ。一対一の喧嘩だろうが、国同士の戦争だろうがそれは変わらない。最終的に、体力が多い方が勝つ。
でも、三年前。なんとか州都の市街地に到着し、官庁街を奪還した際。俺は役所に翻る自軍の旗を見ながら、自分の衰えを感じた。
思うように動かない身体を抱え、これからも戦っていけるかが分からなくなってしまったのだ。
そして俺は、戦場から背を向けた。
戦うことを辞めたのだ。
でも、なんの因果か、俺はこうして再び鉄火場に戻ってきた。
背を向けていたのに。
エレナを助けるために、鉄火場に立つのだ。
他の誰のためでもない。
エレナのために、俺は戦う。
そう考えると、身体が少しだけ軽くなる。
しかし、それでも万全ではない。
気圧のせいか傷が少し痛むし、体力も三年前と比べて明らかに落ちている。
だからこそ、せめてと体力を付けておこうとしている。
体力を付けるには、やはり食って寝るのが一番だ。
バハマ諸島のある島に着いたのは、昼頃だった。時差やらフライト時間などを調べていなかったから、時間が曖昧なのだ。それで時計も合わせられないから、尚更だ。
ここまで連れてきてくれたパイロットに礼を言い、飛行機を降りる。
外に出ると同時に、常夏の国らしい熱気が俺達を出迎えてくれた。皮膚の奥まで日焼けしそうな勢いだ。
普段なら感慨の一つにも浸るが、今はそんなことをしている時間はなかった。早々と空港の建物に向かった。
もっとも、空港と呼ぶにはだいぶ小規模なものだったが。
入国審査も、今の俺達はFBIからの特別な命令を受け取った何者かであり、いちサラリーマンである審査官も面倒事はごめんらしく、審査はごく簡単なものだ。
紛争付帯を渡り歩いた痕跡が残るパスポートを見ても、審査官は顔色を変えずに「入国の目的は?」と俺達へ訊ねた。
「コンバット」と答えそうになったイリナの口を押さえ、俺が「仕事」でと返答する。
やけに火薬臭い鞄を持ち、鉄と油臭い指先をしている奴が言う仕事に、ロクな気配はしないが、サラリーマンは入国許可のスタンプを押した。
そんな彼に、俺は梁というこの島に別荘を持つ中国人を知らないか聞いた。
彼は首を縦に振り、知っていることを示す。
「じゃあ、彼の別荘の位置を知らないか?」
すると彼は無言で島の地図を引っ張り出し、南側のある場所を気怠げに指差す。
「ここなんだな?」
俺の確認に彼は頷いた。
すかさず、イリナが携帯で写真を撮る。
「……これ、少ないけど」
俺は財布から五十ドルを出し、彼の胸ポケットにねじ込んだ。
「誰かに俺達のこと聞かれたら、観光地の場所を訊ねてきたと言え」
男は頷く。
「よっし」
男が黙っていてくれるという確証はないが、ここまでならバレても構わない。
場所を聞いただけだと、しらばっくれればいい話だ。
空港を出て、タクシーを拾おうと周囲を見渡す。
それもただのタクシーではない。ドライブレコーダーが付いてなさそうな、古い車がいい。
そう思いながらタクシー乗り場に向かうと、ドラレコが付いてないタクシーが何台か止まっていた。
その中で、一番暇そうにしていた運転手が乗るタクシーの窓を叩く。
「乗せてくれ」
「……はいはい」
欠伸をしながら応じる現地人らしき、中年の男。景気が悪そうな顔をしている。
俺達が後部座席に収まると、のったりとした動きでこちらを振り向く。
「どちらまで?」
「島の南。詳しい場所は、その時に」
「はいはい。それじゃあ、出発しますよ」
タクシーは走り出した。
窓の外を流れる景色は、ホノルルと同じような常夏の国だが、ホノルルのような観光地的な装いではなく、高級住宅街のような気品漂うものだ。
国と評すより楽園の方がしっくりくる。
でも、車内の空気からはそれを楽しもうという空気も、楽しませようという気概も感じない。
俺としては楽でいいが。
そんなふうにぼんやりと過ごしていると、運転手が車を路肩に停めた。
「南の方ですけど……。詳しい場所、教えてもらってもいいですか?」
いよいよだ。俺は鞄を開け、マカロフを出しスライドを引いて運転手へ突き付けた。
食事をとって、体力回復させたエレナは行動を始めた。脱出の準備をだ。
ここは船みたいに四方八方、逃げ場が無い海ではない。建物を脱出さえすれば、どうにかなるだろうと考えたのだ。
彼女にはここがどこか見当は付かない。それでも、いつまでも泣いてるわけにはいかないのは理解していた。
それに、自分が以前とは違うことも理解してた。
(絶対に帰るんだ)
自分に、帰る場所があり、自分の帰りを待っていてくれる人がいるということを。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説


イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる