戦う理由

タヌキ

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拷問の中

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 お客を連れたイリナ達がやってきたのは、丑三つ時をとうに過ぎた時だった。
「遅いよ」
 俺は可動式ベッドを使い、上手いこと起き上がる。
「ごめんごめん。コイツが一丁前に夜襲してきたからさ」
 イリナはケタケタと笑いながら、横へとズレる。
 現れたのは、猿ぐつわを噛まされた沿岸警備隊の男だ。手が後ろに回され、目を潤ませ、頬を腫らし、嚙まされた猿ぐつわは赤く染まっている。
 どうやら、イリナ達にたっぷりと可愛がられたらしい。
 男は後ろのコッポラとナザロフに小突かれながら、部屋へと入った。
 コッポラはグロック拳銃を手にし、ナザロフはブラックジャックを握っている。
 最後尾のナザロフは部屋に入った後、扉を閉め、鍵もかけた。
「これで、役者は揃ったな」
 俺は沿岸警備隊の男の顎を掴み、無理矢理目を合わせる。
「こんな形でお会いすることになったのは、残念だよ」
 自分の表情を確かめることは出来ないが、男が震え出したということはそれなりな顔をしているのだろう。
「……俺が望むのは、たった一つだ。エレナの居場所を知っているなら吐け。知らなかったら、知ってそうな奴を言え。そうすれば、悪いようにはしない」
 低い声でそう言い、ナザロフに猿ぐつわを外すよう指示する。猿ぐつわが取れた瞬間、男は早口で話しだした。
「ごめんなさいごめんなさい許してくださいお願いします殺さないでくださいお願いします」
 俺は男の両頬を挟むようにして掴み、凄んだ。
「俺が聞きたいのは、謝罪でも懇願でもねぇ。娘の居場所だ」
「あ……う……」
「次余計な事言ったら、指を一本ずつ折っていくぞ」
 男の口から、絶叫のなりそこないみたいな声が漏れる。
 俺は手を離し、彼の薄くなり始めた頭頂部を眺めながら、返事を待つ。
 容赦はしない。
 やるんだったら、徹底的にやる気でいた。


 そもそも、この沿岸警備隊の男が怪しいと最初に思っていたのはイリナだ。
 ナザロフから荷物を届けに来たことを知り、違和感を覚えたらしい。
 わざわざコッポラに住所を訪ね、一人で用は済むのに複数人できていたことなど、不自然な点があったからだ。
 だけど、それだけではの域をでない。
 疑惑を深めたのは、コッポラであった。
 彼自身、男がしょっちゅう電話をしていることと、その内容が仕事とは関係なさそうなことが気になってはいたらしい。
 だが、あくまでも気にするだけであった。
 通話内容を聞いたわけではないので、もしかしたらプライベートな内容かもしれないと遠慮の気持ちがあったからだ。
 でも、コッポラが見ていた名簿を、一目での乗客名簿だと見抜いたことで、彼の中の流れが変わった。
 ロゴも何もない名簿を一枚、それもチラ見しただけでどこのどんな名簿か分かるなんて、エスパーでしか成し得ない。
 つまるところ、彼の発言は自身がコッポラが何をしていたかををずっと見ていたと、バラしたのと同義だった。
 そして、戸惑う彼のところに、俺のことを報告するイリナからの電話が掛かってきた。
 そこでコッポラとイリナはお互いが抱える違和感を話し合った。
 
 二人の間で、そんな疑惑が浮かびだした。
 しかし、彼を告発するだけの、確たる証拠は何も無かった。
 でも、手をこまねいているだけの余裕も無い。
 とりあえずとっ捕まえて、拷問でもなんでもしようとイリナは考えた。
 時を同じくして。コッポラは男の様子を探っていた。
 どこかに連絡を取るかもしれなかったからだ。
 結論から言うと、彼の予想は大外れだった。
 男は連絡をせずに砂浜へ行き、持参していた布袋に砂を詰め始めたのだ。
 暴力に疎いコッポラでも、男がロクでもないことをしようとしているのを察した。
 その矛先が自身に向けられるであろうことも。
 かくして、コッポラはイリナとナザロフを呼び、男を丁寧に出迎えたというわけだ。


 男は一向に喋る気配を見せなかった。頭の中で、自分が生き残る術を必死に模索しているのだろうが、俺からすればそれは無駄な時間であり、くだらない時間稼ぎにカテゴライズされる。
 俺は男にも聞こえるような、大きな溜息を付いた。
「ナザロフ。コイツの口押さえろ」
「……わっかりました」
「ヒッ!」
 顔を真っ青にさせた男は、鍵が掛かっているにも関わらず出入口へと逃げようとするが。
「ちょい待ち」
 イリナが男の首根っこを掴んでから、寝技を掛けた。しかも、器用なことに片手で口元を押さえている。
「逃げようたって、そうはいかないわよ」
 冷酷な態度と声で、男を威圧する。それに呼応するように、俺もベッドから降りた。

 男の右手の前に座り込み、ゆっくりと息を吐く。一応、義理としてコッポラに視線を向ける。
「……事が終わったら、俺をパクるか?」
 おどけた調子外れの声を出す。コッポラは、少し悩んでから首を横へ振った。
「親のいない子供ほど、可哀想な存在はありませんからね」
「……そうかい」
 国家権力の黙認も取った。
「……じゃあいくぞ。ただ、こっちも誰かさん達のせいで怪我してるんでな。あまり力めないんだ。……一息じゃ俺無いぞ」
 俺の言葉の奥に隠された意味を感じ取ったのか、涙を流しながらモガモガと言葉らしきものを出し、もがく。
 右手の親指を握り、関節が曲がるのとは逆へと勢いよく動かした。
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