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暗転の中
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防弾ベストは無条件にどんな弾も防いでくれる訳ではない。
防弾ベストにもクラスが存在し、高いクラスの物だと七・六二ミリの徹甲弾を防げるが、低いクラスだと拳銃弾しか防ぐことしか出来ないのだ。
男が装備していたのは安物では無かったが、五・五六ミリ弾の猛攻を防ぐには力不足であった。
ベストを突き破り、男の身体の中を搔きまわす。いくつかの弾は止まること無く、身体を貫通する。
そしてそれは、男の真後ろにいる俺に当たった。
腹を襲う衝撃と、焼け火箸をねじ込まれた様な痛みが全身を駆け巡る。
一気に全身から力が抜けていく。
(仲間ごと俺を撃ち抜きやがった……!)
それを理解した時には、俺は男の死体に押しつぶされる形で倒れていた。
弾は抜けておらず、比較的浅いところで留まっている。激痛で指一本動かすのも
「おじさん!」
エレナは血相を抱え、血が付くことも厭わず、男の死体をどかそうとする。だが、防弾ベストなどの装備を着けた成人男性を退かすなんて、女の子一人でどうにかなるわけがない。今の俺にも退かせられない。
「エ、レナ……。逃げ、ろ……」
だが、俺はまだ拳銃を手放していない。
「でも……」
今にも泣きそうになエレナ。
「いいから、逃げろ……!」
男達は銃を手に、段々と近づいてきている。それでも彼女は。
「いやだ!」
俺の言葉を拒否し、覆いかぶさってシャツを掴む。
「絶対に離れない! 死なないでって約束したじゃん!」
その意思は言葉だけでなく、シャツを掴む力にも現れている。
これで俺が殺されれば、エレナはもう一度、目の前で世話してくれた人が死ぬことになる。彼女のこの行動は、その事に対する抵抗なのだろう。
しかし、ささやかな抵抗は圧倒的な暴力の前には無力だった。
「来い!」
男の一人に肩を掴まれ、無理矢理引き剥がされる。
「イヤァァァァァッ!」
エレナはもがき、手を振りほどこうとするが、もう一人が彼女の腕を掴んで動けなくする。
「放して! 放して!」
「連れて行け!」
ワーゲンに押し込められるエレナ。身動きの取れない俺は、それただ見ているしか出来なかった。
底無しの無力感と身を焦がすような怒りで、頭が真っ白になる。
そんな時。男の一人がが仲間の死体を回収しようと、その足を掴み、引っ張った。
胸から下の身体を押さえていた死体が無くなり、一気に自由となる。
俺は最後の力を振り絞り、自らを鼓舞する雄叫びを挙げながら立ち上がった。
そして、一番近くにいた、死体を運んでいた男に向けて銃を撃った。
防弾ベストを着けているとか、そんなことはどうでもいい。
ここで何もしなければ、俺じゃなくなる。
本能がそう訴えてきたのだ。
P228から発射された弾は男の胸と肩に命中し、男を地面に伏せさせた。
だが。
一発の銃声と共に目の前が真っ暗になった。
身体は動かない。
上も下も、右も左も分からない。
自分が今、立っているのか倒れているのかも分からない。
エレナが俺を呼ぶ声がする。
それに応えようとするも、口は動かない。
そうこうしているうちに、彼女の声も聞こえなくなる。
留めなく流れる血潮の代わりに、ネバネバとした悔しさが体内を巡る。
何も出来なかったという事実が、意識が薄れていくにつれ強くなる。
(エレナ……)
彼女の笑顔が脳裏に浮かんだのを最後に、俺は何も感じなくなり、自分という存在すらも観測出来なくなった。
イリナの怒りは、時間が経つにつれて不安にすり替わり、それは段々と膨れ上がっていった。
