戦う理由

タヌキ

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病院の中

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 イリナとナザロフが病院に駆け込むと、ロビーに立っていたコッポラが気が付き、寄ってくる。
「イリナさんとナザロフさん……」
 彼の顔も真っ青で、切羽詰まっているのが分かる。それでも、一般市民を前に動揺を表に出さないように努力しているようだった。
「亮平は……」
ICU集中治療室にいます。付いて来てください」
 病院の奥。何枚もの自動ドアを進んだ先に、ICUはあった。しかし、部屋の中には入れず分厚いガラス越しに様子を窺うしかない。
 石田は一つのベッドに寝かされており、口元には酸素マスクが付けられていた。その瞼は固く閉ざされ、目覚める気配は無い。
「手術は成功しましたが、重傷には変わりありません。なんなら、生きてるのが奇跡らしいです……」
「……そうですか」
 心電図モニターの表示が、石田の生命活動がまだ行われていることを知らせると同時に、それから発せられる頼りなさげな機械音が彼の生命力をも表しているようだ。
 すると、ICUから一人の医者が出てきた。石田を手術した執刀医だった。
「ご家族の方……ですかな?」
「いえ……。家族ではないんですけど、彼の戦友です」
 医者はイリナの戦友発言に目を丸くしたが、すぐに納得したように頷く。
「なるほど。彼は元軍人、そうでなくとも戦場で戦う立場にいた訳ですか。どうりで、傷だらけなわけだ」
「……元傭兵です」
「そうですか」
 ここで医者は咳払いし、自身の白衣のポケットから小袋を出した。
 袋の中には、茶色のひしゃげた弾丸が二つ入っている。
「彼は、イシダさんでしたね。彼が撃たれたのはご存知ですよね」
「ええ」
「彼は四発撃たれていました。一発は肩を掠め、一発は脇腹を貫通。胸に命中したうち、一つは肋骨で止まり、もう一つは肺の手前で止まっていました。摘出されたのが、これになります」
 医者は石田が撃たれた箇所に指を当てながら説明をし、持っていた小袋をイリナへ差し出した。
「詳しいことは鑑定に出さないと分かりませんが、おそらく五・五六×四五ミリ弾でしょう。NATO弾というやつですね」
 イリナは医者の話を聞きながら、弾丸の小袋を握りしめ、怒りに震えた。
 誰がこんなことをしたのか。
 エレナと二人で買い物に出掛けたのだから、きっと撃たれた時もエレナがすぐそばにいたはずだ。彼女の目の前で石田が撃たれたとしたら。
 そこまで想像してから、彼女は本来いるべき少女がいないことに気がついた
「……まって、エレナは? 女の子、見ませんてました?」
「え?」
 詳しい怪我の状態を話していた医者は、イリナの発言にポカンという顔をする。
 コッポラが慌てて話を引き継ぎ、心底申し訳なさそうに口を開く。
「……エレナちゃんですが、行方が分からないんです」
 それを聞いて、イリナの頭はまた真っ白になった。だが、今度は早く復帰した。
「なんですって!」
 彼女は勢いのまま、目の前の医者の胸ぐらを掴んだ。突然の出来事が重なり、彼女は混乱しているのだ。
 当然、事件とはなんの関係も無い、ただ病院に担ぎ込まれた石田を手術しただけの医者は、もっと混乱し怯えた表情をしているが。
 ナザロフとコッポラが急いで、医者からイリナを引き離す。
 引き離した瞬間、彼女は勢いを失い、崩れ落ちるように床にへたり込んでしまう。
「……場所を変えましょう」
 コッポラは呆然としているイリナの腕を肩に回しながら提案し、ナザロフは善良な医者に謝罪しながらそれに賛同した。

 休憩スペースのソファーにイリナを座らせたコッポラは、自販機で砂糖とミルクがたっぷりのコーヒーを買い、彼女へ渡した。
 コーヒーの香りが気付けになったようで、彼女はコーヒーを受け取る。
 「どうも」と小さいながらも礼を言い、一口啜る。
「……甘い」
「ブラックの方がよかったですか?」
 イリナは無言で首を振った。それから、彼女はゆっくりと紙コップを傾け、半分ほど飲んだ。
「疲れている時は、甘い物が一番効きますからね」
「……そうね」
 彼女の返事には力がこもっていなかったが、顔色はへたり込んだ時に比べると大分良くなっていた。
 コッポラはそれを見て、石田の身に何が起こったかの説明を始めた。
 武装集団に追われた石田とエレナが、駐車場まで逃げたこと。
 そこで乱闘の末に敵の一人を人質に取ったであろうこと。
 しかし、人質ごと武装集団は石田を撃ったこと。
 石田から摘出された弾丸の位置が普通に撃たれた時よりも浅く、弾丸に石田とは違う血液型の血が付着していたから、そう判断したこと。
 最終的にエレナは攫われてしまったこと。
 コッポラは知っている情報全てを、イリナとナザロフに話した。
「……エレナを攫った連中は?」
 イリナが地の底から響くような声で訊ねる。
「警察と連携して、全力で捜査中です」
 お役所的な回答だと内心自嘲しつつも、誠意をもってコッポラは答えた。
 自分達の管轄で、何の罪もない人間が殺されかけ、何の罪もない女の子が変態の毒牙にかかろうとしているのだ。
 到底許されることではない。
 何も出来ない様なら、FBIのバッジなんてゴミ以下の価値しかないからだ。
 覚悟を新たにした時、彼の携帯が鳴った。発信者は彼の直属の上司だった。
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