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捜査の中
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冷静に考えればその通りだった。
エレナを失ったのは、俺だけではない。『リンカーン』からの付き合いであるイリナも、エレナを失ったことに変わりないのだ。
寝食を共にし、砂浜で遊び、笑い合っていた。
なにより、彼女はエレナと一緒にいた時間を「家族みたい」と称していたではないか。
「……そう、だな」
「だから、亮平の気持ちは理解出来るわ。勿論、目の前で攫われた亮平の方がショックが大きいのも分かる」
「………………」
「だからこそ、話してよ。一人で塞ぎ込まないでさ」
「……すまん」
「謝んないで。亮平は悪くないし、アンタが目を覚ましたときにこう言わなかった自分にも責任があるから」
淡々とイリナは言い放つ。俺は思わず唖然とした。
「責任って……」
「だって、それ以外に言いようがないし。私はそう思ってるし」
「………………」
俺達はイリナの瞳を凝視する。
迷いとかブレるものが一切ない純真な、ある種の狂気とも言える光が宿っていた。
それに圧倒された俺は大きく息を吐き、力を抜く。
どうやら三年も会わない内に、彼女は成長していたらしい。
「……ありがとうな」
言葉が自然と口から出てきた。
「どういたしまして」
イリナは笑い、立ち上がる。そして、もう一度大切なことを口にする。
「アンタは一人じゃない。腹が立っているのも、悔しいのも、私と一緒。忘れないで」
心強い言葉だ。
「……おう」
鼻の奥がツンと痛くなる。
「今、コッポラがエレナの行方を追ってる。……居場所が分かったら、退院してよ」
彼女の言う退院は、おそらく正規の手続きを踏んだ上のものではないだろう。
でも、それでいい。
「分かった。……なんかあったら呼んでくれ」
今の俺には何も出来ない。
でも、こうして大人しくして英気を養うという見方も出来る。そう考えると、目の前が明るくなってきた気がした。
「絶対に呼ぶ。だから待ってて、亮平」
「ああ」
別れ際にハグをし、イリナは病室を去った。
俺はベッドに改めて横になり、目を瞑る。
ストレスからのPTSDによる消耗。怪我。寝たきりによる筋力と体力の低下。
戦うには最悪のコンディションだ。ならば、少しでも体力を回復させ、来るべき時を待つ。それが今の俺の最適解だ。
今日ほど自分の真面目さに感謝した日はない。
コッポラはこれまでに捜査してきた資料を前にして、神への感謝を捧げんばかりだった。
彼が手にする資料はリンカーンの乗客名簿だ。しかし、ただの名簿ではない。
石田やイリナが目にし、銃を撃ち合ったウェイター軍団が配属されていたデッキフロアの乗客名簿である。
確かな証拠は全てウェイター軍団が船を去る時に持ち去ってしまったので確証はないものの、コッポラはウェイター軍団が配属されていたフロアの客が違法オークションの客でもあると推察した。
実際問題、違法オークションだって、ネットでやるような個人間の小規模なものみたいに一円から始まりますなんてものではなく、主催者側の儲けが保証されるくらいの値段から始めるものだ。
最低十万円台と見積もってもいい。
そして、ウェイター軍団がいたのは「リンカーン」の中でも最上位の部屋が集まっているフロア。
客としての最低条件である金持ちは既にクリアしている連中が泊まる部屋だ。
ウェイター軍団は違法オークションへの案内人だったと考えれば、この配置にも頷ける。
更に言えば、仲介人であると同時に、オークションのことを外部へと漏らさないようにする監視役でもあったのかもしれない。
秘密は知っている人間が少なければ少ない方が良い。
案外、それが理由で客へ圧力を掛けるためにウェイター軍団はフロアをうろついていたのかもしれない。
もっとも、うろついていたせいで石田達に違和感を覚えられる羽目になるのだが。
当然ながら、ここまでの話は全て僅かな証拠から組み立てられた、コッポラの推察である。
それでも、彼は確証めいたモノを感じ取っていた。
乗客名簿のデータを合衆国国土安全保障省の出入国管理部門へ送り、乗客名簿に記載された人間がここ三日以内に合衆国から出国していないかの調査を依頼する。
彼自身、上司から人身売買組織の捜査を止めるようお達しが出たが、捜査対象には捜査が終わることを知らせていない。
つまり、何も知らない人間はまだ捜査が続いていると思ってハワイに留まっているのだ。
「俺には関係ない」と言うのは簡単だが、それでは当局に疑われる。ならば、良きソマリア人を演じ、素直に捜査を受けた方が無駄に疑われることもない。
普通の人間はそう考える。
だが、何かを掴んでいる人間ならどうだ。
もう痛い腹を探られることがないことが分かれば、好き勝手に動き出す。
要は、この数日でハワイを出た人物が、オークションに関わりを持っている人物である可能性が高いということだ。
そういった人物を探すと共に、安全保障省には五人ほどの男と一人の女の子という編成で出国したグループも調査してもらう。