窓の外は既にオレンジ色に染まっているが、石田からの遅くなる等の連絡は無く、逆に彼の携帯電話にかけても留守電になってしまうのだ。
「……事故にでもあってないといいけど」
「大丈夫なんじゃないですか? 石田さんだって、そこまで耄碌はしてないでしょう」
ナザロフは楽観的に構え、のほほんとしている。
イリナは彼のその態度に苛つきを覚えつつも、そうであってほしいと強く願っていた。彼女の脳内では、コッポラと石田が交わしていた、ある会話がリフレインしていた。
『石田さん、イリナさん、貴方達が喧嘩を売ったのはそんなプロを囲い込んでいる組織です。そんな組織の商売を潰したんです……』
『"報復される"。そう言いたいのか?』
二人の帰りが遅いのが、楽しんでいて時間を忘れているだけならないい。
クマのぬいぐるみと買い物袋を抱えて帰ってくる二人を迎え、「なんで置いていったのよ」と怒ってみせて、「ごめんごめん」と言いながら差し出してくるであろうお詫びの品をありがたく受け取り、お礼を言えばそれでチャラだ。
けれど、何物かに襲われたとしたら。
連絡が来ないのも、連絡が通じないのも辻褄が合う。
報復。
会話のリフレインに代わり、彼女の脳内にその二文字がデカデカと躍る。
(こんなことになるんだったら、無理にでも追いかけておくんだった)
彼女が後悔しながら携帯電話を見詰めていると、着信が入った。知らない番号であった。
「石田さんですか?」
「……知らない番号」
恐る恐る彼女は画面をスワイブし、耳に当てる。
『イリナ・ガルキアさんの携帯ですか?』
聞き覚えのある声だった。
『私です。FBIのコッポラです』
「……どうされました?」
冷静を装うが、FBIからの連絡という時点でいいニュースではないのは明らかだ。
『いいですか、落ちついて聞いてください。……石田さんが撃たれて、病院に運ばれました』
「え……」
『意識不明の重体です』
それを聞いた途端、イリナは全身が一気に冷たくなっていくのを感じた。
防弾ベストにもクラスが存在し、高いクラスの物だと七・六二ミリの徹甲弾を防げるが、低いクラスだと拳銃弾しか防ぐことしか出来ないのだ。
男が装備していたのは安物では無かったが、五・五六ミリ弾の猛攻を防ぐには力不足であった。
ベストを突き破り、男の身体の中を搔きまわす。いくつかの弾は止まること無く、身体を貫通する。
そしてそれは、男の真後ろにいる俺に当たった。
腹を襲う衝撃と、焼け火箸をねじ込まれた様な痛みが全身を駆け巡る。
一気に全身から力が抜けていく。
(仲間ごと俺を撃ち抜きやがった……!)
それを理解した時には、俺は男の死体に押しつぶされる形で倒れていた。
弾は抜けておらず、比較的浅いところで留まっている。激痛で指一本動かすのも
「おじさん!」
エレナは血相を抱え、血が付くことも厭わず、男の死体をどかそうとする。だが、防弾ベストなどの装備を着けた成人男性を退かすなんて、女の子一人でどうにかなるわけがない。今の俺にも退かせられない。
「エ、レナ……。逃げ、ろ……」
だが、俺はまだ拳銃を手放していない。
「でも……」
今にも泣きそうになエレナ。
「いいから、逃げろ……!」
男達は銃を手に、段々と近づいてきている。それでも彼女は。
「いやだ!」
俺の言葉を拒否し、覆いかぶさってシャツを掴む。
「絶対に離れない! 死なないでって約束したじゃん!」
その意思は言葉だけでなく、シャツを掴む力にも現れている。
これで俺が殺されれば、エレナはもう一度、目の前で世話してくれた人が死ぬことになる。彼女のこの行動は、その事に対する抵抗なのだろう。
しかし、ささやかな抵抗は圧倒的な暴力の前には無力だった。
「来い!」
男の一人に肩を掴まれ、無理矢理引き剥がされる。
「イヤァァァァァッ!」