資料片手に電話を掛けたりするコッポラの姿を、陰で見ていた男がいた。
人身売買組織に内通していた沿岸警備隊の男だ。
エレナを失ったのは、俺だけではない。『リンカーン』からの付き合いであるイリナも、エレナを失ったことに変わりないのだ。
寝食を共にし、砂浜で遊び、笑い合っていた。
なにより、彼女はエレナと一緒にいた時間を「家族みたい」と称していたではないか。
「……そう、だな」
「だから、亮平の気持ちは理解出来るわ。勿論、目の前で攫われた亮平の方がショックが大きいのも分かる」
「………………」
「だからこそ、話してよ。一人で塞ぎ込まないでさ」
「……すまん」
「謝んないで。亮平は悪くないし、アンタが目を覚ましたときにこう言わなかった自分にも責任があるから」
淡々とイリナは言い放つ。俺は思わず唖然とした。
「責任って……」
「だって、それ以外に言いようがないし。私はそう思ってるし」
「………………」
俺達はイリナの瞳を凝視する。
迷いとかブレるものが一切ない純真な、ある種の狂気とも言える光が宿っていた。
それに圧倒された俺は大きく息を吐き、力を抜く。
どうやら三年も会わない内に、彼女は成長していたらしい。
「……ありがとうな」
言葉が自然と口から出てきた。
「どういたしまして」
イリナは笑い、立ち上がる。そして、もう一度大切なことを口にする。
「アンタは一人じゃない。腹が立っているのも、悔しいのも、私と一緒。忘れないで」
心強い言葉だ。
「……おう」
鼻の奥がツンと痛くなる。
「今、コッポラがエレナの行方を追ってる。……居場所が分かったら、退院してよ」
彼女の言う退院は、おそらく正規の手続きを踏んだ上のものではないだろう。
でも、それでいい。
「分かった。……なんかあったら呼んでくれ」
今の俺には何も出来ない。
でも、こうして大人しくして英気を養うという見方も出来る。そう考えると、目の前が明るくなってきた気がした。
「絶対に呼ぶ。だから待ってて、亮平」
「ああ」
別れ際にハグをし、イリナは病室を去った。
俺はベッドに改めて横になり、目を瞑る。
ストレスからのPTSDによる消耗。怪我。寝たきりによる筋力と体力の低下。
戦うには最悪のコンディションだ。ならば、少しでも体力を回復させ、来るべき時を待つ。それが今の俺の最適解だ。
今日ほど自分の真面目さに感謝した日はない。
コッポラはこれまでに捜査してきた資料を前にして、神への感謝を捧げんばかりだった。
彼が手にする資料はリンカーンの乗客名簿だ。しかし、ただの名簿ではない。
石田やイリナが目にし、銃を撃ち合ったウェイター軍団が配属されていたデッキフロアの乗客名簿である。
確かな証拠は全てウェイター軍団が船を去る時に持ち去ってしまったので確証はないものの、コッポラはウェイター軍団が配属されていたフロアの客が違法オークションの客でもあると推察した。
実際問題、違法オークションだって、ネットでやるような個人間の小規模なものみたいに一円から始まりますなんてものではなく、主催者側の儲けが保証されるくらいの値段から始めるものだ。
最低十万円台と見積もってもいい。
そして、ウェイター軍団がいたのは「リンカーン」の中でも最上位の部屋が集まっているフロア。
客としての最低条件である金持ちは既にクリアしている連中が泊まる部屋だ。
ウェイター軍団は違法オークションへの案内人だったと考えれば、この配置にも頷ける。
更に言えば、仲介人であると同時に、オークションのことを外部へと漏らさないようにする監視役でもあったのかもしれない。
秘密は知っている人間が少なければ少ない方が良い。
案外、それが理由で客へ圧力を掛けるためにウェイター軍団はフロアをうろついていたのかもしれない。
もっとも、うろついていたせいで石田達に違和感を覚えられる羽目になるのだが。
当然ながら、ここまでの話は全て僅かな証拠から組み立てられた、コッポラの推察である。
それでも、彼は確証めいたモノを感じ取っていた。
乗客名簿のデータを合衆国国土安全保障省の出入国管理部門へ送り、乗客名簿に記載された人間がここ三日以内に合衆国から出国していないかの調査を依頼する。
彼自身、上司から人身売買組織の捜査を止めるようお達しが出たが、捜査対象には捜査が終わることを知らせていない。
つまり、何も知らない人間はまだ捜査が続いていると思ってハワイに留まっているのだ。
「俺には関係ない」と言うのは簡単だが、それでは当局に疑われる。ならば、良きソマリア人を演じ、素直に捜査を受けた方が無駄に疑われることもない。
普通の人間はそう考える。
だが、何かを掴んでいる人間ならどうだ。
もう痛い腹を探られることがないことが分かれば、好き勝手に動き出す。
要は、この数日でハワイを出た人物が、オークションに関わりを持っている人物である可能性が高いということだ。
そういった人物を探すと共に、安全保障省には五人ほどの男と一人の女の子という編成で出国したグループも調査してもらう。
資料片手に電話を掛けたりするコッポラの姿を、陰で見ていた男がいた。
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