エレナはもがき、手を振りほどこうとするが、もう一人が彼女の腕を掴んで動けなくする。
「放して! 放して!」
「連れて行け!」
ワーゲンに押し込められるエレナ。身動きの取れない俺は、それただ見ているしか出来なかった。
底無しの無力感と身を焦がすような怒りで、頭が真っ白になる。
そんな時。男の一人がが仲間の死体を回収しようと、その足を掴み、引っ張った。
胸から下の身体を押さえていた死体が無くなり、一気に自由となる。
俺は最後の力を振り絞り、自らを鼓舞する雄叫びを挙げながら立ち上がった。
そして、一番近くにいた、死体を運んでいた男に向けて銃を撃った。
防弾ベストを着けているとか、そんなことはどうでもいい。
ここで何もしなければ、俺じゃなくなる。
本能がそう訴えてきたのだ。
P228から発射された弾は男の胸と肩に命中し、男を地面に伏せさせた。
だが。
一発の銃声と共に目の前が真っ暗になった。
身体は動かない。
上も下も、右も左も分からない。
自分が今、立っているのか倒れているのかも分からない。
エレナが俺を呼ぶ声がする。
それに応えようとするも、口は動かない。
そうこうしているうちに、彼女の声も聞こえなくなる。
留めなく流れる血潮の代わりに、ネバネバとした悔しさが体内を巡る。
何も出来なかったという事実が、意識が薄れていくにつれ強くなる。
(エレナ……)
彼女の笑顔が脳裏に浮かんだのを最後に、俺は何も感じなくなり、自分という存在すらも観測出来なくなった。
イリナの怒りは、時間が経つにつれて不安にすり替わり、それは段々と膨れ上がっていった。
窓の外は既にオレンジ色に染まっているが、石田からの遅くなる等の連絡は無く、逆に彼の携帯電話にかけても留守電になってしまうのだ。
「……事故にでもあってないといいけど」
「大丈夫なんじゃないですか? 石田さんだって、そこまで耄碌はしてないでしょう」
ナザロフは楽観的に構え、のほほんとしている。
イリナは彼のその態度に苛つきを覚えつつも、そうであってほしいと強く願っていた。彼女の脳内では、コッポラと石田が交わしていた、ある会話がリフレインしていた。
『石田さん、イリナさん、貴方達が喧嘩を売ったのはそんなプロを囲い込んでいる組織です。そんな組織の商売を潰したんです……』
『"報復される"。そう言いたいのか?』
二人の帰りが遅いのが、楽しんでいて時間を忘れているだけならないい。
クマのぬいぐるみと買い物袋を抱えて帰ってくる二人を迎え、「なんで置いていったのよ」と怒ってみせて、「ごめんごめん」と言いながら差し出してくるであろうお詫びの品をありがたく受け取り、お礼を言えばそれでチャラだ。
けれど、何物かに襲われたとしたら。
連絡が来ないのも、連絡が通じないのも辻褄が合う。
報復。
会話のリフレインに代わり、彼女の脳内にその二文字がデカデカと躍る。
(こんなことになるんだったら、無理にでも追いかけておくんだった)
彼女が後悔しながら携帯電話を見詰めていると、着信が入った。知らない番号であった。
「石田さんですか?」
「……知らない番号」
恐る恐る彼女は画面をスワイブし、耳に当てる。
『イリナ・ガルキアさんの携帯ですか?』
聞き覚えのある声だった。
『私です。FBIのコッポラです』
「……どうされました?」
冷静を装うが、FBIからの連絡という時点でいいニュースではないのは明らかだ。
『いいですか、落ちついて聞いてください。……石田さんが撃たれて、病院に運ばれました』
「え……」
『意識不明の重体です』
それを聞いた途端、イリナは全身が一気に冷たくなっていくのを感じた。
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